とうちゃんのヨメ

りんくま

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1章 絆

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まもなく約束の時間。久美子は、床に力なく転がる信を見て、取り引き相手を待っていた。

久美子が、信の未成年後見人を罷免された後、信を引き取りたいと言う男が現れた。久美子に直接連絡を取ってきたのは、代理の者で依頼主については都合上明かせないと言ってきた。久美子が、既に罷免された身である事も依頼主は把握していた。久美子が理由を尋ねると代理人は深く詮索はしない事を条件に理由を話した。

「依頼主は、織田 寧々を深く愛しており、息子の信を引き取りたいと言っています。支度金として500万円用意しています。もちろん成功報酬も同金額用意させていただきます。頼まれてくれますか?」

久美子は、胡散臭いと思ったが、先に支度金を現金で見せられた事で二つ返事で引き受けた。

簡単な仕事だと思っていたが、中々思うように事が運ばなかった。
偶然を装って、連れて行こうとするも雪之丞とも出会った為に失敗に終わった。学校から連れて帰ろうとするも、校長と藤吉の妨害に合った。藤吉に直ぐに股を広げる女を差し向けたが、興味を示す事もなかった。藤原からは、内容証明が送られ不用意に近づく事を阻止された。事故に見せかけて病院から連れ去ろうと考えたが、怪我をしたのは藤吉で警戒を強められてしまった。

藤吉が入院した事で、監視が緩むかと信たちの自宅付近で見張るも中々信は、現れなかった。

そして、今日一人で家にやってきた信を見つけた。

今まで苦労した怒りが爆発してしまったのも、久美子が散々邪魔をされた腹いせでもあった。

「報酬の上乗せをしても良いと思うの」

無様に転がる信を見て、久美子は自分勝手な理屈を思い描いていた。久美子は、スマートフォンの画面を見ながら、まだかまだかとはやる気持ちを抑えながら、代理人からの連絡を待つ。そして、待ち兼ねた呼び出し音が倉庫に鳴り響いた。

直ぐに出て、足元を見られては堪らない。呼び出し音の数を数え、息を整える。1回、2回、3回…5回ほど呼び出し音を数え、久美子は耳にスマートフォンを当てた。

「連絡をお待ちしておりましたわ。何時ごろ、引き取りに来られますか?」

ゆっくりとだけど滑舌も良く、落ち着いた声で久美子は尋ねた。きっちりと仕事を全うしたと久美子は思っていた。

しかし、代理人からの連絡は、予想だにしない回答であった。

「契約を解除?どういう事、言っている意味が理解できないんですけど?」

伝えられたのは、信の受け渡しのキャンセル及び、取引の解除の通告だった。叫び出したい思いを抑え、それでも有利に事を運ぼうと、久美子は話しを続けた。

「それでは、こちらも不利益が生じますので、キャンセル料を支払って頂きませんと納得できませんわ。1000万。直ぐに用意して頂けますか?」

代理人は、久美子の要望を聞いて、大きくため息を吐いた。そして、代理人から警察に鍵つけられている事実を聞かされた。久美子が、尋ね返す間も無く、通話を切られた。久美子は直ぐにかけ直すが、流れるアナウンスは、着信拒否のメッセージだった。




「師匠、織田 久美子を切り捨てましたが、これで良かったのですか?」
「構わん」
「かしこまりました。この携帯は、直ぐに飛ばしておきます」

倉庫前をただ通り過ぎて行く車の中で、師匠と呼ばれた男は、ほくそ笑む。

「しっかり熟成させてからじゃないとな」







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