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第七話「決意の先へ」3
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この街の景観は写真や動画はいくつも見たことはあるが、実際に見るとまた違って見える。
時代の流れの中で今も変わり続けている、変化し続けていると感じた。
復興を遂げる前や、厄災以前とはまるで違う景観、それに戸惑う人もいるだろうが、私にとってそれはまだ産まれる前の遠い過去でしかなく、この変わりようも簡単に受け入れてしまっている。
実際に街づくりをする人は私なんかよりずっと高齢であるから、紆余曲折あって衝突も経験しながら今があるはず。ここまで辿り着くまでの道のりを想像するに、それは彼らにとってとても感慨深いものがあることだろう。
建物一つ壊して建て替えるだけでもそう簡単なことではない。祖母だって土地を巡って大変な苦労をしたはずだ、そんなことを水原家まで目指しながら考えていた。
やがて、見慣れない街を歩き続け、今日の目的地である水原家にようやく辿り着いた。
私は水原の表札を眺めながら立ち止まった。
ここに来るまでの日々を思い返すと私はその場から動けなくなった。
「お嬢様、約束の時間が来てしまいます」
プリミエールは背後から私の方を見つめて言った。私にはなんとなく視線を変えなくても、長年の経験からプリミエールが私を見ていると分かった。
お互いここにきてから時計を確認する動作をしたわけではない。約束の時間はもちろん決まっていて、その時間が迫っていることは分かっていた。しかしプリミエールがした言葉の真意、危惧していることは私の決断が鈍ることで、もはや迷っている時ではなくなっているということだった。
「大丈夫、これは私が決めたことだから」
誰が今日の日を望んだかといえばそれは当然私自身であり、私の意思、想いに周りの人が答えてくれたからなのだ。
全部私のわがままからきている、それは私自身が一番自覚しなければならない。そうでなければ、他の誰かに責任が生じてしまった時、私は酷く後悔しなければならなくなるだろう。
威厳のある佇まいをする稗田家本家とはかけ離れた水原家の一般家庭の家屋、子どもにとってはどちらを選べるものではなかったけど、その二つの乖離は、確かに私たち三つ子を引き裂いてきたものの一つだった。
私は今になって踏み込もうとしている、どうして? このまま時が過ぎて本当に他人のようになっていくのが寂しいから? 辛いから? 私は自分の本当の気持ちを伝えるすべを知らないのかもしれない。それは私が稗田家の人間で、魔法使いの後継者であり、背負ってきた使命がそうするのかもしれない。
私だって……、逆らうことの出来ない弱さを恨みたくなる。
いつも、頭の中で渦巻く非情な感情と戦ってきた。人間らしくいたいと、そういう気持ちが消えてしまうのが怖いと、だから、こんなことで迷っている自分を愛おしいと、大切にしたいと思ってしまうのだろう。
しかしそれも、残酷なことをしようとしている自分への言い訳なのかもしれない。そう思うと、何時まで経っても心が晴れるものではなかった。
「プリミエール、大丈夫よ、私が伝えるから」
「はい、わてぃしも信じています」
「ありがとう、行きましょう」
私は呼び鈴を鳴らした。
後悔しないために、見失わないために、私は気持ちを落ち着かせた。
”こんにちわ、稗田知枝です”玄関から出てきた夫婦に私はお辞儀をして言った。
「どうぞ、上がってください」
叔母さんが案内してくれる、私はそれに従いリビングに通された。前にあった時よりもやせ細った容姿をしていることに心が痛んだ。
「座ってください、お茶の用意をしますから」
家に上がらせてもらうと叔母さんはそう言ってダイニングの方へ消えていく。
「四年ぶりですな、お久しぶりです」
叔父さんが自然とお辞儀をする姿を見ると心苦しくなってしまう、望んでこうなったわけではない、これが稗田家と水原家の立場の差なのだ。
「突然すみません、急にこんなことになってしまって」
私は出来るだけ丁寧に叔父にそう伝えた。
「いえいえ、お気持ちは理解しているつもりです。兄や黒江さんが巻き込んだことです。子どもたちに責任はないと強く感じています、こういう機会が持てたのも、光や舞にとってはいいことだと思っています」
「そう言っていただけると助かります。これは私のわがままで始めたことなので」
他人ではないのに、他人の家族に触れているような感覚、時間というものは残酷で、気付いたら全てがもう離れてしまったような感覚に陥ることは、どれだけ経験を重ねて寂しいものだった。
「紅茶はお好きでしたか?」
そう言って叔母さんから差し出された紅茶から、いい香りが漂ってきた。
「はい、ローズヒップティーですね、いい香りです」
「喜んでいただければ、嬉しいです。ここで過ごす時間が、知枝さんにとって良いものでありますように」
「もちろん、そのつもりです。皆さんのご迷惑にならないよう努める所存です」
「あまり固くならないでください、同じ家族なのですから」
お世辞でも家族と言ってくれる気持ちは素直に嬉しかった。
私に出来ることはそう多くないというのに。
「それじゃあ、光を呼んできますね、プリミエールさんもゆっくりして言ってください」
「そうよ、プリミエールも座りなさい、そんなところ突っ立ってたら、せっかく用意してくれたのに失礼でしょう?」
私は同行してきたプリミエールに向かって言った。
彼女もまた律儀な人間だ。私がこうでも言わないと遠慮して席に着かないだろう。
「わかりました、では失礼します」
プリミエールが私から見て左側にある一人用のソファー席に座った。
その様子を私は見て、私の気持ちを汲んでの配慮だと分かったが、思わず心の中で”そこに座るのか!”とツッコミを入れてしまった。
叔母さんが光を呼びにリビングを出て二階に上がっていく。
二階建ての一軒家は復興から建物が総変わりしたこともあってか、リフォームしたてのように綺麗なままである。
「支援金は振り込んでおきましたので、私の宿泊代も込みですけど、これから一年間お世話になります」
私は机を介して正面のソファーに座る叔父さんに言った。
「助かります。体調を崩してばかりで情けない限りです」
「いえ、二人を引き取ってここまで育ててくれただけでもう十分です」
叔父は優しい、その優しさに甘えてしまいそうになるけど、そんな自分ではいけないこともよく自分自身で分かっていた。
「でも、舞は責任を感じているようで、順風満帆とはいっていないのは、私共の不徳と致すところです」
「――――舞ちゃんには私がちゃんと話します、だから大丈夫です。今まで通り二人の家族でいてください、それは私の願いでもありますので」
叔父さんの顔を見ると苦しい気持ちになった、私も一緒に暮らしていくことを選んだ以上、頼られる存在でありたいと思った。
「舞は責任を感じているのだと思います、舞が変わったのは本当のことを二人に話してからだったので。まだ学生なのに、無理させていると思うと、親の責任を果たせていないのではと思ってしまう」
双子ではなく、三つ子であるということ。稗田家に生き別れとなった姉妹がいること。目の前の両親が背負ってきた呪縛。
全てをすぐに受け止めることは、光には出来ても舞には出来なかった。無理もないことだろう。
「そんなことないです、舞ちゃんが優しい人だからだと思います、二人に大切に育てられたからこそ、ちゃんと負担にならないよう、恩返しをしたいのだと思います」
低姿勢なままの叔父さんを私は労った。今の私にできるのはそれくらいしかなかった。
時代の流れの中で今も変わり続けている、変化し続けていると感じた。
復興を遂げる前や、厄災以前とはまるで違う景観、それに戸惑う人もいるだろうが、私にとってそれはまだ産まれる前の遠い過去でしかなく、この変わりようも簡単に受け入れてしまっている。
実際に街づくりをする人は私なんかよりずっと高齢であるから、紆余曲折あって衝突も経験しながら今があるはず。ここまで辿り着くまでの道のりを想像するに、それは彼らにとってとても感慨深いものがあることだろう。
建物一つ壊して建て替えるだけでもそう簡単なことではない。祖母だって土地を巡って大変な苦労をしたはずだ、そんなことを水原家まで目指しながら考えていた。
やがて、見慣れない街を歩き続け、今日の目的地である水原家にようやく辿り着いた。
私は水原の表札を眺めながら立ち止まった。
ここに来るまでの日々を思い返すと私はその場から動けなくなった。
「お嬢様、約束の時間が来てしまいます」
プリミエールは背後から私の方を見つめて言った。私にはなんとなく視線を変えなくても、長年の経験からプリミエールが私を見ていると分かった。
お互いここにきてから時計を確認する動作をしたわけではない。約束の時間はもちろん決まっていて、その時間が迫っていることは分かっていた。しかしプリミエールがした言葉の真意、危惧していることは私の決断が鈍ることで、もはや迷っている時ではなくなっているということだった。
「大丈夫、これは私が決めたことだから」
誰が今日の日を望んだかといえばそれは当然私自身であり、私の意思、想いに周りの人が答えてくれたからなのだ。
全部私のわがままからきている、それは私自身が一番自覚しなければならない。そうでなければ、他の誰かに責任が生じてしまった時、私は酷く後悔しなければならなくなるだろう。
威厳のある佇まいをする稗田家本家とはかけ離れた水原家の一般家庭の家屋、子どもにとってはどちらを選べるものではなかったけど、その二つの乖離は、確かに私たち三つ子を引き裂いてきたものの一つだった。
私は今になって踏み込もうとしている、どうして? このまま時が過ぎて本当に他人のようになっていくのが寂しいから? 辛いから? 私は自分の本当の気持ちを伝えるすべを知らないのかもしれない。それは私が稗田家の人間で、魔法使いの後継者であり、背負ってきた使命がそうするのかもしれない。
私だって……、逆らうことの出来ない弱さを恨みたくなる。
いつも、頭の中で渦巻く非情な感情と戦ってきた。人間らしくいたいと、そういう気持ちが消えてしまうのが怖いと、だから、こんなことで迷っている自分を愛おしいと、大切にしたいと思ってしまうのだろう。
しかしそれも、残酷なことをしようとしている自分への言い訳なのかもしれない。そう思うと、何時まで経っても心が晴れるものではなかった。
「プリミエール、大丈夫よ、私が伝えるから」
「はい、わてぃしも信じています」
「ありがとう、行きましょう」
私は呼び鈴を鳴らした。
後悔しないために、見失わないために、私は気持ちを落ち着かせた。
”こんにちわ、稗田知枝です”玄関から出てきた夫婦に私はお辞儀をして言った。
「どうぞ、上がってください」
叔母さんが案内してくれる、私はそれに従いリビングに通された。前にあった時よりもやせ細った容姿をしていることに心が痛んだ。
「座ってください、お茶の用意をしますから」
家に上がらせてもらうと叔母さんはそう言ってダイニングの方へ消えていく。
「四年ぶりですな、お久しぶりです」
叔父さんが自然とお辞儀をする姿を見ると心苦しくなってしまう、望んでこうなったわけではない、これが稗田家と水原家の立場の差なのだ。
「突然すみません、急にこんなことになってしまって」
私は出来るだけ丁寧に叔父にそう伝えた。
「いえいえ、お気持ちは理解しているつもりです。兄や黒江さんが巻き込んだことです。子どもたちに責任はないと強く感じています、こういう機会が持てたのも、光や舞にとってはいいことだと思っています」
「そう言っていただけると助かります。これは私のわがままで始めたことなので」
他人ではないのに、他人の家族に触れているような感覚、時間というものは残酷で、気付いたら全てがもう離れてしまったような感覚に陥ることは、どれだけ経験を重ねて寂しいものだった。
「紅茶はお好きでしたか?」
そう言って叔母さんから差し出された紅茶から、いい香りが漂ってきた。
「はい、ローズヒップティーですね、いい香りです」
「喜んでいただければ、嬉しいです。ここで過ごす時間が、知枝さんにとって良いものでありますように」
「もちろん、そのつもりです。皆さんのご迷惑にならないよう努める所存です」
「あまり固くならないでください、同じ家族なのですから」
お世辞でも家族と言ってくれる気持ちは素直に嬉しかった。
私に出来ることはそう多くないというのに。
「それじゃあ、光を呼んできますね、プリミエールさんもゆっくりして言ってください」
「そうよ、プリミエールも座りなさい、そんなところ突っ立ってたら、せっかく用意してくれたのに失礼でしょう?」
私は同行してきたプリミエールに向かって言った。
彼女もまた律儀な人間だ。私がこうでも言わないと遠慮して席に着かないだろう。
「わかりました、では失礼します」
プリミエールが私から見て左側にある一人用のソファー席に座った。
その様子を私は見て、私の気持ちを汲んでの配慮だと分かったが、思わず心の中で”そこに座るのか!”とツッコミを入れてしまった。
叔母さんが光を呼びにリビングを出て二階に上がっていく。
二階建ての一軒家は復興から建物が総変わりしたこともあってか、リフォームしたてのように綺麗なままである。
「支援金は振り込んでおきましたので、私の宿泊代も込みですけど、これから一年間お世話になります」
私は机を介して正面のソファーに座る叔父さんに言った。
「助かります。体調を崩してばかりで情けない限りです」
「いえ、二人を引き取ってここまで育ててくれただけでもう十分です」
叔父は優しい、その優しさに甘えてしまいそうになるけど、そんな自分ではいけないこともよく自分自身で分かっていた。
「でも、舞は責任を感じているようで、順風満帆とはいっていないのは、私共の不徳と致すところです」
「――――舞ちゃんには私がちゃんと話します、だから大丈夫です。今まで通り二人の家族でいてください、それは私の願いでもありますので」
叔父さんの顔を見ると苦しい気持ちになった、私も一緒に暮らしていくことを選んだ以上、頼られる存在でありたいと思った。
「舞は責任を感じているのだと思います、舞が変わったのは本当のことを二人に話してからだったので。まだ学生なのに、無理させていると思うと、親の責任を果たせていないのではと思ってしまう」
双子ではなく、三つ子であるということ。稗田家に生き別れとなった姉妹がいること。目の前の両親が背負ってきた呪縛。
全てをすぐに受け止めることは、光には出来ても舞には出来なかった。無理もないことだろう。
「そんなことないです、舞ちゃんが優しい人だからだと思います、二人に大切に育てられたからこそ、ちゃんと負担にならないよう、恩返しをしたいのだと思います」
低姿勢なままの叔父さんを私は労った。今の私にできるのはそれくらいしかなかった。
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