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第九章 The Reverse Month
第四夜 否
しおりを挟む久しぶりの俺がいた世界での生活に気はすっかり緩んでしまった。仕方ない、にしてもここでの生活は平穏過ぎる。
一応は悪霊やら何やらが出るには出るがそれを狩るのは愁一の仕事で俺のやるべきことではない。
様子を見るに愁一は全盛期というやつらしく己の力を巧みに使っていた。
その愁一は夜中、毎晩の恒例の縁側で何者かと通信している。
「……そう。もうそこまで分かったんだ……」
「分かった?」
愁一は通信を終えて俺と向き合う。
「悪魔公爵さんの居場所が分かったよ」
「……何!! なら、狩りに……」
「……よしなよ。体。まだ万全じゃないでしょう?」
「そうだが……」
俺の肩を叩いて愁一は立つ。
着流しの袴が靡く。月明かりに光る黒髪。真紅の瞳。まるで日本を凝縮したような男だ。
ずっと異世界にいた俺でも心がけざわつく。
「その悪魔公爵さんのおかげで色々分かったよ。どうやらこっちの世界がピンチらしい」
「……どういう意味だ?」
「この世界の透明な壁、結界のようなものが一部壊れている可能性がある。だから悪魔公爵さんも君もこの世界に来られたんだ」
「悪魔公爵……の力じゃないのか」
愁一はゆっくり首肯く。
「しかし、もう君だけでは倒すことは不可能だよ。悪魔公爵さんはこの辺の悪魔やら何やらを手下に従えて搾取している」
「……何だって!? そこまで分かっているのなら、何故俺に言わない!!」
胸ぐらを掴んで引っ張ると真紅の瞳は俺を見下す。
「君の力が戻るまで待ってたんじゃないか」
「……っ」
「ともかく、今回はね。俺だけの力じゃ無理だ」
「無理なのか?」
「少なくとも。悪魔公爵さんには何かあるね。この世界に来て、これだけの巣を作れるのだから。それに彼は君の敵でしょう?」
その言葉に固まる。
「何、今更『転生者の勇者』を辞めたくなった?」
「そんな訳、ないだろう!!」
そして叫ぶ。俺はこんなことしか出来ない。
違う。
他の世界なら。あの世界なら。
俺はもっと活躍していた。
俺の力は皆に尊敬され、勲章を与えられていた。
俺の拳は無気力に畳の上に沈む。
「安心して。この世界でもちゃんと君の役割はあるよ」
愁一はそっと俺の拳の上に己の手を重ねる。大きく、ごつごつした手だった。所々胝があり、皮膚は厚い。
「……愁一……馬鹿だよな。俺は、今更自分のいた世界を否定している。どんなに見繕っても、どれだけ虚勢を張っても逃げたのと同じだ! 俺はこの世界から。死から。逃げたんだ!!」
「落ち着いて。この世界は君のいた世界じゃないんだから」
彼は優しく言う。愁一は優しい。例えどんな敵でも容赦なく立ち向かおうが。異端者を瞬殺しようが愁一は愁一だった。
そんな時、玄関から音がした。英治だろうか、と思ったら違っていた。愁一は音だけで立ち上がる。
「月臣君だ!」
「……え?」
「大丈夫。来るって約束してたんだ」
そうして出迎えられたのはまた圧倒的な力を持った青年だった。簡易的なスーツだったが、その大きな海色の瞳と月色の髪。更にただ者ではないオーラが滲み出ている。
「……なるほど。思ったより普通だな」
「って、第一印象それかい!!」
俺は思わず突っ込む。その男は堂々と屋敷に入った。
「当然だ。異世界人と聞いていたからもっと……こう。あるだろう?」
否定は出来ない。今の俺に異世界からの転移者なんて風格ゼロだ。
愁一はその男を玄関から居間に通して言った。
「彼は一ノ宮月臣君。普段は俺の屋敷を管理してくれるんだ。お礼に今日は晩御飯にご招待しようと思って」
「だから今日はやたら凝った夕食なのか」
俺は納得した。
しかし、量が多くないか? 三人分と考えても。天ぷらを中心に豚汁、サイドメニュー。相変わらずいい塩梅で料理を作るが、やはり少し多い気がした。
居間の机。目の前に座る青年は圧倒的なオーラのせいで忘れていたが、小柄だし、更に腰は細い。
久しぶりだから張り切っているのだろうか、と思っていたら夕食を準備中の愁一にこっそり耳打ちされる。
『いい? 彼に向かって可愛い! とか、細い! とか小さい!! なんて言ったら駄目だからね! あくまでも、普通に接するんだよ。彼、見た目通りのキャラじゃないよ。会話すれば分かるけど』
その言葉に俺はただ頷いた。
真っ直ぐ、海色の瞳が俺に向けられる。意思の強そうな目だ。
「それで? 勝算は?」
「な、なんとか……」
とん、と食卓に副菜が並ぶ。これは肉じゃが。今日は全体的に和風だ。
「それは結構」
そう言って一ノ宮月臣という青年は日本人らしい所作でお茶を一服した。
「仕事帰りですか?」
「ああ。学校の先生というのは予想以上に疲れるな」
「教師!?」
「その通り」
俺は思い出した。
学校にいい思い出はない。
俺はちょっとした理由で避けられ、苛められ、常に一人だった。教師も、誰も助けてはくれなかった。
「それで? 異世界に逃げたのか?」
「……え?」
愁一は最後のおかずと箸を食卓に置き、月臣の隣に座る。
「いい忘れてたけど、彼は月の使者だよ。異世界とか、異世界人なら彼の方が詳しいんじゃないかな?」
「知識としてはな」
「……月の使者」
月臣は人と会話する時、一々一回口に含んだ食べ物を咀嚼して飲み込んでから再び口を開く。その様子さえ見ていれば分かるがとても美しい所作だ。
「更に。俺は悩める生徒の相談なら得意だぞ。進路相談となれば尚更」
「進路……相談?」
「似たようなものだろう? 異世界人よ」
そして小さな口を大きく開き、海老天を豪快に頬ばる。
「……っあち!」
「大丈夫っすか? そんながっつくから」
俺は思わず手付かずだった自分の茶を差し出す。その温くなった茶を月臣は一気に飲み干した。
「悪い、悪い。手作りの天ぷらなんて久しぶりでつい」
「相変わらず良く食べるね。作った方も嬉しいよ」
にこにこと笑顔で愁一はご飯を食べていた。どうやら、この二人は仲が良いらしい。お互いに遠慮はしているが変に気を使っている様子もない。
「で? 聞いてやろう。異世界人よ。貴殿の悩みは何だ?」
「……悩み、そんな……」
「いいや。あるね。貴殿は知った。逃げていた貴殿の事実の側面を知った。それは貴殿の持っていた希望や、望みとは相反するものだ。当然だ。側面、とはそういうことだ。表があるから裏がある。貴殿の転移も当然」
彼は肉じゃがの莢豌豆を箸で摘まみながら俺を見つめる。
なんというか目力が凄い。
反論する暇もない真実の矢にぶち抜かれる感覚。
「お、……俺は……」
「貴殿は自分を転移した者に対して疑惑を抱いている」
言い淀む俺の代わりにきっぱりと言った。その言葉に俺は言葉をつぐむ。
その間に月臣は黙々と肉じゃがを食べていた。
「認めなければ何も始まらないぞ」
またグサリと追い討ちのように刺される。
「俺は思うけど。転生転移ってさ。必ずしも良いことばかりじゃないよね。だってどこに飛ばされるか分からないじゃん。良いところ、だったらそりゃあ、良いけど。じゃあ何で転生なんてしたんだ、って話だよねぇ」
愁一は無くなった俺の茶碗に新しいお茶を注ぐ。
俺は立ちあがり叫んだ。
「……ああ!! そうだよ! 疑問、疑惑、不振だらけさ!! 何故、俺はこんなことをしているんだ! 何故、俺は知らない世界の魔王なんかと戦っているんだ!! そもそも、何で、異世界転生なんて……」
「君がマトモな感覚の持ち主で安心したよ」
「俺は……」
「俺は貴殿のして来たことが無駄だったとは思わないが」
「……え?」
「ただ、知るべきだ。何故、己は異世界人になったのか。その理由も知らず。ただ相手の思うまま。それで良いのか?」
「良い訳ない!! 確かに、俺は異世界に転生することを選べなかった。けど、この力も。今までの自分の行動も。選んだのは俺だ!!」
「そう。その意気だ」
「……え」
「その心意気なら大丈夫だよ。どんな敵でも真実でも。君なら受け止められる」
穏やかに愁一は言う。
「最初は正直、どうしたものかと思ったよ。この世界にないものを持った異世界人。だから好き勝手やられたら俺は君を斬っていた」
やはりこいつ。俺を泊める、と優しい笑顔で言っておきながら俺を監視していたのだろう……怖っ。
「君はいい人だね」
それだけの言葉だった。
特に含みもない。綺麗な笑顔で言われた一言。それなのに、何故か俺は自然と涙が頬を伝った。
「いい、人……」
「そうだよ。異世界人でも、転移者でも、血は赤い。君の中身は人でしょう?」
「俺は……まだ……人だったのか」
俺は食卓の上に崩れる。
「貴殿はこのまま、勇者。救世主。人で無くなるのか?まだ選べるだろう。例えこの世界の貴殿の敵を倒したとしても貴殿の戦いは終わらない。それでいいのか? 良く考えることだ」
そして気が付いたら食卓のおかずが全て無くなっていた。
「……え?」
「ごちそうさま」
「本当、良く食べるね。もっと食べる?」
「いいや。満足だ」
つまり、この小柄な男がほとんど食べた、ということだ。それであの量なのか。俺は箸の持つ手が震えた。
「良く考えることだ。君は何を成し。何であるのか」
「何であるのか……」
食事を終え、月臣は立ち上がる。
「顛末は近い。悪魔公爵とやらの位置は既に特定済みだ。後は被害を出さないための結界を今、鏡一狼が淡々と作っている」
俺は目を見開く。知らない間にそこまで進んでいたのか。
「俺は貴殿にこちらの策を伝えに来た。まず、先に君が好きに突っ込むといい」
「えぇええ!?!」
「そして好きに悪魔公爵とやらと戦うがいい。その間に我々は愁一を送り込み、結界を作動させる。後は好きにするんだな」
「ちょ、……ま……」
「愁一なら信用に足るだろう。不満か?」
「……いえ」
「時は近い。座して待て」
まるで預言者のような言葉を残して月の使者は去って行った。
俺のイメージしていた先生、とは全く違っていた。話はちゃんと聞いてくれる。言葉数は少ないけれど的確なアドバイス。確かに彼は教師として優れた人格をしている。
学校でも人気があるんだろうな、と思う。
「つまり……どういう」
「我々は君を信用するよ、ってことだよ。悪魔さんの居場所を教えるよ。君のタイミングで好きにやるといい」
愁一はそれだけ言って食卓を片付けていた。
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