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後日談 羞恥(side:エルネスト)
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「っ……」
思い出すだけで、エルネストは頭に血が上る。羞恥に顔を赤らめ、涙で目が沁みる。
王子であるエルネストが寝食する場にふさわしくない、恐ろしく質素で狭い部屋。彼は今そこで謹慎している。
王位継承権の位は大きく下がった。
呆れたような顔の父王や兄弟たちの視線を思い出すと震え、汗が滲み、更に顔が火照ってくる。
エルネストの失敗は、彼がそこそこに正義感が備わっていた事。
元婚約者が悪であると信じ込み、その所業に憤りを感じてしまった事。
(あいつが……ルヴィがあの孤児の男を好きだったなんて……)
ルヴィは絶対に誰にも悟らせないよう、その想いを内で育んでいた。
許されない想いを抱え込んだ女。
愛を盾に不貞をしていた男。
どちらも「心の浮気」である事に変わりはないが、世間の常識を示す針がどちらを向くかなど、分かりきっている。
『あれほど、素敵な方に想われている、のに、どうして』
『殿下なんかを』
『くやしくて、嫉妬、しました』
ルヴィの途切れ途切れの真実が、今もまだエルネストの耳奥で渦巻いている。
嫉妬でリアンナを害した、と居丈高なエルネストの姿は、ルヴィの目にはさぞ滑稽に映っただろう。
(……道化だ)
そう。エルネストの失敗は――そこそこの正義感につき動かされてしまった事。
『馬鹿正直に一般市民を傍聴席に座らせるとはな』
馬鹿にしているのでもない、当然慰めでもない、ただの感想を述べた兄の言葉が思い出された。
エルネストはただ、外道を行く元婚約者を白日の下に晒したかっただけだ。だから、無関係な人間に見届けてほしかった。
自白剤の多量投与も、悪人に対しての処罰だと考えていた。
決して「濡れ衣」を着せたかった訳ではない。
その結果、失ったのは。
愛らしい恋人が、護衛を引き留める現場を思い出す。
「リュゼ……何処に行くの? ねえ、わたし、知らなかった、あなたがわたしを……」
「リアンナ様。俺は貴女に大恩があります。町の掃き溜めで生きるしかなかった俺をここまで引き上げて下さった事、確かに感謝しています」
リアンナがリュゼを見上げた。
遠目で見た恋人の顔を見て、エルネストは察した。
困ったように眉を下げて、しかし赤らむ頬。よく、知っている。よく見ていた。彼女のその表情。
あれは、おねだりの顔だ。
可愛らしい、いじらしいと心からエルネストが好いていた、何かを望む表情だった。
「お嬢様、俺は……貴女を神格化しすぎていました」
「え……」
おねだりが通用しないリュゼに、リアンナは更に困った顔をした。
「貴女に理想を押し付けすぎていました。貴女もただの人間であるのに。俺が悪いんです」
「リュゼ……?」
「お嬢様……略奪は、いけない事です。子供の頃、貴女が叱って教えてくれました」
「あ……っ」
元孤児の男リュゼの顔は見えないが、その声は悲しみのような何かを堪えるような色を宿していた。
「だってっ、エル様はもうすぐ別れるって……! 違う、あなた達がしてた盗みとは全然意味が――」
リアンナは尚も何か言い募っていたが、エルネストはとても聞いていられず、こっそりその場を辞した。
醜い言い訳は自分を蝕んでいくようだった。
愛があれば問題ないと思った。
真に想い合っている男女が結ばれるため、障害を乗り越え奔走するのは、物語でもよくあるじゃないかと。
エルネストは質素で狭い部屋の中、溜息を吐いた。
あの時の公開審問を思い出すと、じくじくと身が蝕まれ、全身を、頭の中を掻き毟りたくなる衝動に駆られる。
ルヴィの想いを聞いて「不貞だ」と喚いたのも、心証を悪くした。
後から冷静になって考えてみれば、ルヴィとリュゼは間違いなく面識は無かったのだ。ならば、ルヴィがリュゼを見初めたのは、いつだったのか。
(私とリアンナが付き合い出してから、か……)
婚約者の逢引を何度も見たルヴィが、護衛のリュゼを知ったのだ。
思い出すだけで、エルネストは頭に血が上る。羞恥に顔を赤らめ、涙で目が沁みる。
王子であるエルネストが寝食する場にふさわしくない、恐ろしく質素で狭い部屋。彼は今そこで謹慎している。
王位継承権の位は大きく下がった。
呆れたような顔の父王や兄弟たちの視線を思い出すと震え、汗が滲み、更に顔が火照ってくる。
エルネストの失敗は、彼がそこそこに正義感が備わっていた事。
元婚約者が悪であると信じ込み、その所業に憤りを感じてしまった事。
(あいつが……ルヴィがあの孤児の男を好きだったなんて……)
ルヴィは絶対に誰にも悟らせないよう、その想いを内で育んでいた。
許されない想いを抱え込んだ女。
愛を盾に不貞をしていた男。
どちらも「心の浮気」である事に変わりはないが、世間の常識を示す針がどちらを向くかなど、分かりきっている。
『あれほど、素敵な方に想われている、のに、どうして』
『殿下なんかを』
『くやしくて、嫉妬、しました』
ルヴィの途切れ途切れの真実が、今もまだエルネストの耳奥で渦巻いている。
嫉妬でリアンナを害した、と居丈高なエルネストの姿は、ルヴィの目にはさぞ滑稽に映っただろう。
(……道化だ)
そう。エルネストの失敗は――そこそこの正義感につき動かされてしまった事。
『馬鹿正直に一般市民を傍聴席に座らせるとはな』
馬鹿にしているのでもない、当然慰めでもない、ただの感想を述べた兄の言葉が思い出された。
エルネストはただ、外道を行く元婚約者を白日の下に晒したかっただけだ。だから、無関係な人間に見届けてほしかった。
自白剤の多量投与も、悪人に対しての処罰だと考えていた。
決して「濡れ衣」を着せたかった訳ではない。
その結果、失ったのは。
愛らしい恋人が、護衛を引き留める現場を思い出す。
「リュゼ……何処に行くの? ねえ、わたし、知らなかった、あなたがわたしを……」
「リアンナ様。俺は貴女に大恩があります。町の掃き溜めで生きるしかなかった俺をここまで引き上げて下さった事、確かに感謝しています」
リアンナがリュゼを見上げた。
遠目で見た恋人の顔を見て、エルネストは察した。
困ったように眉を下げて、しかし赤らむ頬。よく、知っている。よく見ていた。彼女のその表情。
あれは、おねだりの顔だ。
可愛らしい、いじらしいと心からエルネストが好いていた、何かを望む表情だった。
「お嬢様、俺は……貴女を神格化しすぎていました」
「え……」
おねだりが通用しないリュゼに、リアンナは更に困った顔をした。
「貴女に理想を押し付けすぎていました。貴女もただの人間であるのに。俺が悪いんです」
「リュゼ……?」
「お嬢様……略奪は、いけない事です。子供の頃、貴女が叱って教えてくれました」
「あ……っ」
元孤児の男リュゼの顔は見えないが、その声は悲しみのような何かを堪えるような色を宿していた。
「だってっ、エル様はもうすぐ別れるって……! 違う、あなた達がしてた盗みとは全然意味が――」
リアンナは尚も何か言い募っていたが、エルネストはとても聞いていられず、こっそりその場を辞した。
醜い言い訳は自分を蝕んでいくようだった。
愛があれば問題ないと思った。
真に想い合っている男女が結ばれるため、障害を乗り越え奔走するのは、物語でもよくあるじゃないかと。
エルネストは質素で狭い部屋の中、溜息を吐いた。
あの時の公開審問を思い出すと、じくじくと身が蝕まれ、全身を、頭の中を掻き毟りたくなる衝動に駆られる。
ルヴィの想いを聞いて「不貞だ」と喚いたのも、心証を悪くした。
後から冷静になって考えてみれば、ルヴィとリュゼは間違いなく面識は無かったのだ。ならば、ルヴィがリュゼを見初めたのは、いつだったのか。
(私とリアンナが付き合い出してから、か……)
婚約者の逢引を何度も見たルヴィが、護衛のリュゼを知ったのだ。
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