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4晩目 ホースケさん、運命の少女と出会う①

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 テーブルの下から飛び出したホースケは、ピュイッと風に乗って四角を曲がる。元Sランク冒険者が経営する冒険者ギルドを目指していざ行かん。

 ふと討伐されかけた事を思い出し、屋根の上に飛び上がる。このままマンキー亭に入って、ギルドに居る冒険者に囲まれたりしたら夢半ばで無理矢理成仏させられたら目も当てられない。

「マンキー亭ってここか?」

 先程から何人もの冒険者風の出立をした人たちが出入りしている建物を発見。誰もが武器や防具を携えているのだからほぼ間違いないだろう。

 ホースケは、壁をすり抜けて建物の中に侵入した。天井に張り巡らされた梁の上からそっと下を覗き込む。

 入り口の近くに掲示板のような物があり、それを取り囲むように冒険者たちが顎を撫でながら囲んでいるのが見える。

「ルーベン草採取ってのも良いんじゃない」
「いや、俺はこのホーンラビットの角十本ってのが良いな 毛皮や肉も売れるし得じゃないか」

 冒険者たちは、あーでもない、こーでもないと吟味しているようで、マンキー亭に依頼された案件が掲示されているようだ。ベリっと紙を剥がして、冒険者は奥のカウンターに持って行き依頼を受諾するようだ。

 隣のカウンターでは、依頼達成の報告を受けているようで、冒険者たちが嬉しそうに報酬をもらっていた。

 中にはどんよりした冒険者もいるが、彼らは何か失敗でもしたのかもしれない。

「ふうん、げえむとやらで見た絵でしかわからんかったが、こんな感じで依頼を受けたりするんだな」

 アパートに住んでいた男子学生が、嬉々としてコントローラーを持って身体を揺らしながら遊んでいた事を思い出す。確かアレも魔物とかを魔法や剣で退治してお金を稼いでいた。陰ながら応援していた自分を思い起こす。

 金を手にした冒険者たちが向かうのは、併設されたお食事処のようだ。シャツを肩まで捲り上げた身体の大きなゴリラのような男性が、食事処を切り盛りしている。太くて逞しい腕、両手に複数のジョッキを持って、金を払った冒険者に渡している。可愛らしいエプロンが、とてつもなく似合わない。

「ウチは、先払いじゃ 飲み食いしたけりゃ先に金置いてきな」

 樽から冷えたエールをジョッキに注ぎカウンター越しに冒険者へ渡している。ジョッキを受け取った冒険者は、空になった樽を二つ積み上げた簡易的なテーブルに持って行く。

「マキマさん、ソーセージをコッチにも頂戴!」
「はーい、少し待っててね」

 マキマと呼ばれた女性は、ウェーブのかかった髪を後ろに緩く三つ編みを編んで纏め、額の汗を手の甲で拭いながら、油でソーセージを次々と揚げていく。ゴリラの男性とお揃いの可愛らしいエプロンを着用しているが、とても良く似合っている。

 ソーセージを注文したテーブルに八歳位の女の子が近づいていき、お金を受け取ってマキマの元に戻る。ソーセージの乗ったお皿を受け取り、とてとてとソーセージを先ほどの冒険者のテーブルまで持って行った。

「ありがとうよミーシャ。今日も父ちゃんたちの手伝いか」
「うん」

 頭を撫でてもらい、嬉しそうにくるりと回る。会話からどうやらあの二人の娘らしい、お揃いのエプロンがとても可愛らしい。

 梁の上から、じぃっと頬杖をついて覗いていると、女の子の視線がゆっくりと上を向いた。ホースケとミーシャの視線がガッチリと重なった。「ヤバイ!」思わず頭を引っ込めるが、完全に見つかってしまったようで、ホースケの動きをしっかりと捉えている。

 ホースケが、梁の影からそうっと顔を出すと、ミーシャは満面の笑みを浮かべ、ヒラヒラと小さく手を振ってくれた。

 ドクンと胸が跳ねた気がした。(心臓は動いてないけどね)弾む心を抑えてホースケもミーシャと同じように手を振って見る。それに気付いてくれたようで、ミーシャの笑顔が更に深まり、再び手を振ってくれた。

「う 嬉しい!」

 思わず叫びそうになるくらいホースケは喜びに打ち震える。ミツバチの様に8の字にくるくる飛び回る様子を、クスクスと笑みをこぼしミーシャは、見ていた。

「あの子は、俺が見えているんだ!」

 過去に遡っても記憶が無いくらい、こうやってコミュニケーションを取った事がない。ホースケは、ホースケだと認識してくれた女の子の目の前に飛び出して抱きつきたいくらい、喜びに満ち溢れていた。

 目が合えば笑みを返してくれる。手を振れば、同じように手を振ってくれる。ただそれだけが嬉しくて、女の子の姿を追うように、物陰に隠れながら後を追う。

 ホースケは、気付いていなかった。他の者もホースケの姿が見えると言うことに。女の子だけが、自分の姿が見えるのだと勘違いをしていた。

「おい、アレってレイスじゃないのか?」
「あぁ、間違いない ありゃレイスだ 仲間を呼ばれる前にやるぞ」

 ホースケと女の子だけが、隠れんぼをしているかのように微笑ましい雰囲気を醸し出している中、ざわざわと徐々に殺気立つマンキー亭。

「私が行くわ」

 シスターの装いをした一人が、懐から瓶を出し、中味をホースケにぶち撒ける。

「聖水よ レイスならこれで昇華………されるはずなんだけど?」

 聖水は、ホースケをすり抜け床にぶち撒けられただけだった。自分の周りにできた水溜まりに首を傾げるホースケにシスターは、信じられないものを見たような表情をする。

「気をつけろ!ヤツは上位個体かもしれん」

 別の僧侶らしき人物が杖を突き出し呪文を唱え始める。

「我らを導き全能なる神よ 闇より復活せし魔の眷属を永久の牢獄に捕らえ給え ホーリーアロー」

 三本の光の矢がホースケに向かって放たれた。スカッスカッスカッ。身体をすり抜け床に光の矢が突き刺さる。

「俺のホーリーアローで消滅しないだと!?」

 自分の身体を突き抜けた三本の光の矢を見て、ホースケは、恐る恐る後ろを振り返る。愕然と項垂れる僧侶の周りに殺気立つ冒険者たちが、ホースケを睨みつける。

「ピギャッ!」

 自分が攻撃されたことにようやく気付いたホースケは、悲鳴を上げ右往左往と逃げ惑う。

「てめえら 逃すな!」
「聖水は効かねぇぞ」
「物理攻撃は無効化される!結界だ 結界を張れ」

 聖属性の武器振り下ろされ、樽がドカンと破壊され、火の玉や雷がマンキー亭の中で炸裂する。壁に穴が開き、天井が焼け焦げ、冒険者同士の相討ちさえも起きている。

「やめてぇ その子は何も悪いことしてないの!」

 ミーシャが、涙を流しながら冒険者たちの服をひっぱたり、背中を叩いたりするが攻撃は止まない。

「ミーシャ!危ないから下がってな」

 ホースケへの攻撃が、どんどん加速していくが、有効打が何一つ与えられない。冒険者の苛立ちも増していく。

「んぎゃあ おわっ 助けてー」

 ホースケも必死に飛び回り泣き叫ぶ。大粒の涙を流して悲鳴を上げながら逃げ回るホースケを冒険者たちは容赦なく襲いかかる。


「てめえら いい加減にしやがれ!」


 突如響き渡る怒声に、その場にいた者全員が、硬直した。




 

 

 
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