①影武者令嬢はわがまま王女に婚約破棄された公爵令息に求婚される②美しき薔薇姫☆異世界恋愛短編集1

櫻井金貨

文字の大きさ
17 / 17
その2 虐げられた雑草少女は美しき薔薇姫となり、騎士の前に微笑み立つ

第4話 美しき薔薇姫

しおりを挟む
 みゃーん、と、のんびりとした猫の声が響いていた。
 少女はゆっくりと目を開ける。

 少女はまるで薄青いカーペットのような、ネモフィラのお花畑に横たわっていた。
 少女の胸の上には、黒と白の毛並みの子猫が丸くなっている。

 少女は不思議そうに周囲を見回し、それから自分自身を見下ろした。

 ハリのある、淡いピンク色のタフタ生地のドレスを着ていた。
 襟元、袖口、ドレスの裾には、つやつやとした濃いピンクのリボンが飾られている。

 手をかざしてみると、ほっそりとはしていたが、よく手入れがされていて、指先まで傷ひとつなかった。

 子猫を抱いてゆっくりと立ち上がると、そよ風が少女の真っ白な髪をやさしく揺らした。

 確かに、色味のない白い髪は、少女の見慣れたものだったが、今の彼女の髪は何度もブラシがかけられ、ほつれひとつなく、緩やかに巻かれていて、明るい日差しの下で、雪のようにキラキラと光っている。

 そこにいるのは、1人の美しい姿をした姫君だった。
 ドレスの裾をさばき、背筋をぴんと伸ばして、何をも恐れることなく、顔を上げている。
 何よりも印象的なのは、空色の瞳。
 まっすぐに周囲を見つめ、凛とした、力強さがあった。

「公女様……!」

 自分を呼ぶ声が聞こえた。
 少女が振り返ると、走ってくる1人の騎士が見える。
 自然に軽くウェーブが付いた金茶の髪に、温かく明るい茶色の目。
 騎士は隠しきれない笑顔のまま、少女の前に膝をついた。

「……あなたは?」

「私はセオドア、あなたを守る騎士であり、婚約者候補、です」
 少女の問いに、騎士は臆することなく微笑んで答えた。

「あなたが婚約を白紙にされ、私はあなたの婚約者に名乗りを上げることを決意いたしました」

 セオドアの話によると、公女が夜会の会場で意識を失い、昏睡状態に陥っている間に、大公が御前試合を催したという。

『我こそは公女を守る者、そんな気概を持つ者は参加せよ。優勝者には公女に結婚を申し込むことを許す』

 こんな時に御前試合など非常識ではないか、そんな声をものともせずに、大公は開催を決めた。
 そして、セオドアは公女に想いを伝えるために、御前試合に参加することを迷うことなく決めたのだった。

 少女の記憶が流れるように蘇ってくる。

 女傑と評判の女大公によく似た、美しい容姿にもかかわらず、いつもうつむき、頼りなげな様子をした公女が、ベルローズだった。

 彼女は努力家で、美しい詩を書き、刺繍の腕は城内でも並ぶ者はいない。
 しかし生来とても内気で、人前で顔を上げられず、話すこともできない。公女の護衛騎士であったセオドアは、そんなベルローズを守ってあげたいと思い続けてきた。

『公女様、大丈夫です。さあ、ゆっくり参りましょう』

 人々の突き刺さる視線に顔を上げられない公女に、セオドアが語りかける。

『公女様、お辛ければ、お顔はそのままで大丈夫です。さあ、お手を。万が一、転んではいけません』

 いつも公女とともにいたセオドアだったが、しかし、伯爵家の3男で、公女の婚約者となるには格下の身分。それを挽回する唯一のチャンスとして、御前試合に挑戦した。
 意識のない少女に、セオドアは話しかける。

『公女様、御前試合に出させていただけることになりました。まだまだ若輩者ですが、公女様のために戦います。もし、私が勝利したら……私の剣を捧げることを、お許しいただけますでしょうか……?』

「……セオドア!」

 自分をやさしく見つめる若い騎士に、ベルローズは思わず駆け寄った。
 その時、少女の後ろから声を掛ける、女性の声がした。

「ベルローズ」

 女性にしては低い、その声には覚えがあった。

 背が高く、まるで男性のようなチュニックにマントを身に付けた女性は、背中に雪色の長い髪を垂らしていた。
 そっと手を差し出して、少女を抱きしめる。

「……お母様?」
「良かった……! 気が付いたのか!」

 それは、少女の母である、エルトリア公国の女大公だった。

「わたくし……、長い夢を見ていたような気がします」
「ベルローズ、そなたは昏睡から覚めた後も、何も話さず、何にも反応することなく、まるで人形のように暮らしていたのだ」

「わたくし……今は何が起こったのか、覚えていますわ」

 大公はうなづく。

「そなたは自分自身の力で、自分を取り戻したのだ。私は心からそなたを誇りに思う」

 少女は自分よりも背の高い母を見上げた。

「わたくしの婚約については?」

 大公は、少女の頭をぽん、と叩いた。

「そなたは夜会でどうするか決めたのだろう。私はその選択を尊重する。早急に文書を整えて、公爵家に送る。あのビアンカという令嬢のことも含め、あとどうするかは、公爵家の問題だ。大公家との婚姻はもうない」

 そう言うと、大公はにやりと笑って、傍に控えるセオドアを見た。

「ここに勇気ある騎士が1人おったな。ここからはそなたに任せよう、ベルローズ」
「はい」

 少女はドレスの裾を捌いて、美しい淑女の礼カーテシーを取った。

 大公は手を振りながら、さっさと歩いて行ってしまった。
 子猫もまた、みゃあ、と一声鳴くと、ぽん、と少女の手から離れ、お花畑に飛び降りた。

 そこで少女は改めて騎士に向き合った。
 セオドアはすでにひざまずき、剣を手にしていた。

「ベルローズ姫。貴女に私の剣を捧げます。あなたを生涯あらゆることから守ることを誓いましょう」

 少女は空色の目を見開いて、セオドアを見つめた。
 セオドアの茶色の目には、ただ、少女だけが映っていた。

「私の愛を捧げます。私の全ては、この瞬間からあなただけのものです」

 セオドアが剣を少女に捧げた。
 少女はその剣を受け取った。
 少女の顔に、美しい微笑みが広がっていく。

 まるで空を映したかのような瞳。雪のような髪。
 陶器のような滑らかな肌には、しかし血の通った温かさがあった。
 ふっくらとした唇が、まるで花がほころぶように笑顔を形作る。

 それは、純粋で、清らかな美しさを持った公女ベルローズが生まれた瞬間だった。

 こうして、美しきベル薔薇ローズ姫は、騎士の前に微笑み立ったのだった。

 『雑草ざっそう』と呼ばれた少女はついに自由と愛を手に入れた。



☆☆☆ HAPPY♡END ☆☆☆
ここまで読んでくださって、ありがとうございました♡
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

冷酷騎士様の「愛さない」は一分も持たなかった件

水月
恋愛
「君を愛するつもりはない」 結婚初夜、帝国最強の冷酷騎士ヴォルフラム・ツヴァルト公爵はそう言い放った。 出来損ないと蔑まれ、姉の代わりの生贄として政略結婚に差し出されたリーリア・ミラベルにとって、それはむしろ救いだった。 愛を期待されないのなら、失望させることもない。 契約妻として静かに役目を果たそうとしたリーリアは、緩んだ軍服のボタンを自らの銀髪と微弱な強化魔法で直す。 ただ「役に立ちたい」という一心だった。 ――その瞬間。 冷酷騎士の情緒が崩壊した。 「君は、自分の価値を分かっていない」 開始一分で愛さない宣言は撤回。 無自覚に自己評価が低い妻に、激重独占欲を発症した最強騎士が爆誕する。 以後、 寝室は強制統合 常時抱っこ移動 一秒ごとに更新される溺愛 妻を傷つける者には容赦なし宣言 甘さ過多、独占欲過剰、愛情暴走中。 さらにはリーリアを取り戻そうとする実家の横槍まで入り――? 自己評価ゼロの健気令嬢と愛が一分も我慢できなかった最強騎士。 溺愛が止まらない、契約結婚から始まる甘すぎる逆転ラブコメ

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

この離婚は契約違反です【一話完結】

鏑木 うりこ
恋愛
突然離婚を言い渡されたディーネは静かに消えるのでした。

身を引いたのに、皇帝からの溺愛が止まりません ~秘された珠の還る場所~

ささゆき細雪
恋愛
五年前、内乱の混乱のなかで姿を消した最愛の妃・白瑤華(はくようか)。 彼女を失った皇帝・景玄耀(けいげんよう)は、その後ただ一人を想い続けながら執務に追われていた。そんなある日、書類に彼女の名前を発見し、居ても立っても居られなくなる。 ――死んだはずの彼女が、生きている? 同姓同名かもしれないが確かめずにいられなくなった彼は地方巡察を決行。そこで、彼によく似た幼子とともに彼女と再会、地方官吏として働く瑤華と、珠児(しゅじ)を見て、皇帝は決意する――もう二度と、逃がさないと。 「今さら、逃げ道があると思うなよ」 瑤華を玄耀は責めずに、待ちの姿勢で包み込み、囲い込んでいく。 秘された皇子と、選び直した愛。 三人で食卓を囲む幸福が、国をも動かすことになるなんて――?    * * * 後宮から逃げ出して身を引いたのに、皇帝の溺愛は止まらない――これはそんな、中華風異世界ロマンス。

【完結】真実の愛とやらに目覚めてしまった王太子のその後

綾森れん
恋愛
レオノーラ・ドゥランテ侯爵令嬢は夜会にて婚約者の王太子から、 「真実の愛に目覚めた」 と衝撃の告白をされる。 王太子の愛のお相手は男爵令嬢パミーナ。 婚約は破棄され、レオノーラは王太子の弟である公爵との婚約が決まる。 一方、今まで男爵令嬢としての教育しか受けていなかったパミーナには急遽、王妃教育がほどこされるが全く進まない。 文句ばかり言うわがままなパミーナに、王宮の人々は愛想を尽かす。 そんな中「真実の愛」で結ばれた王太子だけが愛する妃パミーナの面倒を見るが、それは不幸の始まりだった。 周囲の忠告を聞かず「真実の愛」とやらを貫いた王太子の末路とは?

悪役令嬢を断罪したくせに、今さら溺愛とか都合が良すぎますわ!

nacat
恋愛
侯爵令嬢リディアは、無実の罪で婚約者の王太子に断罪された。 冷笑を浮かべ、すべてを捨てて国外へ去った彼女が、数年後、驚くべき姿で帰ってくる。 誰もが羨む天才魔導師として──。 今さら後悔する王太子、ざまぁを噛みしめる貴族令嬢たち。 そして、リディアをひそかに守ってきた公爵の青年が、ようやく想いを告げる時が来た。 これは、不当な断罪を受けた少女が、自分の誇りと愛を取り戻す溺愛系ロマンス。 すべての「裏切られた少女」たちに捧ぐ、痛快で甘く切ない逆転劇。

お久しぶりです旦那様。そろそろ離婚ですか?

奏千歌
恋愛
[イヌネコ] 「奥様、旦那様がお見えです」 「はい?」 ベッドの上でゴロゴロしながら猫と戯れていると、侍女が部屋を訪れて告げたことだった。

お好きになさって下さい、私は一切気にしませんわ

Kouei
恋愛
婚約者のクレマンド様は、いつも私との約束を破ってばかり。 理由は決まって『従妹ライラ様との用事』 誕生日会にすら来なかった彼に、私はついに告げた。 「どうぞ、私以外のご令嬢をエスコートするなり、お出かけするなり、関係を持つなり、お好きになさって下さい。私は一切気にしませんわ」 二人の想いは、重なり合えるのだろうか …… ※他のサイトにも公開しています。

処理中です...