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3晩目 ホースケさん、冒険者を見つけた

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 取り敢えずホースケは、こっそりと物陰に隠れながら、街ゆく人たちを観察することにした。

「あっちは犬っぽい、こっちは猫っぽい、ひょっとすると俺のことに気づいたりするかもしれないな」

 前の世界では、犬や猫はやたらと唸られ威嚇されたりしていた。アパートにいた時は、何故、唸られるのかわからなかったが、今はオバケだと自覚しているので、その理由を悟っているつもりだ。

 彼らは見える人かも知れない。ただ、お坊さんのようにいきなり攻撃を仕掛けられたりするのは、ホースケの本意ではない。ここは、慎重に行動をするべきだろう。

「せっかく異世界に来たんだ まだ、成仏なんてしたくないしな」

 幸いな事に今は夜だ。闇に紛れることが出来る。建物や街灯の影に隠れながらホースケは、こっそりと彼らに近づいていく。カフェテラスで食事をするのか、数人の獣人が食べ物を購入し、テーブルの側の椅子を弾き、どかりと腰を降ろした。

 革製の胸当てをつけ動きやすそうな服を纏った犬系の獣人。腰に剣を携え、背中には盾を背負っている。手前の猫系の獣人は、長い爪がついた鍵爪を腰にぶら下げ、いかにも武闘家という格好だ。彼らは、戦うことを生業にしているのだろうか?ホースケは、慎重に近づき、彼らが座るテーブルの下に滑り込み聞き耳立てる。

「今日の護衛任務、チョロかったな」
「んだんだ でも最後まで支払いを渋り値切ってきたぞ」
「んっぱ、エールうめっ て、そりゃ、魔物や盗賊の気配一つなく、目的地に着いたんだ 護衛の必要性を感じられなかったんだろ?」

 ほうほう、護衛任務とな。「戦闘を生業にしているのでは?」という推測は、間違っていなかったらしい。しかし、一つ気になることができた。彼らは確かに言った、「魔物」という言葉を。この世界には、魔物が存在するらしい。

「ねえねえ、私は、ぎゃーっとこの爪で暴れたいの 次は、護衛とかじゃなくてさぁ、ダンジョンに潜ろうよ いいでしょ?リーダー」
「そうだなぁ 新しく買った武器も試したいし 次は討伐任務でも受けるか!」

 ホースケは、彼らの会話に胸の高鳴りを覚える(心臓は動いてないけど)。いつぞやのアパートの住人がプレイしていたゲーム。勇者となり、世界を救う旅に出るアレ。数多の魔物と戦い、ダンジョンを探索し、夢と冒険が溢れたファンタジー。ホースケは、住人のそばでいつも一緒に見ていたあの世界がここにある。

 興奮冷めやらぬホースケは、テーブルの下でぐるぐると転げ回る。オバケであるホースケは、物や人をすり抜けられる。いくらテーブルの下で狂喜乱舞しようとも物音一つ立てることはない。おおだがしかし、ホースケは一つ大事なことを忘れていた。

「リーダー……気づいた?」
「おう、唯ならぬ気配がする」
「私なんか、さっきから背中の悪寒が止まらなくてザワザワうなじの毛が逆立っているんだけど」

 一気に警戒心を露わにして、腰を浮かせる。手を各々の武器に添えいつでも臨戦体制だ。大はしゃぎしていたホースケは、唯ならぬ様子に一気に興奮が冷め、テーブルの真下で小さく縮こまり頭を抱える。

やばい、やばい、やばい、彼らは見える人なのだ。戦う彼らは、警戒心が強い。いくら人畜無害なホースケでも、オバケだと知られたら、魔物と同じように討伐されてしまうかも知れない。出来るだけ、存在感を消して、息を潜める(遠い昔に呼吸は止まったけどね)

「敵は何処だ!」
(敵じゃないよ ただのオバケだよ)

「探知展開!」
(ごめんなさい 大人しくしているので見逃して)

「上か!」
(ハズレです 下でした)

「なかなかの手練れだと思わない?こんなに上手く気配を隠す何て」
「あぁ、俺たちに喧嘩売ろうなんざ クックックック」
(売ってません だから勝手に買わないでくれないかなぁ)

 自分たちが座っているテーブルの足元に潜んでいるとは考えもつかなかったのか、ホースケは何とか見つからずにいた。早く彼らが警戒を解いてくれることをひたすら願う。

「ダメね 見つけられない」
「クソッ 逃げやがったか」

 浮かせていた腰をどかっと落とし、獣人たちは武器から手を離し、警戒を解いた。ほっと胸を撫で下ろすホースケ。ちょっぴり距離を取りたいとは思うが、下手に動けば見つかる可能性もある。

(ふぅ 危なかったなもう)

 テーブルの下に投げ出された彼らの足に触れないように小さく小さく身を屈める。不用意に独り言を言わないように両手で口元を抑え、お口にチャックも忘れない。

 臨戦体制を緩め、彼らは飲み直しだと酒や肉を大量に買い込んでテーブルに持ってきた。今日の仕事の反省会と称して、仕事の後、酒を飲みながら宴会をするのが彼らの日課らしい。

 アルコールが回ってきたのだろう、スッカリ警戒を解いて、今後の予定について彼らは話し始めた。

「ねぇ、この後どうする?」
「んあ?そーだな………マンキー亭にいくだろ、んで、今日の依頼を報告してだな………新しい依頼の確認してからの酒だ!!」
「フフッ それっていつものことじゃん」

 頭上から聞こえてくる彼らの会話に気を取られ、口元を押さえていた両手は、すっかり下がりきっており、思わず口がポロリと開く。

「マンキー亭って何?」

 不意に緩んだお口が開いた。慌ててぎゅっと口を閉じるが後の祭りだ。どうしよう、どうしようと慌てふためくが、ホースケの予想外というか、想像を絶することが起きた。

「今更、何言ってんだ?マンキー亭っちゃ、冒険者ギルドじゃねえか!」
「だよねぇ~ 元S級冒険者のマンキーさんがギルドマスターでぇ~ 酒場も一緒に営業しててさぁ~ ご飯も美味しいんだよねぇ~」

 どうやら、ホースケの声が彼らには聞こえたらしい。しかも、普通に会話が成り立った。ホースケにとって、あり得ない出来事だった。

 アパートで住人に声をかけても振り向いてさえもらえない。夜中に眠る住人を揺さぶって見ても、ただうなされるだけ。どれほど人と会話をしていなかっただろう。寂しさを紛らわすために、独り言が増える日々。

 彼らの仲間の誰かが質問したと勘違いをして、質問に答えてくれたとしても、誰かと会話することができるなんて思わなかった。ホースケの喜びは計り知れない。

「もう、一生この街に住みたい(死んでるけど)」
「そおか、そおか 住めばいいじゃん いい街だぞ」
「よそ者でも、受け入れてくれるのか?」

 
 ギャハハと声を上げて、男は笑った。テーブルを叩いて、足をバタバタさせて、腹を抱え大笑いだ。


「バッカだね~ 周りを見てごらんよ この街は冒険者の街だよ~ み~んなよそ者じゃんかぁ~」
「住みたけりゃ住めばいいさ 仕事欲しけりゃ、俺たちみたいに冒険者稼業でもすりゃあ良いじゃんかあ」
「何ならマンキー亭でも行ってみれば 其処の四角を右に曲がった先だからさぁ」


 「冒険者になる」何て素敵な誘い文句だろう。海を越え、山を越え、仲間たちと一緒に難敵に立ち向かう。勇気あふれる冒険浪漫がホースケの頭の中で繰り広げられていた。


「ありがとー 俺、冒険者になる」
「おう、頑張れよ!いつか一緒に冒険しようなあ」

 
 マンキー亭に行こう!ホースケは、冒険者にお礼を言うとテーブルの下から飛び出した。そしてそのまま教えてもらったマイキー亭へと飛び去った。


「おいおいおい あれってレイスじゃないのか」
「マイキー亭に行っちまったけど大丈夫か?」
「………マイキーさんがいるから大丈夫か」

 冒険者たちはそう結論を出すと再び酒を飲み始めた。
 



 










 
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