とうちゃんのヨメ

りんくま

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2章 楔

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勝十郎は、扉がの前で足を止めた。防音性の高い自宅ではあるが、静まり返った深夜であれば、扉の隙間から室内の音が漏れでる事もある。

妻という立場である女の自室。軋むベッドと女の喘ぐ声が密かに聞こえた。誰が誰を抱いているのか、勝十郎は知っていた。

勝十郎の元に嫁いだ女は、己の立場を固める為であって、心から欲した女は別にいた。体裁のため、幾度かは抱いたが、ただそれだけであった。

運良く、一子は授かり、己の義務は果たしたとも思っていた。立場が揺るぎなくなれば、不要な関係を解消するべく離婚も申し出た。しかし、女は首を縦に振ることはなかった。

雪之丞を認知し引き取るも、女は妻の立場に固執したまま、その座に座り続けた。世間では、放蕩な夫を支え偲ぶ妻と認識されていた。勝十郎も、夫婦間を改めるつもりもなかったため、否定も肯定もせず、過ごしていた。

役者は、人である前に、生きる商品であると考えていた。それを雪之丞にも強いていた。たった一つの出会いで、全ての価値が一変した。それが、勝十郎にとって、寧々との出会いだった。

本当の恋を知った。本当の愛を教えてくれた。ただ一つ後悔するのなら、勝十郎には妻という立場を、固持する女がいた。勝十郎が、愛を知らなければ、問題なかったのだろう。自分の気持ちを突き進んだ結果、女は狂乱した。

雪之丞は、寧々を守る為に三船を抱いた。勝十郎が、寧々に愛を囁く時、雪之丞は、悪魔に身体を捧げていた。結果、勝十郎は、寧々を失わざるしかなかった。寧々が宿した命を守るため。

寧々が身を引かなければ、雪之丞は壊れていた。雪之丞の気持ちを汲み、柴田から解放をした。だけど、一度歪んだものは、元に戻ることはない。

狂愛の矛先が、藍之介に向いた。藍之介は自由にすれば良い、希望通り稽古はつけてやる、柴田も好きにすれば良い、勝十郎はそう思っている。やっと見つけた寧々との繋がり。この絆だけは、手放す気はなかった。

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