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第七章 Lunar Eclipse
接触 食甚
しおりを挟むその日は比較的穏やかな一日だった。
探偵事務所と言えば聞こえはいいが、つまりは何でも屋だ。
弁護士と民間との中間の仕事が主で、主任である、探偵を名乗る女性はテレサ・ライセと言う。偽名かもしれない。
小さな会社はほどほどに古く、装飾品も古い。ぼろぼろ、の意味でだ。
そんなディスクに座る彼女は美しい金髪をおかっぱにして、更にはブルーアイズに泣き黒子の美人だが、美人女社長というのはほとんど変り者が多い。彼女も当然、該当する。
服装は黒い女性用ブラックスーツに所々レースがあしらわれた一品だ。
ユリウスも一応正装だが、シャツに深緑のベスト、ネクタイが彼の仕事着だ。
「ユーリー。仕事よ。今度は鐘ですって」
何もない時は傍らに立つ秘書、ユリウス・クリストフォンスはまたか、と頭痛になりそうな額を押さえた。
「鐘、ですって? どこのですか?」
「L.Eのオフィスビルにある鐘」
「……正気ですか!?」
テレサはユリウスに予告状をスライドして渡す。受け取ったユリウスは一通り確認してため息を吐いた。
「いつも正気ではないでしょう。あのビルがどんな場所か、ちょっと詳しい人なら分かるでしょう」
「多方面で最も安全で危ないビルだと有名なあの会社の鐘を盗む……」
L.Eは国内でも有名なトップクラスの人材派遣会社だ。
テクノロジーから、技術者まで多岐に渡り、特に個人SPについては金額と条件に応じてランク分けされた人材を選べるらしい。
らしい、というのは、当然、ユリウスは利用したことがない。
探偵事務所の社長秘書、つまり助手だ。拳銃ぐらい扱えるし、射撃の腕前には自信がある。
彼のスラックスのベルトには常に拳銃がセットされていた。
仕事内容が微妙に被り、一時期は倒産にまで追い込まれた会社だ。
テレサはあからさまに嬉しそうにしている。
「さて、あの防弾、射殺ビルからどうやって鐘なんか盗むのかしら。噂では日本のサムライがいるらしいわよ」
「サムライですか? ただの日本人ではなく?」
「さぁ。噂されるぐらいだもの。少なくとも英治ほどではないにしろ有能な人材でしょう」
「どうするのですか? 今回はその会社に任せますか?」
一応、商売仇だが。
「そうね。恩を売っておく、ってのも悪くないわ。向こうからもう依頼書が来てるのよ」
「……早いですね」
「チェックして。問題が無ければサインしておいて」
「了解しました」
ユリウスはテレサからクリアファイルに挟まれた書類数枚を確認する。
書類内容はビルの管理構造と今回の防衛担当の経歴と顔写真だった。
手際が良過ぎて早過ぎる。
ユリウスは手にじんわり嫌な汗をかいた。
その間、テレサはセキルで香を焚いていた。
「どう?」
「噂通り、凄い会社ですね。必要な書類は全て揃っています。確認が必要な場合は現場監督と協力するようにと。今分かるのはその現場監督ぐらいです」
そう言ってユリウスはテレサに一枚の書類を渡す。
「あら、中々の美人じゃない。英治と違って優顔ね。しかもユーリーと同じ歳」
「はい」
「悔しいから、こっちもユーリーの経歴と写真を送ってやりましょう」
「お見合いじゃないんですよ!」
「まぁまぁ、面白そうだから会って来てよ。本当にサムライかもしれないわ」
「えぇ……そんな理由で……英治に相談しないんですか?」
「しても良いけど、同じ日本人だからって性格も同じとは限らないわ。現に顔も違うじゃない。英治は切れ目のハンサムだけど、この子は少し面長の優顔よ」
テレサは完全に傍観者の立場でいる気だ。
英治とは上杉英治という日本人で以前、この事務所で少しバイトしていた日本人だ。
バイト、と言っても彼は警察学校に通いながら、海外留学をして、絵画修復のアルバイトをしているような変わった学生だ。
英語とフランス語が堪能で美術品の歴史に詳しく、テレサも随分気に入っていた。
そのまま就職すればいい、と何度か勧誘したが、家が警察一家で警官にならなければいけないそうだ。
夏や、長期休暇になると今でも時々手伝いに来てくれる。
「気になるなら連絡してみなさいよ」
「そうしてみます」
ユリウスは何故か、この書類の写真を見た瞬間、妙に心がざわついた。
普通ではないオーラを感じるのだ。
しかし、連絡しようとしたら向こうから連絡が着た。
また、受話器から嫌な予感がする。
『近々結婚するんで、今度そっちに戻りますね』
「へ、……はい!?」
相変わらず、彼は端的で少しも愛想がない。そんな彼が結婚?
『あれ、言ってませんでしたっけ? フランス人の恋人がいるので』
そう。彼は地元では有名なフランス領の小さな国の王女と交際していた。だから、学生でもあんなにバイトをしているのか。
「知ってますけど、結婚するんですか?」
『します。どうせ警察官になったらそれどころじゃねぇし』
英治は変わらない。相変わらず、サクサクしている。
「そうですか……そちらは忙しそうですね」
『そうでもないですよ。所で、何かご用ですか?』
そして察しがいい。
「……いえ、いい加減、あの女王にも危ない遊びを止めて欲しいと心から思います」
『……はぁ、またか』
「はい。またです」
彼らは深くため息を吐いた。
『今度は何を盗もうって?』
「一度、外壁はご覧になりましたよね? L.Eと呼ばれるSPの派遣会社にある大きな鐘だそうです」
『何だって!?』
「正気とは思えません」
『前みたいに、事前に説得とか出来ないんすか?』
「可能であればそうしますが、さすがにもう大事になっています。かなり難しいでしょう」
『一国の王女の趣味が怪盗だなんて笑えないな』
「全く」
この辺で、灰猫という通り名で活動している泥棒の正体はこの近くにある小さな浮島の亡国の王女だ。第一王女、マリリン・セグシオン・フォンベルン。ユリウスは元々、その国民なのでその事実を知っているが、テレサは知らない……だろうと思う。
そして英治の恋人はその国の第二王女なのだ。だから彼は秘密を知っている。
『即射殺されても文句言えませんよ』
「そうならないよう、一応向こうの人に会おうと思いまして」
『……へぇ。会えるんすか?』
「ええ、まぁ。現場主任という方ですが、どういった方なのか分かりません。名前も少し珍しいですし」
『……珍しい?』
「シュウイチ・シドウという方です。名前は普通ですが、見たことのない漢字で……」
『何だって!?』
英治の驚いた声にユリウスも驚く。
「日本では有名な方ですか?」
『……有名っていうか……ヤバいっていうか……ともかく、一度女王に連絡した方がいい。死ぬぞ』
「分かりました」
ユリウスは頷いた。英治がそこまで言うのであれば、それなりに危険な人物なのだろう。さすが、世界屈指のSP会社だ。
『……そうか。獅道先輩はそんな所に』
「知り合いですか?」
『ええ、まぁ。ですが……簡単に会えるような関係ではありません。一応、変わりなければ悪い人ではないのでいつものクリストフォンスさんなら大丈夫だと思います』
「分かりました。ありがとうございます」
ユリウスは通話を終える。
何故、あんなに大きな鐘を盗むのか。
ユリウスはいよいよ頭が痛くなりそうだった。
そもそも、テレサに内密にしてその泥棒と裏取引しているというのも決まりが悪い。
そうする他、無かったのだ。
一応、王女だし、ユリウスには個人的にマリリン・セグシオン・フォンベルンに借りがあった。
元々、売られ奴隷の城勤めだったユリウスを使用人にまで仕込んだのはマリリンだ。
礼儀作法、仕事の仕方、勉学全て。
「それで、どうだったの?」
テレサに後ろから声をかけられ、ユリウスはハッとする。
「あっ、はい。どうやら知り合いのようでした」
「あら、そうなの。何だか、面倒になって来たから今回は貴方に任せようかしら」
「……え?」
その言葉にユリウスの顔が強張る。
やはり、彼女は知っているのだろうか。
そうなればもうユリウスはここで働くことは出来ない。
普段のように硬い表情のユリウスの頬をテレサは軽く指で持ち上げた。
「貴方を信用してよ」
「……はい」
「だから、いっつも表情硬いのよ! ちょっとは笑顔でも見せなさい」
「……努力します」
それまで、ユリウスは女王と何らかの意志疎通をすべきか思案していたがそんな考えは一気に吹っ飛んだ。
ゴーン、ゴーン、と鐘が鳴る。
ユリウスは顔を上げて愁一を見た。
「この鐘ですか?」
「そう。この鐘だよ。ざっと説明したけど、一応、普通にここまで来るにはこのピンバッジの身分証明か先程、君がしたように入り口の本人確認の検査をするか、入り口にいる元軍人のスキンヘッドの受付を殺してここまで来るか、いずれにしても不可能だと思うんだ」
聞いていませんでした、等と言える訳はないが、さらりと聞いただけでユリウスは苦虫を潰したような顔をする。
「まぁ、凄い爆薬とか科学薬品とか、……空からなら行けるかもね」
「空から来るでしょうね」
愁一の言葉にユリウスは即答した。
彼女は泥棒であってテロリストではない。人は殺さないし、金持ちの娯楽品が大好きだ。
「しかし、分からないなぁ。なんでこんな大きな鐘が欲しいのかな。融かして金にするにも面倒だし他にもっと簡単な物がある。聞いた感じ、お金に困っているタイプの泥棒じゃないようだし」
愁一は書類を捲りながら、ボールペンの頭を顎でカチリと押して唸った。
全く、その通りだ。
「全くです」
「まさか、スリルを求めて、なんて話だったら事前に病院に行くことを進めるよ。命を粗末にしてまで得る物じゃない」
爪の垢を煎じて飲ませたいとユリウスは切に思った。
この際、どうなっても自業自得だが死なれると面倒で本当に困るのだ。
盗んだ金持ちの娯楽品を金に換金して市民に寄付していたりするので世間的には人気のある怪盗(自称)だ。
決して、アニメに登場するようなプロフェッショナルでもないし、特殊な機械や技術もない。確かに、彼女は色々な乗り物に乗れるが、あの鐘を運ぶとなると無理がある。
そこまで考えて、ユリウスは思い至ったことを愁一に尋ねた。
「例えば、ドローンのような小型機を夜に飛ばしたら侵入は可能ですか?」
「さすが、噂の探偵事務所。良い所に気が付くね。可能か、可能じゃないかと言われれば可能だよ。正し、危険物と金属製は駄目だけど」
彼は指をパチン、と鳴らしながら答えた。
鐘のある部分は完全に柱になっていて、そこだけは外と面していた。だから空からなら可能かもしれないのだ。
「……では、例えば、金属製ではない小型機に特殊な機能を付けて鐘の音を消したとします」
「消したとしよう」
「そうなった時、音を盗んだ、イコール鐘を盗んだ、と言って来たらどうなりますか?」
「面白いこと考えるなぁ。でもね、今、その小型機を発見出来る人に警備を頼もうと思って」
「……え? そんな人がいるんですか?」
ユリウスは英治以外にそんなことが出来る人がいるなんて知らなかった。もしかして、英治は愁一を知っているのだから、愁一も英治を知っているのか、と考えたが違っていた。
「いるよ。その子は弓道の名手で夜目が利くんだ。射撃で死なれたら駄目だって言われたから、弓矢ならまぁ、最悪落ちても死なない……かな」
「……矢? ……弓矢で?」
「そうだよ。君、日本の弓道見たことあるの?」
ユリウスは首を振った。
愁一は思い出したようにスマートフォンを取り出してユリウスに画像を見せてくれた。
本物の弓と矢で射ぬかれた木の的が綺麗に割れている。
その後にもう一本矢が放たれ、その矢は的の壁に刺さった。
弓を持つ位置、矢、的、壁の刺さった矢は全て一直線。同じ位置だ。
「……excellent。二本目の矢まで直線です」
「君、そこまで見えるの? 目がいいんだね」
何故か愁一に感心されたが、矢を放った男性は若く見えた。少なくともユリウスより年下だ。とはいえ、日本人の外見年齢なんて分からないのだが。
「彼なら夜のドローンでも時計塔の危険範囲なら落とせると思うよ」
「……そうでしょうね」
ユリウスの考えている以上に、ここは危険な場所だ。
愁一も普通そうに見えるが、椅子の近くに長い紫色の袋に包まれた武器がある。
それに隙が全くない。
それが刀だったら、彼が噂のサムライだ。
いよいよ、面倒になってユリウスは頭を抱えたくなった。
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