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第一章 New Moon
第五夜 対話式和解
しおりを挟む獅道愁一の朝は夜明けを感じながらの瞑想から始まる。
そして道場で刀を振るう。
足利義輝に教わった一連の修行法だ。本当は足利義輝と戦いたいと言ったら、『馬鹿言うな、常に死闘をしろと言うのか』と断られた。
仕方なく義輝を対戦相手としてイメージしながら刀を振るう。刀は持ち物ではない。武器だ。黒い長刀と打刀、異なる二種の刀をいかに使うかを訓練する。
そして袴から制服に着替えてエプロンを装着。朝食と弁当を作るのだ。
最近は英治に渡された飴のような霊力の塊のお陰で眠気はほとんどない。
しかしこれで本当に良いのだろうか。最近ケイとほとんどコミュニケーションが取れていない。
悩んでも愁一には女性との上手い接し方なんて分からない。
沈黙の中でケイと簡単に朝食を食べて学校に登校する。
勉強の方は相変わらずだ。
どうしても数学と英語が苦手で苦労する。
更に最近は球技全般が苦手であるということも分かった。
クラスメイト曰く力加減がおかしいらしい。バドミントンのラケットを破壊したりバスケットボールで窓を破壊したりと色々と伝説を作っている。クラスメイトが必死に教えてくれるが、愁一に解決の兆しはない。
放課後は生徒会で雑務をしていた。
英治や宗滴は色々なことを教えてくれる。
宗滴は記憶喪失の愁一で遊んだりするが基本的に善人だ。
今日も大量の書類をホチキスで留める。
「本当は足利君にもっと剣術を教えて欲しいんだけど……」
「ああ、何してるのか最近忙しいらしいな」
「何って、剣道部じゃないの?」
「まだ五月だぜ。時期的に違うだろ」
宗滴は言う。
「剣道部に入らないんすか?」
「足利君に向いてないって言われた。俺が使う剣術は剣道剣術じゃないらしい」
「……確かに」
何故か英治に深く頷かれた。
そして、そのまま尋ねられる。
「ケイの様子は?」
「具合は悪そうにしてるけど……最近は庭にハーブ植えたり俺のシャツを縫ったりしてるよ」
「あの金髪美人、意外と家庭的じゃん」
「俺が料理作るの好きだから自分が出来ないと思われるのが嫌だって言ってた」
「確かにイッチーの弁当は美味しいもんな」
「朝倉先輩も他人を気にしてないでさっさと自分の魂送師を探して下さい」
「それはその内」
宗滴はヒラリと交わした。
どうやら宗滴は自分の魂送師を探すことが嫌な様で意欲的ではない。何故かは分からない。しかし宗滴も生徒会書記、吹奏楽部、書道部と忙しい身だ。きっと何か理由があるのだろう。
「そういえば、この間、勝手に悪霊を俺と送ったことケイに話したんですか?」
「……言ってない」
「……え?」
「言うタイミングが無くて言ってないんだ」
「それ、後でバレたら面倒ですよ」
英治の言う通りだ。
しかし今のケイに言ったら間違いなく怒られる。怒られるだけならまだいい。ケイ自身の力不足に悲しまれるのが一番困る。
暫しの間の後に英治は言った。
「狩師には……一番ピッタリ、しっくり来る相方と言えば良いのか、相棒と言えば良いのか、パートナーがいます。今の状況では獅道先輩の相棒がケイだとはっきりとは言えませんね」
「相変わらずズバッと言うね」
英治の言葉に愁一の手が止まる。
今、霊力は英治や時折、宗滴から分けてもらっている状況だ。お陰でケイは以前よりはマシに生活している。このままでいい訳がない。
「ちゃんと話さないと……」
「確かに……イッチーとケイちゃんは人間的に相性悪そうだ」
家が寺である宗滴に言われると妙な説得力がある。
「それでも。今の俺があるのはケイさんのお陰だから……」
帰りの際、高校の庭で伊鞠と出会う。
彼女は藤の花を眺めていた。
彼女の薄い髪色と大きな水色の瞳と合間ってそれは儚く美しい。愁一はしばらく見とれた。
「何か用かしら」
「え……あ、綺麗な花だね」
「そうね。でも、蜂がいるから気を付けて」
「……蜂!?」
「そうそう、大きい蜂がいるの」
彼女はクスクスと笑う。
愁一は何故か彼女といると心が穏やかになれた。遠くから楽器の音が聞こえる。これは宗滴のサックスの音だ。
「すごいわよね。いつも色々な曲を奏でてくれるけど、彼が弾くとジャズ調になるの。吹奏楽部の部長のトランペットも上手なのよ。……あ、少し君と似ているかもね」
伊鞠は音楽室を見上げる。
「みんな色々なことが好きなんだね」
「愁一君は?」
「俺は……料理かな」
「そうなの……! 今度ご馳走してね」
彼女の儚い笑顔に愁一は頷く。
「もしかして……貴方って悩みがあるのかしら?」
「……どうして?」
「そんな気がするから」
伊鞠はベンチに腰掛け隣に座るよう愁一に促した。
「女の子のことが分からないんだ」
「それはどんな人?」
愁一はざっくりケイのことを話す。もちろん悪霊や魂送師や狩師については除いた。
「俺のせいでケイさんが力を出せない……」
「それは違うわ」
「……え?」
「彼女はきっと自分の力で愁一君の助けになりたいのよ。プライドの問題じゃないと思うけど」
「プライド……」
「そうよ。もっと会話しなきゃ」
「会話……」
「何でもいいの。怒られてもいいの。愁一君はケイさんとどういう関係になりたいの? 友達? 恋人?」
「こ……いや!?」
「とにかく話さなきゃ始まらないわ」
「ありがとう……でも、どうしていつも君は俺を助けてくれるの?」
「どうしてだと思う?」
「……分からないや」
「ともかく人に対して知りたいことがあるなら話さなきゃ」
「……君に対しても?」
愁一の問に伊鞠は微笑んだ。
「そうね。……でも、貴方って本当に気が付かないのね」
「……え?」
風に藤の花が靡く。
「私は幽霊よ」
「……面白い冗談だね」
「冗談じゃないわ。私はあの席に座っているけど誰も見えない。試してみると良いわ。私が体育の授業に出席している所、見たことある?」
「ないけど、それは……」
「君以外と誰か会話している所、見たことある?」
「でも、どうして……物を持ったり出来るの?」
「それは私の霊力が強いから。ポルターガイスト」
愁一はもう一度、伊鞠を見た。とても霊には見えない。
「本当に……」
「そう。このままだと私の霊力が増えすぎてA級を越えてしまう。そうなると……上杉に見つかって魂送されるわ。今はB級だから見逃されているの」
「どうして……君は天国に行きたくないの?」
「それは後で教えてあげる。でも今は私の霊力を貰って欲しいの。私が悪霊にならないように」
伊鞠は掌から青い色の飴のような光を出した。
愁一はその光を受け取った。
「貴方は私を狩らないの?」
「だって、とても悪いことをしているようには見えないよ」
そんな霊を狩ってしまっていいのだろうか。
「……悪いことはしない。霊力を分けてあげる。だから、もう少しだけ貴方の側に置いて。探してるの。刀飾を」
「とかざり?」
「頭のおかしい宗教団体よ。後で教えてあげる。今は時期じゃないわ」
「……分かった」
愁一は彼女の言葉を信じることにした。最近上がった料理の腕を存分に振るい二人で夕食を食べながらもっとケイと会話しなければならない。
記憶がないのだから、もっと己を知らなければいけないのだ。
帰宅するとケイは制服から私服に着替えて居間で何か真剣に縫っていた。
愁一は正面に座ってそれを眺める。
「何を作っているの?」
「獅子、ライオンです」
と、出来が途中の小さなぬいぐるみを見せてくれた。
確かにデフォルメされたライオンだ。
「上手だね」
「まぁ、この程度は。完成したら差し上げます」
「え!? いいの?」
「あの、長刀の包みのストラップです」
「そうなんだ」
愁一は嬉しくなった。
しかし卓上にはもう一匹黒い鳥のカラスがいた。
「これは?」
「上杉に。世話になっている様なので」
やはりバレていた。カラスはフェルトで出来たクリップになっている。
「そうだね」
愁一は頷いた。ここで謝るのは違う気がしたのだ。
「……私から上杉に乗り換えようとは思わないのですか?」
「思わない。俺は……俺なりに今の生活が気に入っているから」
「私がポンコツで使えなくても?」
「でもケイさんは俺が色々な人と会っても、色々なことをしても怒らない。すごく助かってるよ」
「貴方は記憶喪失ですから。色々な経験をした方がいいと思いました。例え上杉の力を借りても」
「ありがとう」
愁一はそのストラップを受け取った。
その夜は穏やかな夜だった。
伊鞠から貰った霊力は強く良く体に馴染む。
これで、しばらく昼間の眠気はもう大丈夫だろう。
風呂に入りにながら月を眺めて思う。
何故、自分には記憶がないのだろうと今更なことを思った。
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