【掌編小説】記憶クリニック

如月朔

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記憶クリニック

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沢山の管が付いた機械を頭に取り付けられて、男がベッドの上で寝ている。
その傍らに置かれた椅子に猫目の女性が座っている。
女性は不安そうに尋ねた。
「先生、主人は治るんでしょうか?」
「ん~どうですかな?おそらく大丈夫だと思いますが」
白い髭をたっぷり蓄えた老人が不似合いな電子端末を手元で操作しながら答える。
「ほうほう、恐らくこの記憶ですな」
そう言って老人は猫目の女性に電子端末を手渡した。
端末にはベッドに寝かされた男の記憶が映し出されていた。

---
幼い男は、父親であろう男性からひどく叱責を受けている。
母親と思しき人物は幼い男の手から猫を取り上げると、険しい顔つきで部屋から出て行った。
父親は尚も幼い男を叱り続け、果てには暴力を振るった。
カメラが倒れたかのように天井が映り、その後馬乗りになった父親の姿。
目を閉じたのか、以降の記憶は見られなかった。
---

女性が映像を見終わったことを確認して、電子端末を受け取ると老人はコーヒーを一口飲んでから言った。
「記憶には音声が無いので、詳しくはわかりませんが、あなたの旦那さんが動物に対して異常な感情を抱いてしまう原因はこの記憶にありそうです」
「ええ、主人にこんな過去があったなんて知りませんでした」
「よほど辛かったのか、手前の記憶がありませんが、これ自体はよくあることです。強い叱責を受けた結果、脳が自分を肯定するために記憶の消去や改竄をするわけです」
「なるほど、そうなんですか。先生、それでどうしたらいいのでしょうか?」
女性の言葉に、先生と呼ばれた老人は腕組みをして小さく唸った。
「旦那さんの感情が歪んでしまった原因であろう、この記憶を消してやれば、おそらくは正常な感覚に、いや、正確には叱責を受けて歪む前の感覚に戻るでしょうな」
「ぜひ、この記憶を消去してあげてください。よろしくお願いします」

老人は頷くと諸々の同意書を女性に差し出した。
簡単に言えば、記憶の消去によって起こるあらゆる不都合に対して、施術者は責任を負いませんという内容のものだ。
女性がサインをすると、老人は電子端末の操作を行った。
10分ほどの作業の後、老人は言う。
「よし、記憶の消去は完了しました。あとは麻酔が覚めるのを待つだけです」
「先生、ありがとうございます」
猫目の女性は深く頭を下げた。

男が目覚めるまでの間、別室に通された女性はラックにあった一冊の本を手に取った。
【記憶が変われば、感情が変わる】
「記憶と感情は密接に結び付いており、感情は記憶から生まれていると言っても過言ではありません」
なるほど、この病院らしい本だと女性は思った。

コンコン。
丁寧にドアを開けて、看護師の女性が入ってきた。
「お目覚めになりました。こちらにどうぞ」
猫目の女性は看護師の言葉に従った。

「大丈夫?具合はどう?」
男に駆け寄って女性が尋ねた。
「ああ、なんかすごく頭の中がスッキリしているよ。今までのモヤモヤが嘘みたいだ」
「よかったわ。先生ありがとうございます」

夫婦は連れ立って病院を出た。
川沿いの道を歩きながら女性が尋ねる。
「ねえ、今は動物を見ても変に欲情したりしないのよね?」
「うん。あんなに動物を愛さなきゃいけないって思っていたのは何故なんだろう?全然思い出せないや。それより君の目を見ていたら昔のことを思い出したよ。猫の目ってすごく綺麗だろ?ガラス玉みたいにキラキラしててさ。小さい頃、すごく欲しいと思ってたんだよな」
男は少年のように目を輝かせて言った。

翌日、看護師の女性が老人に向かって言う。
「先生、すぐ目の前の川の下流で目の無い女性の遺体が見つかったんですって。物騒な事件ですね」
「いやあ、実に物騒だねぇ」
そう言って老人はコーヒーを一口飲んだ。
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