紅い騎士の物語

アヴァン

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繰り返す日常

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「ただいまぁ………」

 教会の裏手にある家にヒカリは帰りついていた。時刻は夜中の二時。神父はきっと寝ている時間だろうと思うが、習慣からか、挨拶を小声でしながらそっと玄関のドアを開ける。家の中は当然の如く電気は消され、真っ暗だった。

 この家に住んでいるのは千堂含めて五人。赤嶺善導あかみねぜんどうという三十代くらいの神父。赤嶺ゆかりという大学生のシスター。あとは中学生くらいの双子の女の子のレインとジュリー。この双子に関しては僕が高校生になった頃から一緒に暮らしている。しかし、記憶操作の件もあるから信用してはいけないだろう。

 そっと忍び足で廊下を進む。暗くて見えないが感覚でわかる。僕の部屋は二階にある。階段を上ってつきあたりの角部屋だ。十畳くらいのスペースがあるため一人部屋としては広い方ではないだろうか。

 真っ暗闇の中、階段に足をかけようとしたとき、パッと廊下が明るくなった。

「あーー!ヒカリンが夜遊びから帰ってきたーー!」
「帰ってきたーー!」

 廊下の奥の方からレインとジュリーがとてとてと小走りで向かってくる。

「レイン!ジュリー!」

 二人を抱きしめながら千堂は小声で耳打ちする。

「ご、ごめん。今は静かにしていてもらえる?二人に見つかるとヤバいんだ…」
「二人って?」
「神父様とシスターにだよぉ、レインー。わかったぁ、内緒にしててあげる。でも私達にはどこに行っていたか教えてよねー?なんか怪我もしてるみたいだしー」

 レインとジュリーは巻き込むわけにはいかない。だから話すわけにもいかない。だから……

「ごめん、話せないんだ。でも悪いことはしてないから安心して?」
「ええー、信じられな―い」
「信じなーい」
「今度何か言うこと聞いてあげるからさ?ね?」

 ヒカリはレインとジュリーを離す。その拍子に自分の手のひらを二人に見られてしまった。

「あれ?なんで刻印が浮き出てるの?」
「のー?」
「……刻印ってなんでそれを知ってるの……?」

 千堂がそういうと二人はクスクスと笑い始める。なんだ?どういう事だ?

「おもしろいね、ジュリー。"赤い死"が刻印の事を知っているよ?」
「おかしいね、レイン。"赤い死"が"奇跡"を使っていたようよ?」

 尚もクスクスと二人は笑う。これは流石に嫌な予感しかしない。おそらく、いや、十中八九二人は僕の記憶操作に何かしら絡んでいる!

 その考えに至ると千堂は玄関に向かって走り出す!靴を履いている暇なんてない!ドアを開け、全速力で外に飛び出す!

「ゼンドーー!千堂が逃げたー!」
「ゆかりーー!千堂が戻ったー!」

 双子の甲高い声が後ろから聞こえる。でも、今ならまだ逃げ切れ…

「聞こえている。真夜中ですよ?二人とも」

 ヒカリの目の前には赤嶺善導。赤嶺教会の神父がそこに立っていた。

「あらあら、記憶が戻っちゃったの?ヒカリの。困ったわねぇ、私、明日は普通に学校なのよ?」

 後ろからはゆかりさんの声が聞こえる。

 挟まれた!!

「や、やだなぁ?神父様。夜遊びしたくらいでこんな時間まで起きていたんですか?わざわざ教会の正装までして……僕を叱るために?」

 まずい まずい まずい まずい まずい まずい まずい

「いえいえ、心配だったのですよ、ヒカリ君。叱りはしますが心配あっての事。ゆかり君はただ夜更かししていただけのようですが」

 ヤバい ヤバい ヤバい ヤバい ヤバい ヤバい ヤバい

「そうよぉー、花の大学生ですものー。夜更かしくらいはしますわ?」

 後ろを振り向く。そこにはシスター服のゆかりさんが何やら細長い物を持って佇んでいた。

「ゆ、ゆかりさんは何故正装を?」
「なんだか胸騒ぎがしてね?ほんの気まぐれよ、気まぐれ」
「そ、その細いのはなんです?」
「これぇ?最近この辺物騒じゃない?だから護身用よ、気にしなくていいわ」

 よく見ると槍のような形状をしている。でも、先端が五本くらいの突起物で尖っている。あれはなんだ!?

「ヒカリ君。それはともかくどこに行っていたのです?」
「と、友達の家に遊びに行っていたんだ。五条の所だよ。明日の朝確認してみればわかるよ?あいつの実家はお寺だからさ、朝も早いと思うし……」

 五条の事だから合わせてくれるだろう。仮に失敗したとしても今だけは乗り切らなくてはならない。明日はゼノのとこに行かないといけないのだから……

「そうですか………、ところでヒカリ君。手のひらを見せていただけますか?」
「な、何故です?神父様。別に何もありませんよ?」

 ヒカリの内心は焦りまくっていた。これが何なのかは結局わからなかったが見られたらまずいことはわかる。教会の人間に逆十字のマークなんて見せるべきではない。

「何もないなら構わないでしょう?ほら、早く」

 ヒカリが家の中に戻ろうとして後ろを振り向くと、ゆかりさんがもうすでに目の前に来ていてヒカリを抱きしめる。

「あらあら、いけませんよ?神父様から逃げては」

 くそっ!捕まったっ!
 もがいて脱出しようとするが、ゆかりさんはどこにそんな力があるのか、ピクリとも動かない。そして、ついに手のひらを掴まれてしまった。

「これは……完全に浮き出てしまっていますねぇ…。神父様、どうしましょう?」

 すると、神父はヒカリに近づき、その手のひらをジィッと見つめる。

「………どこまで思い出しました?」
「思い出すって……やだなぁ。僕は忘れていることなんてありませんよ?」
 
 ゆかりさんに強く抱きしめられているこの状況は普段なら嬉しい事かもしれないが、今はまずい。まったく抵抗できない。気恥ずかしさと本能レベルでの危機感が合わさってヒカリはパニック状態に陥っていた。

「………"奇跡"、"異端狩り"、"最果て"、"赤い死"」
「!?」

 なんだ?今のワードは!!

「"奇跡"、"異端狩り"のワードで反応しましたね。おそらく接触はあったものの完全に取り戻してはいないでしょう。ゆかり君、後はお願いしますね?」
「仕方ないですわねぇ……ではヒカリ。少しの間眠っていて頂戴ね」
「く、くそぉ……………」

 ああ、だんだんと眠くなってくる………

 眠ってしまったら最後なのはわかっているのだが、極限までの疲労が溜まっている体では抵抗のしようもない。薄れていく意識の中で、神父様とゆかりさんが話す声。レインとジュリーの二人の甲高い声が聞こえてきたがなんと言っているのか聞き取れなくなっていった……







「あなた、何のためにそんな強くなろうとしているの?」

 少女は少年に聞く。
 周囲には何もない雑草のみが生い茂る丘の上。吹き抜ける風は春を思わせる草木の匂い。太陽の光が眩しいくらいに二人だけを温かく照らす。

「いずれ自分の仕える誰かの為に強くなっておきたいんだ」

 少年は剣を振り続けながらも律義に答える。

「おっかしーの!まだ会ったこともない人のために強くなるってバカじゃない?」

 少女は求めていた回答が期待外れだったのか、つまらなそうな表情をする。少年は少女に呆れられながらも剣を振る手を止めない。

「いいんだ。これが僕の憧れなんだから。誰かを守るってのはかっこいいでしょ?」

 少年は目をキラキラさせながら楽しそうに剣を振る。それを見た少女はふーん、とどうでもよさそうに呟いたあとに少年に告げる。

「でも誰かを守るってことはそれ以外の敵を倒すってことでしょう?最終的にはあなた、周り人のほとんどが敵になるわよ?」

 そんなことないさ、と少年は答える。

「そんなことはないよ。僕が選んで、僕が仕える人なんだ。敵はきっと悪い奴で、悪い奴なら倒してしまっても問題はないでしょ?」

 そうかしら、と少女は続ける。

「悪い人って何?悪ってどう判断するの?あなたの仕える人が本当は悪い人だったら?その刻印は強い力を持っているけれど、その考えではきっとあなたを………」

 不幸にするわ。少女は言う。なんで?なんで不幸になるの?それに刻印って………

 少年の声は届かない。少女の声も聞こえない。ああ、この景色は懐かしいようで悲しいようで……僕は……僕は一体……








 「………誰なんだ?」

 目を覚ますと、そこはいつもの見慣れた天井だった。

「………夢、か」

 ゆっくりと目を覚ます。この頃は夢を見る。現実とは思えない夢を。でもそれがただの夢とは思えないほどに鮮明で懐かしい気もする。

「学校にいかなくちゃ……」

 ベッドからゾンビのように上半身を起こしながらも千堂ヒカリは制服に着替える。そこでおや?と不思議に思う。なんだか制服が新しくなっているように思えるのだ。新品の服をゆかりさんが用意してくれたのかな?昨日は確か……魔女の屋敷を探しに行って見つからずに帰ってきただけだからそんなに汚れていなかったと思うけど……。

「……まぁいいか」

 ヒカリは気にしない。制服が勝手に新しくなっていたところで別に不便なことなどないのだから。身支度を済ませると階段を降り、一階の食堂に向かう。

「あ、おはよーヒカリン!」
「はろはろー!」

「おはよう、レイン、ジュリー」

 今日も今日とて元気な挨拶をしてくる。この二人がテンション低いときなどあるのだろうか?

「おはよう、ヒカリ君。昨日はよく眠れたかな?」
「はい、神父様。なんだか体があちこちだるいですが……」
「それはいけないわねぇ、ヒカリ。昨日どこかに出かけてたみたいだしあんまりはしゃぎ過ぎないようにね?」

 神父様は台所で朝食を作っていて、ゆかりさんは僕の後からやってきた。

「ゆかりさんも大学生だからってよく夜更かししてるでしょう?」
「大学生の特権って奴よ?うらやましかったらヒカリも早く大学に飛び級でもしてみなさい」

 ゆかりさんは目の下にクマが出来ていた。昨日はかなり夜更かししていたようだ。こんな大学生になどなるものか。僕は反面教師の義理の姉に敵対意識を密かに燃やす。

「ほらほら、二人とも。そんなところに立ってないで座ったらどうです?」
「はーい」
「はいはい」

 僕らは大人しくテーブルに座る。神父様はいつも教会の正装をしているため、こんな普通の家で料理をしている様を見るとなんだか違和感がある。逆にこっちの大学生は教会以外ではなかなか正装を着たがらない。なんでもダサいとかなんとか。

「ほらできましたよ」

 神父様が人数分の朝食をテーブルに並べる。基本、朝食のメニューはいつも同じで、食パンに目玉焼き、ハムやサラダなどの洋風なものとなっている。本当は日本食の方が好きなのだけれど、作ってもらっている手前《てまえ》文句は言えない。それにおいしいことには変わりないのだから。

「ヒカリ君。別に我が家は門限など決めてはいませんが、遅くなる時は連絡ぐらいしてくださいね?あなたにはまだスマホを買ってあげてはいませんので不便かと思いますが、こちらも帰りがいつもより遅いと心配してしまいます」
「うぅ……ごめんなさい、神父様。気を付けます……」
「そうよ、ヒカリ。私達は血がつながってなくても家族なのだから心配させちゃあダメよ?」

 朝っぱらから叱られてしまった………。でも昨日の事はなんだかよく思い出せないのだ。学校から帰って魔女の屋敷を探しに行ったところまでは確かに覚えているのだが、その後のことはモヤがかかっているような感じがして思い出せない。

「ねぇ?昨日って僕何時ごろ帰ってきたっけ?」
「………どうだったかしら、いつもより遅かったことは確かだけどよく覚えていないわ?それがどうかしたの?ヒカリ」

 今なんか不自然な間がなかった?それになんかゆかりさんの雰囲気も心なしか緊張感があるような……

 気づけば神父様や双子もジィッとこっちを見ている。その異様な空気にヒカリは少し怖くなった。

「………え?どうしたの?みんな?なんか怖いよ?」

「なんでもないわ」
「なんでもなーい」
「ないなーい」
「……………」
 
 そこで会話は完全に途切れてしまった。なんか変なことでも言ったのだろうかと思いながらも、妙な居心地の悪さを感じ取ったヒカリは朝食を素早く食べ終えて学校に行く準備をしに部屋まで戻る。

「………そ、それじゃあ僕は先に行くね。ご馳走様です。いつもありがとう、神父様」

「はい、お粗末様です」
「気を付けていってらっしゃいねー」
「行ってらー」
「らー」

 こうして何か仲間外れにされたような、そんな気持ち悪さを抱えながらも千堂ヒカリの朝は今日も始まる。

 大切なことを忘れているような気がしながら……





 いつも通りの坂を下り、いつも通りの学校に着き、いつも通りの校内を歩きながら千堂ヒカリは心が晴れぬまま、教室のドアを開ける。

「おっ!センドーじゃーん!おはよう!」

 黒霧宗太だ。今日も今日とて相変わらず元気でアホっぽい。いつもはうざいのだか今日はそのうざさが安心できて嬉しくなってしまった。

「ああ、おはよう、宗太」
「ええ?なんかテンション低いじゃーん!なんかあった?」

 だが、内心嬉しいというだけではこの男が僕の心の機微を察するのは無理があったようだ。前言撤回。やっぱりこいつはうざい。

「何もない。何もないよ、宗太。いつもどおりだ」
「( ´_ゝ`)フーンそう?」

 この顔は卑怯ではないだろうか?もう殴りたくて仕方がないが今はそんな気分ではないのでやめておく。

「ところでよ、なんか一年に転入生が入ったらしいぜ?」
「転入生?この時期はなんか微妙じゃない?」
「ああ、そうなんだよー。それでさ!その子女の子らしくてめっちゃ可愛いらしい!今この学校のマドンナっていやぁ、隣のクラスの一宮さんじゃん?あれに匹敵するっていう噂だぜ?」

 それは凄い。一宮さんはこの学校の陰で行われている、男子のみの人気投票で一位を取っているほどの美人なのだ。ついたあだ名が"千の宮の女王"。プライドが高く、美人であることからそう名付けられているのだが、本人は気づいているのだろうか?

「でも、一年生だろ?接点ないでしょ」
「まぁそうだなー………。そういえばさ、なんだ」

 黒霧がそう言った瞬間、教室内にいる一部の男子生徒がピクっと反応する。それは聞き捨てならない単語を聞いてしまったという反応だった。そして、ある者はキョロキョロしながら教室から出ていき、ある者は誰にも気づかれないようにスマホで何やら操作し始めたり、ある者は自分の鞄なのにこっそりと中を確認し始めたりと怪しげな行動を起こし始める。

「だからさ、千堂。今日の昼休みに話し合おうせ?何を買うかさー。場所はとこで」
「はぁ……わかったよ。どうせ嫌だって言っても無理やり連れて行くんでしょ?」
「わかってんじゃーん!じゃあ昼休みにな!」

 そういうと黒霧は自分の席に戻っていく。ヒカリはふと気になって五条の席の方を見る。そこには当然五条が座っているのだが、眼鏡がキランと光って見えた。

 これまためんどくさいことになってきたな………





 『黒の会』

 それはいつから始まったのか。ヒカリたちが高校一年の夏頃くらいからできたと思うのだが、正確にはわかっていない。きっかけはヒカリたちが入学して学校に慣れてきた頃。一宮アンリという女子生徒が可愛いと噂になったころから始まる。
 入学当初はまだ学校自体に慣れていない。ゆえに噂話などは広まりにくい状況ではあったのだが、夏頃になると大分落ち着いてくる為、人の交流は活発になってくる。そこまではいいのだが、学年の問題児、黒霧はその噂話を聞きつけるだけでは飽き足らず、その情報の真偽を確かめるべく無駄な行動力を発揮しだしたのだ。

 始まりはとある昼休みの体育館裏での事。

「なぁ、センドーさんよ。俺は写真部に入ろうと思う」
「はぁ?なんでこの時期に部活入ろうと思ったの?しかも写真部に」

 この頃から妙な縁で黒霧と仲の良かったヒカリは夏休み前ということで他愛もない会話をすることが多くなっていたのだ。

「実はな?この学校の写真部は男子のみの部活らしくてよー。十人くらいしかいないって話なんだー」
「ふーん?それで?」
「それがさー。十人くらいしかいないのに結構いい部室を持っているらしい。教室一個分くらいある広さらしくてなー。それに、撮った写真を加工して視聴覚室なんかで発表会みたいなこともやってんだってさー」
「それは凄いな。たった十人くらいの部員数で」
「ああ、なんでもこの学校運動部が多いじゃん?それで文化系の部活が少ないもんだから学校をいいように使い放題らしい」
「へぇー、いいじゃん。でもなんでそれでお前が写真部に入りたがってんだ?使い放題とはいえ写真撮ることなんか興味なさそうなのに」

 ヒカリがそう言うと黒霧は顔を近づけて、周りの人に聞かれないようにコソコソとヒカリの耳元で呟《つぶや》く。

「…………かわいい女子の写真が見たい」
「お前バカじゃねぇの!?」
「バッカ!お前声がでかいって!」

 黒霧はしー!、しー!、と人差し指と立てながら千堂をなだめる。

「だからよー、写真部に入れば写真を撮るという名目で女子と関われるチャンスが来るかもじゃん?それにカメラは部の所有しているカメラがあるし、何より部員が全員独り身ってことがでかい!」

 ???

「途中まではわかるけどさ。何で独り身だといいんだよ?」
「いいかー?高校の文化系の部活でみんな独り身ってことはよー。普段は学校の広い部室でちまちまと写真撮ってる陰キャ軍団ってことだろ?他の運動部の連中なんかは運動に恋愛でイチャイチャしてるってのに。だから、俺が写真部をかわいい女子を撮るという新しい風を、写真部の奴らに与えたら水を得た魚のように飛びつくぜ?」

 黒霧が運動部に対して酷い偏見を持っていることはわかった。

「でもそんな盗撮みたいなことを写真部がすんなり受け入れる?」
「盗撮なんてとんでもない!俺らはよ、この学校の美少女たちを陰から見守って崇め称えようってだけなんだぜ?その撮られる女の子だってきっとその美貌をみんなに見られたいって想いがどこかにある筈なんだ!だからこれは盗撮ではない!潜在的なお互いの暗黙のルールってやつだ!」

 もう意味がわからない。潜在的ってなんだよ。こいつわかって言ってねぇな?

「………ふっふっふ、話は聞かせてもらいましたよ?」
「き、君は鈴木君!!」

 いつから聞いていたのか、体育館裏の茂みの所から二年にして"千の宮のエロ坊主"という二つ名をほしいままにしている鈴木圭太すずきけいたが飛び出してきた。え?なんでそんなとこにいんの?

「黒霧氏。あなたのその熱い情熱、私は感動しましたよ?」
「お、おお!わかってくれるか!同士よ!」
「ええ、私はこの学校に入ってきてからずっと悩んでいました。ある時は女子更衣室を屋上から望遠鏡で覗き見たり、ある時は掃除時間に廊下の雑巾がけをしながら女子のスカートを覗き見たり、ある時は風の強い日に廊下の窓を開けて合法的なスカートめくりをしたりとしてきましたが、この行動のコレジャナイ感が私の胸を曇らせていたのです……」

 なんかやけにきれいにされた窓や廊下がある時があったがこいつの仕業だったのか。てか合法的なスカートめくりってなんだよ。

「つ、つまり鈴木氏もこの計画に乗ると……?」
「勿論です、同士。ともにこの学校生活を充実させようではありませんか!」
「鈴木氏……」
「黒霧氏……」

 二人は気持ち悪くもお互いで見つめあってる。絵面もひどければ言ってる内容もひどい。
 こうしてここに千の宮の問題児と変態の強烈なタッグが体育館裏で生まれたのである。千堂ヒカリという取り残された男子生徒の目の前で……。

 その日のうちに二人は写真部に入部届を持って行った。この二人が写真部に揃って入部しようとすれば、顧問の先生は怪しむこと間違いなしなのだが、顧問は七十くらいの年齢で、耳も遠ければ噂にも鈍感であるため、部員が増えたと寧ろ喜んでいたそうだ。そして、一週間のうちに、部員全員の説得を終えた二人は写真部の名目で、裏の組織を立ち上げたのだ。それが『黒の会』。名前の通り、黒霧の黒が使われている身バレ覚悟のアホな名前だ。

 『黒の会』は最初こそ健全(?)にかわいい女子の写真を撮り始めたのだが、部員同士でどれが素晴らしい一枚を持っているのかという醜い争いに発展し、それならば他の男子に聞こうではないかということで、密かに声をかけた男子を視聴覚室へ集めだしたのである。これを"品評会"と名付け、不規則的に開催されることになったのが去年の夏の事。



「それがなんだってこんな大事になったかな……」
「うん?どうしたー?センドー?」
「いや、なんでもないよ……」

 ヒカリと黒霧はフードを被り、狐のお面をつけて学校の視聴覚室へ向かう。

 千の宮高等学校の制服は独特だ。最初こそ一般的な上下黒の学ランが主流だったこの学校も、何年か前に、当時はやっていたドラマの学校の制服がフード付きだったことから、のちの生徒会長が「当選したらこの学校の制服をフード付きのにします!」という公約を掲げ、見事当選したことから制服がフード付きのになったらしい。
 そのフードを顔バレ防止に利用したのが隣の問題児である。学校の隅にあるとはいえ、結構な男子が"品評会"の為に集まってくるのだ。女子に見られないようにするためと、男子同士でもムッツリがバレないためとしてフードを被って移動するのが暗黙の了解となっている。仮面はその補助だ。

「でもほんと増えたよね……」
「うん?あー、そうだなー。最初は二十人くらいでやってたのが今では百人だもんなー」

 この学校の二年生の生徒数は三十人×八クラスなので約二百四十人。男女半々である為、ほとんどの男子生徒が参加していることになる。まぁ、中には上級生や下級生もいるだろうから正確にはわからないのだが。

「………よーし、着いたぜ。じゃあ俺は司会に行ってくるから、センドーは後ろの方から入って来てくれよな?」
「はいはい……てか僕も参加しないとダメなの?」
「あったりめーじゃーん!初期メンバーなんだから絶対に決まってんだろー?」
「ただ居ただけなんだけどなー………」
「いっちょやってやりましょーか!」

 ヒカリの恨み言はもう黒霧には届いていない。それでも律義に参加するのは、この会に参加しているある人のことが気がかりであるからだ。

「この学校にはムッツリしかいないのか……」

 独り言を呟きながらもヒカリは視聴覚室の後ろのドアを誰にも見られていないか確認しながらそっと開けた………
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