67 / 90
第九章 The Reverse Month
第五夜 罘
しおりを挟む言われた通り、俺はその場所に立っていた。
指定された場所はただのオフィスビルの上だ。
確かにこのビルはギリギリ悪魔公爵の索敵範囲に入らず、尚且つ相手の巣の場所が分かる。
俺は俺の心臓、体の一部である十字架の剣を握る。
出来るなら、愁一の力も誰の力も借りず一人で倒したかった。
けれど、その醜悪な巣はこの世界の浄化されるべき魂を搾取し強大化している。
以前の俺なら、無防備に突っ込んでいた。
でも今は違う。
この世界にはこの世界の住人がいる。この世界を守る人々がいる。
愁一がいる。
俺は一人ではない。
それがこんなにも、鬱陶しくなく、むしろ心強いことが今までにあっただろうか。
俺に出来ることはある。俺は異世界人だ。この世界にとって必要のない存在。それなのに彼らは俺の存在を否定しなかった。
自分を神と宣う連中が勝手に俺を転生し、勝手に武器を与え、勝手に勇者にした連中とは大違いだ。
そこに俺の選択権はなく。ああは言ったが俺の意思なんて自分の元いた世界から逃げたい、という陳腐なものだった。
死ねば異世界に転生出来るかも。
そんな安易なことを考えること事態が間違っていたのだ。
夜の町は俺が元々いた世界に良く似ていた。けれど別の世界。正しい管理者に守られた世界。死ねば魂になり、裁定を受け、地獄か天国に行き、そして時間をかけてゆっくり転生し新たな生命として祝福される世界。俺は純粋にこの世界を守りたかった。
救済、救い、希望、そんな大それたことではない。
ただの一人として、この醜い巣を滅したいと思った。
「そう。俺は俺だ」
心酔しかけていた。勇者。救世主。冒険者。そんな称号にいい気になっていた。実際はただの人なのに。
俺は剣を構え、一気に、廃墟に広がる円形の巣に突っ込んだ。途中、見えた小さな星形の光る場所を幾つか踏む。
「やぁあああああ!!!」
そのまま剣を巣に突き刺した。
黒い球体が蠢く。
『来るとは思ったが、随分遅いご登場で』
中の悪魔公爵が蠢いた。
しかし、剣は刺さっている。
「お前が動くまで待っていたのさ!」
『ほう。馬鹿正直に突っ込んで来るお前にしては姑息な手段だ』
ぐるぐる、ぎゅるぎゅる。闇が凝縮される。
そこに立っていたのは一人の男だったのだ。
長い黒髪。窶れた顔。黒いコート。俺が知る、悪魔公爵が廃墟ビルの上に立っていた。
多くの悪霊、魑魅魍魎を従えて。
俺は構わず、いつも通り斬り込む。しかし、斬ったのはこの世界の悪霊、魂だった。
「外道!!」
『どうやら力は戻ったようだな。しかし? それでは私は倒せない』
悪魔公爵の声は雑音が酷く、掠れ、聞き取り難い。しかしその男が両手を広げると悪霊が蠢く渦のように集まった。
混沌。
そう呼ぶのに相応しい。
俺の剣を持つ手は震える。
悪魔公爵の力だけなら対応出来る。けれどこの世界の魂にまで干渉する権利なんてない。そこまですればこの地上の管理者、上杉の負担になるだけだ。
愁一が守りたいのは上杉だ。
「それがお前の狙いか!」
『狙い、まぁ必然的にそうなったのさ』
悪魔公爵は俺にどんどん、悪霊をぶつけて来る。俺は何も出来ない。
『律儀なことだ。こんな関係ない世界を守ってどうなる?』
「……黙れぇえ!!」
それでも俺はソイツに向けて剣を振るう。
俺を『俺』として認めてくれた世界。俺を『人』として認めてくれた世界。
力でもない。勲章でもない。一人と一人との関わりだけで。
『無駄だ』
悪魔公爵は俺の剣を掴む。
「……なっ」
『無駄だと分からないアホ勇者よ。その真実。教えてやろう』
「なっ……!!」
混沌に俺は包まれる。
『わざわざ、俺の巣にようこそ。愚か者よ』
そこはただの闇だった。暗闇と呼ぶには混沌としていた。
俺は肩を揺らしながら荒い呼吸をする。
「お前はこれで、俺に勝てると思っているのか!!」
十字架の剣が光る。
この剣に闇は効かない。闇に対する光の剣。それがこの剣だ。
『ああ。勝てるとも。何故なら、お前は罠に掛かったウサギだ』
「……黙れ!」
『その意思。へし折ってやろう。勇者よ』
「……っ!!」
闇が濃くなる。深くなる。もうここが何処なのかも分からないほどに。
剣は悪魔公爵の真横を掠り、暗闇に刺さる。
剣を引っ張っても抜けない。それどころか、折れて刃が転がった。
動けない。
「しまっ……」
『愚かだ。貴様は本当に愚かだ。何故、分からない』
「……何を」
それでも俺は殺気を悪魔公爵に向ける。
『お前は私の為に用意された舞台装置だ』
「……は?」
『正確には魔王の為に用意された舞台装置、と言った方が正しい』
「舞台装置……だと」
『何故、気が付かない。魔王がいれば勇者がいる。勇者がいれば魔王がいる。これ世界の必然なり』
「何を……言って……」
『お前と私を転生召還した者は同じ連中だ』
「……え……」
俺は何も言えなかった。
ただ、驚くだけだった。
『お前がオレを倒せばお前も消える。これが真実だ。オレが生き残れば新しい勇者が生まれる。死ねば新しい敵と勇者が生まれる。そう。堂々巡りなのさ!!』
悪魔の笑い声が闇に響いた。
「なんの、為に……」
『そんなことも分からないのか、ウサギよ。そんなの世界を手中に納める為だ。悪魔、魔王、勇者。好き勝手にやらせて結局、全てを手に入れるのはあの連中さ』
「そんなことの……」
『さあ。これでお前はオレを殺せまい。魔王を殺せまい。オレが死ねばお前は用済みなのさ』
下品な笑い声が響く。
『こうして関係のない世界に逃げた方がよっぽど賢いだろう?』
これが悪魔公爵の奥の手。
こんな話を信じるのか、そう問われると、信じるしかないのだ。
思えば、あの連中。本当に好き勝手に俺を異世界に転生した。自分を神だと名乗り、都合のいい武器を与え、力を与え。
俺は搾取されていただけだったのだ。
『絶望とは非常に美味。ついでにもう一つ教えてやろう。その剣。その剣はお前の魂だ』
「……は?」
『お前は最早、ただの肉人形。転移するだけなら簡単だ。更に魂を物質化してしまえば転生も簡単だ。お前は勇者でも救世主でもない。ただの道具だ!!』
悪魔は俺を指差し笑う。
最早、俺は人ですらなかった。
ちゃんちゃら可笑しい話だ。
『おお、可哀想に。可哀想な道具よ。今ならお前を配下にしてやってもいいぞ。あの連中を倒す道具にしてやってもいいぞ』
悪魔はニィッと笑う。
ああ、それも良いかもしれない。
俺はもう自分が何者かも分からなくなってしまった。
魂の脱け殻のように。本当に俺はただの道具だったのだ。
しかし、あの時。
畳の上に置かれた手の温もりを俺は思い出す。
彼らの言葉を思い出す。
それは俺にとって一筋の光だった。
俺は俺であり、何を成し。何になるのか。
重要なのはそれだけだ。
今がどうであれ。俺は今、ここにいる。俺のして来たことは無駄ではない。例え道具であっても。
「違う」
『……何?』
「その生き方は俺じゃない!」
『馬鹿な! ただの物が何を言う!!』
「ただの物でも持ち主は選べる!!」
俺は折れた剣を掲げる。そして目一杯の光を放った。
『それは自殺行為だと何故気が付かない!!』
それでも俺は成さねばならない。
「愁一ー!!」
そして叫ぶ。
周囲に散らばる星形の光が点滅して闇が晴れる。そこは真っ白な結界の中だった。
『なっ……』
「そう。君のして来たことは何一つ無駄じゃないよ」
そして目の前には侍が立っていた。俺なんかより、数倍強い殺気に満ちた侍が。
悪魔はその侍を見定める。
『ほう。殺せるのか? 我々を? この世界の英雄よ』
「悪魔らしい悪魔がいたものだ」
愁一の声は今まで聞いた中で最も冷たく、冷酷なものだった。
「我、英雄にあらず。勇者にあらず。救世主にあらず。魔にあらず。ただ、断罪する刃なり」
彼はゆっくり刀を抜く。
そう。愁一は分かっているのだ。
己を。自分のすべきことを。
0
あなたにおすすめの小説
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
裏切りの代償
中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。
尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。
取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。
自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
幽縁ノ季楼守
儚方ノ堂
キャラ文芸
「季楼庵当主の代理を務めてもらう」
幼少期、神隠しにあった過去を待つ青年ユメビシ。
迷い込んだ先で、事件に巻き込まれ両手を失い、生死を彷徨うことに。
ただ「死にたくない」と望んだ願いは、ある故人の手を移植することで実現した。
これを境に不死の体質へと変貌したユメビシは、約70年の時を経て、因縁の土地『瞑之島(みんのとう)』へ帰還する。
しかし、どうして今自分がここにいるのか、その理由となる記憶がすっぽり抜け落ちた状態で……。
奇妙な忘却に焦りを抱えながら、手がかりを求め探索するさなか、島の中枢を担う組織『季楼庵(きろうあん)』の面々と関わりを持ち、次々と巻き起こる騒動に身を投じていくのだった。
現代において、人と人ならざる者が共存する瞑之島を舞台に、半ば強制的に当主代理に据えられたユメビシの非日常。
異色の現代ファンタジー✖️和風奇譚✖️ミステリー
様々な思惑が交錯する中、彼の帰還を以て、物語は一つの結末へ動き出す。
その約束は、何十年何百年経ち、たとえ本人達が覚えていなくとも。
幽かな縁で繋がり続け、決して解けない糸となる。
それを人は、因縁――またの名を『呪い』と呼ぶのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる