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32 オレンジ色の背中

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朱丸は、神さまに言われた通り、ただ前だけをみて真っ直ぐに進んでいく。周りは霞がかかり、先も見えない。不安になり、後を振り返りたい気持ちになるも、頭を左右に振って、思い止まる。

「振り返っちゃダメ!振り返っちゃダメ!」

強い意識を胸、前を向いて進んで行く。
社と神さまの気配が消え、朱丸しかいない無の空間。霞のせいで視界もない。朱丸の独り言以外に、音も全くない。風もない、光もない、匂いもない、ただ朱丸だけがそこにいる。

「神さまは、試練の道と言っていた。『オモテ』と断つ。振り返らないことが、『ウラ』に繋がる。そう言っていた。僕は、佐久夜兄ちゃんたちを連れて帰る大事な使命を任された。迷うな朱丸!進め朱丸!」

真っ直ぐに、真っ直ぐに、自分を鼓舞しながら、朱丸は進んで行った。




「ふぅ、何とか歩けるにゃ」

朧の顔は、土だらけの状態だった。京平へ妖気をほぼ渡してしまった為に、早急の補填が必要だった。妖は、弱肉強食。弱き妖は、強き妖の糧となる。

土を掘り、岩を捲り、妖虫を見つけては喰らいつく。それを繰り返し、ようやく、朧は、身体を起こして歩く程度に回復していた。

ただ、逆も然り。妖によっては、朧を糧として獲物と判断する輩もいる。なけなしの妖気だと、全て喰らい尽くされる可能性も無きにしも非ず。

「まだまだ、足りないにゃ……にゃにゃっ!!」

突如、聞こえた風切り音。動きの鈍い朧は、ボテッと身体を倒して、音の接近を交わした。

ダダダンと朧が立っていた場所に、鳥の羽らしき物が、三本突き刺さっていた。

「へぇ、あれ交わせるんだ…」

がさりと茂みの中から、手に風切り羽根を持った天狗が現れた。

「悪いけど、俺に喰われろ!」
「くっ、ヤダにゃ!」

朧は、身体を低く構え天狗との間合いを測る。絶対に背を向ければ、堕とされる。朧は、地を蹴って後ろに跳ぶ。

「遅い!」

天狗が、距離を詰め朧の腹を蹴り込んできた。いなした様に見えるが、距離が短く脇を掠って朧が吹っ飛んだ。

「にゃあっ!ガハッ…」

茂みがクッションとなったが、朧のダメージは大きかった。その場で蹲ってしまっが、天狗からは視線を逸らさない。

「ゾクゾクするねぇ。泥だらけで、ボロボロで、負けん気だけはある。その目に宿る光がいつまで持つんだか……ウラァ!」

天狗が、風切り羽根を朧めがけて投げつけた。

「ハイ、どーん!」

可愛らしい声がしたかと思うと、大きな炎の塊が飛んできた。炎は、天狗の腹にぶち当たり、天狗が吹き飛んだ。

オレンジ色の見慣れた小さな背中が、朧の目の前に立っていた。

「朱丸?」
「朧のおっちゃん……だよね?」











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