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最終話「14少女漂流記」3

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「さぁ、ここから地下に入るわ」

 二階への登り階段のそばにある扉の鍵を開けて、紀子さんが扉を開ける。
 その扉を開いた先には、真っ暗で先の見えない下り階段が目の前に広がっていた。

「ここから降りますので、足元には気を付けて」
「はい、何だか本格的な探索ですね」

 ほとんどの学校関係者が知らないであろう地下への階段。
 お互いに手に持った懐中電灯を階段の方に向ける。光を向けても底が見えず、この長い階段が一体何処まで続いているのか、ここからでは分からなかった。

 横幅も狭く、薄暗くて不安定な足場であるので紀子さんが先に階段をゆっくりと一段ずつ降りていき、その後ろを私が足元に気を付けながら離れないように付いて行く。

 旧校舎は元々厄災前からあった建物で、修繕されて今でもサークルの部室や音楽室や美術室といった、特別教室に使われている。
 この地下への階段や壁は厄災の爪痕が残っているのか、修繕されることなくところどころコンクリートが剥がれ落ちていて、確かに年代物でかなりの年季が入っているのが見てとれる。

 掃除が行き届いていないせいで埃っぽさは相変わらず酷い有様なので、息苦しさを覚えた私はハンカチを口に付けながら付いて行く。

 カタンカタンと足音を立てながら長い階段を下っていくが、なかなか終点に着くことなく、何処まで続いているのか不安になる時間が続いた。

 一体どこまで続いているのやらと不思議に思いながら付いて行くと、ようやく階段は終わり、信じていなかった訳ではないが、本当に地下書庫が目の前に現れた。

「凄いですね……、天井が3m近くはありますか?」

 私は懐中電灯を手に頭上を眺めながら、思った感想を口にした。

「そうね、どうしてこんな広い空間が必要だったのかも、何の目的があって、いつ作られたのかもよく分からないのだけど、最初見たときは驚かされたわ。学園の規模からしても、こんなに広大な場所があるなんて、想像も付かないから」

 紀子さんの話しを聞くと、さらに地下書庫の存在が未知なものに感じられた。

「本当に不思議です……、まるで地下シェルターのようですね。ここに祖母の手記が……」

 厄災の規模や詳細が明らかにされていない以上、本当に地下シェルターとして利用されていることも否定できないので不気味さを感じずにはいられなかった。

「フロアのほとんどは図書館のようになっているのだけど、奥には姉の私室もあるの、恐らくそこに手記が隠されていると思うのだけど」

 手記を未だに見つけられていない事を鑑みると、紀子さんもここの調査を詳しくはしていないのだろう。
 地下探索にロマンを求める人もいるだろうが、紀子さんはそういうタイプではないと思う。
 確かにこんな不気味な場所に目的や義務もなしに来たいと思う人はいないだろう。

「―――分かりました、行きましょう」

 呼吸を整えながら私は先導する紀子さんに導かれて地下書庫の奥へと向かっていく。

 この三十年で多くの図書館は閉鎖され、数多くの書物が焼却処分されてきた。コスト削減が理由と説明はされているが、はっきりとした理由は分かっていない。

 デジタルデータ以外の情報を減らしていくことで情報を管理しやすいようにした上で、情報統制を進めているという噂もあるが、本当のところは分からない。

 不確定要素の強い情報は出来るだけ消し去りたい、周辺各国に倣ったならった方針にも考えられ、胡散臭さが残るが、多くの情報管理が民営化されていく中で、管理が行き届かない面もあっただろう。
 
 そういった内情の中で、本当に国民の知らない思惑が国や政府の中枢の組織にあるのか、よく分からないが、多くの図書館が閉鎖され、古い書籍の多くが失われてしまったのは事実だった。

 それらを踏まえて、ここに残されている紙媒体の資料がどれほどの歴史的価値を有しているかは未知数であるが、蔵書の総数から見て実際のところ価値は大きいと言えるだろう。

(おばあちゃんはこういったものも、現代に残したかったのか……)

 生きていた頃の祖母のことを思いながら、私は心の中で考えに耽った。

 天井の高い、広いフロアを歩いていくと紀子さんは突然足を止めた。目の前の古びた扉が懐中電灯の光に照らされ、ここが目的の場所であると、すぐに理解できた。

 不格好で質素な、何の変哲のない扉がそこにはあった。
 しかしながら、中の様子は想像つかない。

「さぁ、入りましょうか」
「はい、せっかくここまで来たんですから」

 私たちは目を合わせて確認しあった。
 紀子さんが持ってきた鍵束でドアをゆっくりと開けると年代物であることもあってか、軋むような音を立てながら扉は開いた。

 慎重に部屋の中に入ると、そこは先ほどの地下書庫よりも天井が低く設計された、小さな書斎であった。

 この学園で三十年前は教師をしていたという祖母。
 
 そのことを思い出して、ここで祖母は何を思い、何をしていたんだろうと思いを馳せる……。

 私の知らない祖母の姿……。4年前に亡くなった祖母との思い出を思い出し、どんなことでも知りたい気持ちになった。



 出産直後に母が亡くなり、父とは暮らさず、祖母と一緒に暮らしていた私はよく祖母と話をして、いろんなことを教わってきた。

「魔法使い?」
「そうだよ、おばあちゃんは実は魔法使いなんだよ」
「すごいすごいすごい!! じゃあ、自由に空を飛んだり? 窯を使って錬金術をしたりできるの?」
「知枝はよく知ってるわね」
 
 懐かしい記憶、まだ3歳頃の記憶だ。この頃にはもうある程度の漢字や英語も読めるようになっていて、一人で読書もしていたっけ。

「昔の魔法使いはそんなことも出来たのかもしれないわね」
「むかし?って、今はできないの?」
「そうだね、世代を重ねるごとに、魔法使いの血は段々弱くなってきたんだ」
「どうして? 便利な力があるなら、みんな使いたいって思うのに」

 それらしいことを丁寧に言っていたおばあちゃんに対して、小さい頃の私はおばあちゃんの話す魔法使いのことに興味津々で、いっぱい質問して困らせていたっけ。

「知枝はそう思うかもしれないけど、魔法使いの力を得るには、沢山の修行が必要だったんだ。それは豊かではない時代を生き抜くために人類に与えられた希望であり、選ばれた人の想いの力によって発現される、いわば奇跡だった。

 ”人類はそうした奇跡にすがらなければ厳しい環境を生き抜けなかった”

 でも、時代は変わって、便利な物を数多く発明し、それを機械の力で大量生産して、生活に困らない豊かさを得るようになっていった人類は、次第に魔法使いの力にすがることもなくなっていった。

 魔術が必要とされなくなっていけば、魔法使いも厳しい修行なんてしなくなっていき、魔法は役目を終えてゆっくりと廃れていった。それは変わっていく時代の中では仕方のないことだったんだよ」

 おばあちゃんの話してくれたことは難しくて、昔はよく分からなかったっけ。

「でも、必要とされなくなったのに、どうして、おばあちゃんは魔法使いになったの?」
「それは難しい問いだけど。一つ答えをあげるとすれば、きたるべき時代に備えて、魔法使いの力を絶やさないためかしら」

きたるべき時代?」

「そうだよ、科学や物理では対抗できない“敵”との戦い、人類を脅かす“敵”に対抗できる力を、絶やさないためだよ」

 そうだ、今まで記憶の奥にあって思い出せなかったけど、おばあちゃんはそんな話もしてくれた。ずっと忘れていた、きっとそんな大変な“敵”なる存在と遭遇したことがなかったからだろう。私も所詮、みんなが知っているような知識しか知らないということかもしれない。

「何だか怖いな……、そんな“敵”が現れたら、みんな困っちゃうよ」
「だから、知枝には次の世代を引き継いで、この世界を守っていってほしいんのよ。おばあちゃんのような非力な魔法使いでは守れないものもたくさんあったからね」

 おばあちゃんは昔のこと思い出しているか、切なげに視線を落とした。

「そんなこと言われても、私、何の力もないよ」
「いいや、知枝は私よりもずっと優れた才能を持った魔法使いだよ。だから、自信を持って、自分にしかできない力があると信じて生きてほしいんだよ」

 その時は何が正しいのか、分からなかった。
 でも、私がこの時、おばあちゃんの言葉を否定してしまっていたら、今の私はなかっただろう。
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