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11 バイト

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「焼き肉弁当ですね。ご一緒に、味噌汁とサラダは如何ですか?」
「ん、じゃあそれも頼むわ」

学校が終わると佐久夜は、学校近くの弁当屋でアルバイトをしていた。週5日夕方16:00から20:00まで4時間。時給千円と高校生には、破格の時給だった。月にして八円から九万円の収入になる。

このバイト先は、佐久夜が住んでいたアパートの家主の息子夫婦が、営む弁当屋だった。

それまでは、スーパーのレジのバイトで時給八百円で生計を立てていたが、家主がせめてもの詫びにと、息子夫婦に口添えをしてくれた。

息子夫婦も佐久夜の素性を知ると、涙ながらに快諾し、時給九百円からスタートしたが、佐久夜の働きぶりと客足が伸びてきたことから、今月から時給が千円に大幅アップしたのだった。

「いらっしゃいま……せ」
「そんな面倒臭そうな顔をするなよ」

来客を知らせるチャイムがなった為、とびっきりの営業スマイルで、佐久夜は挨拶をしたが、ニマニマと笑う客の顔を見て、不愉快を露わにする。

「ほんと、毎日来ますね。高城先生」
「一応、客何だけどなぁ」
「俺も、客としてだけなら歓迎しますよ。だけどアンタ目的が別でしょ」
「そう言うなよ、お前だけが頼りなんだから…」

高城は、佐久夜のクラスを受け持つ担任の教師だ。独身の一人暮らしの為、佐久夜が働く弁当屋の常連客の一人でもあった。佐久夜に両手を擦り合わせ、拝むように高城は頼み込む。佐久夜は、盛大にため息を吐いた。

「アヤさーん。レジ交代して貰えますか?」

佐久夜の声に、高城の表情はみるみる明るくなって来る。

「はーい。あら、高城先生いらっしゃい」
「いつも、ウチの木花がお世話になっています」

アヤは、弁当屋の一人娘で、高城の想い人でもある。アヤも満更ではない様子なのだが、肝心の高城が、奥手過ぎて距離が縮まらないでいる。佐久夜をダシに毎日会いに来ているにも関わらず、デートの一つも誘えない。

「じゃあ、先生いつもので良いんですよね?」
「あぁ、ゆっくりで良いからな。別に焦らなくて良いからな」
「はいはい。お二人さん、ごゆっくり」

佐久夜が、レジを離れ、厨房に行けば息子夫婦も生温かい表情で待っていた。

「さっさと纏まってくれれば良いのにねぇ」
「俺もそう思います」

中学生のような恋愛をする二人に、佐久夜は心からエールを送った。

「サクちゃん、コレ今日のおかず。持って帰ってね」
「いつも、本当にありがとうございます」

バイトが終わると、佐久夜は息子夫婦に必ずお弁当のおかずを渡される。育ち盛りの佐久夜にとって、とてもありがたいものだった。

ただ、今を生きる、生活をする事に必死だった以前と比べ、今の佐久夜には、日々を噛みしめて感謝する、心の余裕も生まれていた。

「お疲れ様でした!」
「おう!また明日も宜しくな」

佐久夜は、ぺこりと頭を下げて、店脇に停めていた自転車のカゴに荷物を入れると、ググッとペダルを踏んだ。

九千八百円、中古のママチャリだけど、家賃が不要になった分生活に余裕が出た為、意を決して先日購入した。

真っ赤な車体を朱丸はえらく気に入って、勝手に【貮号にごう】と名付けてしまった。

【貮号】を手に入れたおかげで、徒歩一時間以上かかっていた道のりを二十分に短縮でき、佐久夜自身、時間に余裕が出来たのだった。





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