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78 放課後

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放課後。静香は、お目当ての手芸店に行く為、急いで靴を履き替えていた。

「しぃ、今日は早いんだな」

後ろから呼び止められ、鞄を持って振り返った。

「大ちゃんも今から帰るの?」

「まあな」

静香を呼び止めたのは、京平のクラスメイトである、轟 大吾だった。静香と大吾は、家が隣同士ということもあり、所謂幼馴染みでもあった。

「お前、そんなに急いで何処行くんだ?」

「商店街の手芸店。毛糸を買おうと思ってね。大ちゃんも一緒に行く?」

大吾は、手芸店と言われ、片眉をぴくりと釣り上げる。

「やだよ、めんどくせぇ」

「ふーん、つまんないの。サクちゃんだったら、バイトさえ無ければきっと付き合ってくれるのにな。同じ、男の子でも、違うもんだね」

静香は、バイバーイと大吾を待たずに学校を出ていった。

大吾は、靴を靴箱から取り出し、パタンと落とすと、静香の言ったセリフを反芻していた。

「しぃ、サクちゃんって、男か?」

慌てて靴を履き替え、静香を追いかけて肩に手をかけ呼び止めた。

「大ちゃん、何?」

急いで静香を追いかけた為、大吾は改めて靴にしっかりと踵を納め、静香に並んだ。

静香とは、小学、中学と長い付き合いだ。高校も、静香が家から近いという理由で、この海山市立御崎高校に進学を決めたのだが、大吾の成績では、偏差値的に厳しい状態だった。

静香を追いかけて、同じ学校を受験したにすぎなかった。

淡い恋心を描くも、静香にとっては、ただの幼馴染みポジションであり、大吾自身も、いつかは気づいてくれるだろうと軽んじていた。

「しぃ、サクって男なのか?」

「うん、同じクラスの木花くん。大ちゃん知ってる?」

大吾は、佐久夜の名前を聞き、眉間に皺を寄せた。

「サクちゃんってね、親戚の小さな男の子のために、お人形の洋服やあみぐるみを作りたいんだって。シュッとした男の子が、チマチマと針と糸を使って真剣に手芸をするんだ。可愛らしいよね」

大吾の不機嫌な表情を気にすることなく、静香は、大吾に佐久夜のことを話して聞かせる。

「しぃ、そいつのこと好きなのか?」

静香は、きょとんとして、大吾を見た。そして、ほんのりと頬を染めると、大吾の肩をばんばんと叩いた。

「大ちゃん、気が早いよ。まだ、お友達になっただけだよ。そりゃ、気にならないって言ったらウソだけど、まだわかんないよ。もう、大ちゃんお父さんみたいなんだから」

肩を叩く静香の腕を掴み、大吾は今にも泣き出しそうな表情を浮かべる。
『お父さん』
その言葉は、大吾は静香に恋愛対象外の烙印を押されたかに感じていた。

「木花なんか、ただのダサいボッチじゃねぇか」

パシン。

不意に打たれた左の頬。大吾は、ハッとして静香を見る。先ほどまで、笑顔を振りまいていた表情は、怒りの表情に変わっていた。

「大ちゃん、サクちゃんの事知りもしないのに、悪く言うのはどうかと思うよ。私、手芸店に行くから、じゃあね」

呆然とする大吾を置いて、静香はスタスタと大吾の元を振り返ることなく去って行く。

「何だよ、どいつもこいつも……何でアイツの肩を持つんだよ」

泥々と渦巻く黒い想いが、大吾の心を染めていく。ただ、静香に叩かれた左頬が、じんじんといつまでも痺れていた。
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