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71 令嬢は攫われる④
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どうすればいい?どうすればいい?
緊張と焦りが込み上げる場面のはずなのに、不思議と心は落ち着いている。頭の中にいくつかの案が浮かんでくる——
1、声を出して、グレムに私の居場所を伝える?
でも、グレムが助けに来る前に、逆に私が攻撃されるかもしれない。
……でも、シズの魔導具があるから!あれさえあれば——いいえ、だめ!それにばかり頼っていては、私はいつまでも成長できない。
それに、あの魔導具は命の危機に陥らない限り発動しない仕組みになっている。
それに、叫んで周囲の人を引き寄せるのも、気が進まない。万が一、正体が知られてしまったら……それだけは避けたい。
2.彼らをグレムのところへ誘導する?
でも、どうやって?それに、二対一だとグレムが不利な状況に陥るかもしれない。
3.移動しながらメーセージを残す?
そう言えば、バッグは取り上げられていない。
もしかして気づいてなかった?ライラのアドバイス通り、バッグをローブの下にかけておいて正解だった。
……でも、道標にできそうなものは入っていただろうか?
4.何もしない、ただ助けがくるのを待つ?
……。妥当で穏便で、でも、一番嫌いのやり方。
5.彼らと交渉する?
値引きが苦手だけれど、交渉の基本はお互いにとって利になるものを提示すること。今の私なら、探せば交換材料になりそうなものがきっとあるはず。
6.……
「シアちゃん、どうかしました?」
「——あっ!」
突然のクロエの声に、悪だくみをしている私は肩をビクッと震わせた。
「な、何でもないわ」
慌てて取り繕うと、クロエは葡萄色の瞳で、まるで私の心を見抜こうとするかのように、じっと見つめてくる。
「もしかして、あの人とは知り合いですか?」
「ち…、はい」
——あれ?違うって嘘をつくつもりだったのに、口が勝手に認めてしまった!
それを聞いたクロエは、慌てることも喜ぶこともなく、言いづらそうに、そして心配そうな表情で私を見つめたまま、迷いながら口を開いた。
「シアちゃん、大丈夫?彼から、あまり良くない気配を感じますわ。あまり信用しない方がいいと思いますの。あなたのような幼い子が、あんな店にいたのも……彼に騙されて連れて行かれたのではありませんか?」
違うと、強く否定しづらかった。
もとより私自身、グレムのことを怪しいとは思っていたし、全面的に信用していたわけでもない。トムの居場所を知っていると言われて、あんな場所へ連れて行かれたのも、事前には知らなかった。
クロエはきっと、私のことを何も知らない無知な子供だと思い込んでいるかもしれない。けれど、グレムに『騙された』というのは、ちょっと違う気がする。
だって私は……
「心配してくれてありがとう。でも、あそこへ行くと決めたのは、私の意思です」
私は嘘をつくのが苦手だ。ならば、選べるのは本当の考えを伝えることだけだ。
「彼とは、ただの取引関係に過ぎません。でも、ライラが私を待っています。ですから……私を、彼のもとへ返していただけますか?その代わりとして……」
「いいですよ。子供は自分のしたいようにするのが一番——それが、うちの家訓ですから。それじゃ、下までお送りしますね」
交換条件を出す前に、まさかの即答!?
「な、なんで……?」
思わず口をついて出た問いに、クロエはクロエはふっと笑って、まるで当然のことのように答えた。
「そういう約束だったでしょう」
彼女は確かに最初から、私を返すとか言っていた。だが、さすがの私でも、そんな軽口を鵜呑みにはしていなかった。
まさか、こんなにもあっさりと話が終わるとは、予想だにしなかった。
その直後、彼女はドミニクに手で合図を送り、私をひょいとお姫様抱っこした!そして、そのまま窓際へ!
「えっ?あ…、あの、門は?」
「ごめんなさいね。鍵がないの。だから、窓から降りますね」
違う、聞きたかったのはそこではない。ここは三階なのに、彼女から魔術を使っている気配がない!
「ま、待って!」
「大丈夫、ちゃんと穏便に着地しますから」
軽やかにそう言って、クロエは窓枠に足をかけた。次の瞬間、重力がふっと消えたような感覚と、風が耳元を切る。私は反射的に目を閉じ、息を止めた。
——でも、心配した痛みも悲鳴もなかった。
「目を開けて、シアちゃん。もう地面ですよ」
目を開けると、薄らの光魔法の照明の元、確かにそこは地上だった。見上げた窓の高さは、普通の人間なら魔術なしで飛び降りるなんて無謀な高さ。
「な……なんで?」
クロエは獣人でもない。細身の体のどこに、こんな力を秘めているのか。
「秘密です」
勿論、簡単に答えは教えてはくれない。彼女はお茶目にウインクをしてみせただけだった。
「……あの、下ろしてください。自分で歩けます」
「あら、残念です。もう少しこのままでも良かったのに」
そう言いながらも、彼女はゆっくりと私を地面に降ろした。足元がふらついて、一歩よろけた。
「アッ」
「シアちゃん、暗いから、気をつけてね」
クロエはそっと手を差し伸べ、私の体を支えてくれた。
「……ありがとうございます」
小さな声で礼を言って顔を上げると、少し離れた場所でグレムが手を振っていた。
「よう、お坊ちゃん。元気かい?」
彼のあまりに気の抜けた問いかけに拍子抜けして、私は思わず口を噤み、横目でクロエを伺った。
「それじゃあ、またいつかお会いしましょう、シアしゃん。バイバイ」
軽く頷き返したものの、胸の奥にはどこか空っぽな感覚が残っている。
一歩、また一歩と、私はグレムのもとへ向かって歩く。
「なぜ…、貴方がここに……?」
本当は、ライラは何処、ライラとは何の取引をしていた、とか問いただしたかった。でも、上手く言葉にはできなかった。
「当然、お坊ちゃんを探しに来るに決まってんだろ?つまり、アフターサービスってやつさ」
グレムは満面の胡散臭い笑顔で答えた。その顔には、何かを隠している気配しか感じられない。
ふと後ろを見ると、クロエはまだそこにいて、こちらの様子を観察している。
「……、グレム、ここを出るにはどうすればいい?」
「へぇ、なぜそんなことを?来たときと同じ、この許可証持って転移陣に行きゃいいだけの話だ」
許可証、来たときにグレムが看守とやり取りしているのを、遠くから見ていただけだった。よく観察してみると、それは何かの紋章が刻まれた、ごく普通のメダルにしか見えなかった。
「看守はどうやって、許可証の真偽を確認しているの?」
「そりゃあ、魔導具を使って確認するに決まってるさ」
……ですよね。そう簡単に偽物が作れるはずがないよね。
「まぁ、それはそれとしてさ——手配書が出てるヤツは、許可証があっても即アウトだろうな」
グレムは意味ありげにクロエの方を見やった。
彼は、クロエ達の手配書を見ていたのかもしれない。
「なぜ……彼女たちの手配書が貼られているの?理由は何と書かれていたの?」
「さぁな。俺はお坊ちゃん探すのに夢中でさ、よく見てなかったんだよな~」
嘘つき。
「まあ、どうせロクでもない理由だろ。でもさ、逃げるチャンスあったのに、それを活かせねえようなヤツは、捕まっても文句言えねえよな」
——放っておけばいい。関係ないことだ。
私はそう何度も心の中で繰り返し、自分に言い聞かせようとした。
でも……
「グレム。私は……、歩き疲れた。私に相応しい豪華な馬車を用意しなさい」
そう言い終えると、彼の返事を待たずに私は振り返り、クロエの方へ向かって走った。
「どうかしましたか、シアちゃん?」
戻ってきた私に、クロエは不思議そうな顔をしながらも、変わらず優しい笑みを浮かべていた。
「貴女たちは……私に危害を加えないと、約束できますか?」
私は小心者だ。
「もちろん、約束しますわ」
迷いのないその返事に、私は安堵の息をつき、胸に手を当てて深く息を吸い込んだ。
「では……、ついてきてください。外へ、連れて行きます」
———————————————
悠月:
先週も更新を休んでしまって、ごめんなさい。
体調不良になってしまったのと、久しぶりの執筆でなかなかうまく書けませんでした。
小説を書くのは難しいですね。物語をどう繋げていけばいいのか、すごく悩んでしまいます。毎日何千文字も休まずに書き続けられる人は、本当に尊敬します。
緊張と焦りが込み上げる場面のはずなのに、不思議と心は落ち着いている。頭の中にいくつかの案が浮かんでくる——
1、声を出して、グレムに私の居場所を伝える?
でも、グレムが助けに来る前に、逆に私が攻撃されるかもしれない。
……でも、シズの魔導具があるから!あれさえあれば——いいえ、だめ!それにばかり頼っていては、私はいつまでも成長できない。
それに、あの魔導具は命の危機に陥らない限り発動しない仕組みになっている。
それに、叫んで周囲の人を引き寄せるのも、気が進まない。万が一、正体が知られてしまったら……それだけは避けたい。
2.彼らをグレムのところへ誘導する?
でも、どうやって?それに、二対一だとグレムが不利な状況に陥るかもしれない。
3.移動しながらメーセージを残す?
そう言えば、バッグは取り上げられていない。
もしかして気づいてなかった?ライラのアドバイス通り、バッグをローブの下にかけておいて正解だった。
……でも、道標にできそうなものは入っていただろうか?
4.何もしない、ただ助けがくるのを待つ?
……。妥当で穏便で、でも、一番嫌いのやり方。
5.彼らと交渉する?
値引きが苦手だけれど、交渉の基本はお互いにとって利になるものを提示すること。今の私なら、探せば交換材料になりそうなものがきっとあるはず。
6.……
「シアちゃん、どうかしました?」
「——あっ!」
突然のクロエの声に、悪だくみをしている私は肩をビクッと震わせた。
「な、何でもないわ」
慌てて取り繕うと、クロエは葡萄色の瞳で、まるで私の心を見抜こうとするかのように、じっと見つめてくる。
「もしかして、あの人とは知り合いですか?」
「ち…、はい」
——あれ?違うって嘘をつくつもりだったのに、口が勝手に認めてしまった!
それを聞いたクロエは、慌てることも喜ぶこともなく、言いづらそうに、そして心配そうな表情で私を見つめたまま、迷いながら口を開いた。
「シアちゃん、大丈夫?彼から、あまり良くない気配を感じますわ。あまり信用しない方がいいと思いますの。あなたのような幼い子が、あんな店にいたのも……彼に騙されて連れて行かれたのではありませんか?」
違うと、強く否定しづらかった。
もとより私自身、グレムのことを怪しいとは思っていたし、全面的に信用していたわけでもない。トムの居場所を知っていると言われて、あんな場所へ連れて行かれたのも、事前には知らなかった。
クロエはきっと、私のことを何も知らない無知な子供だと思い込んでいるかもしれない。けれど、グレムに『騙された』というのは、ちょっと違う気がする。
だって私は……
「心配してくれてありがとう。でも、あそこへ行くと決めたのは、私の意思です」
私は嘘をつくのが苦手だ。ならば、選べるのは本当の考えを伝えることだけだ。
「彼とは、ただの取引関係に過ぎません。でも、ライラが私を待っています。ですから……私を、彼のもとへ返していただけますか?その代わりとして……」
「いいですよ。子供は自分のしたいようにするのが一番——それが、うちの家訓ですから。それじゃ、下までお送りしますね」
交換条件を出す前に、まさかの即答!?
「な、なんで……?」
思わず口をついて出た問いに、クロエはクロエはふっと笑って、まるで当然のことのように答えた。
「そういう約束だったでしょう」
彼女は確かに最初から、私を返すとか言っていた。だが、さすがの私でも、そんな軽口を鵜呑みにはしていなかった。
まさか、こんなにもあっさりと話が終わるとは、予想だにしなかった。
その直後、彼女はドミニクに手で合図を送り、私をひょいとお姫様抱っこした!そして、そのまま窓際へ!
「えっ?あ…、あの、門は?」
「ごめんなさいね。鍵がないの。だから、窓から降りますね」
違う、聞きたかったのはそこではない。ここは三階なのに、彼女から魔術を使っている気配がない!
「ま、待って!」
「大丈夫、ちゃんと穏便に着地しますから」
軽やかにそう言って、クロエは窓枠に足をかけた。次の瞬間、重力がふっと消えたような感覚と、風が耳元を切る。私は反射的に目を閉じ、息を止めた。
——でも、心配した痛みも悲鳴もなかった。
「目を開けて、シアちゃん。もう地面ですよ」
目を開けると、薄らの光魔法の照明の元、確かにそこは地上だった。見上げた窓の高さは、普通の人間なら魔術なしで飛び降りるなんて無謀な高さ。
「な……なんで?」
クロエは獣人でもない。細身の体のどこに、こんな力を秘めているのか。
「秘密です」
勿論、簡単に答えは教えてはくれない。彼女はお茶目にウインクをしてみせただけだった。
「……あの、下ろしてください。自分で歩けます」
「あら、残念です。もう少しこのままでも良かったのに」
そう言いながらも、彼女はゆっくりと私を地面に降ろした。足元がふらついて、一歩よろけた。
「アッ」
「シアちゃん、暗いから、気をつけてね」
クロエはそっと手を差し伸べ、私の体を支えてくれた。
「……ありがとうございます」
小さな声で礼を言って顔を上げると、少し離れた場所でグレムが手を振っていた。
「よう、お坊ちゃん。元気かい?」
彼のあまりに気の抜けた問いかけに拍子抜けして、私は思わず口を噤み、横目でクロエを伺った。
「それじゃあ、またいつかお会いしましょう、シアしゃん。バイバイ」
軽く頷き返したものの、胸の奥にはどこか空っぽな感覚が残っている。
一歩、また一歩と、私はグレムのもとへ向かって歩く。
「なぜ…、貴方がここに……?」
本当は、ライラは何処、ライラとは何の取引をしていた、とか問いただしたかった。でも、上手く言葉にはできなかった。
「当然、お坊ちゃんを探しに来るに決まってんだろ?つまり、アフターサービスってやつさ」
グレムは満面の胡散臭い笑顔で答えた。その顔には、何かを隠している気配しか感じられない。
ふと後ろを見ると、クロエはまだそこにいて、こちらの様子を観察している。
「……、グレム、ここを出るにはどうすればいい?」
「へぇ、なぜそんなことを?来たときと同じ、この許可証持って転移陣に行きゃいいだけの話だ」
許可証、来たときにグレムが看守とやり取りしているのを、遠くから見ていただけだった。よく観察してみると、それは何かの紋章が刻まれた、ごく普通のメダルにしか見えなかった。
「看守はどうやって、許可証の真偽を確認しているの?」
「そりゃあ、魔導具を使って確認するに決まってるさ」
……ですよね。そう簡単に偽物が作れるはずがないよね。
「まぁ、それはそれとしてさ——手配書が出てるヤツは、許可証があっても即アウトだろうな」
グレムは意味ありげにクロエの方を見やった。
彼は、クロエ達の手配書を見ていたのかもしれない。
「なぜ……彼女たちの手配書が貼られているの?理由は何と書かれていたの?」
「さぁな。俺はお坊ちゃん探すのに夢中でさ、よく見てなかったんだよな~」
嘘つき。
「まあ、どうせロクでもない理由だろ。でもさ、逃げるチャンスあったのに、それを活かせねえようなヤツは、捕まっても文句言えねえよな」
——放っておけばいい。関係ないことだ。
私はそう何度も心の中で繰り返し、自分に言い聞かせようとした。
でも……
「グレム。私は……、歩き疲れた。私に相応しい豪華な馬車を用意しなさい」
そう言い終えると、彼の返事を待たずに私は振り返り、クロエの方へ向かって走った。
「どうかしましたか、シアちゃん?」
戻ってきた私に、クロエは不思議そうな顔をしながらも、変わらず優しい笑みを浮かべていた。
「貴女たちは……私に危害を加えないと、約束できますか?」
私は小心者だ。
「もちろん、約束しますわ」
迷いのないその返事に、私は安堵の息をつき、胸に手を当てて深く息を吸い込んだ。
「では……、ついてきてください。外へ、連れて行きます」
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悠月:
先週も更新を休んでしまって、ごめんなさい。
体調不良になってしまったのと、久しぶりの執筆でなかなかうまく書けませんでした。
小説を書くのは難しいですね。物語をどう繋げていけばいいのか、すごく悩んでしまいます。毎日何千文字も休まずに書き続けられる人は、本当に尊敬します。
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