とうちゃんのヨメ

りんくま

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1章 絆

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部屋に戻り程良い冷たさの麦茶を一杯飲む。キンキンに冷えていないところが、女将さんをはじめとするこの旅館の気配りだと思う。さすが大先生のお勧めだと感心してしまった。リラックスしたのか、信がコクリ、コクリと船を漕ぎ出した。俺たちに気遣って頑張って起きていようとするから、可愛らしい。

「信、明日もあるから先に寝ときな」
「そうそう、もう少しだけ藤吉とお酒を呑んでから、私たちも寝るから先にお休みなさい」
「うん…トウちゃん、…雪ちゃん…おやすみ…なさい」

本当は、最後まで起きていたかったんだろうな、だけど眠気には勝てなかったらしく、素直に信は隣の寝室にトコトコ歩いていった。

俺たちは、炙られた一夜干しのイカをつまみに晩酌を続けた。

「ところでさぁ、昼間のアレマジだろ?」
「アレって?」

雪が小さく舌打ちを鳴らす。

「今まで、何度も藤吉の女役してきたからわかるんだってばさ…。ヨメ発言だよ、ヨメ」
「あぁ、アレね」

昼間の信の姿を思い出した。男の姿でも十分可愛らしいのだが、アレは不意打ちだったなぁ。

「あぁ、自分に自覚させないように誤魔化していたんだけどな、お前のせいで不意打ちで自覚させられた」
「まぁ、私は最初から気付いていたんだけどね」
「かなわねぇな、ククッ」

腐れ縁、幼馴染、お互いのツボは知り合ってる関係な訳で、なかなかに隠し事はできない。

「だけど、信の気持ちが第一優先だ、だがお前に譲るつもりは無いからな」
「あ、やっぱりわかる?」
「…お互い様だろ」

雪は、姉のことが大好きだった。最初は寧々の残した信に庇護欲が狩られていただけだと思っていたが、雪の恋愛対象は、男性だ。しかも受ける側じゃない。

「信は、ヨメやらんぞ。俺のヨメだしな」
「えぇ!信君の意思尊重するんでしょ?」
「信は、俺を選ぶ!…はず」
「何、そのヘタレ具合」

お互いにお猪口をくいっと空にしていく。

「そういう訳だから、宜しくね、お義父さん」
「させるか!」

飲み干したお猪口をテーブルにおき、いそいそと寝室に向かう雪を俺も追いかけた。信の隣雪に譲るわけには行かない。

「待て!」

寝室に雪が立ったまま、寝ている信を見ていた。唇に人差し指をあて、俺に静かにする様に仕向けた。

「これが、今の信君の気持ち見たいよ」

三組の布団が並ぶ。遠慮しがちな信なら、迷わず壁側を選ぶと思っていた。

「……真ん中…だな」
「そう、私たちに両隣で寝てほしいみたい」

思わず雪と二人、微笑んでしまったのは、仕方がない事だろう。

「雪、信の気持ちだ、今日は隣で寝ることを許してやる」
「うわぁ、藤吉何様?引くんだけど」

俺たちは、信を挟んでいそいそと両隣の布団に入り込む。可愛らしい信の寝顔。頬を突くとぷにぷにしている。眉間に皺が寄るため慌てて指を引っ込める。むくりと起き上がった雪に、睨まれた。まぁ時間はこれからいくらでもある。だけど手だけは握らせてもらおう。腕を忍び込ませ、信の右手を握った。そしてそのまま眠りに落ちた。
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