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◎ソニア視点 私の復讐①
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悠月:
この視点には残酷な描写や、倫理観に反する描写が含まれています。苦手な方はスキップしていただいても、本編の内容には影響ありません。
————————————
生まれ育った村を出たとき、私は大町への憧れに胸を膨らませ、抑えきれない興奮と共に目に映る世界がすべてカラフルに見えた。
――あの村に攫われるまでは。
幼い頃、父は疫病で亡くなり、一家の重荷はすべて母にのしかかった。やがて彼女は長時間の重労働による過労で亡くなった。
残された私は叔父の家に引き取られた。居候ではあったが、彼らは私を邪険に扱うことはなく、親子のような深い絆こそなかったものの、互いに良好な関係を築いていたと思う。
小さな村では、女の子一人といえども、家を支えるため、また将来良い夫に嫁ぐために、織物、料理、保存食作り、農作業、家畜の世話など、さまざまなことを学ばなければならなかった。
忙しい毎日だったが、孤児の私が普通の娘と同じように暮らせるだけでも、神様に感謝すべきだった。
そんな変わり映えのない日々に、外の世界への窓を開いてくれたのがロザリンド様だった。
彼女はある日、騎士とメイドを連れて、神殿から派遣された神官として村にやって来た。
聞く話によれば、ロザリンド様は高貴な貴族のお嬢様で、本来なら私のような者が一生関わることのない存在だった。しかし、ある事情から神殿に入り、神官になったらしい。
彼女は趣味である<考古学>の研究の為に、この村に赴任してきたという。
女騎士一人とメイド一人を従えたその姿は、村人からすればまるで別世界の人だった。気品に満ち、近寄りがたく、大人たちは彼女と接することを恐れていた。
だが、言わば生まれたての子牛は虎を恐れない。
私を含む子供たちは、珍しい外からの来訪者に強い好奇心を抱き、大人に止められても、よくロザリンド様のもとへ遊びに行った。
ロザリンド様は美しく、優雅で、親切で、まるで童話の姫のようだった。
彼女はよくお菓子を分けてくれたり、時折文字を教えてくれたり、神話や歴史、村の外の話を語ってくれたりした。
そのとき私は初めて知った。女の一生はただ嫁ぎ、家を支えるだけでなく、自ら学び、選び、働くこともできるのだと。
ロザリンド様は私たちの村に三年弱滞在し、研究が一段落すると、別の村へ旅立たれた。
村の皆はいつもの生活に戻ったことに安堵したかもしれないが、私は去っていく馬車の背中をぼんやりと眺め……心の騒めきが収まらなかった。
時は流れ、私が十七歳、成人を目前にした頃、叔父から私の婚姻が決まったと告げられた。
相手は隣村の男。家に金はあるが、三十歳で年上、しかも痴呆という精神の病を患っているという。
さらには、かつて狂気に呑まれた彼が前任の妻を殺したという噂まであった。
叔父が気まずそうにこの婚姻を告げたとき、私はただ笑って受け入れた。
――やっと、と思った。
仕方のないことだ。私は孤児だ。今、私の保護者である叔父に私の婚姻を決める権限を持っている。
それに、私があの男に嫁ぐ代わりに、向こうの娘が二つ年下の従弟に嫁ぐことになっている。
謂わゆる<交換結婚>というものだ。 お互い、持参金や結納金の負担が減らせるし、この村ではよくある事だ。
私以外の誰もが得をする、都合のいい、ウィンウィンの取引。
しかし、神様はいつまで私を弄ぶつもりだろうか。
婚姻の日取りが決まった矢先、相手の男は、突然の癪病で暴れ出し、自ら川に飛び込んで死んでしまった。呆気ないほどに……
「神罰だ」と囁く人もいれば、「あの娘が不幸を呼んだ」と陰口をたたく人もいた。
他人の死を喜ぶ自分が醜く思えた。
だがそれ以上に、縛られていた鎖が断ち切られたことに、震えるほどの解放感を覚えた。
数日後、私は叔父一家に告げた――「村を出て、働きたい」と。
女が婚姻以外で村を出ることなど聞いたことがなかった。
けれど私は知ってしまったのだ。ロザリンド様が教えてくれた、外の世界の広さを。
私を痴呆の男に嫁がせようとした後ろめたさと、私自身が呪われているのではないかという恐れから、叔父は私の願いを許してくれた。
その後、決意したら行動は早かった。少ない荷物をまとめ、知り合いの旅商人に同行して、私は村を出た。
そして、思い知らせた。
神様は、やっぱり私を嫌っているのだと。
***
かつての世界大戦の余波で、どこも荒れ果て、人が不足していた。
戦いから降りた人々をを治療し、看病するために、女も子供も老人も、皆を動員しなければならなかった。
その中で、平民の娘フローラが献身的な看護活動を続け、多くの命を救った。そして、彼女の功績を称えて、<看護師>という新たな職業が生み出された。
それは本来、女性が立ち入ることが許されなかった神聖な医務院に、女性の道を開いた歴史的な出来事だった。
数年前、スペンサーグ公爵の命により、各地から看護師を志す女性が集められた。
条件は、家柄や財産に関係なく、三十歳以下で読み書きができること。短期間の研修を受け、試験に合格すれば、正式に看護師として雇われるというものだった。
それ以降、募集の知らせはなかったが、大きな町に行けば、ロザリンド様の教育を受けた私なら、きっと務まる仕事があると信じて疑わなかった。
だが……旅商人と道を分かれた後、スペンサーグ城がもうすぐそこに見える場所で、道端で倒れた老人を家に送ろうとしたところ、黒い袋に包まれ、気を失った。
目を覚ましたとき、私は数人の女性たちと共に縄で縛られ、窓が封じられた荷車の中に押し込まれていた。
車輪の軋む音に揺られ、どこへ向かうのかも分からないまま運ばれていく。家畜のように、命を繋ぐだけの食べ物を与えられ、やがて辿り着いた場所で、私たちは“客”の前に並べられ、物のように値踏みされ、一人、また一人と消えていった。
ある日、隙を見て必死に逃げ出し、兵士に助けを乞ったが、その兵士は誘拐犯とはグルだった。私は突き返され、捕らえられては見せしめに打たれ、縄で縛られ、血まみれのまま、数日間放置された。
なぜまだ生きているのか。自分のしぶとさが恨めしい。
やがて、絶望の果てに、私は売られた。
***
その地獄の日々を思い出したくない。
けれど、同じように、あいつらをこのままのうのうと生きさせたくない。
誰かが言っていた。
「夫がいれば、その男にだけ虐められれば済む。夫がいなければ、村中の男たちから虐められる」と。
だから、諦めて、今の生活を受け入れるのが一番なのだと。
どこまで馬鹿げた話だ。どちらにしても虐められる運命を、人に勧めるなんて。
私は自分の人生を決めるために村を出たのであって、自分の主人を探すためではない。
だが、既に服従を強いられていた彼女たちには、私の言葉など届くことはなかった。
このローグズ村は、元は山賊の残党が作った集落の一つだ。戦争が終わったのち、公爵家に服従を誓わされ、人を分散させられ、いくつかの村へと再編された。
この地にはもともと男尊女卑の風習が根強く残っており、暴力で成り立ったこの村ではその傾向が特に強く、息苦しいほどだった。
本来なら、男と女は半々の確率で生まれる。だが、この村では、二十人に一人しか女が生まれない。
こんな奇跡のような確率が成立できる理由は言うまでもない。女児は生まれた時点で山や川へと捨てられるのだ。
だから、自業自得というものか、この村には女が極端に少ない。飢えた男たちは自分たちの都合で痛められる奴隷、もとい妻を得るために、外から女を買い、そしてこの罪の血が永遠に続くように、無理やり子を産ませる。
「世界が私を捨てた!」
雑用に追われる私の耳に突然突き刺さった言葉は、まるで自分自身の叫びだと錯覚するほどだった。
声の主を探すと、そこにはみすぼらしい姿の女がいた。彼女は汚い廃屋の中、家畜のように首を鎖に繋がれ、傷だらけの手で壁に文字を刻んでいた。
――家に帰りたい!
その切実な願いは、蟻の群れのように壁一面を埋め尽くし、だが時の渦に呑まれ、色褪せていき、そしてその上から、大きく塗り潰すように『世界が私を捨てた!』という絶望の文字が重ねられていた。
この視点には残酷な描写や、倫理観に反する描写が含まれています。苦手な方はスキップしていただいても、本編の内容には影響ありません。
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生まれ育った村を出たとき、私は大町への憧れに胸を膨らませ、抑えきれない興奮と共に目に映る世界がすべてカラフルに見えた。
――あの村に攫われるまでは。
幼い頃、父は疫病で亡くなり、一家の重荷はすべて母にのしかかった。やがて彼女は長時間の重労働による過労で亡くなった。
残された私は叔父の家に引き取られた。居候ではあったが、彼らは私を邪険に扱うことはなく、親子のような深い絆こそなかったものの、互いに良好な関係を築いていたと思う。
小さな村では、女の子一人といえども、家を支えるため、また将来良い夫に嫁ぐために、織物、料理、保存食作り、農作業、家畜の世話など、さまざまなことを学ばなければならなかった。
忙しい毎日だったが、孤児の私が普通の娘と同じように暮らせるだけでも、神様に感謝すべきだった。
そんな変わり映えのない日々に、外の世界への窓を開いてくれたのがロザリンド様だった。
彼女はある日、騎士とメイドを連れて、神殿から派遣された神官として村にやって来た。
聞く話によれば、ロザリンド様は高貴な貴族のお嬢様で、本来なら私のような者が一生関わることのない存在だった。しかし、ある事情から神殿に入り、神官になったらしい。
彼女は趣味である<考古学>の研究の為に、この村に赴任してきたという。
女騎士一人とメイド一人を従えたその姿は、村人からすればまるで別世界の人だった。気品に満ち、近寄りがたく、大人たちは彼女と接することを恐れていた。
だが、言わば生まれたての子牛は虎を恐れない。
私を含む子供たちは、珍しい外からの来訪者に強い好奇心を抱き、大人に止められても、よくロザリンド様のもとへ遊びに行った。
ロザリンド様は美しく、優雅で、親切で、まるで童話の姫のようだった。
彼女はよくお菓子を分けてくれたり、時折文字を教えてくれたり、神話や歴史、村の外の話を語ってくれたりした。
そのとき私は初めて知った。女の一生はただ嫁ぎ、家を支えるだけでなく、自ら学び、選び、働くこともできるのだと。
ロザリンド様は私たちの村に三年弱滞在し、研究が一段落すると、別の村へ旅立たれた。
村の皆はいつもの生活に戻ったことに安堵したかもしれないが、私は去っていく馬車の背中をぼんやりと眺め……心の騒めきが収まらなかった。
時は流れ、私が十七歳、成人を目前にした頃、叔父から私の婚姻が決まったと告げられた。
相手は隣村の男。家に金はあるが、三十歳で年上、しかも痴呆という精神の病を患っているという。
さらには、かつて狂気に呑まれた彼が前任の妻を殺したという噂まであった。
叔父が気まずそうにこの婚姻を告げたとき、私はただ笑って受け入れた。
――やっと、と思った。
仕方のないことだ。私は孤児だ。今、私の保護者である叔父に私の婚姻を決める権限を持っている。
それに、私があの男に嫁ぐ代わりに、向こうの娘が二つ年下の従弟に嫁ぐことになっている。
謂わゆる<交換結婚>というものだ。 お互い、持参金や結納金の負担が減らせるし、この村ではよくある事だ。
私以外の誰もが得をする、都合のいい、ウィンウィンの取引。
しかし、神様はいつまで私を弄ぶつもりだろうか。
婚姻の日取りが決まった矢先、相手の男は、突然の癪病で暴れ出し、自ら川に飛び込んで死んでしまった。呆気ないほどに……
「神罰だ」と囁く人もいれば、「あの娘が不幸を呼んだ」と陰口をたたく人もいた。
他人の死を喜ぶ自分が醜く思えた。
だがそれ以上に、縛られていた鎖が断ち切られたことに、震えるほどの解放感を覚えた。
数日後、私は叔父一家に告げた――「村を出て、働きたい」と。
女が婚姻以外で村を出ることなど聞いたことがなかった。
けれど私は知ってしまったのだ。ロザリンド様が教えてくれた、外の世界の広さを。
私を痴呆の男に嫁がせようとした後ろめたさと、私自身が呪われているのではないかという恐れから、叔父は私の願いを許してくれた。
その後、決意したら行動は早かった。少ない荷物をまとめ、知り合いの旅商人に同行して、私は村を出た。
そして、思い知らせた。
神様は、やっぱり私を嫌っているのだと。
***
かつての世界大戦の余波で、どこも荒れ果て、人が不足していた。
戦いから降りた人々をを治療し、看病するために、女も子供も老人も、皆を動員しなければならなかった。
その中で、平民の娘フローラが献身的な看護活動を続け、多くの命を救った。そして、彼女の功績を称えて、<看護師>という新たな職業が生み出された。
それは本来、女性が立ち入ることが許されなかった神聖な医務院に、女性の道を開いた歴史的な出来事だった。
数年前、スペンサーグ公爵の命により、各地から看護師を志す女性が集められた。
条件は、家柄や財産に関係なく、三十歳以下で読み書きができること。短期間の研修を受け、試験に合格すれば、正式に看護師として雇われるというものだった。
それ以降、募集の知らせはなかったが、大きな町に行けば、ロザリンド様の教育を受けた私なら、きっと務まる仕事があると信じて疑わなかった。
だが……旅商人と道を分かれた後、スペンサーグ城がもうすぐそこに見える場所で、道端で倒れた老人を家に送ろうとしたところ、黒い袋に包まれ、気を失った。
目を覚ましたとき、私は数人の女性たちと共に縄で縛られ、窓が封じられた荷車の中に押し込まれていた。
車輪の軋む音に揺られ、どこへ向かうのかも分からないまま運ばれていく。家畜のように、命を繋ぐだけの食べ物を与えられ、やがて辿り着いた場所で、私たちは“客”の前に並べられ、物のように値踏みされ、一人、また一人と消えていった。
ある日、隙を見て必死に逃げ出し、兵士に助けを乞ったが、その兵士は誘拐犯とはグルだった。私は突き返され、捕らえられては見せしめに打たれ、縄で縛られ、血まみれのまま、数日間放置された。
なぜまだ生きているのか。自分のしぶとさが恨めしい。
やがて、絶望の果てに、私は売られた。
***
その地獄の日々を思い出したくない。
けれど、同じように、あいつらをこのままのうのうと生きさせたくない。
誰かが言っていた。
「夫がいれば、その男にだけ虐められれば済む。夫がいなければ、村中の男たちから虐められる」と。
だから、諦めて、今の生活を受け入れるのが一番なのだと。
どこまで馬鹿げた話だ。どちらにしても虐められる運命を、人に勧めるなんて。
私は自分の人生を決めるために村を出たのであって、自分の主人を探すためではない。
だが、既に服従を強いられていた彼女たちには、私の言葉など届くことはなかった。
このローグズ村は、元は山賊の残党が作った集落の一つだ。戦争が終わったのち、公爵家に服従を誓わされ、人を分散させられ、いくつかの村へと再編された。
この地にはもともと男尊女卑の風習が根強く残っており、暴力で成り立ったこの村ではその傾向が特に強く、息苦しいほどだった。
本来なら、男と女は半々の確率で生まれる。だが、この村では、二十人に一人しか女が生まれない。
こんな奇跡のような確率が成立できる理由は言うまでもない。女児は生まれた時点で山や川へと捨てられるのだ。
だから、自業自得というものか、この村には女が極端に少ない。飢えた男たちは自分たちの都合で痛められる奴隷、もとい妻を得るために、外から女を買い、そしてこの罪の血が永遠に続くように、無理やり子を産ませる。
「世界が私を捨てた!」
雑用に追われる私の耳に突然突き刺さった言葉は、まるで自分自身の叫びだと錯覚するほどだった。
声の主を探すと、そこにはみすぼらしい姿の女がいた。彼女は汚い廃屋の中、家畜のように首を鎖に繋がれ、傷だらけの手で壁に文字を刻んでいた。
――家に帰りたい!
その切実な願いは、蟻の群れのように壁一面を埋め尽くし、だが時の渦に呑まれ、色褪せていき、そしてその上から、大きく塗り潰すように『世界が私を捨てた!』という絶望の文字が重ねられていた。
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