45 / 112
35 令嬢は実践訓練に参加する①
しおりを挟む
「おい、あんた、歩くの遅いのよ。もっとペース上げてくれないと困るんだけど」
蜜色の髪を三つ編みにした12歳の少女、リリアは振り返り、気強い視線で私を睨みつける。黒茶色の瞳には、明らかな不機嫌が浮かんでいる。
今日は、魔術師協会が定期的に行う実践訓練の日。訓練は日頃学んだ知識を実践で活かすことを目的としており、今回の課題は「指定された場所で薬草を採取する」という内容だった。
魔術師協会は冒険者ギルドの下部組織として新人教育を専門としており、中立的な運営を旨としている。そのため、ファミリー間の争いへの関与を避け、訓練は原則として同じファミリーの者同士で行われる二人一組のチーム制を採用している。
私が所属するファミリー<妖精の円舞曲>では、現在、魔術師協会の授業に参加している新人は私とリリアの二人だけ。そのため、必然的に、今回の実践訓練では私たちがペアを組むことになった。
リリアは、私より一回り背が高く、スタート地点である山の麓から、山道を歩き慣れた軽快な足取りでどんどん進んでいく。
それに比べて、私は足も短く、山道を歩く経験も浅い。冒険者ギルドの訓練所で平坦な道を走り込んだ程度では、こうした険しい道に太刀打ちできるはずもなかった。
それでも懸命に足を動かしていたけれど、限界はすぐに訪れ、だんだんと私の速度が落ちていく。
そんな私に対するリリアの苛立ちは、とうとう耐え切れなくなったらしい、文句をぶつけてきた。
「す、すみません…はぁ…あの、先に…はぁ…行っててもいいよ……はぁ…」
息切れで足がもつれる私は、これ以上彼女を待たせ続けるのが申し訳なくて、先に進むよう促した。
しかし、意外にも彼女はこの場を離れなかった。
「まったく、あんたって馬鹿じゃないの?仲間を道端に置き去りにしたら、副会長になんで言われるか分からないじゃないの」
怒った声の中に、意外にも『仲間』として私を見てくれていることが伝われ、その事実に少し驚きながら、私はリリアを見上げる。
彼女はため息をつき、腰に手を当てながら続けた。
「ほら、あと少しで目的地なんだから。我慢しなさいよね」
そう言い終えると、心なしか、前を歩くリリアは若干速度を落としてくれた。
それでも、すでに疲労困憊の私にはまだ早すぎる速度だったが、彼女が譲歩してくれたのだから、私も何とか応えようと、足を動かして、彼女に追いつこうとした。
「もー、なんであたしがこんな陰気な男とチームを組む羽目になったのよ!ローサと一緒に組みたかったのに…それなのに、こんなノロマと……」
前方を進むリリアの不満そうな声が聞こえてくる。彼女はぶつぶつと文句を言いながらも、地図を見ずに迷いなく進んでいる。
陰気って……
確かに、今の私はそう見えるかもしれない。元々明るい性格ではないし、無口なままでいると、その印象はさらに強まるだろう。
シズが最近用意してくれた認識阻害の効果があるイヤリングのおかげで、講義中に使っていた仮面を外せたが、それでも他人の視線が怖くて、ついローブの帽子を目深に被り、顔を隠している。
黒いローブの下には、茶色の短髪カツラで自分本来の髪を隠して、服装はライラのアドバイスに従い、安全性と動きやすさを重視して、スカートではなく、はしたないシャツとズボンの格好を選んだ。さらに、声を変える魔導具を使い、男の子の声を装っている。
でも、それはいいの、冒険者の中には奇抜な格好をしている人も多いから、多少目立ったとしても、そこまで注目を浴びるわけではない。
問題なのは……自分の正体が誰かにバレるのではないかで、いつもそわそわして落ち着かない。ボロを出さないよう、授業中はいつも教室の隅の席を選び、息を潜めるようにして過ごした。他人と関わることは極力に避けて、誰とも目を合わせず、ただひたすら授業内容を頭に叩き込むことだけを考えていた。
そんな私とは対照的に、リリアは他のファミリーとも親しく、教室の中心で楽しそうに皆と笑い合っている。
もし強制的にチームを組まられなければ、彼女はきっと仲のよい人と一緒に組みたかった。
「あんた、弱っちいのに、一体どんな手を使って妖精の円舞曲に入ったの?」
突然の問いに、私は言葉が詰まり、どう答えたらいいか迷った。
彼女の言う通り、私は実力ではなく、アリスティア様の温情で<妖精の円舞曲>に入れてもらったことは、他の誰よりも自覚している。
「あたしだってね、何か月も頼み込んで、やっと妖精の円舞曲に入ったんだから。最年少のメンバーになったと思ったら、あんたがいたし、もうー」
リリアの声には苛立ちと少しの拗ねたような響きが混じっていた。
「…ごめんなさい」
努力してきた人に対して、どうしても弱い私がいる。気づけば、彼女に謝罪していた。
「謝れって言っているわけじゃないのよ!あたしは、絶対にあんたには負けないつもりだからな!」
「えっ?」
謝る私に、リリアは意味不明な勝負宣言をしてきた。
「何の伝手があるか知らないけど、あたしはあんたより先に副会長の弟子になるんだから」
「はぃ?」
リリアの瞳には真剣な決意が宿っている。
でも私は彼女の意図がよくわからない。というのも、私にはすでに師匠がいる。しかも、その師匠は口にするのもおこがましい程、何百年も生き続けた伝説的な存在で……
取り敢えず、私は自分の善意を示したくて、応援の意を示す。
「あの…頑張ってね」
「あんたに言われまでもなく、頑張るわよ!」
素直に応援したつもりが、また怒られてしまった。
不可解のまま、しばらく無言で歩き続け、ようやく地図が示した目的地にたどり着く。
リリアは薬草を見つけるやいなや、素早く駆け寄ってそれを摘み取った。そして、勝ち誇ったように振り返り、釘を刺すように言い放つ。
「あんたの分は自分で採りなさいよ。あたしは手伝わないからね!」
採集の課題はチームとしての任務であるが、10種類の薬草をそれぞれ3枚ずつ採取することが目標で、リリアと私は事前に半分ずつ分担することを決めていた。
リリアが手伝ってくれないのは少し不安だが、薬師を目指す私にとって、薬草の採取くらいはやり遂げるべき仕事だろう。
そう自分に言い聞かせ、私は軽く頷いて彼女の言葉に応じた。
蜜色の髪を三つ編みにした12歳の少女、リリアは振り返り、気強い視線で私を睨みつける。黒茶色の瞳には、明らかな不機嫌が浮かんでいる。
今日は、魔術師協会が定期的に行う実践訓練の日。訓練は日頃学んだ知識を実践で活かすことを目的としており、今回の課題は「指定された場所で薬草を採取する」という内容だった。
魔術師協会は冒険者ギルドの下部組織として新人教育を専門としており、中立的な運営を旨としている。そのため、ファミリー間の争いへの関与を避け、訓練は原則として同じファミリーの者同士で行われる二人一組のチーム制を採用している。
私が所属するファミリー<妖精の円舞曲>では、現在、魔術師協会の授業に参加している新人は私とリリアの二人だけ。そのため、必然的に、今回の実践訓練では私たちがペアを組むことになった。
リリアは、私より一回り背が高く、スタート地点である山の麓から、山道を歩き慣れた軽快な足取りでどんどん進んでいく。
それに比べて、私は足も短く、山道を歩く経験も浅い。冒険者ギルドの訓練所で平坦な道を走り込んだ程度では、こうした険しい道に太刀打ちできるはずもなかった。
それでも懸命に足を動かしていたけれど、限界はすぐに訪れ、だんだんと私の速度が落ちていく。
そんな私に対するリリアの苛立ちは、とうとう耐え切れなくなったらしい、文句をぶつけてきた。
「す、すみません…はぁ…あの、先に…はぁ…行っててもいいよ……はぁ…」
息切れで足がもつれる私は、これ以上彼女を待たせ続けるのが申し訳なくて、先に進むよう促した。
しかし、意外にも彼女はこの場を離れなかった。
「まったく、あんたって馬鹿じゃないの?仲間を道端に置き去りにしたら、副会長になんで言われるか分からないじゃないの」
怒った声の中に、意外にも『仲間』として私を見てくれていることが伝われ、その事実に少し驚きながら、私はリリアを見上げる。
彼女はため息をつき、腰に手を当てながら続けた。
「ほら、あと少しで目的地なんだから。我慢しなさいよね」
そう言い終えると、心なしか、前を歩くリリアは若干速度を落としてくれた。
それでも、すでに疲労困憊の私にはまだ早すぎる速度だったが、彼女が譲歩してくれたのだから、私も何とか応えようと、足を動かして、彼女に追いつこうとした。
「もー、なんであたしがこんな陰気な男とチームを組む羽目になったのよ!ローサと一緒に組みたかったのに…それなのに、こんなノロマと……」
前方を進むリリアの不満そうな声が聞こえてくる。彼女はぶつぶつと文句を言いながらも、地図を見ずに迷いなく進んでいる。
陰気って……
確かに、今の私はそう見えるかもしれない。元々明るい性格ではないし、無口なままでいると、その印象はさらに強まるだろう。
シズが最近用意してくれた認識阻害の効果があるイヤリングのおかげで、講義中に使っていた仮面を外せたが、それでも他人の視線が怖くて、ついローブの帽子を目深に被り、顔を隠している。
黒いローブの下には、茶色の短髪カツラで自分本来の髪を隠して、服装はライラのアドバイスに従い、安全性と動きやすさを重視して、スカートではなく、はしたないシャツとズボンの格好を選んだ。さらに、声を変える魔導具を使い、男の子の声を装っている。
でも、それはいいの、冒険者の中には奇抜な格好をしている人も多いから、多少目立ったとしても、そこまで注目を浴びるわけではない。
問題なのは……自分の正体が誰かにバレるのではないかで、いつもそわそわして落ち着かない。ボロを出さないよう、授業中はいつも教室の隅の席を選び、息を潜めるようにして過ごした。他人と関わることは極力に避けて、誰とも目を合わせず、ただひたすら授業内容を頭に叩き込むことだけを考えていた。
そんな私とは対照的に、リリアは他のファミリーとも親しく、教室の中心で楽しそうに皆と笑い合っている。
もし強制的にチームを組まられなければ、彼女はきっと仲のよい人と一緒に組みたかった。
「あんた、弱っちいのに、一体どんな手を使って妖精の円舞曲に入ったの?」
突然の問いに、私は言葉が詰まり、どう答えたらいいか迷った。
彼女の言う通り、私は実力ではなく、アリスティア様の温情で<妖精の円舞曲>に入れてもらったことは、他の誰よりも自覚している。
「あたしだってね、何か月も頼み込んで、やっと妖精の円舞曲に入ったんだから。最年少のメンバーになったと思ったら、あんたがいたし、もうー」
リリアの声には苛立ちと少しの拗ねたような響きが混じっていた。
「…ごめんなさい」
努力してきた人に対して、どうしても弱い私がいる。気づけば、彼女に謝罪していた。
「謝れって言っているわけじゃないのよ!あたしは、絶対にあんたには負けないつもりだからな!」
「えっ?」
謝る私に、リリアは意味不明な勝負宣言をしてきた。
「何の伝手があるか知らないけど、あたしはあんたより先に副会長の弟子になるんだから」
「はぃ?」
リリアの瞳には真剣な決意が宿っている。
でも私は彼女の意図がよくわからない。というのも、私にはすでに師匠がいる。しかも、その師匠は口にするのもおこがましい程、何百年も生き続けた伝説的な存在で……
取り敢えず、私は自分の善意を示したくて、応援の意を示す。
「あの…頑張ってね」
「あんたに言われまでもなく、頑張るわよ!」
素直に応援したつもりが、また怒られてしまった。
不可解のまま、しばらく無言で歩き続け、ようやく地図が示した目的地にたどり着く。
リリアは薬草を見つけるやいなや、素早く駆け寄ってそれを摘み取った。そして、勝ち誇ったように振り返り、釘を刺すように言い放つ。
「あんたの分は自分で採りなさいよ。あたしは手伝わないからね!」
採集の課題はチームとしての任務であるが、10種類の薬草をそれぞれ3枚ずつ採取することが目標で、リリアと私は事前に半分ずつ分担することを決めていた。
リリアが手伝ってくれないのは少し不安だが、薬師を目指す私にとって、薬草の採取くらいはやり遂げるべき仕事だろう。
そう自分に言い聞かせ、私は軽く頷いて彼女の言葉に応じた。
0
あなたにおすすめの小説
異世界転移したと思ったら、実は乙女ゲームの住人でした
冬野月子
恋愛
自分によく似た攻略対象がいるからと、親友に勧められて始めた乙女ゲームの世界に転移してしまった雫。
けれど実は、自分はそのゲームの世界の住人で攻略対象の妹「ロゼ」だったことを思い出した。
その世界でロゼは他の攻略対象、そしてヒロインと出会うが、そのヒロインは……。
※小説家になろうにも投稿しています
緑の指を持つ娘
Moonshine
恋愛
べスは、田舎で粉ひきをして暮らしている地味な女の子、唯一の趣味は魔法使いの活躍する冒険の本を読むことくらいで、魔力もなければ学もない。ただ、ものすごく、植物を育てるのが得意な特技があった。
ある日幼馴染がべスの畑から勝手に薬草をもっていった事で、べスの静かな生活は大きくかわる・・
俺様魔術師と、純朴な田舎の娘の異世界恋愛物語。
第1章は完結いたしました!第2章の温泉湯けむり編スタートです。
ちょっと投稿は不定期になりますが、頑張りますね。
疲れた人、癒されたい人、みんなべスの温室に遊びにきてください。温室で癒されたら、今度はベスの温泉に遊びにきてくださいね!作者と一緒に、みんなでいい温泉に入って癒されませんか?
追放された悪役令嬢はシングルマザー
ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。
断罪回避に奮闘するも失敗。
国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。
この子は私の子よ!守ってみせるわ。
1人、子を育てる決心をする。
そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。
さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥
ーーーー
完結確約 9話完結です。
短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。
王宮侍女は穴に落ちる
斑猫
恋愛
婚約破棄されたうえ養家を追い出された
アニエスは王宮で運良く職を得る。
呪われた王女と呼ばれるエリザベ―ト付き
の侍女として。
忙しく働く毎日にやりがいを感じていた。
ところが、ある日ちょっとした諍いから
突き飛ばされて怪しい穴に落ちてしまう。
ちょっと、とぼけた主人公が足フェチな
俺様系騎士団長にいじめ……いや、溺愛され
るお話です。
昭和生まれお局様は、異世界転生いたしましたとさ
蒼あかり
ファンタジー
局田舞子(つぼたまいこ)43歳、独身。
とある事故をきっかけに、彼女は異世界へと転生することになった。
どうしてこんなことになったのか、訳もわからぬままに彼女は異世界に一人放り込まれ、辛い日々を過ごしながら苦悩する毎日......。
など送ることもなく、なんとなく順応しながら、それなりの日々を送って行くのでありました。
そんな彼女の異世界生活と、ほんの少しのラブロマンスっぽい何かを織り交ぜながらすすむ、そんな彼女の生活を覗いてみませんか?
毎日投稿はできないと思います。気長に更新をお待ちください。
妃殿下、私の婚約者から手を引いてくれませんか?
ハートリオ
恋愛
茶髪茶目のポッチャリ令嬢ロサ。
イケメン達を翻弄するも無自覚。
ロサには人に言えない、言いたくない秘密があってイケメンどころではないのだ。
そんなロサ、長年の婚約者が婚約を解消しようとしているらしいと聞かされ…
剣、馬車、ドレスのヨーロッパ風異世界です。
御脱字、申し訳ございません。
1話が長めだと思われるかもしれませんが会話が多いので読みやすいのではないかと思います。
楽しんでいただけたら嬉しいです。
よろしくお願いいたします。
ぼっちな幼女は異世界で愛し愛され幸せになりたい
珂里
ファンタジー
ある日、仲の良かった友達が突然いなくなってしまった。
本当に、急に、目の前から消えてしまった友達には、二度と会えなかった。
…………私も消えることができるかな。
私が消えても、きっと、誰も何とも思わない。
私は、邪魔な子だから。
私は、いらない子だから。
だからきっと、誰も悲しまない。
どこかに、私を必要としてくれる人がいないかな。
そんな人がいたら、絶対に側を離れないのに……。
異世界に迷い込んだ少女と、孤独な獣人の少年が徐々に心を通わせ成長していく物語。
☆「神隠し令嬢は騎士様と幸せになりたいんです」と同じ世界です。
彩菜が神隠しに遭う時に、公園で一緒に遊んでいた「ゆうちゃん」こと優香の、もう一つの神隠し物語です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる