上 下
83 / 95

83 儀式 その1

しおりを挟む
佐久夜は、黙って神さまの後ろを歩いている。向かう先は、拝殿。一段、一段と階段を登り、靴を揃えて脱ぎ中に足を踏み入れた。

しんと静まる拝殿の中は、衣擦れと足音のみが聞こえる。

中央に四角く注連縄しめなわで区切られた場所の前に神さまが立ち、佐久夜の方に向きなおった。

「佐久夜は、この中で座って待っておれ」

注連縄のしたを潜り、佐久夜は指示された場所に座った。

(空気が、変わった?)

冷たい空気、だけど清く感じる。佐久夜は、大きく鼻から息を吸い込んだ。

(これだけでも、体の中が晴れていく感じがする)

「佐久夜以外は、下がっておれ」

「では、俺は土間で夕飯の準備をするでござりまするぞ。何か用が有れば直ぐに駆けつけるでござりまするぞ」

「神さま、佐久夜兄ちゃんのことお願い」

朱丸と浅葱は、ぺこりと頭を下げ、土間に下がった。

しかし、朧だけは、でんと佐久夜の後方に座り、拝殿を去る気配を見せなかった。

「朧、聞こえぬのか?我は、下がっておれと伝えたはずじゃが?」

「オイラは、見届けにゃ。邪魔は、しないにゃ。だから、最後までいるにゃ」

「……我を信じて最後までそこを動かぬか?」

神さまは、朧に問いかけ確認をする。

「約束するにゃ。オイラにとって、守るべき者は、神さまだけじゃ無く、佐久夜もその対象にゃ」

「うむ。朧、その心、忘れるでないぞ」

佐久夜は、朧の気持ちを聞き嬉しく思う反面、自分の軽はずみだった行動に悔いていた。

「佐久夜よ、責任を感じるでない。全ては、我の甘えが招いたのじゃ。佐久夜の自発的な姿に甘えすぎていたのじゃ」

神さまは、佐久夜の前に立ち、そっと両手に小さな手を添えて、佐久夜を見上げた。

「佐久夜は、我が認めた神使じゃ。我が、導かずどうする。これからも、我と共に歩もうぞ」

優しい声で、神さまは佐久夜に問いかける。

「俺、ずっとここで暮らしたい。俺を助けて……」

はらはらと涙を流し佐久夜は、神さまに助けを求めた。

「うむ、我に任せておくのじゃ」

小さな体で、大きく頷いた。

くるりと神棚に向き直ると神さまは、大幣を手に取った。

右に左にワサワサと音を鳴らし大幣を振り始める。その音は、音楽を奏でるように心地よく佐久夜の耳に届いてくる。

目の前にいる小さな神さまの背中が、だんだんと大きく感じられる。

神さまが神棚に置いている形代を手に取り、一枚、また一枚と放り投げる。形代は、拝殿の中をくるくると円を描いて回り出す。全部で五枚ほど投げ、くるくる舞い続ける形代は、佐久夜がいる注連縄を中心として五角形に囲むように位置を留めた。

何処からか、それぞれの形代に光があたり、その光を浴びた形代が、猫の面を被った巫女の姿へと形を変えていく。手には、神楽鈴を持ってシャンシャンと神さまの大幣の動きに合わせて優しい音色を奏でていた。





しおりを挟む

処理中です...