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65 浅葱の社会見学 その2

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「佐久夜さま、この飴ちゃんなる物は、如何なる物でござりますか?」

浅葱は、店員から貰った飴玉を手のひらに乗せて、佐久夜に見せた。

「食べ物だよ。袋から出して、食べてごらん」

小さい手で、飴玉を取り出し指で摘むと、恐る恐る口に含む」

「噛まずにゆっくり舐めて食べるんだよ」

小さな口の中で、浅葱はゆっくり舌で転がす。コロン、コロンと転がり、口の中いっぱいに甘味が広がった。

「な、なんという高級な甘味。果物の味がするでございまするぞ!」

年寄りじみた感想だが、浅葱が浮かべる満面の笑みは、五歳児らしく可愛らしい表情だった。

佐久夜は、嬉しそうに飴玉を舐める浅葱の手を握り、スーパーの入り口に立った。

手をかざすわけでもなく、呪文を唱えるわけでもなく、近付いただけで勝手に開く扉、自動ドアを見て、浅葱は目をまんまるにした。

「これはね、自動ドアと言って、お店の入り口などに設置してあるんだ」

「勝手に開きましたでござりまするぞ」

「そうだよ。俺たちの世界は、妖術ではなく、機械を使って物を動かすんだ」

浅葱の手を引き店内に入ると、浅葱は自動ドアに引かれるのか、ずっと後ろを向いている。

「クスッ。浅葱、もう一回試してみるかい?」

「良いのでござりますか!」

嬉しそうに笑うと、浅葱は自動ドアに近づいた。ウィンと両サイドにドアが開く。ポテポテと浅葱は、外に出た。ウィンと両サイドの扉が閉じる。

くるりと振り返ると、佐久夜と浅葱は、ガラス越しに隔てられている。佐久夜は、店の中から浅葱に手を振った。

パァっと花が咲いたように浅葱は笑い、おずおずと片手を上に上げ、佐久夜に手を振り返した。

ゆっくりと自動ドアに近づき、ウィンと両サイドに扉が開く。ポテポテと浅葱は嬉しそうに佐久夜の元へ戻ってきて、佐久夜の足に抱きついた。

「佐久夜さま、自動ドアすごいでござりますなぁ。外からも佐久夜さまが、見えたでござりますぞ。俺も恥ずかしながら、手を振ってみましたが、見えたでござりますか?」

佐久夜をキラキラした目で見上げる浅葱、佐久夜は浅葱の頭をゆっくり撫でた。

「もちろん、見えたさ」

再び、浅葱の手を握り、佐久夜は歩き始めた。

「か、階段が動いておりまするぞ!」

「エスカレーターだよ。走ったりしたらダメだよ」


「こ、これが、厠でござりますか?あ、温かい!尻が温かいでござりますぞ!……うぉ!?」

「基本、どこも水洗のトイレなんだ。お尻もお水で洗うことができるトイレもあるんだ」

みる物、触る物、浅葱にとって、全てが新しく、新鮮な体験だった。未知なる仕組み、仕掛けを知りたくて、佐久夜に質問を繰り返す。

「それでは、燃料をえねるぎいという物に変換して、機械を動かすことが、できるということでござりますか?」

「そうだよ」

「では、えねるぎいは、どうやって機械を動かすのでござりますか?あのトイレは、是非我が社にも導入してみる価値があると思いまするでございますぞ?」

うん、可愛いけど可愛くない。見た目は幼児であっても、中身は五百歳を超える天狗だ。可愛い質問は、最初だけで、今は専門的な質問を繰り返している。佐久夜の知識だけでは、解答困難な質問も多々ある。

「俺も勉強不足で、機械を動かす仕組みまでは、わかんないな。ハハッ」

浅葱の質問を、渇いた笑いで誤魔化す佐久夜であった。

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