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後日談 後悔(side:エルネスト)
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(くそ……なんでもっときちんと調べなかった……? いや、兄上の言った通り傍聴席を私の手の者で固めて、外部に漏れないよう……その前にシスティーヌ卿を招かずに……いや、無理だ)
裁判側を引き入れるのも、あの狡猾なシスティーヌ卿を上回って動くのも、エルネストには難しい。
エルネストは他の兄弟たちよりも強固な後ろ盾と、婚約を結ばされていた。それが仇となったのだ。
妙な義憤などに駆られず、徹底的にルヴィを貶める覚悟と気概があれば、違った結果になったかもしれない。
公開審問ではなく、投獄。
自白剤ではなく、拷問。
その前に、自白剤を用いると聞き慌てて嘘の自白をしたルヴィを、そのまま罪人としていれば。
(いや、どっちにしろ……システィーヌ卿は用意周到に……)
どれだけ後悔しても、今や、エルネストとその恋人は国中の笑いものだ。
王家の醜聞のようで、実のところ、王も他の王子たちも無傷。エルネスト個人の資産と名誉、自尊心が傷付いただけだった。
数日後、弟王子がふらっとやって来て、囁くように、歌うように報告した。
「システィーヌ嬢、重い後遺症が残ったって。かわいそうだね」
あどけない顔をして、まるで猛禽類のような目がエルネストをとらえる。
「タンジェロ先生も医師免許剥奪だって。ご家族も路頭に迷うね。この間孫が生まれたって言ってたのに、かわいそうだね」
変声前の少女のような弾む声が、重い。
実際は医師免許の剥奪はされたものの、その家族には保障があった。ただどうしても、犯罪に加担した身内がいる家族、という世間の目は向けられる。
「先生、まだ若いのに。ろくな仕事に就けないね、かわいそうだね」
王族に強要されたとはいえ、違法とも言える薬物投与をした元医師を、信用して仕事を任せられるか。否だ。
そしてエルネストは一連の失敗で、更に兄弟たちに付け入る隙を与えてしまった。
特にこの、弟。基本的に下に無関心な兄と違い、エルネストは弟を散々見下してきた。
「おまけ」「予備ですらない」「不気味」「精々目立たないようにしろ」「どうせなら妹が欲しかった」
エルネストは何を言ったのか全ては覚えていないだろうが、言われた弟は恐らく、そうではない。
「王子と令嬢の物語の作者さん、返金騒ぎとか苦情とかで今大変らしいよ? かわいそうだね」
あの物語の作者は執筆の際、固有名詞をそのまま使ってはいなかった。しかし、出版されたその小説にはあるべき注意が無かった。「これは創作です」という。
誰しもが考える。暗黙の了解で、ああ、これはあの方たちか、と。
まるで小説の体を装った暴露本だと、本来の客層から遠い人々までも手に取ったのが、結果的に痛手だった。
作者も出版社も、いわば自業自得とも言える。返品の苦情や在庫を大量に抱えた各地の書店だけが、とばっちりを食らった形だ。
エルネストは耳を塞ぎたいが、そうすれば今度は、箇条書きにした紙を謹慎部屋に入れ込んでくる予想は容易く、弟を睨みつけるしか抵抗方法はない。
(……くそ……やはり部下の言った通りにしておけば)
エルネストは部下に「あの小説はそのままでいいのですか」と、顔をしかめながら言われた過去を思い出す。
しかし、まるで自分たちの真実を知らしめ、悪を断罪するような恋愛本に気分を良くして、放置してしまったのだ。
元恋人が襲われる前、贈って一緒に読んだ事もある。「ざまあみろ」と二人で悪役を笑った。山場の台詞を真似て二人で酔った。
小説の結末のまま、公開審問を決行した。
(くそ、くそ……赤っ恥だ……! こいつ……)
弟王子も逢引の様子を知っていた筈だ。兄の傷口をめがけ的確に塩を塗り込んでくる。
ちなみにその後、その裏の真実を書いたような創作恋愛小説が、違う作者から違う出版社によって発行されている。
王子と令嬢の恋物語の作者と発行した出版社は、その後苦情の対応に疲弊したのか、「創作です」「架空の話です」とお決まりの言葉を吐く機械と化した。
今更何言ってんだ、と国民の不信感がより煽られる結果となった。
「出版社も書店も劇団も……あーかわいそう」
エルネストのそこそこな正義の余波は、彼の想像の及ばないところにまで、じわじわと届いていたらしい。
「まだ存在してもいない僕の子供より継承権下になるんだよね。……かわいそ」
目を細め嗤う弟王子。
「ねえ。『何で母上はお前を産んだんだろうな?』」
言いたい放題歌ってすっきりした後、弟王子は軽やかに去って行った。
静かになった部屋で一人、エルネストは頭を抱えた。
(あぁ……やり直したい……間違えた、やり直したい……過去に戻りたい……ルヴィは嘘は言っていない、言ってなかったんだ、過去の私……!)
どれだけ祈っても奇跡は起こる筈もなく、現実は非情であった。
王位継承権を放棄した元王子、エルネスト・エバンス伯爵。
彼は元婚約者ルヴィ・システィーヌと生涯顔を合わせる事もなく、一切の謝罪もしなかったらしい。
その反面、賠償金を払い、彼女の夫が警戒する中一度だけ面会し、誠心誠意謝ったとも言われている。
裁判側を引き入れるのも、あの狡猾なシスティーヌ卿を上回って動くのも、エルネストには難しい。
エルネストは他の兄弟たちよりも強固な後ろ盾と、婚約を結ばされていた。それが仇となったのだ。
妙な義憤などに駆られず、徹底的にルヴィを貶める覚悟と気概があれば、違った結果になったかもしれない。
公開審問ではなく、投獄。
自白剤ではなく、拷問。
その前に、自白剤を用いると聞き慌てて嘘の自白をしたルヴィを、そのまま罪人としていれば。
(いや、どっちにしろ……システィーヌ卿は用意周到に……)
どれだけ後悔しても、今や、エルネストとその恋人は国中の笑いものだ。
王家の醜聞のようで、実のところ、王も他の王子たちも無傷。エルネスト個人の資産と名誉、自尊心が傷付いただけだった。
数日後、弟王子がふらっとやって来て、囁くように、歌うように報告した。
「システィーヌ嬢、重い後遺症が残ったって。かわいそうだね」
あどけない顔をして、まるで猛禽類のような目がエルネストをとらえる。
「タンジェロ先生も医師免許剥奪だって。ご家族も路頭に迷うね。この間孫が生まれたって言ってたのに、かわいそうだね」
変声前の少女のような弾む声が、重い。
実際は医師免許の剥奪はされたものの、その家族には保障があった。ただどうしても、犯罪に加担した身内がいる家族、という世間の目は向けられる。
「先生、まだ若いのに。ろくな仕事に就けないね、かわいそうだね」
王族に強要されたとはいえ、違法とも言える薬物投与をした元医師を、信用して仕事を任せられるか。否だ。
そしてエルネストは一連の失敗で、更に兄弟たちに付け入る隙を与えてしまった。
特にこの、弟。基本的に下に無関心な兄と違い、エルネストは弟を散々見下してきた。
「おまけ」「予備ですらない」「不気味」「精々目立たないようにしろ」「どうせなら妹が欲しかった」
エルネストは何を言ったのか全ては覚えていないだろうが、言われた弟は恐らく、そうではない。
「王子と令嬢の物語の作者さん、返金騒ぎとか苦情とかで今大変らしいよ? かわいそうだね」
あの物語の作者は執筆の際、固有名詞をそのまま使ってはいなかった。しかし、出版されたその小説にはあるべき注意が無かった。「これは創作です」という。
誰しもが考える。暗黙の了解で、ああ、これはあの方たちか、と。
まるで小説の体を装った暴露本だと、本来の客層から遠い人々までも手に取ったのが、結果的に痛手だった。
作者も出版社も、いわば自業自得とも言える。返品の苦情や在庫を大量に抱えた各地の書店だけが、とばっちりを食らった形だ。
エルネストは耳を塞ぎたいが、そうすれば今度は、箇条書きにした紙を謹慎部屋に入れ込んでくる予想は容易く、弟を睨みつけるしか抵抗方法はない。
(……くそ……やはり部下の言った通りにしておけば)
エルネストは部下に「あの小説はそのままでいいのですか」と、顔をしかめながら言われた過去を思い出す。
しかし、まるで自分たちの真実を知らしめ、悪を断罪するような恋愛本に気分を良くして、放置してしまったのだ。
元恋人が襲われる前、贈って一緒に読んだ事もある。「ざまあみろ」と二人で悪役を笑った。山場の台詞を真似て二人で酔った。
小説の結末のまま、公開審問を決行した。
(くそ、くそ……赤っ恥だ……! こいつ……)
弟王子も逢引の様子を知っていた筈だ。兄の傷口をめがけ的確に塩を塗り込んでくる。
ちなみにその後、その裏の真実を書いたような創作恋愛小説が、違う作者から違う出版社によって発行されている。
王子と令嬢の恋物語の作者と発行した出版社は、その後苦情の対応に疲弊したのか、「創作です」「架空の話です」とお決まりの言葉を吐く機械と化した。
今更何言ってんだ、と国民の不信感がより煽られる結果となった。
「出版社も書店も劇団も……あーかわいそう」
エルネストのそこそこな正義の余波は、彼の想像の及ばないところにまで、じわじわと届いていたらしい。
「まだ存在してもいない僕の子供より継承権下になるんだよね。……かわいそ」
目を細め嗤う弟王子。
「ねえ。『何で母上はお前を産んだんだろうな?』」
言いたい放題歌ってすっきりした後、弟王子は軽やかに去って行った。
静かになった部屋で一人、エルネストは頭を抱えた。
(あぁ……やり直したい……間違えた、やり直したい……過去に戻りたい……ルヴィは嘘は言っていない、言ってなかったんだ、過去の私……!)
どれだけ祈っても奇跡は起こる筈もなく、現実は非情であった。
王位継承権を放棄した元王子、エルネスト・エバンス伯爵。
彼は元婚約者ルヴィ・システィーヌと生涯顔を合わせる事もなく、一切の謝罪もしなかったらしい。
その反面、賠償金を払い、彼女の夫が警戒する中一度だけ面会し、誠心誠意謝ったとも言われている。
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