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12晩目 ホースケさんとニール

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 アイーダの街から徒歩15分程の距離のハルミが丘に、ホースケは、ニールと共にやって来た。

「へえ、綺麗なお花がいっぱいだ ジェシーさんといつも来ているのか?」
「ワフン」

 ハルミが丘一面に咲いている小さな花が、風に揺れ甘い香りを醸し出しゴロリと横になれば、心地よくお昼寝が出来そうだ。

 ニールは、ホースケを背に乗せたまま丘の天辺にある一本の木の側にテクテクと近づき、側に有る少し大き目の石の側に伏せる。石の前には、少し干涸びた花が添えられている。

「なんか墓標みたいだなコレ ジェシーさんがいつもお花を供えているのか?」
「くうん」
「そっか、じゃあ今日は俺が代わりにっと」

 ホースケは、花を幾つか摘んで、干涸びたお花と交換する。ついでに石の周りも水を撒き綺麗に掃除をしておく。

「今日は、ジェシーさんの代わりですが、安らかにお眠りください」
「きゅうん」

 ぱんぱんと柏手を打ちホースケは、そっと目を閉じて祈りを捧げた。頬をやだしく撫でる風が、「ありがとう」と言っているかのようだった。


「よし!ニール 思いっきり遊ぶぞ!」
「バウッ!」

 背中に背負っているボールを取り出し、ポーンと放り投げる。ちょっと遠くまで投げたいので、もちろん【ポルダーガイスト】を使用している。

「ポルダーガイスト!」
「ワフワフワフーン」

 ボールを追いかけてニールが、タタタッと着地点目指して駆けていく。ピョーン飛び上がり見事ボールを空中キャッチ!

「すごいぞ ニール」

 ホースケが、手を叩いて褒めちぎれば、ニールは嬉しそうに尻尾をぐるぐると振り回し、嬉しそうにボールをホースケの持ってくるのだった。

「バフン!」
「偉いぞ ニール 持ってこいで来たな」

 小さな両手でワシワシとニールの首筋を撫でれば、嬉しそうに鼻先から頬へとベロンと顔を擦り寄せてきた。そして、ひとしきりホースケを舐め回すと、持ってきたボールを咥えてホースケの前にポトリと落とす。にひひと笑ったホースケは、ボールを手に持って声をかけた。

「よーし!もう一回だ」
「ワフーン」

 嬉しそうな返事をしてニールは、走り出す。今日は、ジェシーではなく相手がホースケだからかニールも遠慮がない。何度も何度もニールに催促されるままボール投げに付き合っていた。

 ふとホースケが、丘の上の木の側に視線を向けると、一人の男性が柔らかい笑みを浮かべホースケたちを眺めているのを見つけた。

「あれ? いつのまにあそこにいたんだ?」

 静かにじっとこちらを見ている男性が気になる。

「ニール 俺、しばらく休憩 この辺りで好きに遊んでいていいぞ」
「わっふん!」

 まるで了解したとでも言うかのように一声吠えるとニールは、タタタッと走って行った。蝶々を追いかけたり、穴を掘ったりして遊んでいる。ホースケは、ニールに手を振って、丘の上の木の側に駆け寄って行った。

「こんにちは お兄さんは一人ですか?」

 マンキーから挨拶は大事だと叩き込まれているホースケは、自分から男性に話しかけた。

「おや?君は……  そうか」

 少し不思議そうに首を傾げた男性だったが、想像通り優しく物静かな雰囲気でホースケに挨拶を返してくれる。

「あの小狼もずいぶんと元気になったものだ」

 しみじみと走り回るニールを見て優しく微笑む。

「ニールは、俺が相手だと手加減をしてくれないんだよ お兄さんは、ニールのこと知ってるの?」
「あぁ、あの小狼が、ここで倒れていてジェシーが助けたことも知ってるよ」
「ジェシーさんも知ってるんだ 彼女とても優しくて、俺、大好きなんだ」

 ちょっと寂しげな影のある笑みを浮かべ「俺も 彼女が大好きだよ」と答えてくれた。

 ニールと出会う前のジェシーは、いつも一人でこの丘に来ていたそうだ。

「当時、彼女はとても悲しい事情があってね、生気を無くした表情で毎日ここに来ては涙を流して静かに泣いていたよ」

 見ていてとても辛かったと寂しそうに笑った。

「あの日は、小雨が降っていたかなぁ 親と逸れたらしい小狼が、怪我をしてここで倒れていたのを彼女が見つけたんだ」
「そういえば、怪我したニールを介抱したら懐かれちゃったってジェシーさんが言ってたな」
「警戒心丸出しの小狼に手を差し伸べたもんだからガブっとこう噛みつかれちゃってね」

 左手を小狼の口に見立て、右手をガブリと噛ませるような仕草をして男性は、側で見ていたかのようにジェシーとニールの出会いを話してくれた。

「彼女が、悲鳴ひとつあげずに噛まれたままじっとしてるんだ 小狼の牙が刺さって血を流しているのにさ」

 今は元気に走り回るニールを「元気になったな」と懐かしそうに見ている。

「表情を無くしていた彼女が、小狼を安心させるかのように柔らかく笑ってね もう大丈夫だからともう片方の手で優しく頭を撫でてあげてたよ」
「今はもう、ジェシーさんにメロメロだよ ニールは」
「うん 知ってる」

 結構やんちゃなニールは、ホースケ相手には手加減なんてものは皆無だ。さっきだってホースケが、休憩を切り出さなければ、永遠とボールを投げさせられてたと思う。まあ、ホースケも楽しんでいたから良いのだが、ジェシーとの扱いの差はよくわかる。

「あの小狼と暮らし始めて、昔のように朗らかな顔で笑うようになったからね 本当に良かった」

 時たまニールが、チラリとホースケの方に立ち止まって視線を向ける。ホースケが、ぶんぶんと手を振れば、「ワフン」と嬉しそうに一声吠えてふたたび走り出す。まだまだ遊ぶ気満々のようだ。

「この花 ホースケくんが供えてくれたんだろ? 最近彼女を見かけなかったから心配してたんだ」
「ジェシーさん ちょっと足首を捻っちゃてね ニールのお散歩頼まれてそのついでさ」
「ありがとう 嬉しかったよ」

 お礼を言われる理由が分からず少し首を傾げたが、男性はそれ以上は、何も教えてくれなかった。

「さあ、そろそろ陽が暮れる 彼女が心配するからお帰り そうだ、ホースケくん 彼女にひとつ伝言を頼まれてくれないかな」
「うん? よいよ」
「じゃあ 頼む『僕は、幸せでした』って伝えて」

 ホースケは、走り回るニールに呼びかけた。大きな三角の耳をピンッと立てて、木のそばまでやってくる。きた時と同じようにニールの大事なボールをハンカチに包み背中に背負った。ニールに跨ると男性に声をかける。

「お兄さん 名前は?」

 ニールは、首を傾げ不思議そうな顔をしてホースケに振り向く。「帰ろう」ホースケがニールに呼びかけると、「ワフン」と軽く吠え、タタタッと走り出した。後ろを振り返るともう男性の姿は、もう見えなかった。

「ニール お前良い名前貰ったな」

背中からそっとニールの頭を撫でる。嬉しそうに尻尾を振るニールのスピードがぐんっと速くなった。









 


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