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その2 虐げられた雑草少女は美しき薔薇姫となり、騎士の前に微笑み立つ
第4話 美しき薔薇姫
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みゃーん、と、のんびりとした猫の声が響いていた。
少女はゆっくりと目を開ける。
少女はまるで薄青いカーペットのような、ネモフィラのお花畑に横たわっていた。
少女の胸の上には、黒と白の毛並みの子猫が丸くなっている。
少女は不思議そうに周囲を見回し、それから自分自身を見下ろした。
ハリのある、淡いピンク色のタフタ生地のドレスを着ていた。
襟元、袖口、ドレスの裾には、つやつやとした濃いピンクのリボンが飾られている。
手をかざしてみると、ほっそりとはしていたが、よく手入れがされていて、指先まで傷ひとつなかった。
子猫を抱いてゆっくりと立ち上がると、そよ風が少女の真っ白な髪をやさしく揺らした。
確かに、色味のない白い髪は、少女の見慣れたものだったが、今の彼女の髪は何度もブラシがかけられ、ほつれひとつなく、緩やかに巻かれていて、明るい日差しの下で、雪のようにキラキラと光っている。
そこにいるのは、1人の美しい姿をした姫君だった。
ドレスの裾をさばき、背筋をぴんと伸ばして、何をも恐れることなく、顔を上げている。
何よりも印象的なのは、空色の瞳。
まっすぐに周囲を見つめ、凛とした、力強さがあった。
「公女様……!」
自分を呼ぶ声が聞こえた。
少女が振り返ると、走ってくる1人の騎士が見える。
自然に軽くウェーブが付いた金茶の髪に、温かく明るい茶色の目。
騎士は隠しきれない笑顔のまま、少女の前に膝をついた。
「……あなたは?」
「私はセオドア、あなたを守る騎士であり、婚約者候補、です」
少女の問いに、騎士は臆することなく微笑んで答えた。
「あなたが婚約を白紙にされ、私はあなたの婚約者に名乗りを上げることを決意いたしました」
セオドアの話によると、公女が夜会の会場で意識を失い、昏睡状態に陥っている間に、大公が御前試合を催したという。
『我こそは公女を守る者、そんな気概を持つ者は参加せよ。優勝者には公女に結婚を申し込むことを許す』
こんな時に御前試合など非常識ではないか、そんな声をものともせずに、大公は開催を決めた。
そして、セオドアは公女に想いを伝えるために、御前試合に参加することを迷うことなく決めたのだった。
少女の記憶が流れるように蘇ってくる。
女傑と評判の女大公によく似た、美しい容姿にもかかわらず、いつもうつむき、頼りなげな様子をした公女が、ベルローズだった。
彼女は努力家で、美しい詩を書き、刺繍の腕は城内でも並ぶ者はいない。
しかし生来とても内気で、人前で顔を上げられず、話すこともできない。公女の護衛騎士であったセオドアは、そんなベルローズを守ってあげたいと思い続けてきた。
『公女様、大丈夫です。さあ、ゆっくり参りましょう』
人々の突き刺さる視線に顔を上げられない公女に、セオドアが語りかける。
『公女様、お辛ければ、お顔はそのままで大丈夫です。さあ、お手を。万が一、転んではいけません』
いつも公女とともにいたセオドアだったが、しかし、伯爵家の3男で、公女の婚約者となるには格下の身分。それを挽回する唯一のチャンスとして、御前試合に挑戦した。
意識のない少女に、セオドアは話しかける。
『公女様、御前試合に出させていただけることになりました。まだまだ若輩者ですが、公女様のために戦います。もし、私が勝利したら……私の剣を捧げることを、お許しいただけますでしょうか……?』
「……セオドア!」
自分をやさしく見つめる若い騎士に、ベルローズは思わず駆け寄った。
その時、少女の後ろから声を掛ける、女性の声がした。
「ベルローズ」
女性にしては低い、その声には覚えがあった。
背が高く、まるで男性のようなチュニックにマントを身に付けた女性は、背中に雪色の長い髪を垂らしていた。
そっと手を差し出して、少女を抱きしめる。
「……お母様?」
「良かった……! 気が付いたのか!」
それは、少女の母である、エルトリア公国の女大公だった。
「わたくし……、長い夢を見ていたような気がします」
「ベルローズ、そなたは昏睡から覚めた後も、何も話さず、何にも反応することなく、まるで人形のように暮らしていたのだ」
「わたくし……今は何が起こったのか、覚えていますわ」
大公はうなづく。
「そなたは自分自身の力で、自分を取り戻したのだ。私は心からそなたを誇りに思う」
少女は自分よりも背の高い母を見上げた。
「わたくしの婚約については?」
大公は、少女の頭をぽん、と叩いた。
「そなたは夜会でどうするか決めたのだろう。私はその選択を尊重する。早急に文書を整えて、公爵家に送る。あのビアンカという令嬢のことも含め、あとどうするかは、公爵家の問題だ。大公家との婚姻はもうない」
そう言うと、大公はにやりと笑って、傍に控えるセオドアを見た。
「ここに勇気ある騎士が1人おったな。ここからはそなたに任せよう、ベルローズ」
「はい」
少女はドレスの裾を捌いて、美しい淑女の礼を取った。
大公は手を振りながら、さっさと歩いて行ってしまった。
子猫もまた、みゃあ、と一声鳴くと、ぽん、と少女の手から離れ、お花畑に飛び降りた。
そこで少女は改めて騎士に向き合った。
セオドアはすでに跪き、剣を手にしていた。
「ベルローズ姫。貴女に私の剣を捧げます。あなたを生涯あらゆることから守ることを誓いましょう」
少女は空色の目を見開いて、セオドアを見つめた。
セオドアの茶色の目には、ただ、少女だけが映っていた。
「私の愛を捧げます。私の全ては、この瞬間からあなただけのものです」
セオドアが剣を少女に捧げた。
少女はその剣を受け取った。
少女の顔に、美しい微笑みが広がっていく。
まるで空を映したかのような瞳。雪のような髪。
陶器のような滑らかな肌には、しかし血の通った温かさがあった。
ふっくらとした唇が、まるで花が綻ぶように笑顔を形作る。
それは、純粋で、清らかな美しさを持った公女ベルローズが生まれた瞬間だった。
こうして、美しき薔薇姫は、騎士の前に微笑み立ったのだった。
『雑草』と呼ばれた少女はついに自由と愛を手に入れた。
☆☆☆ HAPPY♡END ☆☆☆
ここまで読んでくださって、ありがとうございました♡
少女はゆっくりと目を開ける。
少女はまるで薄青いカーペットのような、ネモフィラのお花畑に横たわっていた。
少女の胸の上には、黒と白の毛並みの子猫が丸くなっている。
少女は不思議そうに周囲を見回し、それから自分自身を見下ろした。
ハリのある、淡いピンク色のタフタ生地のドレスを着ていた。
襟元、袖口、ドレスの裾には、つやつやとした濃いピンクのリボンが飾られている。
手をかざしてみると、ほっそりとはしていたが、よく手入れがされていて、指先まで傷ひとつなかった。
子猫を抱いてゆっくりと立ち上がると、そよ風が少女の真っ白な髪をやさしく揺らした。
確かに、色味のない白い髪は、少女の見慣れたものだったが、今の彼女の髪は何度もブラシがかけられ、ほつれひとつなく、緩やかに巻かれていて、明るい日差しの下で、雪のようにキラキラと光っている。
そこにいるのは、1人の美しい姿をした姫君だった。
ドレスの裾をさばき、背筋をぴんと伸ばして、何をも恐れることなく、顔を上げている。
何よりも印象的なのは、空色の瞳。
まっすぐに周囲を見つめ、凛とした、力強さがあった。
「公女様……!」
自分を呼ぶ声が聞こえた。
少女が振り返ると、走ってくる1人の騎士が見える。
自然に軽くウェーブが付いた金茶の髪に、温かく明るい茶色の目。
騎士は隠しきれない笑顔のまま、少女の前に膝をついた。
「……あなたは?」
「私はセオドア、あなたを守る騎士であり、婚約者候補、です」
少女の問いに、騎士は臆することなく微笑んで答えた。
「あなたが婚約を白紙にされ、私はあなたの婚約者に名乗りを上げることを決意いたしました」
セオドアの話によると、公女が夜会の会場で意識を失い、昏睡状態に陥っている間に、大公が御前試合を催したという。
『我こそは公女を守る者、そんな気概を持つ者は参加せよ。優勝者には公女に結婚を申し込むことを許す』
こんな時に御前試合など非常識ではないか、そんな声をものともせずに、大公は開催を決めた。
そして、セオドアは公女に想いを伝えるために、御前試合に参加することを迷うことなく決めたのだった。
少女の記憶が流れるように蘇ってくる。
女傑と評判の女大公によく似た、美しい容姿にもかかわらず、いつもうつむき、頼りなげな様子をした公女が、ベルローズだった。
彼女は努力家で、美しい詩を書き、刺繍の腕は城内でも並ぶ者はいない。
しかし生来とても内気で、人前で顔を上げられず、話すこともできない。公女の護衛騎士であったセオドアは、そんなベルローズを守ってあげたいと思い続けてきた。
『公女様、大丈夫です。さあ、ゆっくり参りましょう』
人々の突き刺さる視線に顔を上げられない公女に、セオドアが語りかける。
『公女様、お辛ければ、お顔はそのままで大丈夫です。さあ、お手を。万が一、転んではいけません』
いつも公女とともにいたセオドアだったが、しかし、伯爵家の3男で、公女の婚約者となるには格下の身分。それを挽回する唯一のチャンスとして、御前試合に挑戦した。
意識のない少女に、セオドアは話しかける。
『公女様、御前試合に出させていただけることになりました。まだまだ若輩者ですが、公女様のために戦います。もし、私が勝利したら……私の剣を捧げることを、お許しいただけますでしょうか……?』
「……セオドア!」
自分をやさしく見つめる若い騎士に、ベルローズは思わず駆け寄った。
その時、少女の後ろから声を掛ける、女性の声がした。
「ベルローズ」
女性にしては低い、その声には覚えがあった。
背が高く、まるで男性のようなチュニックにマントを身に付けた女性は、背中に雪色の長い髪を垂らしていた。
そっと手を差し出して、少女を抱きしめる。
「……お母様?」
「良かった……! 気が付いたのか!」
それは、少女の母である、エルトリア公国の女大公だった。
「わたくし……、長い夢を見ていたような気がします」
「ベルローズ、そなたは昏睡から覚めた後も、何も話さず、何にも反応することなく、まるで人形のように暮らしていたのだ」
「わたくし……今は何が起こったのか、覚えていますわ」
大公はうなづく。
「そなたは自分自身の力で、自分を取り戻したのだ。私は心からそなたを誇りに思う」
少女は自分よりも背の高い母を見上げた。
「わたくしの婚約については?」
大公は、少女の頭をぽん、と叩いた。
「そなたは夜会でどうするか決めたのだろう。私はその選択を尊重する。早急に文書を整えて、公爵家に送る。あのビアンカという令嬢のことも含め、あとどうするかは、公爵家の問題だ。大公家との婚姻はもうない」
そう言うと、大公はにやりと笑って、傍に控えるセオドアを見た。
「ここに勇気ある騎士が1人おったな。ここからはそなたに任せよう、ベルローズ」
「はい」
少女はドレスの裾を捌いて、美しい淑女の礼を取った。
大公は手を振りながら、さっさと歩いて行ってしまった。
子猫もまた、みゃあ、と一声鳴くと、ぽん、と少女の手から離れ、お花畑に飛び降りた。
そこで少女は改めて騎士に向き合った。
セオドアはすでに跪き、剣を手にしていた。
「ベルローズ姫。貴女に私の剣を捧げます。あなたを生涯あらゆることから守ることを誓いましょう」
少女は空色の目を見開いて、セオドアを見つめた。
セオドアの茶色の目には、ただ、少女だけが映っていた。
「私の愛を捧げます。私の全ては、この瞬間からあなただけのものです」
セオドアが剣を少女に捧げた。
少女はその剣を受け取った。
少女の顔に、美しい微笑みが広がっていく。
まるで空を映したかのような瞳。雪のような髪。
陶器のような滑らかな肌には、しかし血の通った温かさがあった。
ふっくらとした唇が、まるで花が綻ぶように笑顔を形作る。
それは、純粋で、清らかな美しさを持った公女ベルローズが生まれた瞬間だった。
こうして、美しき薔薇姫は、騎士の前に微笑み立ったのだった。
『雑草』と呼ばれた少女はついに自由と愛を手に入れた。
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