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第一章 別世界という名の異世界
それは突然の事につき-⑵
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「ああ、どうかこの世界を受け入れてくれ、ファブニル。」
またもや、意味の分からない夢を見て目が覚めた。ただ、前回と違うことは、きちんとした寝具の上に寝ていること、だろうか。
「……っ、なんなんだよ、ファブニルって……。」
全く見知らぬ人間の、全く知らない言葉。二度も連続で同じ人間の夢を見るのも、気持ち悪いものだ。上半身を起こしてみれば、部屋中が木の材質の、質素で飾り気のない部屋の中で寝ていたらしい。自分が寝ていたベッドの他にも、その部屋には四つ、使われた形跡のあるベッドがあった。
(つまり、全部で五人か……)
キリの良い数なだけに、何か意図的なものを感じる。
(……少し、隣の部屋から声が聞こえるな。)
決して騒がしい訳では無いが、人がいるという証をその耳に捉えた。
……そういえば今気がついたが、僕が一番朝寝坊か……。隣室の話し声が小さめに聴こえるのも、起こさないように気を使わせてしまっているのかもしれない。ここは、早いところ向こうに顔を出すのが得策か。そう思いベッドから立ち上がると、心做しか体が軽かった。久しぶりにたっぷり寝たからかな。
ひとつ、気がついた事がある。僕がこの場所に来る前は、自分は学校の制服を着ていた。だが今来ている服は、全く違う。いつの間に着替えさせられたのだろうか、袖口にゆとりがあって肌触りのいい上半身の服に、これまたゆったりとしたワイドパンツ。どこの国のものか分からないが、なんとも動きやすそうなチョイスだ。
その時、キイィィと音を立てて扉が開いた。
「お!起きたのか。」
扉の向こうから顔を出したのは、少し茶色の混じった黒髪に、さっぱりとカットした髪型の明るそうな少年。
なんだかとても見覚えのある顔が、日本語で話しかけてきた。
「先に起きた奴らは、今メシ食ってんだ。お前も来るか?」
……確かに、お腹が空いている。僕は喜んで、承諾することにした。
「ありがとう。」
濃い甘栗色の髪の少年について戸をくぐると、食卓には二人の人間が居た。先程部屋に入ってきた少年と同じ濃い甘栗の髪をした少女と、濃紺の髪の少年。
「あ……!」
どこかで見かけたことがあると思ったら……。
「ハンスヴルストのいる部屋で、君たちを見かけた気がするんだけど……。」
そうあの、知り合いと同じ学校の制服を着ていた、日本人の三人組だ。同じ日本の人間を同室にしたのは、ハンスヴルストとやらのせめてもの配慮だと願いたい。
「『ハンスヴルストの合同説明会!』みたいな場所で、縁小中高一貫校の制服を着てた三人だよね?」
「……縁校の制服を知ってるってことは、儷樺校の人……?」
僕が問うと、甘栗色の髪の少女が問い返した。
縁小中高一貫校(えにししょうちゅうこういっかんこう)とは、日本の隠されたエリート校だ。
日本には、『隠されたエリート校』という存在がふたつある。縁小中高一貫校と、儷樺小中高一貫校(ならかしょうちゅうこういっかんこう)。
ひとつめの学校、縁小中高一貫校、通称縁校は、北海道にある。そして、『隠された』と呼ばれているのには、きちんとした理由があった。縁校は、その全てが地下にあるのだ。それに加えて、限られた者たちしか入学できないから、存在すらもあまり知られていない。
もうひとつの学校、儷樺小中高一貫校、通称儷樺校は、東京都所属の伊豆諸島のひとつ、八丈島にある。変わった場所に学校があるといえば縁校の地下もなかなかのものなのに、儷樺校はもっとやばい。
「儷樺って確か空の上に浮かんでるやつだよな。」
甘栗色の髪の少年が言った。
……そう、儷樺校は、八丈島にふたつある山に挟まれた盆地の、上空に浮かんでいる。どういう原理で浮かんでいるかは全くの不明だが、ふたつの山の頂上よりも、もう少しばかり高いあたり、だろうか。
……なぜ曖昧かと言うと、それにだって理由がある。その学校、光学迷彩機能でも使っているのだろうか、中に入らない限りどこからも見えない。だから儷樺の知名度は、縁校よりも低い。一般人にその学校を知るのもは居ないと言っていい。
「うん、そう。僕は儷樺の生徒だよ。」
僕は言った。その瞬間三人の目が、少しだけ──おそらく無意識だろうが──哀れみを含んだものに変わった。
「……お前、孤児か。」
誰もが口にするのを躊躇するであろう言葉を、濃紺の髪の少年は言ってのけた。
「うん、まぁそういうことなのかな。」
そう、縁と儷樺の最大の相違点は設立場所ではない。そこに通っている人間の、社会的な所属地位(ヒエラルキー)の違いだ。
縁校と儷樺校を設立したのは同一人物だ。そして、かなり個性的な思想を持つ人間だった。
『社会的地位が高い者と、底辺の者こそ、将来の有望性に長けた者である。地位の中程にいる者は、期待をかける価値すらない。』と。
その風変わりの思想から、社会的所属地位の上位と低位にいる者だけを、それぞれ別々に教育するための学校を作った。それが、縁と儷樺なのだ。
「……君たちは、どの御有名な大臣様の跡継ぎ?」
僕は、とても皮肉めいた言葉で言った。……哀れみの視線に、イラついたからだ。
縁校に集められるのは、社会的に優位な位置にいる人間の子孫だ。それに対して、儷樺校に集められるのは孤児。学校の設立者のお眼鏡にかなった孤児たちが、その場に集う。
僕の皮肉にまみれた言葉で、場の空気が凍りついた。まぁそうなるのも当たり前だろう。喧嘩を売っていると取られてもおかしくない言い方だったから。
案の定、濃紺の髪の少年が僕に食ってかかろうとした。だが、彼が怒鳴ろうと口を開く寸前、
「ねぇ、自己紹介しない?自己紹介!」
甘栗色の髪の少女が慌てて言った。多分男子勢は全員が、ナイスフォロー、と思ったはずだ。
正直言って、僕も助かった。もしもあの喧嘩を買われてしまっていたら、この口が皮肉を言うのを止められる自信がなかったからだ。
甘栗色の髪の少年は彼女に向かってありがとうと微笑むと、僕に向き直った。
「俺は来栖ライト。大手来栖病院の管理者の息子。よろしくな。」
彼は律儀にそう答えた。それに続いて、
「私はミオ。来栖ミオよ。ライトの双子の妹で、同じく来栖病院の管理者の娘。よろしくね。」
にっこりと微笑んで甘栗色の髪の少女……もとい、ミオが言う。兄妹そろっての人のいい笑顔で、きっと友達も多かったんだろうな、と思う。境遇と言い生まれと言い、つくづく僕とは正反対だ。そして最後に残ったのが、濃紺の髪の少年。
「俺はカイト。……西園寺、カイトだ。西園寺財閥の次男坊。さっきは、悪かったな。」
とても人のいい笑顔とは言い難いが、クールな真顔で言った。
「俺は自分の家が嫌いだから、ついカッとなってしまった。」
少しばかりばつが悪そうにそう言うところを見ると、根はいい奴、というやつなんだろう。その件については、僕にも落ち度があったから。
「僕も、ごめん。境遇上、人の感情には敏感になってるから、哀れみを感じて思わずイラッとしちゃったんだ。
僕はイクス。儷樺の孤児のひとり、イクスだ。よろしくね。」
普通孤児に苗字はない。だから、ほかの三人と少しばかり違う自己紹介になっていしまっているのも、それは致し方ない事だろう。
ライトとミオの人懐っこい笑顔、カイトのびっくりするぐらいの無表情。僕はそのふたつの中間地点ほどに位置するであろう微笑みで、自己紹介をした。
「今まで仲のいい人とかいなかったから、『仲間』みたいな存在ができて、ちょっと嬉しい……かも。」
はにかんだように微笑んでそう言えば、三人共々に、弾かれたようにドキッとした表情をして、数度目を瞬(しばたた)かせた。
「「「……………………!」」」
「……?三人とも、急に黙ってどうしたの?」
何故かみんな黙りこくってしまった……。理由は分からないが、変な事でもしてしまったんだろうか。
「……お前、ほんとについさっきまでガン飛ばして喧嘩売ってきた奴と同一人物か……?」
「いや……そんないぶかしげに言われても、僕は僕なんだけど。」
不信感丸出しで放たれたカイトの言葉に、ライトとミオは同意するように、うんうんと頷いていた。
「イクスくん表情変わりすぎだよ!一瞬女の子みたいな顔するから、少しドキッとしちゃったぁ。」
少し上気した頬を両手で挟んで「はわわっ」と言う彼女は、いかにも『女の子』って感じだ。
「まあとにかく、俺たちは仲間ってことで!さっさと食べちまおう。」
ライトがそうやって話を締め、ようやくながら僕の朝食が始まった。
またもや、意味の分からない夢を見て目が覚めた。ただ、前回と違うことは、きちんとした寝具の上に寝ていること、だろうか。
「……っ、なんなんだよ、ファブニルって……。」
全く見知らぬ人間の、全く知らない言葉。二度も連続で同じ人間の夢を見るのも、気持ち悪いものだ。上半身を起こしてみれば、部屋中が木の材質の、質素で飾り気のない部屋の中で寝ていたらしい。自分が寝ていたベッドの他にも、その部屋には四つ、使われた形跡のあるベッドがあった。
(つまり、全部で五人か……)
キリの良い数なだけに、何か意図的なものを感じる。
(……少し、隣の部屋から声が聞こえるな。)
決して騒がしい訳では無いが、人がいるという証をその耳に捉えた。
……そういえば今気がついたが、僕が一番朝寝坊か……。隣室の話し声が小さめに聴こえるのも、起こさないように気を使わせてしまっているのかもしれない。ここは、早いところ向こうに顔を出すのが得策か。そう思いベッドから立ち上がると、心做しか体が軽かった。久しぶりにたっぷり寝たからかな。
ひとつ、気がついた事がある。僕がこの場所に来る前は、自分は学校の制服を着ていた。だが今来ている服は、全く違う。いつの間に着替えさせられたのだろうか、袖口にゆとりがあって肌触りのいい上半身の服に、これまたゆったりとしたワイドパンツ。どこの国のものか分からないが、なんとも動きやすそうなチョイスだ。
その時、キイィィと音を立てて扉が開いた。
「お!起きたのか。」
扉の向こうから顔を出したのは、少し茶色の混じった黒髪に、さっぱりとカットした髪型の明るそうな少年。
なんだかとても見覚えのある顔が、日本語で話しかけてきた。
「先に起きた奴らは、今メシ食ってんだ。お前も来るか?」
……確かに、お腹が空いている。僕は喜んで、承諾することにした。
「ありがとう。」
濃い甘栗色の髪の少年について戸をくぐると、食卓には二人の人間が居た。先程部屋に入ってきた少年と同じ濃い甘栗の髪をした少女と、濃紺の髪の少年。
「あ……!」
どこかで見かけたことがあると思ったら……。
「ハンスヴルストのいる部屋で、君たちを見かけた気がするんだけど……。」
そうあの、知り合いと同じ学校の制服を着ていた、日本人の三人組だ。同じ日本の人間を同室にしたのは、ハンスヴルストとやらのせめてもの配慮だと願いたい。
「『ハンスヴルストの合同説明会!』みたいな場所で、縁小中高一貫校の制服を着てた三人だよね?」
「……縁校の制服を知ってるってことは、儷樺校の人……?」
僕が問うと、甘栗色の髪の少女が問い返した。
縁小中高一貫校(えにししょうちゅうこういっかんこう)とは、日本の隠されたエリート校だ。
日本には、『隠されたエリート校』という存在がふたつある。縁小中高一貫校と、儷樺小中高一貫校(ならかしょうちゅうこういっかんこう)。
ひとつめの学校、縁小中高一貫校、通称縁校は、北海道にある。そして、『隠された』と呼ばれているのには、きちんとした理由があった。縁校は、その全てが地下にあるのだ。それに加えて、限られた者たちしか入学できないから、存在すらもあまり知られていない。
もうひとつの学校、儷樺小中高一貫校、通称儷樺校は、東京都所属の伊豆諸島のひとつ、八丈島にある。変わった場所に学校があるといえば縁校の地下もなかなかのものなのに、儷樺校はもっとやばい。
「儷樺って確か空の上に浮かんでるやつだよな。」
甘栗色の髪の少年が言った。
……そう、儷樺校は、八丈島にふたつある山に挟まれた盆地の、上空に浮かんでいる。どういう原理で浮かんでいるかは全くの不明だが、ふたつの山の頂上よりも、もう少しばかり高いあたり、だろうか。
……なぜ曖昧かと言うと、それにだって理由がある。その学校、光学迷彩機能でも使っているのだろうか、中に入らない限りどこからも見えない。だから儷樺の知名度は、縁校よりも低い。一般人にその学校を知るのもは居ないと言っていい。
「うん、そう。僕は儷樺の生徒だよ。」
僕は言った。その瞬間三人の目が、少しだけ──おそらく無意識だろうが──哀れみを含んだものに変わった。
「……お前、孤児か。」
誰もが口にするのを躊躇するであろう言葉を、濃紺の髪の少年は言ってのけた。
「うん、まぁそういうことなのかな。」
そう、縁と儷樺の最大の相違点は設立場所ではない。そこに通っている人間の、社会的な所属地位(ヒエラルキー)の違いだ。
縁校と儷樺校を設立したのは同一人物だ。そして、かなり個性的な思想を持つ人間だった。
『社会的地位が高い者と、底辺の者こそ、将来の有望性に長けた者である。地位の中程にいる者は、期待をかける価値すらない。』と。
その風変わりの思想から、社会的所属地位の上位と低位にいる者だけを、それぞれ別々に教育するための学校を作った。それが、縁と儷樺なのだ。
「……君たちは、どの御有名な大臣様の跡継ぎ?」
僕は、とても皮肉めいた言葉で言った。……哀れみの視線に、イラついたからだ。
縁校に集められるのは、社会的に優位な位置にいる人間の子孫だ。それに対して、儷樺校に集められるのは孤児。学校の設立者のお眼鏡にかなった孤児たちが、その場に集う。
僕の皮肉にまみれた言葉で、場の空気が凍りついた。まぁそうなるのも当たり前だろう。喧嘩を売っていると取られてもおかしくない言い方だったから。
案の定、濃紺の髪の少年が僕に食ってかかろうとした。だが、彼が怒鳴ろうと口を開く寸前、
「ねぇ、自己紹介しない?自己紹介!」
甘栗色の髪の少女が慌てて言った。多分男子勢は全員が、ナイスフォロー、と思ったはずだ。
正直言って、僕も助かった。もしもあの喧嘩を買われてしまっていたら、この口が皮肉を言うのを止められる自信がなかったからだ。
甘栗色の髪の少年は彼女に向かってありがとうと微笑むと、僕に向き直った。
「俺は来栖ライト。大手来栖病院の管理者の息子。よろしくな。」
彼は律儀にそう答えた。それに続いて、
「私はミオ。来栖ミオよ。ライトの双子の妹で、同じく来栖病院の管理者の娘。よろしくね。」
にっこりと微笑んで甘栗色の髪の少女……もとい、ミオが言う。兄妹そろっての人のいい笑顔で、きっと友達も多かったんだろうな、と思う。境遇と言い生まれと言い、つくづく僕とは正反対だ。そして最後に残ったのが、濃紺の髪の少年。
「俺はカイト。……西園寺、カイトだ。西園寺財閥の次男坊。さっきは、悪かったな。」
とても人のいい笑顔とは言い難いが、クールな真顔で言った。
「俺は自分の家が嫌いだから、ついカッとなってしまった。」
少しばかりばつが悪そうにそう言うところを見ると、根はいい奴、というやつなんだろう。その件については、僕にも落ち度があったから。
「僕も、ごめん。境遇上、人の感情には敏感になってるから、哀れみを感じて思わずイラッとしちゃったんだ。
僕はイクス。儷樺の孤児のひとり、イクスだ。よろしくね。」
普通孤児に苗字はない。だから、ほかの三人と少しばかり違う自己紹介になっていしまっているのも、それは致し方ない事だろう。
ライトとミオの人懐っこい笑顔、カイトのびっくりするぐらいの無表情。僕はそのふたつの中間地点ほどに位置するであろう微笑みで、自己紹介をした。
「今まで仲のいい人とかいなかったから、『仲間』みたいな存在ができて、ちょっと嬉しい……かも。」
はにかんだように微笑んでそう言えば、三人共々に、弾かれたようにドキッとした表情をして、数度目を瞬(しばたた)かせた。
「「「……………………!」」」
「……?三人とも、急に黙ってどうしたの?」
何故かみんな黙りこくってしまった……。理由は分からないが、変な事でもしてしまったんだろうか。
「……お前、ほんとについさっきまでガン飛ばして喧嘩売ってきた奴と同一人物か……?」
「いや……そんないぶかしげに言われても、僕は僕なんだけど。」
不信感丸出しで放たれたカイトの言葉に、ライトとミオは同意するように、うんうんと頷いていた。
「イクスくん表情変わりすぎだよ!一瞬女の子みたいな顔するから、少しドキッとしちゃったぁ。」
少し上気した頬を両手で挟んで「はわわっ」と言う彼女は、いかにも『女の子』って感じだ。
「まあとにかく、俺たちは仲間ってことで!さっさと食べちまおう。」
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