19 / 112
16 令嬢は城下町へ出掛ける①
しおりを挟む
過去の記憶は所々欠けている部分があるが、幸いな事に常識的な事は忘れていない。
エマさんが住んでいる<ヴァルハン村>は小さいが、王都に近いため、冒険者ギルドや商業ギルドなど各種の組織は村で一番大きな公共の建物の一階にいくつか小さなカウンタを設置し、職員たちが定期的に一人を交代で派遣されていた。
私が読み書きが出来る事を知った職員たちは私を積極的に勧誘し、時間がある際に彼らの仕事の内容を簡単に教えてくれた。また人員が少ないため、彼らが用事がある時に、私が少し代わりに職務を手伝うこともあった。
当時の経験を思い返しながら、私は最近、心の中でさまざまな計画を練っていた。
確かに、以前何処かで貴族令嬢か令息か、領地で拐われ、高額な見受け金を要求されて、ようやく戻ったという話を耳にしたことがあった。
聞いた時は他人事のように、可哀想なと思っていたが、いざ自分が一人で市井へ行く計画を練っていると、直ぐ現実味が帯びてくる。
けれど、私は市井の常識を知らない世間知らずの貴族令嬢ではない。かつて平民として暮らしたこともあるのだ。エマさんが何度も繰り返しに、教えてくれた『娘一人で街へ行くときの注意事項』も、ちゃんと覚えている、はず。
きっと貴族令嬢の正体を隠し通し、しっかり用事を済ませることができるのだ。
それでも……もし、万が一、私が拐われるようなことがあったら…体面を重んじる叔父様なら、きっと悩むだろうな。
勝手に屋敷から抜け出すふしだらな姪を、高い見受け金を支払ってでも取り戻すのか、それとも、私が既に死んだものとして処理し、穏便に騒ぎを収めるのか……
だめ、ネガティブなことばかり考えたら、自分の気持ちが沈んでしまうだけ、時間の浪費だ。
あの村の様子と違うかもしれないけれど、スペンサーグ領地に暮らす多くの平民たちも、きっと純粋に日々の生活に勤しんでいるだけだろう。
盗賊に拐われたり、魔物に襲われたりといった物騒なことなど、そうそう起こるはずがない、と信じる。
***
城下町へ行く準備のため、私は今日衣装室で鏡の前で、季節の服を全て並べ、着替えを繰り返した。
「お嬢様、どうかなさいましたか?」
いつの間にか、ライラが私の背後に立っていた。彼女は私のいつもと違う様子に、疑問を投げた。
「ライラ、ちょうどいいところに来たわ。城下町にちょっと用事があるのだけど、この格好なら、目立たないでしょうか?」
ライラの意見も参考にしたいと考えて、私は彼女に今着ている服を見せた。
シンプルな、文様も装飾もない、地味な色合いのワンピースを身に纏い、不気味な白髪は全て帽子の下に隠し、不吉な金色の目もちゃんと眼鏡で覆い隠した。
これなら、ただの平民の子供に紛れ込めるはずだ。
「はぁ、無理で御座います。どう見ても、『さらってこい』と貴族令嬢が誘拐犯にアピールしているような格好でございます」
「えっ、あ、それなら、この青いワンピースはどうかな?」
ライラに呆れたようにため息をつかれ、私は戸惑いながら、慌てて別の服を取り出す。
さきのが一番素朴な服だと思っていたが、でもこの青いのも、地味かもしれない?
期待の目を彼女に向けると、ライラはきっぱりと頭を振り、真っ当な提案をくれた。
「もし城下町へお出かけになられたいのでございましたら、後ほど私から執事長にお伝え申し上げます。馬車と護衛の準備をさせていただきます」
「それはダメです、これも秘密事項なので」
確かに令嬢の外出には馬車と護衛が必須であることは理解しているが、私はすぐさまその提案を却下した。
「左様ですか」
ここ数日、よくライラに頼んで、内密で書庫から魔法書を借りる前科があるせいか、彼女は私の意図をすぐに察したようで、涼しげな表情で了承の目を向けてくる。
「それで、お嬢様は具体的に、お一人で、どちらへお出掛けのご予定ですか?」
ライラの声はいつも通り冷静だったけれど、その『一人』という単語が妙に強調されているように感じられ、私は一瞬たじろいでしまった。
もしかして、私の令嬢らしからぬ行動に怒っているの?ごめんなさい……
でも、私が街へ出掛ける間、ライラには私の不在を隠す手伝いをしてもらう必要がある。それなら、ある程度事情を話しておく方がいいだろう。
「ええと、商業ギルドと中央広場…それから…時間があれば、雑貨店と冒険者ギルドにも行くかしら。だけど、この服もダメなら……」
頭の中で組み立てた予定を口に出しながら、ライラは9歳の時に我が家に来たと思い出し、もし当時の服があれば…と考えて、期待を込めてライラに尋ねてみた。
「ライラ、私の体に合う、貴女の古着を少し貸してくれる?」
「申し訳ございません、お嬢様。私の古着は既にすべて処分されております。」
しかし、ライラは軽く首を振り、穏やかな声で答えた。
肩を落としかける私に、ライラはすぐに別の提案をしてくれた。
「ですが、必要であれば備品室からお嬢様に合うサイズのメイド服をお探しします。お出掛けはいつになさるご予定でしょうか?事前に、街へ出られるためのお召し物をご用意させていただきます」
「ありがとう、ライラ!出来るだけ早く準備してくれればいいの、本当に助かるわ!」
目の前がぱっと明るくなったような気分で、彼女の完璧な対応に、思わず笑みがこぼれる。
さすがライラ、やっぱり優秀だわ!
エマさんが住んでいる<ヴァルハン村>は小さいが、王都に近いため、冒険者ギルドや商業ギルドなど各種の組織は村で一番大きな公共の建物の一階にいくつか小さなカウンタを設置し、職員たちが定期的に一人を交代で派遣されていた。
私が読み書きが出来る事を知った職員たちは私を積極的に勧誘し、時間がある際に彼らの仕事の内容を簡単に教えてくれた。また人員が少ないため、彼らが用事がある時に、私が少し代わりに職務を手伝うこともあった。
当時の経験を思い返しながら、私は最近、心の中でさまざまな計画を練っていた。
確かに、以前何処かで貴族令嬢か令息か、領地で拐われ、高額な見受け金を要求されて、ようやく戻ったという話を耳にしたことがあった。
聞いた時は他人事のように、可哀想なと思っていたが、いざ自分が一人で市井へ行く計画を練っていると、直ぐ現実味が帯びてくる。
けれど、私は市井の常識を知らない世間知らずの貴族令嬢ではない。かつて平民として暮らしたこともあるのだ。エマさんが何度も繰り返しに、教えてくれた『娘一人で街へ行くときの注意事項』も、ちゃんと覚えている、はず。
きっと貴族令嬢の正体を隠し通し、しっかり用事を済ませることができるのだ。
それでも……もし、万が一、私が拐われるようなことがあったら…体面を重んじる叔父様なら、きっと悩むだろうな。
勝手に屋敷から抜け出すふしだらな姪を、高い見受け金を支払ってでも取り戻すのか、それとも、私が既に死んだものとして処理し、穏便に騒ぎを収めるのか……
だめ、ネガティブなことばかり考えたら、自分の気持ちが沈んでしまうだけ、時間の浪費だ。
あの村の様子と違うかもしれないけれど、スペンサーグ領地に暮らす多くの平民たちも、きっと純粋に日々の生活に勤しんでいるだけだろう。
盗賊に拐われたり、魔物に襲われたりといった物騒なことなど、そうそう起こるはずがない、と信じる。
***
城下町へ行く準備のため、私は今日衣装室で鏡の前で、季節の服を全て並べ、着替えを繰り返した。
「お嬢様、どうかなさいましたか?」
いつの間にか、ライラが私の背後に立っていた。彼女は私のいつもと違う様子に、疑問を投げた。
「ライラ、ちょうどいいところに来たわ。城下町にちょっと用事があるのだけど、この格好なら、目立たないでしょうか?」
ライラの意見も参考にしたいと考えて、私は彼女に今着ている服を見せた。
シンプルな、文様も装飾もない、地味な色合いのワンピースを身に纏い、不気味な白髪は全て帽子の下に隠し、不吉な金色の目もちゃんと眼鏡で覆い隠した。
これなら、ただの平民の子供に紛れ込めるはずだ。
「はぁ、無理で御座います。どう見ても、『さらってこい』と貴族令嬢が誘拐犯にアピールしているような格好でございます」
「えっ、あ、それなら、この青いワンピースはどうかな?」
ライラに呆れたようにため息をつかれ、私は戸惑いながら、慌てて別の服を取り出す。
さきのが一番素朴な服だと思っていたが、でもこの青いのも、地味かもしれない?
期待の目を彼女に向けると、ライラはきっぱりと頭を振り、真っ当な提案をくれた。
「もし城下町へお出かけになられたいのでございましたら、後ほど私から執事長にお伝え申し上げます。馬車と護衛の準備をさせていただきます」
「それはダメです、これも秘密事項なので」
確かに令嬢の外出には馬車と護衛が必須であることは理解しているが、私はすぐさまその提案を却下した。
「左様ですか」
ここ数日、よくライラに頼んで、内密で書庫から魔法書を借りる前科があるせいか、彼女は私の意図をすぐに察したようで、涼しげな表情で了承の目を向けてくる。
「それで、お嬢様は具体的に、お一人で、どちらへお出掛けのご予定ですか?」
ライラの声はいつも通り冷静だったけれど、その『一人』という単語が妙に強調されているように感じられ、私は一瞬たじろいでしまった。
もしかして、私の令嬢らしからぬ行動に怒っているの?ごめんなさい……
でも、私が街へ出掛ける間、ライラには私の不在を隠す手伝いをしてもらう必要がある。それなら、ある程度事情を話しておく方がいいだろう。
「ええと、商業ギルドと中央広場…それから…時間があれば、雑貨店と冒険者ギルドにも行くかしら。だけど、この服もダメなら……」
頭の中で組み立てた予定を口に出しながら、ライラは9歳の時に我が家に来たと思い出し、もし当時の服があれば…と考えて、期待を込めてライラに尋ねてみた。
「ライラ、私の体に合う、貴女の古着を少し貸してくれる?」
「申し訳ございません、お嬢様。私の古着は既にすべて処分されております。」
しかし、ライラは軽く首を振り、穏やかな声で答えた。
肩を落としかける私に、ライラはすぐに別の提案をしてくれた。
「ですが、必要であれば備品室からお嬢様に合うサイズのメイド服をお探しします。お出掛けはいつになさるご予定でしょうか?事前に、街へ出られるためのお召し物をご用意させていただきます」
「ありがとう、ライラ!出来るだけ早く準備してくれればいいの、本当に助かるわ!」
目の前がぱっと明るくなったような気分で、彼女の完璧な対応に、思わず笑みがこぼれる。
さすがライラ、やっぱり優秀だわ!
1
あなたにおすすめの小説
異世界転移したと思ったら、実は乙女ゲームの住人でした
冬野月子
恋愛
自分によく似た攻略対象がいるからと、親友に勧められて始めた乙女ゲームの世界に転移してしまった雫。
けれど実は、自分はそのゲームの世界の住人で攻略対象の妹「ロゼ」だったことを思い出した。
その世界でロゼは他の攻略対象、そしてヒロインと出会うが、そのヒロインは……。
※小説家になろうにも投稿しています
緑の指を持つ娘
Moonshine
恋愛
べスは、田舎で粉ひきをして暮らしている地味な女の子、唯一の趣味は魔法使いの活躍する冒険の本を読むことくらいで、魔力もなければ学もない。ただ、ものすごく、植物を育てるのが得意な特技があった。
ある日幼馴染がべスの畑から勝手に薬草をもっていった事で、べスの静かな生活は大きくかわる・・
俺様魔術師と、純朴な田舎の娘の異世界恋愛物語。
第1章は完結いたしました!第2章の温泉湯けむり編スタートです。
ちょっと投稿は不定期になりますが、頑張りますね。
疲れた人、癒されたい人、みんなべスの温室に遊びにきてください。温室で癒されたら、今度はベスの温泉に遊びにきてくださいね!作者と一緒に、みんなでいい温泉に入って癒されませんか?
追放された悪役令嬢はシングルマザー
ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。
断罪回避に奮闘するも失敗。
国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。
この子は私の子よ!守ってみせるわ。
1人、子を育てる決心をする。
そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。
さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥
ーーーー
完結確約 9話完結です。
短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。
王宮侍女は穴に落ちる
斑猫
恋愛
婚約破棄されたうえ養家を追い出された
アニエスは王宮で運良く職を得る。
呪われた王女と呼ばれるエリザベ―ト付き
の侍女として。
忙しく働く毎日にやりがいを感じていた。
ところが、ある日ちょっとした諍いから
突き飛ばされて怪しい穴に落ちてしまう。
ちょっと、とぼけた主人公が足フェチな
俺様系騎士団長にいじめ……いや、溺愛され
るお話です。
昭和生まれお局様は、異世界転生いたしましたとさ
蒼あかり
ファンタジー
局田舞子(つぼたまいこ)43歳、独身。
とある事故をきっかけに、彼女は異世界へと転生することになった。
どうしてこんなことになったのか、訳もわからぬままに彼女は異世界に一人放り込まれ、辛い日々を過ごしながら苦悩する毎日......。
など送ることもなく、なんとなく順応しながら、それなりの日々を送って行くのでありました。
そんな彼女の異世界生活と、ほんの少しのラブロマンスっぽい何かを織り交ぜながらすすむ、そんな彼女の生活を覗いてみませんか?
毎日投稿はできないと思います。気長に更新をお待ちください。
妃殿下、私の婚約者から手を引いてくれませんか?
ハートリオ
恋愛
茶髪茶目のポッチャリ令嬢ロサ。
イケメン達を翻弄するも無自覚。
ロサには人に言えない、言いたくない秘密があってイケメンどころではないのだ。
そんなロサ、長年の婚約者が婚約を解消しようとしているらしいと聞かされ…
剣、馬車、ドレスのヨーロッパ風異世界です。
御脱字、申し訳ございません。
1話が長めだと思われるかもしれませんが会話が多いので読みやすいのではないかと思います。
楽しんでいただけたら嬉しいです。
よろしくお願いいたします。
ぼっちな幼女は異世界で愛し愛され幸せになりたい
珂里
ファンタジー
ある日、仲の良かった友達が突然いなくなってしまった。
本当に、急に、目の前から消えてしまった友達には、二度と会えなかった。
…………私も消えることができるかな。
私が消えても、きっと、誰も何とも思わない。
私は、邪魔な子だから。
私は、いらない子だから。
だからきっと、誰も悲しまない。
どこかに、私を必要としてくれる人がいないかな。
そんな人がいたら、絶対に側を離れないのに……。
異世界に迷い込んだ少女と、孤独な獣人の少年が徐々に心を通わせ成長していく物語。
☆「神隠し令嬢は騎士様と幸せになりたいんです」と同じ世界です。
彩菜が神隠しに遭う時に、公園で一緒に遊んでいた「ゆうちゃん」こと優香の、もう一つの神隠し物語です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる