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29 パル、ポム、パルル!
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祝勝会を終え、村で一晩を過ごした俺たちは朝日を拝みながら起床した。
ボロボロの住家で壁にも天井にも穴が開いていたが、関係なく安眠できている。
異世界生活にも慣れ精神的に成長した証拠だろうか。雨風を凌げるだけで十分に感じる。
「ふあぁ、目覚ましに軽くランニングでもするかな」
悠々と老後を楽しむ爺さんのような面持ちで俺は村を回る。
崩れた防壁に、真新しい共同墓地。戦いの傷跡を通り過ぎていく。
ひとまず魔王軍の脅威を取り除いたが、ピスコ村はもう人が住める場所ではない。
復興に必要な人材も資材も、何もかもが足りないのだ。
村人たちには悪いが、全員セントラーズに移住してもらう事で話が進んでいる。
女王からも既に説明がなされ、大部分は納得してもらえたようだ。今日が出発の日に当たる。
早朝からちらほらと最期の別れを惜しむ人たちの姿を見かける。涙を堪えて墓にしがみつく子も。
「…………」
俺は、自分の世界にそこまで思い入れはなかったのだが。
それでも人に置き換えて考えると、辛い別れであるのは理解できる。
掛ける言葉が見つからず。邪魔にならないよう遠くから見守る。そんな時だった――
「パルル! ついに敵将を見つけたパル! オイラたちの村を返すパル!」
「あん?」
――背後の茂みから小さな影が飛び出してきた。
反射的に身体が動いて蹴り飛ばす。丸っこい生物が転がった。
サッカーボールくらいの身体にクリクリとした瞳。短い耳と尻尾もある。
肉球が付いた手でミニサイズの金槌を握っていた。
……何だコイツ。魔物か、それとも誰かのペットか?
「はぐぁっ!? 酷いパル、蹴られたパル……靴跡が残ったパル。魔王軍は鬼畜パルね……」
「何者かは知らんが、誤解しているようなので訂正させてもらう。俺は魔王軍じゃないぞ?」
「誤魔化しても無駄パルよ。村のみんなを泣かせているパル! 今もえーんえーん泣いているパル!」
「いや、あれは俺が泣かせた訳では……ま、まぁ移住の話を持ち込んだのは俺だから無関係とまでは言えないが……ってややこしいな!」
「言い訳無用パル! オイラがみんなの仇を取るパルよ!」
ミニ金槌を振り回し大きく飛翔する謎の生物。瞬時に身を屈め回避する。
コイツ、意外と瞬発力がある。油断はできないな。手を抜かず本気で対処する。
丸っこい身体を押さえつけ地面に拘束。汚れているが毛並みがいいな。ぬいぐるみのようだ。
「うぎゃああああああ、放すパルううう! オイラは食べても美味しくないパルよ!?」
「あーもう落ち着けって、誰もお前を食わねぇよ。不味そうだし腹下すだろ」
「あひゃひゃひゃ、くすぐったいパル!」
村の最期を静かに見守ろうとしていたのに、朝っぱらから騒ぐなって。
モフモフの身体をくすぐって拷問に掛ける。んで、結局コイツは何なんだ。
「お兄さんおはよう。一人で暴れて何をしているの?」
「朝から騒がしいわね。……あら、ヒメノじゃない。私も散歩をしていたところなの。奇遇ね」
「ルーシーは偶然を装っているけど、確実にお兄さんの風を追ってたよ」
「風が勝手に囁いたの!」
いつもの精霊漫才を繰り広げながらノムとルーシーがやってくる。
俺が無言で謎の生物を指差すと、ルーシーが目を見開かせて驚いた。
「……パルル? 貴方、生きていたの!?」
「わーいルーシーちゃんだ!」
ルーシーの姿を見かけた途端、数倍の力で俺は跳ね除けられた。
とてつもない力だ。パルルと呼ばれた生物が、ルンルンと跳ねている。
「ルーシーの知り合いか?」
「え、ええ。古くからの友人で、この子も村を守るために戦ってくれて。第五防衛線での戦いで行方不明になったと聞いていたんだけど。私はもう死んだものだとばかりに……」
「オイラ、大きな牛の魔物に勇敢にも決闘を挑んだんだけど、途中小石に躓いてそのまま崖から転がり落ちて、木に頭をぶつけてずっと気絶してたパル! 起きたら誰もいなくてびっくりしたパルよ!」
運が良いのか悪いのか。よく生きてたなそれで。
「そうだったのね。何にせよ無事でよかったわ」
「無事生還したオイラに、ルーシーちゃんのご褒美ハグが欲しいパル!」
「もうっ相変わらずね……少しだけよ?」
「わーい!」
ルーシーに抱きかかえられパルルがだらしのない表情を浮かべる。
発情期の犬のように涎を垂らして、尻尾をブンブン振り回している。
これが人間だったら変質者扱いでゲームセットだぞ。見た目で得してるな。
「ノム、アイツは何者なんだ?」
「アレはボクたちの仲間で、ポムポムと呼ばれる精霊族だね」
「え……精霊なのか? まん丸だぞ?」
「姿はちょっと変わっているけど、彼らも女神の血を引いていて、魔力を循環させる能力があるんだ」
ノムの説明によると、俺たちが普段使う魔法には残りカスが生じるらしく。
それが一定の濃度に達すると制御不能の自然災害を誘発してしまうんだそうだ。
そういった人災を未然に防ぐべく、ポムポムがカスを食べて綺麗な魔力に変換すると。
簡単に言えば二酸化炭素を酸素に変える植物みたいなもんだ。
よくよく見ると尻尾の先端に葉っぱみたいなのがくっついているし。
どうでもいい事だが、あれ引っこ抜けそうだな。気になる。
「今一瞬、不穏な空気を察知したパル。お尻が痒くなったパル」
コイツ、勘が鋭いな。
「ところで、そちらのかわいこちゃんは誰パル? ルーシーちゃんと仲が良さそうパルね」
「ボクはノム。ルーシーとは同じ精霊だよ」
「ルーシーちゃんの仲間ってことは、オイラの仲間でもあるパルね! オイラとも仲良くして欲しいパル!」
「うん、よろしく」
「パル~ポムポム~! 嬉しいパル!」
ノムがしゃがんでパルルと握手する。
パルルはもうウッキウキでお尻を振っていた。
「――それで、この男は誰パル?」
パルルはスッと現実に戻り、ノムの手を握ったままこちらを向く。
声のトーンを下げて、太めの眉をひそめ露骨にテンションが急降下していた。
「お兄さんは女神様の加護を持つ勇者だよ。カッコいいでしょ」
「村の皆を、私たちを救ってくれたの。とても頼りになるんだから」
ノムとルーシーがパルルに俺を紹介している。
知り合いにお世辞でも褒められると照れ臭いものだ。
「これが勇者……? なんだ、男だったパルかぁ。期待して損したパルね」
「おい、随分と不服そうだな?」
「オイラの夢は可愛い女の子たちを集めてハレムを形成する事パル。男はお呼びじゃないパルよ!」
「女子受けするマスコットみたいな見た目してる癖に、おっさん臭い野望だな!?」
自然界に置き換えればハーレムも一般的なんだろうが。
というか、そもそもこの世界は重婚も許されるようだし。
セントラーズでも複数の女性を侍らせる男を何人も見てきた。
戦争で男が激減しているからというもっともな理由を聞かされたが。
現代人の俺からすれば若干の抵抗がある。てか根本的にコイツは種族が違うだろ。
「オイラは可愛い女の子であれば、歳も種族も何でも受け入れるパル! オイラ漢らしいパルね!」
「器が大きいように見えて、ただの見境なしじゃねぇか」
真面目に話していると力が抜ける小動物の相手をしていると。
背中から愛する妹の気配を察する。咲がニケさんと仲良く手を繋いできていた。
「お兄ちゃんおはよ~」
「皆さんこんな朝早くからお揃いで、何かありましたか?」
あ、嫌な予感。
「ハッ! かわいこちゃんの反応がするパル! そこの男、退くパル!」
「くそっ、俺の妹には手を出させんぞ!?」
パルルが咲の声に反応して前へ出ようとする。俺は咄嗟にパルルの進路を妨害する。
しばし二人で熾烈を争う攻防が続くが、パルルが小さすぎて俺の足元から丸見えであった。
「お兄ちゃんお兄ちゃん! その子かわいい! かわいいね!!」
咲がパルルを見つけてしまった。黒い瞳をキラキラと輝かせている。
うちの妹は小さくて丸い生物が大好きなのだ。実家ではぬいぐるみを集めていたくらいだ。
「はわっ! 君の方が可愛いパルよ!! このかわいこちゃんは誰パル!?」
「ヒメノの妹のサクって子で。この子も勇者なのよ。とても強いんだから」
「サクちゃん! オイラもサクちゃんに一目惚れしたパル! メロメロパル~」
「なーにがメロメロだ。メロンパン食わせんぞ」
ちっ、この欲深い淫獣め。
さっきからちびっ子ばかりに反応しやがって。
咲がコイツを気に入ってしまった以上、邪魔はできない。
「咲がだっこしてあげるね!」
「パル~ポムポム~!」
咲がパルルを抱きかかえて、ぬいぐるみにするようにほっぺすりすりをする。
パルルは絶頂していた。俺は透明の涙を流す。今すぐ変わって欲しい、羨ましすぎる。
「もふもふ、すりすり。かわいいね」
「あひゃ~オイラ、もう死んでも後悔しないパル。サクちゃんいい匂いがするパル!」
「すりすり、すりすり」
「ポムム……パル……? ちょっと熱くなってきたパルね」
「すりすり、もふもふ」
「あつっ、熱い、熱すぎるパル! サクちゃん!? もう離して――あばばばばばばばばばば」
パルルの身体から白い湯気が出ていた。若干焦げ臭い。
「ノム、アイツ苦しんでいるように見えるが?」
「えっと、ポムポムは元はボクたちと同じ精霊だったんだけど、途中で魔獣の血が混ざったんだ。結果、人の血を引くボクたちと違って、高い繁殖能力と身体能力があるんだけど。あのまん丸で毛むくじゃらなのも魔獣の血の影響だね」
「魔獣……ああ、そういう事か」
つまり単純に咲の【消滅】に反応していると。
元が精霊なだけあって、ヒリヒリするだけで済んでいるようだが。
このままだとポムポム焼きができそうなので、惨事になる前に止める。
『ごめんね……』と咲は悲しそうにパルルを地面へおろした。
「はぅ~危うく死にかけたパル。オイラ、サクちゃんに運命を感じたのに女神様は酷いパル」
「ぱるるちゃんだいじょうぶ?」
「オイラは平気パル! めげないへこたれない! 愛するサクちゃんのために身体を鍛えるパル!」
それは、鍛えてどうにかなる問題なのかは知らんが。
一応、女性陣の中でサクを一番に選ぶとは、人を見る目だけはあるじゃないか。
そこだけは褒めてやらん事もない。もちろんお兄ちゃんは二人の交際を認めないけどな。
「あの……この方は一体?」
一人蚊帳の外だったニケさん。
そういえばコイツ、ニケさんには反応してないな。
女性らしさでいえば――ニケさんが一番目立つものを持っているのに。
「おいパルル。ニケさんが無視されて悲しんでいるぞ」
「ん……その子にはあまりそそられないパルね~オイラ、今日からサクちゃん一筋になるパル!」
「何だかよくわかりませんが……すごく悲しい気持ちになりました……」
「だ、大丈夫だぞニケさん。俺はこの中ではニケさんが一番女性的だと思っているからな!?」
「姫乃様ぁ……!」
唯一パルルの反応が薄かったニケさんは項垂れていた。俺は隣で励ます。
女の子なら誰でもいいんじゃなかったのか。がっつり選り好みしてるじゃねぇか。
「あ、パルルだ!」
「パルル~! もふもふさせて~!」
そうこうしていると村の子供たちが集まってくる。
パルルを中心に俺たち以外の人だかりが。次々と人数が増えていく。
「パルルさんやっぱり生きていたんッスね。そう簡単にくたばる方じゃないと思ってましたが」
「ホッホッホ、やはりこの村には賑やかしのパルルに居てもらわねばな」
「レグもウォッカも元気そうパルね! オイラ今日はモテモテパル!」
「勇者様が村を訪れてから、良き出来事が続きますわ」
「パルル、イツ見テモ美味シソウダ」
レグにウォッカ爺さん。ハルピュイアの女王やザクロまでも。
いつしか村に活気が増していた。パルルが一人一人に手を振って応える。
「はぁ、これでまた一段と騒がしくなりそうね」
「そんな事を言って、本当はルーシーちゃんも嬉しいパルよね?」
ルーシーは否定もせず、やれやれと首を振った。
隠しているようだが、口元が緩んでいたのを俺は見逃さなかった。
「なるほど。ふざけているようで、アイツも必要不可欠な人材なんだろうな」
戦うことしか脳がない俺には、到底生み出せない緩い空気だ。
悲しみで埋まっていた人たちが笑みを浮かべている。これがパルルの良さなんだろう。
この際、女好きの一面には目を瞑っておこう。とりあえず咲に手を出せないのはわかったしな。
ボロボロの住家で壁にも天井にも穴が開いていたが、関係なく安眠できている。
異世界生活にも慣れ精神的に成長した証拠だろうか。雨風を凌げるだけで十分に感じる。
「ふあぁ、目覚ましに軽くランニングでもするかな」
悠々と老後を楽しむ爺さんのような面持ちで俺は村を回る。
崩れた防壁に、真新しい共同墓地。戦いの傷跡を通り過ぎていく。
ひとまず魔王軍の脅威を取り除いたが、ピスコ村はもう人が住める場所ではない。
復興に必要な人材も資材も、何もかもが足りないのだ。
村人たちには悪いが、全員セントラーズに移住してもらう事で話が進んでいる。
女王からも既に説明がなされ、大部分は納得してもらえたようだ。今日が出発の日に当たる。
早朝からちらほらと最期の別れを惜しむ人たちの姿を見かける。涙を堪えて墓にしがみつく子も。
「…………」
俺は、自分の世界にそこまで思い入れはなかったのだが。
それでも人に置き換えて考えると、辛い別れであるのは理解できる。
掛ける言葉が見つからず。邪魔にならないよう遠くから見守る。そんな時だった――
「パルル! ついに敵将を見つけたパル! オイラたちの村を返すパル!」
「あん?」
――背後の茂みから小さな影が飛び出してきた。
反射的に身体が動いて蹴り飛ばす。丸っこい生物が転がった。
サッカーボールくらいの身体にクリクリとした瞳。短い耳と尻尾もある。
肉球が付いた手でミニサイズの金槌を握っていた。
……何だコイツ。魔物か、それとも誰かのペットか?
「はぐぁっ!? 酷いパル、蹴られたパル……靴跡が残ったパル。魔王軍は鬼畜パルね……」
「何者かは知らんが、誤解しているようなので訂正させてもらう。俺は魔王軍じゃないぞ?」
「誤魔化しても無駄パルよ。村のみんなを泣かせているパル! 今もえーんえーん泣いているパル!」
「いや、あれは俺が泣かせた訳では……ま、まぁ移住の話を持ち込んだのは俺だから無関係とまでは言えないが……ってややこしいな!」
「言い訳無用パル! オイラがみんなの仇を取るパルよ!」
ミニ金槌を振り回し大きく飛翔する謎の生物。瞬時に身を屈め回避する。
コイツ、意外と瞬発力がある。油断はできないな。手を抜かず本気で対処する。
丸っこい身体を押さえつけ地面に拘束。汚れているが毛並みがいいな。ぬいぐるみのようだ。
「うぎゃああああああ、放すパルううう! オイラは食べても美味しくないパルよ!?」
「あーもう落ち着けって、誰もお前を食わねぇよ。不味そうだし腹下すだろ」
「あひゃひゃひゃ、くすぐったいパル!」
村の最期を静かに見守ろうとしていたのに、朝っぱらから騒ぐなって。
モフモフの身体をくすぐって拷問に掛ける。んで、結局コイツは何なんだ。
「お兄さんおはよう。一人で暴れて何をしているの?」
「朝から騒がしいわね。……あら、ヒメノじゃない。私も散歩をしていたところなの。奇遇ね」
「ルーシーは偶然を装っているけど、確実にお兄さんの風を追ってたよ」
「風が勝手に囁いたの!」
いつもの精霊漫才を繰り広げながらノムとルーシーがやってくる。
俺が無言で謎の生物を指差すと、ルーシーが目を見開かせて驚いた。
「……パルル? 貴方、生きていたの!?」
「わーいルーシーちゃんだ!」
ルーシーの姿を見かけた途端、数倍の力で俺は跳ね除けられた。
とてつもない力だ。パルルと呼ばれた生物が、ルンルンと跳ねている。
「ルーシーの知り合いか?」
「え、ええ。古くからの友人で、この子も村を守るために戦ってくれて。第五防衛線での戦いで行方不明になったと聞いていたんだけど。私はもう死んだものだとばかりに……」
「オイラ、大きな牛の魔物に勇敢にも決闘を挑んだんだけど、途中小石に躓いてそのまま崖から転がり落ちて、木に頭をぶつけてずっと気絶してたパル! 起きたら誰もいなくてびっくりしたパルよ!」
運が良いのか悪いのか。よく生きてたなそれで。
「そうだったのね。何にせよ無事でよかったわ」
「無事生還したオイラに、ルーシーちゃんのご褒美ハグが欲しいパル!」
「もうっ相変わらずね……少しだけよ?」
「わーい!」
ルーシーに抱きかかえられパルルがだらしのない表情を浮かべる。
発情期の犬のように涎を垂らして、尻尾をブンブン振り回している。
これが人間だったら変質者扱いでゲームセットだぞ。見た目で得してるな。
「ノム、アイツは何者なんだ?」
「アレはボクたちの仲間で、ポムポムと呼ばれる精霊族だね」
「え……精霊なのか? まん丸だぞ?」
「姿はちょっと変わっているけど、彼らも女神の血を引いていて、魔力を循環させる能力があるんだ」
ノムの説明によると、俺たちが普段使う魔法には残りカスが生じるらしく。
それが一定の濃度に達すると制御不能の自然災害を誘発してしまうんだそうだ。
そういった人災を未然に防ぐべく、ポムポムがカスを食べて綺麗な魔力に変換すると。
簡単に言えば二酸化炭素を酸素に変える植物みたいなもんだ。
よくよく見ると尻尾の先端に葉っぱみたいなのがくっついているし。
どうでもいい事だが、あれ引っこ抜けそうだな。気になる。
「今一瞬、不穏な空気を察知したパル。お尻が痒くなったパル」
コイツ、勘が鋭いな。
「ところで、そちらのかわいこちゃんは誰パル? ルーシーちゃんと仲が良さそうパルね」
「ボクはノム。ルーシーとは同じ精霊だよ」
「ルーシーちゃんの仲間ってことは、オイラの仲間でもあるパルね! オイラとも仲良くして欲しいパル!」
「うん、よろしく」
「パル~ポムポム~! 嬉しいパル!」
ノムがしゃがんでパルルと握手する。
パルルはもうウッキウキでお尻を振っていた。
「――それで、この男は誰パル?」
パルルはスッと現実に戻り、ノムの手を握ったままこちらを向く。
声のトーンを下げて、太めの眉をひそめ露骨にテンションが急降下していた。
「お兄さんは女神様の加護を持つ勇者だよ。カッコいいでしょ」
「村の皆を、私たちを救ってくれたの。とても頼りになるんだから」
ノムとルーシーがパルルに俺を紹介している。
知り合いにお世辞でも褒められると照れ臭いものだ。
「これが勇者……? なんだ、男だったパルかぁ。期待して損したパルね」
「おい、随分と不服そうだな?」
「オイラの夢は可愛い女の子たちを集めてハレムを形成する事パル。男はお呼びじゃないパルよ!」
「女子受けするマスコットみたいな見た目してる癖に、おっさん臭い野望だな!?」
自然界に置き換えればハーレムも一般的なんだろうが。
というか、そもそもこの世界は重婚も許されるようだし。
セントラーズでも複数の女性を侍らせる男を何人も見てきた。
戦争で男が激減しているからというもっともな理由を聞かされたが。
現代人の俺からすれば若干の抵抗がある。てか根本的にコイツは種族が違うだろ。
「オイラは可愛い女の子であれば、歳も種族も何でも受け入れるパル! オイラ漢らしいパルね!」
「器が大きいように見えて、ただの見境なしじゃねぇか」
真面目に話していると力が抜ける小動物の相手をしていると。
背中から愛する妹の気配を察する。咲がニケさんと仲良く手を繋いできていた。
「お兄ちゃんおはよ~」
「皆さんこんな朝早くからお揃いで、何かありましたか?」
あ、嫌な予感。
「ハッ! かわいこちゃんの反応がするパル! そこの男、退くパル!」
「くそっ、俺の妹には手を出させんぞ!?」
パルルが咲の声に反応して前へ出ようとする。俺は咄嗟にパルルの進路を妨害する。
しばし二人で熾烈を争う攻防が続くが、パルルが小さすぎて俺の足元から丸見えであった。
「お兄ちゃんお兄ちゃん! その子かわいい! かわいいね!!」
咲がパルルを見つけてしまった。黒い瞳をキラキラと輝かせている。
うちの妹は小さくて丸い生物が大好きなのだ。実家ではぬいぐるみを集めていたくらいだ。
「はわっ! 君の方が可愛いパルよ!! このかわいこちゃんは誰パル!?」
「ヒメノの妹のサクって子で。この子も勇者なのよ。とても強いんだから」
「サクちゃん! オイラもサクちゃんに一目惚れしたパル! メロメロパル~」
「なーにがメロメロだ。メロンパン食わせんぞ」
ちっ、この欲深い淫獣め。
さっきからちびっ子ばかりに反応しやがって。
咲がコイツを気に入ってしまった以上、邪魔はできない。
「咲がだっこしてあげるね!」
「パル~ポムポム~!」
咲がパルルを抱きかかえて、ぬいぐるみにするようにほっぺすりすりをする。
パルルは絶頂していた。俺は透明の涙を流す。今すぐ変わって欲しい、羨ましすぎる。
「もふもふ、すりすり。かわいいね」
「あひゃ~オイラ、もう死んでも後悔しないパル。サクちゃんいい匂いがするパル!」
「すりすり、すりすり」
「ポムム……パル……? ちょっと熱くなってきたパルね」
「すりすり、もふもふ」
「あつっ、熱い、熱すぎるパル! サクちゃん!? もう離して――あばばばばばばばばばば」
パルルの身体から白い湯気が出ていた。若干焦げ臭い。
「ノム、アイツ苦しんでいるように見えるが?」
「えっと、ポムポムは元はボクたちと同じ精霊だったんだけど、途中で魔獣の血が混ざったんだ。結果、人の血を引くボクたちと違って、高い繁殖能力と身体能力があるんだけど。あのまん丸で毛むくじゃらなのも魔獣の血の影響だね」
「魔獣……ああ、そういう事か」
つまり単純に咲の【消滅】に反応していると。
元が精霊なだけあって、ヒリヒリするだけで済んでいるようだが。
このままだとポムポム焼きができそうなので、惨事になる前に止める。
『ごめんね……』と咲は悲しそうにパルルを地面へおろした。
「はぅ~危うく死にかけたパル。オイラ、サクちゃんに運命を感じたのに女神様は酷いパル」
「ぱるるちゃんだいじょうぶ?」
「オイラは平気パル! めげないへこたれない! 愛するサクちゃんのために身体を鍛えるパル!」
それは、鍛えてどうにかなる問題なのかは知らんが。
一応、女性陣の中でサクを一番に選ぶとは、人を見る目だけはあるじゃないか。
そこだけは褒めてやらん事もない。もちろんお兄ちゃんは二人の交際を認めないけどな。
「あの……この方は一体?」
一人蚊帳の外だったニケさん。
そういえばコイツ、ニケさんには反応してないな。
女性らしさでいえば――ニケさんが一番目立つものを持っているのに。
「おいパルル。ニケさんが無視されて悲しんでいるぞ」
「ん……その子にはあまりそそられないパルね~オイラ、今日からサクちゃん一筋になるパル!」
「何だかよくわかりませんが……すごく悲しい気持ちになりました……」
「だ、大丈夫だぞニケさん。俺はこの中ではニケさんが一番女性的だと思っているからな!?」
「姫乃様ぁ……!」
唯一パルルの反応が薄かったニケさんは項垂れていた。俺は隣で励ます。
女の子なら誰でもいいんじゃなかったのか。がっつり選り好みしてるじゃねぇか。
「あ、パルルだ!」
「パルル~! もふもふさせて~!」
そうこうしていると村の子供たちが集まってくる。
パルルを中心に俺たち以外の人だかりが。次々と人数が増えていく。
「パルルさんやっぱり生きていたんッスね。そう簡単にくたばる方じゃないと思ってましたが」
「ホッホッホ、やはりこの村には賑やかしのパルルに居てもらわねばな」
「レグもウォッカも元気そうパルね! オイラ今日はモテモテパル!」
「勇者様が村を訪れてから、良き出来事が続きますわ」
「パルル、イツ見テモ美味シソウダ」
レグにウォッカ爺さん。ハルピュイアの女王やザクロまでも。
いつしか村に活気が増していた。パルルが一人一人に手を振って応える。
「はぁ、これでまた一段と騒がしくなりそうね」
「そんな事を言って、本当はルーシーちゃんも嬉しいパルよね?」
ルーシーは否定もせず、やれやれと首を振った。
隠しているようだが、口元が緩んでいたのを俺は見逃さなかった。
「なるほど。ふざけているようで、アイツも必要不可欠な人材なんだろうな」
戦うことしか脳がない俺には、到底生み出せない緩い空気だ。
悲しみで埋まっていた人たちが笑みを浮かべている。これがパルルの良さなんだろう。
この際、女好きの一面には目を瞑っておこう。とりあえず咲に手を出せないのはわかったしな。
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【作者より、感謝を込めて】
この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。
そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。
本当に、ありがとうございます。
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〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
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***
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