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44 令嬢は後援任務を受ける③
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夜の帳が下りる頃、私は<妖精の円舞曲>の拠点であるファミリーホームへ足を向けた。
ファミリーホームは三階建ての大きな建物で、その名前の通り、どこか家のような温もりを感じさせる場所だ。
一階は共用スペースとなっており、広々としたレストランに加えて、談話室や書室など、さまざまな部屋が整備され、食事や憩いの場として利用されている。
二階と三階は宿泊施設として機能しており、二階は男子の部屋、三階は女子の部屋に分かれている。それぞれの部屋には必要最低限の家具が揃っているが、ドアや壁には各自の個性が感じられる装飾や小物が施されており、住む人の特徴が垣間見える。
冒険者ファミリーは、冒険者たちが自発的に集まって形成する組織の一つの形態で、その運営スタイルは各ファミリーごとに異なる。軍隊のように厳格に統制されているものもあれば、家族のように自由な雰囲気のものも存在する。
<妖精の円舞曲>は間違いなく後者だ。本来なら無関係であったはずの、異なる背景や目的を持つ人々が集まり、あたかも家族のように繋がり、一つの『家』で生活を共にしている。
一階のレストランは普段、ファミリーのメンバーだけでなく一般の客も招待している。しかし、今は門が閉じられ、『修繕中』の看板が掲げられている。
少し違和感を感じつつも、私はもう一つメンバーと依頼主専用の門へ行った。
「あら、シア君、お帰りなさい」
門を通り抜けた瞬間、カウンターにある黒髪の女性が明るい笑顔で迎えられた。
彼女はシエナ、妖精の円舞曲での事務的な仕事を担当している。
「…っ、シエナさん、ただいま」
私はお母さんが残してくれた店と屋敷の自室があるので、ファミリーホームの部屋は断っている。それでも、数回しか訪れないホームに来るたびに、シエナは当たり前のように親切に『お帰り』と挨拶をしてくれる。
それが、いつ聞いても、むず痒い気持ちになる。
シエナは、私の隣に立っている人に気づき、にっこりと微笑みながら首を傾げて見せた。
「見ない顔ですね。そちらの方は?」
「姉のライラです。私を心配して付いてきてくれたんだ」
私はライラの服を軽く掴みながら答えた。
そう、今日の行動にはライラも同行している。
数日前に私がローブを破いたこともあり、彼女は私の安全を一層心配しているようだ。今晩のことを知った彼女は、一緒に行くと強く主張してきた。
今回新人の私に任された任務は後方支援が主で、直接戦闘に出るわけではない。それでも、状況次第では人手が不足する可能性もある。だから、ライラの押しの強さもあって、私は反対する理由を見つけられなかった。
ライラは今ラフの格好で、中性的な印象を与えるズボン姿で、耳と尻尾は獣人族固有魔法で隠している。燃えるような赤髪をきちんとポニーテールにまとめられ、鮮やかな緑の瞳は鋭く、全体的に凛としている。
けれど、姉弟と言われても、顔立ちが全然似ていないので、もし誰かに問われたら、異母弟や養子とかで言い張るつもりでいる。
けれどシエナは、何の疑問も抱くことなく、穏やかに目を細めて、私の紹介をそのまま受け入れた。そして、綺麗な笑顔をライラに向けた。
「まあ、シア君のお姉さんですか。お会いできて嬉しいわ。妖精の円舞曲の受付係のシエナよ。これからよろしくね」
「初めまして、ライラだ。こちらこそ、弟がお世話になっている」
ライラは一歩前に進み出て、シエナに挨拶して、握手を交わした。
「ふふ、そんなに心配しなくてもいいのに。シア君はいつもしっかりしているわ。ファミリーの有能な新人として、みんな期待しているんだから」
目の前で褒められ、それが建前だと知っても、私は親に成績を報告された子供のような気分で、少し恥ずかしくて居た堪れない心境になった。
シエナは何かを思い出したのか、青褐の目に一瞬だけ悲しみを帯びた。
「でも、手伝ってくれてありがとう。私たちは小ファミリーなので、人手が本当に足りなくて……今晩の行動でローグズ村の女性たち皆を助けられるといいですね」
彼女はそう言って、気を取り直したように微笑んだ。
「今晩の依頼に参加する皆さんは、談話室に集まっています。どうぞ、中へ」
シエナの手が指した方向へ、私はライラと一度顔を見合わせてから、談話室へ向かった。
***
談話室に足を踏み入れると、そこにはすでに数人のメンバーが大きな机を囲み、広げられた地図を前に、今夜の作戦について再確認している。
中心に立つ副会長のセリオンが地図のポイントを指差しながら、周囲に次々と指示を出していた。その隣には一人の女性が座り、彼らの話に時折口を挟んで、補足を加えていた。
その女性からは、冒険者特有の逞しさや荒々しさといった雰囲気は感じられず、格好も至って普通の村娘のように見えた。しかし、セリオンは考え込むように眉を寄せ、思案顔で彼女に確認の質問を投げかける場面があり、彼女の言葉を重んじている様子だった。
――あっ、あの女性だ!間違いない、ローグズ村から逃げてきた女性だ。
風刃鳥から彼女を助け出した時、彼女は意識を失い、髪が乱れ、顔には傷跡や血があった。それでも、直感で彼女だと分かった。
今、身綺麗にした彼女の肌は不自然なほど蒼白で、不健康そうな顔立ちには骨ばった凹みが目立つ。それでも、深い窪みの奥にある焦茶色の瞳は力強い光を宿し、自信に満ちている。
――すごいわ。
思わず私は心の中で感嘆した。
あれほどの残酷な経験を経ても、彼女は自ら立ち上がり、再び歩き出した。
その瞳に宿る揺るぎない光が何よりの証だ。彼女の魅力は、決してあのような出来事で損なわれることなどなかった。それどころか、苦難を乗り越えたことで、その輝きはより一層深みを増していた。
ああ、私は自惚れていたのね。
彼女を『救えた』だなんて、思い上がりもいいところだ。彼女は自分の力で、生きる機会を勝ち取ったのだ。
そして今、彼女は自分の消えない傷や無力さに嘆き沈むことなく、まだ苦しみの中にいる女性たちを救うために戦っている!
ファミリーホームは三階建ての大きな建物で、その名前の通り、どこか家のような温もりを感じさせる場所だ。
一階は共用スペースとなっており、広々としたレストランに加えて、談話室や書室など、さまざまな部屋が整備され、食事や憩いの場として利用されている。
二階と三階は宿泊施設として機能しており、二階は男子の部屋、三階は女子の部屋に分かれている。それぞれの部屋には必要最低限の家具が揃っているが、ドアや壁には各自の個性が感じられる装飾や小物が施されており、住む人の特徴が垣間見える。
冒険者ファミリーは、冒険者たちが自発的に集まって形成する組織の一つの形態で、その運営スタイルは各ファミリーごとに異なる。軍隊のように厳格に統制されているものもあれば、家族のように自由な雰囲気のものも存在する。
<妖精の円舞曲>は間違いなく後者だ。本来なら無関係であったはずの、異なる背景や目的を持つ人々が集まり、あたかも家族のように繋がり、一つの『家』で生活を共にしている。
一階のレストランは普段、ファミリーのメンバーだけでなく一般の客も招待している。しかし、今は門が閉じられ、『修繕中』の看板が掲げられている。
少し違和感を感じつつも、私はもう一つメンバーと依頼主専用の門へ行った。
「あら、シア君、お帰りなさい」
門を通り抜けた瞬間、カウンターにある黒髪の女性が明るい笑顔で迎えられた。
彼女はシエナ、妖精の円舞曲での事務的な仕事を担当している。
「…っ、シエナさん、ただいま」
私はお母さんが残してくれた店と屋敷の自室があるので、ファミリーホームの部屋は断っている。それでも、数回しか訪れないホームに来るたびに、シエナは当たり前のように親切に『お帰り』と挨拶をしてくれる。
それが、いつ聞いても、むず痒い気持ちになる。
シエナは、私の隣に立っている人に気づき、にっこりと微笑みながら首を傾げて見せた。
「見ない顔ですね。そちらの方は?」
「姉のライラです。私を心配して付いてきてくれたんだ」
私はライラの服を軽く掴みながら答えた。
そう、今日の行動にはライラも同行している。
数日前に私がローブを破いたこともあり、彼女は私の安全を一層心配しているようだ。今晩のことを知った彼女は、一緒に行くと強く主張してきた。
今回新人の私に任された任務は後方支援が主で、直接戦闘に出るわけではない。それでも、状況次第では人手が不足する可能性もある。だから、ライラの押しの強さもあって、私は反対する理由を見つけられなかった。
ライラは今ラフの格好で、中性的な印象を与えるズボン姿で、耳と尻尾は獣人族固有魔法で隠している。燃えるような赤髪をきちんとポニーテールにまとめられ、鮮やかな緑の瞳は鋭く、全体的に凛としている。
けれど、姉弟と言われても、顔立ちが全然似ていないので、もし誰かに問われたら、異母弟や養子とかで言い張るつもりでいる。
けれどシエナは、何の疑問も抱くことなく、穏やかに目を細めて、私の紹介をそのまま受け入れた。そして、綺麗な笑顔をライラに向けた。
「まあ、シア君のお姉さんですか。お会いできて嬉しいわ。妖精の円舞曲の受付係のシエナよ。これからよろしくね」
「初めまして、ライラだ。こちらこそ、弟がお世話になっている」
ライラは一歩前に進み出て、シエナに挨拶して、握手を交わした。
「ふふ、そんなに心配しなくてもいいのに。シア君はいつもしっかりしているわ。ファミリーの有能な新人として、みんな期待しているんだから」
目の前で褒められ、それが建前だと知っても、私は親に成績を報告された子供のような気分で、少し恥ずかしくて居た堪れない心境になった。
シエナは何かを思い出したのか、青褐の目に一瞬だけ悲しみを帯びた。
「でも、手伝ってくれてありがとう。私たちは小ファミリーなので、人手が本当に足りなくて……今晩の行動でローグズ村の女性たち皆を助けられるといいですね」
彼女はそう言って、気を取り直したように微笑んだ。
「今晩の依頼に参加する皆さんは、談話室に集まっています。どうぞ、中へ」
シエナの手が指した方向へ、私はライラと一度顔を見合わせてから、談話室へ向かった。
***
談話室に足を踏み入れると、そこにはすでに数人のメンバーが大きな机を囲み、広げられた地図を前に、今夜の作戦について再確認している。
中心に立つ副会長のセリオンが地図のポイントを指差しながら、周囲に次々と指示を出していた。その隣には一人の女性が座り、彼らの話に時折口を挟んで、補足を加えていた。
その女性からは、冒険者特有の逞しさや荒々しさといった雰囲気は感じられず、格好も至って普通の村娘のように見えた。しかし、セリオンは考え込むように眉を寄せ、思案顔で彼女に確認の質問を投げかける場面があり、彼女の言葉を重んじている様子だった。
――あっ、あの女性だ!間違いない、ローグズ村から逃げてきた女性だ。
風刃鳥から彼女を助け出した時、彼女は意識を失い、髪が乱れ、顔には傷跡や血があった。それでも、直感で彼女だと分かった。
今、身綺麗にした彼女の肌は不自然なほど蒼白で、不健康そうな顔立ちには骨ばった凹みが目立つ。それでも、深い窪みの奥にある焦茶色の瞳は力強い光を宿し、自信に満ちている。
――すごいわ。
思わず私は心の中で感嘆した。
あれほどの残酷な経験を経ても、彼女は自ら立ち上がり、再び歩き出した。
その瞳に宿る揺るぎない光が何よりの証だ。彼女の魅力は、決してあのような出来事で損なわれることなどなかった。それどころか、苦難を乗り越えたことで、その輝きはより一層深みを増していた。
ああ、私は自惚れていたのね。
彼女を『救えた』だなんて、思い上がりもいいところだ。彼女は自分の力で、生きる機会を勝ち取ったのだ。
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