今度はあなたと共に。

荒川きな

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本編――公爵令嬢リリア

2-16

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 リリアは夢を見ていた。遠い昔の夢だ。


「―アァァーーーーー!!」

 不意に、部屋の中に誰かの泣き声が響き渡った。
 それは、一人の女性から生まれ落ちたばかりである赤ん坊の産声であり、生命の誕生の瞬間だった。


「……奥様!生まれましたよ!!女の子です!!」
 
 メイドたちがばたばたと忙しなく動き回っている中、ひとりの使用人が興奮気味に声を上げた。
 尊い命の誕生を目の当たりにして、余りの感激に声を抑えることが出来なかったのだ。

 それは、その場にいる他の者たちも同様で、皆口々に喜びの言葉を口にしている。
 中には、生まれたばかりの小さな花を一目見ようと、積極的に赤ん坊の元へ近付こうとする者さえいた。
 けれどもそれは、同席していた産婆に赤ん坊が混乱するからと制止され、ざわめきだけが辺りに響いていた。


(これは、一体――――)

 部屋の隅で、リリアはその様子を見渡していた。
 先程まで、アルテミスと二人きりだった筈なのに、いつの間にか辺りは人でごった返している。

 先の様子を思い出そうと、リリアは自身の記憶を辿った。
 母の部屋に入り、それから―――。……何をしたのか、これと言って思い出せなかった。

 兎に角、今目の前で起こっていることは何なのか。
 リリアには今の状況が理解できる筈もなく、呆然とその場に立ち尽くすことしか出来ない。

 傍にいたメイドに何をしているのかと耳打ちしたが、見事に無視されてしまった。
 まるでリリアが空気であるかのように扱うメイドを見て、これは夢か幻覚なのだと彼女は自ずと自覚した。
 心なしか、身体も透けているように見えるのは彼女の気の所為ではないのだろう。

 暫く様子を眺めていると、ひとつのことに気が付いた。
 息を切らして寝具に横たわる女性が、リリアの母アルテミスその人だったのだ。

 今よりも少しばかり若い母親は、涙を溢しながらゆっくりと言葉を紡いだ。


「顔を……見せてくれる?………」

 それを聞くなり、産婆は静かに頷いて、赤ん坊――リリアを優しく包み込んだ。
 それから、産婆はアルテミスの元へと近付くと、彼女の前に屈み込んだ。

 毛布の隙間から、小さなリリアが顔を覗かせる。
 すっかり落ち着きを取り戻していた彼女はアルテミスと目が合うなり、にっこりと微笑み顔を浮かべた。


「あぁ、可愛い私の子。生まれて来てくれてありがとう」

 ポロポロと涙を流しながら優しげな表情を浮かべるアルテミスは、これ迄にリリアが見たことのない程、穏やかで慈愛に満ちていた。
 今の彼女からは想像できない程に、儚げで美しかった。

 余りにリアルな映像に、これが現実かとリリアは錯覚しそうになった。
 今目の前で繰り広げられていることこそが、まさに今、起こっていることなのだと。

 けれども現実は非情だ。

 自身の意志に反して、リリアの身体は段々と薄れていく。この夢の世界から切り離されていく。
 まだ見ていたかったのに、とうとう夢の終わりが来たことを彼女は悟った。


「お母様!待って―――」

 その場から消えてしまう直前、リリアは声を荒らげて、精一杯母の元に駆け出そうとした。
 聞こえる筈なんてないのに。

 しかし、不意にアルテミスは壁側を見た。リリアの立っていた所だ。
 それから、口をゆっくりと動かした。切なげで、哀しげな瞳を浮かべて。
 とても命の誕生を喜んでいる顔とは思えない。


「お母―――」

 プツン、と景色が消えた。
 アルテミスは最後に何かを呟いていたけれども、リリアには聞き取れなかった。

 真っ暗闇が広がる。行先も見えない、暗い暗い空間だ。


「此処はどこ?!」

 リリアは叫び声を上げた。
 けれどもその声は誰に聞かれる訳もなく、闇の中に吸い込まれていった。

 辺りを見回して、足を一歩一歩を進める。
 何処を歩いても、何処を向いても、暗闇に終わりは見えなかった。永遠と続く道のりのようだ。

 疲れ切ったリリアは漸く足を止めた。足を止めて、一旦休憩しようと、その場に座り込んだ。
 やはり、何も見えない。


(ここは、死後の世界、なの――?)

 暫く考えて、とうとうリリアはそんな考えに至った。もしかすると、これまでの出来事が全て夢で、あの時・・・、既に死んでしまっていたのかもしれない、と。

 そうすれば、自ずと答えは見えてきた。

―――ずっと、都合の良い夢を見続けていたのだ。

 母が生きていて、カルロが昔のよう昔以上に優しくしてくれて、……何て都合の良い夢なんだろう。
 全てが偽りで塗り固められた世界。

 リリアはただただ、その場に佇んでいた。呆然と、生気の失った表情を顔一面に浮かべて。
 先程までとは似ても似つかない程に、絶望した顔だ。

 何がやり直せると言うのだ。何が変えられると言うのだ。彼女はただ、自身のに溺れていただけなのに。
 それでも、これまでの数日間は充実していた。自由が拘束されることもなく、心の何処かで喜びを感じていた。

 だからこそ、そんな日々が一瞬で崩れ去ってしまうことが、どうしようもなく苦痛だった。
 余計な希望を抱いて、結局何も成し遂げることも出来ずに消えて行くことが。


(初めから…。初めから、希望なんて……なかった。のね―――)

 そう確信すると、何もかもがどうでも良くなった。
 いや、諦めざるを得なかったのだ。

 だってもう、リリアは――――。

 絶望なんてものじゃない。どうしようもない無気力感が彼女を襲ったのだ。

 何も覆らないというやるせなさに身を任せ、決して目覚めることのない深い眠りにつこうと、リリアはゆっくりと目を閉じた。
 何も考えないようにして、思考を空虚で埋め尽くす。

 が、――――。


「~~~~~!!!!」

 誰かの叫び声が聞こえてきて、リリアは意識を・・・取り戻した・・・・・。やけに身体が怠い。
 それから彼女は、微睡む意識の中、その場からゆったりと起き上がった。今度は何だろうか、と。
 瞼を擦り、その目を開ける。

 けれどもそこは、死後の世界などではなく、のリリアの部屋だった。


(また・・、夢だったの―――?)

 恐ろしいほどに黙り込んだ彼女は、兎に角、考えることに専念した。
 落ち着ける余裕がある筈もなく、すっかり冷静さを欠いてしまっていたのだ。


(さっきのは夢?……じゃあ、今は?一体、何処までが夢で何処までが現実なの?分からない。分からない―――)

 考えれば考える程に思考がこんがらがって、思わずリリアは頭を抱えた。
 瞳孔な開き、息が乱れて、いつの間にか錯乱状態に陥りそうになる。

 神様は意地悪だ。彼女が望むものを与えては突き放し、与えては突き放し、何がしたいのか分かったものではない。
 そんなにリリアを苦しめて、絶望させて、一体何が面白いというのだろうか。


「リリア!!私を見なさい!!」

 すると突然、誰かがリリアの手を引いて、彼女と向き合った。やっとのことで、視線がほんの僅かだけ重なる。


「お母、様………?」

 リリアが呆然と呟いた。声を荒げる母の姿は、これまでにない程に真剣で、彼女の方をしっかりと見つめていた。
 一体何が起こったのだろう。それともこれまた夢なのか、訳が分からなくなる。


「いいえ、騙されないわ。今すぐ私の前から消えて。幻なんて見たくない」

 吐き出すように、リリアが毒づいた。これが、今の彼女にとって精一杯の抵抗だった。都合の良い夢なんて見たくない、という意思表示。
 早く抜け出したい。早く逃れたい。そんな気持ちが何処からともなく溢れ出してきて、言葉が自然と口をついたのだ。


「一体何を………」

「早く消えてよ!!私の前に現れないで!!!」

 それでも尚、目の前から消えてくれないアルテミスの姿に、リリアは怒鳴り声を上げた。苛立ちを覚えているのか、焦りを覚えているのか、力任せに声を出す。

 すると、


「リリア!!!!」

 リリアよりも大きな声を出したアルテミスは、彼女の両手を力強く握りしめ、それから目一杯顔を近付けた。
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