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35 令嬢は実践訓練に参加する①
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しばらく立ち止まって息を整えてから、私はバッグから課題に関する資料を広げ、じっくりと目を通す。そこには採取する薬草の形や色、生息地、採集する際の注意点などが丁寧に記載されていた。
「 眠香花……緑色の葉と、毛のように柔らかい茎を持ち、花は小さく、淡いピンク色で……鎮静効果があります、と……」
資料に目を走らせながら、小声でそれらの内容を呟く。頭にしっかりと叩き込み、周囲の植物と見比べるように視線を巡らせた。
この薬草自体は珍しいものではなく、よく香草茶に使われるものだ。しかし、私がこれまでに見たことがあるのは、加工された後の乾燥した状態だけ。ありのままの植物としての姿は、実際に見たことがなかった。
記憶を掘り返しても、以前エマさんと一緒に採取して売ったような気がするが、その時の具体的な光景は曖昧になっている。
そのため、実は、私は早く実際の植物を見てみたくて、今日の採取日を心待ちにしていた。
リリアの方を見ると、彼女は力強く茎をバキバキと折る音を立てながら、効率的に薬草を採取している。その頼もしさに感心しつつ、私は別の方向へ向かい、自分の担当分を探し始める。
***
少々時間はかかったが、なんとか指定された5種類の薬草を揃えて戻ると、リリアはすでに採集を終えているようで、大きな石の上に腰掛けて、地図を手に、つまらなそうに眺めている。
ここに来るまでは、地図など見ていなかったはずなのに。少し不思議に思うが、彼女からは緊張している気配はなかった。
私は彼女に近づき、自分のバッグを開けて中の薬草を見せた。
「あの、リリア、私も取り終わった。この5種類でいいかな?」
リリアはバッグの中を一瞥して、口を尖らせてる。
「ふん、思ったより速かったな。それで合っているわ」
「それは良かった、ありがとう」
リリアの確認を得られて、私はほっと胸を撫で下ろした。
「これはあたしの分ね」
彼女はそう言って、自分のバッグをひょいと投げてきた。私は慌ててそれを受け取ると、中には彼女が集めた5種類の薬草がきちんと収められていた。
リリアは立ち上がり、どこかへ向かって歩き出す。帰るのかと思って、その背中を追いかけると、彼女は振り返り、手を広げて私を制した。
「あんたはここに残って。あたしは特別クエストを受けに行くわ」
「え?」
特別クエストの内容は、魔物討伐。成功すれば、討伐した魔物の種類に応じて、課題の点数が1から5ポイントが加算される。
冒険者は血気盛んな者が多く、地道な薬草採集よりも魔物討伐を好む傾向にある。従って、この特別クエストは本来、薬草採集の課題を達成できなかった者のための、救済措置のようなものだ。
私たちはすでにすべての薬草を集め終わっている。それなのに、なぜ?
「でも、私たちはもう課題を終えたよね。どうして?」
困惑して問いかける私に、リリアは小さく肩をすくめただけだった。
「まあ、あんたには関係ないことよ。ここでおとなしく待ってなさいな」
スカスカと前を進むリリアの背中に、私はしばし迷ったが、やや遅れた歩調で追い始めた。すると、リリアが振り返り、眉をひそめて私を睨んだ。
「ついてくるなよ!」
その言葉に一瞬足を止めかけたが、弱々しく一歩踏み出す。
「でも、課題にはチームで行動するようにって言われてたし…邪魔はしないから、ついていってもいいかな?」
「はあ――。もう、勝手にしなさいよ」
私の言葉に、リリアは露骨に不機嫌な表情を浮かべ、大きな溜息をついて、そっぽを向いて、何も言わずに再び歩き出す。
彼女がこれ以上、私の同行を阻止しないと悟り、私はほっとしつつ、静かにその後を追った。
魔物討伐なんて、やっぱり怖い……でも、冒険者になったんだ。他人が討伐しているのを見るだけなら、怖くない……かもしれない。
***
人の体内に魔力を蓄える『器』が存在するように、何千年も前のある日、一部の動物、植物、昆虫などの生物の体内に、突然『核』と呼ばれる不思議な器官が現れた。この核は彼らに特定の魔法属性を宿し、魔法を操る力を与え、進化を遂げさせた。それ以降、このような生物は<魔物>と呼ばれるようになった。
とはいえ、一括りに魔物と呼んでも、<魔獣>、<魔蟲>、<魔花>、<魔草>、<魔樹>などで、いろいろと細分され、彼らの生態も多種多様だ。
それぞれに独自の特性があり、核の持つ属性や環境によって形態や性格が大きく異なる。個性豊かな彼らの中には、温厚で人に親しみやすいものもいれば、凶暴で近づくことすら危険なものも存在する。
人間は魔物との適切な距離を保ちながら、安全な生活を維持するために、<結界石>を用いて領域を区切り、魔物との境界線を築いている。
しかし、線を分けて、魔物を単にそのまま放置しておくわけにはいかない。彼らの数が増えすぎると、生態系に悪影響を及ぼし、その結果、人々の住む街にも危険が及ぶ恐れがある。そのため、冒険者や軍隊が定期的に魔物討伐を行い、魔素濃度の観察や個体数の管理を行っている。
それから、魔物討伐は脅威の排除だけでなく、資源の確保という重要な側面も持つ。
討伐で得られる魔物の核や身体の一部は非常に貴重な資源であり、他にも、討伐せずとも、魔物から自然に落ちた素材、例えば抜けた毛や落ちた鱗、枯れた葉なども重宝され、日用品から魔導具や武器、防具の製造、高度な魔術装置に至るまで、さまざまなものの材料となる。
ただし、魔物を人工的に養殖する行為は倫理的な問題や安全面でのリスクが高いため、国が許可した僅かな専門機関以外は、厳しく禁じられている。そのため、素材の供給は主に自然環境での採取や討伐に依存している。
「 眠香花……緑色の葉と、毛のように柔らかい茎を持ち、花は小さく、淡いピンク色で……鎮静効果があります、と……」
資料に目を走らせながら、小声でそれらの内容を呟く。頭にしっかりと叩き込み、周囲の植物と見比べるように視線を巡らせた。
この薬草自体は珍しいものではなく、よく香草茶に使われるものだ。しかし、私がこれまでに見たことがあるのは、加工された後の乾燥した状態だけ。ありのままの植物としての姿は、実際に見たことがなかった。
記憶を掘り返しても、以前エマさんと一緒に採取して売ったような気がするが、その時の具体的な光景は曖昧になっている。
そのため、実は、私は早く実際の植物を見てみたくて、今日の採取日を心待ちにしていた。
リリアの方を見ると、彼女は力強く茎をバキバキと折る音を立てながら、効率的に薬草を採取している。その頼もしさに感心しつつ、私は別の方向へ向かい、自分の担当分を探し始める。
***
少々時間はかかったが、なんとか指定された5種類の薬草を揃えて戻ると、リリアはすでに採集を終えているようで、大きな石の上に腰掛けて、地図を手に、つまらなそうに眺めている。
ここに来るまでは、地図など見ていなかったはずなのに。少し不思議に思うが、彼女からは緊張している気配はなかった。
私は彼女に近づき、自分のバッグを開けて中の薬草を見せた。
「あの、リリア、私も取り終わった。この5種類でいいかな?」
リリアはバッグの中を一瞥して、口を尖らせてる。
「ふん、思ったより速かったな。それで合っているわ」
「それは良かった、ありがとう」
リリアの確認を得られて、私はほっと胸を撫で下ろした。
「これはあたしの分ね」
彼女はそう言って、自分のバッグをひょいと投げてきた。私は慌ててそれを受け取ると、中には彼女が集めた5種類の薬草がきちんと収められていた。
リリアは立ち上がり、どこかへ向かって歩き出す。帰るのかと思って、その背中を追いかけると、彼女は振り返り、手を広げて私を制した。
「あんたはここに残って。あたしは特別クエストを受けに行くわ」
「え?」
特別クエストの内容は、魔物討伐。成功すれば、討伐した魔物の種類に応じて、課題の点数が1から5ポイントが加算される。
冒険者は血気盛んな者が多く、地道な薬草採集よりも魔物討伐を好む傾向にある。従って、この特別クエストは本来、薬草採集の課題を達成できなかった者のための、救済措置のようなものだ。
私たちはすでにすべての薬草を集め終わっている。それなのに、なぜ?
「でも、私たちはもう課題を終えたよね。どうして?」
困惑して問いかける私に、リリアは小さく肩をすくめただけだった。
「まあ、あんたには関係ないことよ。ここでおとなしく待ってなさいな」
スカスカと前を進むリリアの背中に、私はしばし迷ったが、やや遅れた歩調で追い始めた。すると、リリアが振り返り、眉をひそめて私を睨んだ。
「ついてくるなよ!」
その言葉に一瞬足を止めかけたが、弱々しく一歩踏み出す。
「でも、課題にはチームで行動するようにって言われてたし…邪魔はしないから、ついていってもいいかな?」
「はあ――。もう、勝手にしなさいよ」
私の言葉に、リリアは露骨に不機嫌な表情を浮かべ、大きな溜息をついて、そっぽを向いて、何も言わずに再び歩き出す。
彼女がこれ以上、私の同行を阻止しないと悟り、私はほっとしつつ、静かにその後を追った。
魔物討伐なんて、やっぱり怖い……でも、冒険者になったんだ。他人が討伐しているのを見るだけなら、怖くない……かもしれない。
***
人の体内に魔力を蓄える『器』が存在するように、何千年も前のある日、一部の動物、植物、昆虫などの生物の体内に、突然『核』と呼ばれる不思議な器官が現れた。この核は彼らに特定の魔法属性を宿し、魔法を操る力を与え、進化を遂げさせた。それ以降、このような生物は<魔物>と呼ばれるようになった。
とはいえ、一括りに魔物と呼んでも、<魔獣>、<魔蟲>、<魔花>、<魔草>、<魔樹>などで、いろいろと細分され、彼らの生態も多種多様だ。
それぞれに独自の特性があり、核の持つ属性や環境によって形態や性格が大きく異なる。個性豊かな彼らの中には、温厚で人に親しみやすいものもいれば、凶暴で近づくことすら危険なものも存在する。
人間は魔物との適切な距離を保ちながら、安全な生活を維持するために、<結界石>を用いて領域を区切り、魔物との境界線を築いている。
しかし、線を分けて、魔物を単にそのまま放置しておくわけにはいかない。彼らの数が増えすぎると、生態系に悪影響を及ぼし、その結果、人々の住む街にも危険が及ぶ恐れがある。そのため、冒険者や軍隊が定期的に魔物討伐を行い、魔素濃度の観察や個体数の管理を行っている。
それから、魔物討伐は脅威の排除だけでなく、資源の確保という重要な側面も持つ。
討伐で得られる魔物の核や身体の一部は非常に貴重な資源であり、他にも、討伐せずとも、魔物から自然に落ちた素材、例えば抜けた毛や落ちた鱗、枯れた葉なども重宝され、日用品から魔導具や武器、防具の製造、高度な魔術装置に至るまで、さまざまなものの材料となる。
ただし、魔物を人工的に養殖する行為は倫理的な問題や安全面でのリスクが高いため、国が許可した僅かな専門機関以外は、厳しく禁じられている。そのため、素材の供給は主に自然環境での採取や討伐に依存している。
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