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第9話 姉の帰宅
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数日前、ヴェルディーレ家に一通の手紙が届いた。
この家の家紋の印が付けられた手紙。
手紙と言えば、パーティー以来マリアンナ宛のものが一層増えていたらしいが、聖花の元に届くことは終ぞなかった。
先にダンドールが目を通し、断りの手紙を書くことなく破り捨てていたからだ。
それはさておき、手紙の送り主はフィリーネ・ヴェルディーレ。マリアンナの姉で、今は学園の寮で生活している淑女だ。
惚れ惚れするような麗筆で綴られた文には、こう記されていた。
“~。 学園の長期休暇が始まりました。
私、近いうちに一度そちらへ帰宅致しますので、私のご家族の皆様が揃っていらっしゃる日時を教えて下さいまし。
久方ぶりにお会いできる日を心待ちにしておりますわ。~。“
‥‥‥そして、今日この日こそ、フィリーネが久しぶりにヴェルディーレ家に帰宅してくる日だ。
屋敷のメイドたちは早朝から、寝具のシーツを付け替えたり、新しい毛布や服などを用意したり、更には埃一つないように大掛かりで掃除をするなど、彼方此方を何時もより綺麗に整え直していた。
その様子を見ていなくとも、内装を見れば瞬時に分かる程に。
フィリーネは他人だけでなく、彼女自身も律することができる人柄をしていた。
その堂々とした態度から、多くの令息には不人気であったものの、屋敷のメイド含む女性たちからはとても慕われていた。
そのフィリーネは、実は『異国の国の聖女』の所謂"敵キャラ"に位置する。が、後の聖花にとっては心強い味方になってくれる存在だ。
そんなこと、今の彼女に知る由などなかったが。
朝食を終え、ダンドールたち家族は各々、既に食堂から移動していた。
マリアンナとギルガルドは書庫に、ダンドールは執務室に。
フィリーネが来るまで少しでも執務を進めようと、ダンドールが筆を執った時だった。
執務室の勢い良く扉が開いて、嬉しそうな様子のルアンナが部屋に駆け込んで来た。
「旦那様!フィーネが帰ってきましたわ!!」
「何!フィーネが!!
そこのメイド、マリーとギルを呼んで来てくれ。
皆で迎え入れよう」
フィリーネの乗る馬車が屋敷に到着したようだ。ダンドールたちが想定していたよりも早い。
まだ日の昇りきっていない、少し暖かくなってきた朝方のことだった。
彼はその言葉に驚きつつも、胸が弾んでいた。久しぶりに会える、と。
筆を置き、ふたり執務室を後にする。
身支度を急ぎ整えてから、フィリーネを迎えにエントランスまで先に向かった。
一方、ダンドールに命じられたメイドは、ギルガルドたちがいるだろう部屋へと向かっていた。
屋敷のメイドの目撃情報を元に、書庫へと訪れる。
椅子に座って静かに本を読むマリアンナの姿がメイドの目に入った。
ギルガルドは―――いない。
「お嬢様、マリアンナお嬢様」
「、!!どうされましたか?」
後ろから声を掛けられて、驚いた様子のマリアンナが振り返る。けれども直ぐに取り繕った。
その様子を一通り見てから、メイドが続ける。
「フィリーネお嬢様が屋敷に到着されたようなので、急ぎいらしてくださいませ。旦那様と奥様がエントランスでお待ちです」
「ぇっっ、お早いですね…。分かりました。直ぐ向かいます、とお父様方にお伝えください」
メイドは畏まりました、と落ち着きのある声で言うと、彼女の部屋の前から静かに去っていった。
このままダンドールたちのいる方へと向かっていくのだろう。
対して、部屋に一人取り残された聖花は、冷静さを欠いていた。
こんなに早く帰って来るなど、皆と同様考えていなかったのである。
心の準備が出来ている筈がない。
ギルガルドの座っていた方を見るも、既に彼はいなかった。聖花が読者に夢中になっている間に何処かへ行ったのか。
疑問の残るまま、聖花はエントランスへと向かった。
「皆様ご機嫌よう。私、只今帰りましたわ。お久し振りですわね。学園生活も順調ですわよ」
聖花がそこに着いた時、丁度フィリーネが話し始めた。彼女が待ってくれていたことを察し、聖花は何処か申し訳なく感じた。
どうやらマリアンナ以外の家族は既に皆揃っているようで、ギルガルドさえそこに突っ立っている。
「フィーネ、久し振りだな!!1年に二回程しか
家に帰ってこないから心配していたが、元気そうで何よりだ」
「そうですね、旦那様。フィーネが朗らかそうで私も嬉しく思います。貴女が次に学園に戻る時は、マリーも当分行ってしまうから、二人もいなくなって悲しくなるわね」
ふたりがそれぞれ言葉を紡ぐ。
ダンドールは明るくにこやかで、対するルアンナは微笑を浮かべながらも少し物悲しげにだ。
ルアンナの台詞を聞いたダンドールは、漸く口籠った。すっかりそのことを忘れていたようだ。
「お姉さま、先程はお待たせしてしまい申し訳ございません。
…お久し振りですね。いかがお過ごしでしたか?」
相変わらず無愛想なギルガルドに変わって、聖花が口を開いた。
フィリーネは一言も発さない彼をチラリと見てから、マリアンナの方へと向き直した。
何処か不思議そうな顔をしている。
それもその筈で、本来マリアンナはフィリーネを『フィー姉様』と呼んでいたのだ。
記憶喪失故の些細なミス。だが、それを聞きなれていたフィリーネにとっては他人行儀に感じてしまった。
「マリー、…どうしたの??遅れることと言い、貴女……。
ですが、久方ぶりですので、今日はもういいわ。
また気に掛かることがあれば言うことにします」
何かを言おうとするも、結局フィリーネは口籠った。
久々の帰宅なのだ。折角の良い空気を壊す訳にはいくまい。
話題を別の方向に転換して、学園での話を語り出すフィリーネ。
それを見た聖花は、ホッとして胸を撫で下ろした。何も追求されなくて良かった、と。
またしても、ギルガルドはいつの間にかその場から居なくなっていた。
この家の家紋の印が付けられた手紙。
手紙と言えば、パーティー以来マリアンナ宛のものが一層増えていたらしいが、聖花の元に届くことは終ぞなかった。
先にダンドールが目を通し、断りの手紙を書くことなく破り捨てていたからだ。
それはさておき、手紙の送り主はフィリーネ・ヴェルディーレ。マリアンナの姉で、今は学園の寮で生活している淑女だ。
惚れ惚れするような麗筆で綴られた文には、こう記されていた。
“~。 学園の長期休暇が始まりました。
私、近いうちに一度そちらへ帰宅致しますので、私のご家族の皆様が揃っていらっしゃる日時を教えて下さいまし。
久方ぶりにお会いできる日を心待ちにしておりますわ。~。“
‥‥‥そして、今日この日こそ、フィリーネが久しぶりにヴェルディーレ家に帰宅してくる日だ。
屋敷のメイドたちは早朝から、寝具のシーツを付け替えたり、新しい毛布や服などを用意したり、更には埃一つないように大掛かりで掃除をするなど、彼方此方を何時もより綺麗に整え直していた。
その様子を見ていなくとも、内装を見れば瞬時に分かる程に。
フィリーネは他人だけでなく、彼女自身も律することができる人柄をしていた。
その堂々とした態度から、多くの令息には不人気であったものの、屋敷のメイド含む女性たちからはとても慕われていた。
そのフィリーネは、実は『異国の国の聖女』の所謂"敵キャラ"に位置する。が、後の聖花にとっては心強い味方になってくれる存在だ。
そんなこと、今の彼女に知る由などなかったが。
朝食を終え、ダンドールたち家族は各々、既に食堂から移動していた。
マリアンナとギルガルドは書庫に、ダンドールは執務室に。
フィリーネが来るまで少しでも執務を進めようと、ダンドールが筆を執った時だった。
執務室の勢い良く扉が開いて、嬉しそうな様子のルアンナが部屋に駆け込んで来た。
「旦那様!フィーネが帰ってきましたわ!!」
「何!フィーネが!!
そこのメイド、マリーとギルを呼んで来てくれ。
皆で迎え入れよう」
フィリーネの乗る馬車が屋敷に到着したようだ。ダンドールたちが想定していたよりも早い。
まだ日の昇りきっていない、少し暖かくなってきた朝方のことだった。
彼はその言葉に驚きつつも、胸が弾んでいた。久しぶりに会える、と。
筆を置き、ふたり執務室を後にする。
身支度を急ぎ整えてから、フィリーネを迎えにエントランスまで先に向かった。
一方、ダンドールに命じられたメイドは、ギルガルドたちがいるだろう部屋へと向かっていた。
屋敷のメイドの目撃情報を元に、書庫へと訪れる。
椅子に座って静かに本を読むマリアンナの姿がメイドの目に入った。
ギルガルドは―――いない。
「お嬢様、マリアンナお嬢様」
「、!!どうされましたか?」
後ろから声を掛けられて、驚いた様子のマリアンナが振り返る。けれども直ぐに取り繕った。
その様子を一通り見てから、メイドが続ける。
「フィリーネお嬢様が屋敷に到着されたようなので、急ぎいらしてくださいませ。旦那様と奥様がエントランスでお待ちです」
「ぇっっ、お早いですね…。分かりました。直ぐ向かいます、とお父様方にお伝えください」
メイドは畏まりました、と落ち着きのある声で言うと、彼女の部屋の前から静かに去っていった。
このままダンドールたちのいる方へと向かっていくのだろう。
対して、部屋に一人取り残された聖花は、冷静さを欠いていた。
こんなに早く帰って来るなど、皆と同様考えていなかったのである。
心の準備が出来ている筈がない。
ギルガルドの座っていた方を見るも、既に彼はいなかった。聖花が読者に夢中になっている間に何処かへ行ったのか。
疑問の残るまま、聖花はエントランスへと向かった。
「皆様ご機嫌よう。私、只今帰りましたわ。お久し振りですわね。学園生活も順調ですわよ」
聖花がそこに着いた時、丁度フィリーネが話し始めた。彼女が待ってくれていたことを察し、聖花は何処か申し訳なく感じた。
どうやらマリアンナ以外の家族は既に皆揃っているようで、ギルガルドさえそこに突っ立っている。
「フィーネ、久し振りだな!!1年に二回程しか
家に帰ってこないから心配していたが、元気そうで何よりだ」
「そうですね、旦那様。フィーネが朗らかそうで私も嬉しく思います。貴女が次に学園に戻る時は、マリーも当分行ってしまうから、二人もいなくなって悲しくなるわね」
ふたりがそれぞれ言葉を紡ぐ。
ダンドールは明るくにこやかで、対するルアンナは微笑を浮かべながらも少し物悲しげにだ。
ルアンナの台詞を聞いたダンドールは、漸く口籠った。すっかりそのことを忘れていたようだ。
「お姉さま、先程はお待たせしてしまい申し訳ございません。
…お久し振りですね。いかがお過ごしでしたか?」
相変わらず無愛想なギルガルドに変わって、聖花が口を開いた。
フィリーネは一言も発さない彼をチラリと見てから、マリアンナの方へと向き直した。
何処か不思議そうな顔をしている。
それもその筈で、本来マリアンナはフィリーネを『フィー姉様』と呼んでいたのだ。
記憶喪失故の些細なミス。だが、それを聞きなれていたフィリーネにとっては他人行儀に感じてしまった。
「マリー、…どうしたの??遅れることと言い、貴女……。
ですが、久方ぶりですので、今日はもういいわ。
また気に掛かることがあれば言うことにします」
何かを言おうとするも、結局フィリーネは口籠った。
久々の帰宅なのだ。折角の良い空気を壊す訳にはいくまい。
話題を別の方向に転換して、学園での話を語り出すフィリーネ。
それを見た聖花は、ホッとして胸を撫で下ろした。何も追求されなくて良かった、と。
またしても、ギルガルドはいつの間にかその場から居なくなっていた。
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