輪廻血戦 Golden Blood

kisaragi

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第九章 The Reverse Month

第五夜 罘

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 言われた通り、俺はその場所に立っていた。

 指定された場所はただのオフィスビルの上だ。

 確かにこのビルはギリギリ悪魔公爵の索敵範囲に入らず、尚且つ相手の巣の場所が分かる。

 俺は俺の心臓、体の一部である十字架の剣を握る。

 出来るなら、愁一の力も誰の力も借りず一人で倒したかった。

 けれど、その醜悪な巣はこの世界の浄化されるべき魂を搾取し強大化している。

 以前の俺なら、無防備に突っ込んでいた。

 でも今は違う。

 この世界にはこの世界の住人がいる。この世界を守る人々がいる。

 愁一がいる。

 俺は一人ではない。

 それがこんなにも、鬱陶しくなく、むしろ心強いことが今までにあっただろうか。

 俺に出来ることはある。俺は異世界人だ。この世界にとって必要のない存在。それなのに彼らは俺の存在を否定しなかった。

 自分を神と宣う連中が勝手に俺を転生し、勝手に武器を与え、勝手に勇者にした連中とは大違いだ。

 そこに俺の選択権はなく。ああは言ったが俺の意思なんて自分の元いた世界から逃げたい、という陳腐なものだった。

 死ねば異世界に転生出来るかも。

 そんな安易なことを考えること事態が間違っていたのだ。

 夜の町は俺が元々いた世界に良く似ていた。けれど別の世界。正しい管理者に守られた世界。死ねば魂になり、裁定を受け、地獄か天国に行き、そして時間をかけてゆっくり転生し新たな生命として祝福される世界。俺は純粋にこの世界を守りたかった。

 救済、救い、希望、そんな大それたことではない。

 ただの一人として、この醜い巣を滅したいと思った。

「そう。俺は俺だ」

 心酔しかけていた。勇者。救世主。冒険者。そんな称号にいい気になっていた。実際はただの人なのに。

 俺は剣を構え、一気に、廃墟に広がる円形の巣に突っ込んだ。途中、見えた小さな星形の光る場所を幾つか踏む。

「やぁあああああ!!!」

 そのまま剣を巣に突き刺した。
 黒い球体が蠢く。

『来るとは思ったが、随分遅いご登場で』

 中の悪魔公爵が蠢いた。
 しかし、剣は刺さっている。

「お前が動くまで待っていたのさ!」
『ほう。馬鹿正直に突っ込んで来るお前にしては姑息な手段だ』

 ぐるぐる、ぎゅるぎゅる。闇が凝縮される。

 そこに立っていたのは一人の男だったのだ。

 長い黒髪。窶れた顔。黒いコート。俺が知る、悪魔公爵が廃墟ビルの上に立っていた。

 多くの悪霊、魑魅魍魎を従えて。

 俺は構わず、いつも通り斬り込む。しかし、斬ったのはこの世界の悪霊、魂だった。

「外道!!」
『どうやら力は戻ったようだな。しかし? それでは私は倒せない』

 悪魔公爵の声は雑音が酷く、掠れ、聞き取り難い。しかしその男が両手を広げると悪霊が蠢く渦のように集まった。

 混沌。

 そう呼ぶのに相応しい。
 俺の剣を持つ手は震える。
 悪魔公爵の力だけなら対応出来る。けれどこの世界の魂にまで干渉する権利なんてない。そこまですればこの地上の管理者、上杉の負担になるだけだ。

 愁一が守りたいのは上杉だ。

「それがお前の狙いか!」
『狙い、まぁ必然的にそうなったのさ』

 悪魔公爵は俺にどんどん、悪霊をぶつけて来る。俺は何も出来ない。

『律儀なことだ。こんな関係ない世界を守ってどうなる?』
「……黙れぇえ!!」

 それでも俺はソイツに向けて剣を振るう。

 俺を『俺』として認めてくれた世界。俺を『人』として認めてくれた世界。
 力でもない。勲章でもない。一人と一人との関わりだけで。

『無駄だ』

 悪魔公爵は俺の剣を掴む。

「……なっ」
『無駄だと分からないアホ勇者よ。その真実。教えてやろう』
「なっ……!!」

 混沌に俺は包まれる。

『わざわざ、俺の巣にようこそ。愚か者よ』

 そこはただの闇だった。暗闇と呼ぶには混沌としていた。
 俺は肩を揺らしながら荒い呼吸をする。

「お前はこれで、俺に勝てると思っているのか!!」

 十字架の剣が光る。
 この剣に闇は効かない。闇に対する光の剣。それがこの剣だ。

『ああ。勝てるとも。何故なら、お前は罠に掛かったウサギだ』
「……黙れ!」
『その意思。へし折ってやろう。勇者よ』
「……っ!!」

 闇が濃くなる。深くなる。もうここが何処なのかも分からないほどに。

 剣は悪魔公爵の真横を掠り、暗闇に刺さる。
 剣を引っ張っても抜けない。それどころか、折れて刃が転がった。
 動けない。

「しまっ……」
『愚かだ。貴様は本当に愚かだ。何故、分からない』
「……何を」

 それでも俺は殺気を悪魔公爵に向ける。

『お前は私の為に用意された舞台装置だ』
「……は?」
『正確には魔王の為に用意された舞台装置、と言った方が正しい』
「舞台装置……だと」

『何故、気が付かない。魔王がいれば勇者がいる。勇者がいれば魔王がいる。これ世界の必然なり』
「何を……言って……」

『お前と私を転生召還した者は同じ連中だ』

「……え……」

 俺は何も言えなかった。
 ただ、驚くだけだった。

『お前がオレを倒せばお前も消える。これが真実だ。オレが生き残れば新しい勇者が生まれる。死ねば新しい敵と勇者が生まれる。そう。堂々巡りなのさ!!』

 悪魔の笑い声が闇に響いた。

「なんの、為に……」
『そんなことも分からないのか、ウサギよ。そんなの世界を手中に納める為だ。悪魔、魔王、勇者。好き勝手にやらせて結局、全てを手に入れるのはあの連中さ』
「そんなことの……」
『さあ。これでお前はオレを殺せまい。魔王を殺せまい。オレが死ねばお前は用済みなのさ』

 下品な笑い声が響く。

『こうして関係のない世界に逃げた方がよっぽど賢いだろう?』

 これが悪魔公爵の奥の手。
 こんな話を信じるのか、そう問われると、信じるしかないのだ。
 思えば、あの連中。本当に好き勝手に俺を異世界に転生した。自分を神だと名乗り、都合のいい武器を与え、力を与え。

 俺は搾取されていただけだったのだ。

『絶望とは非常に美味。ついでにもう一つ教えてやろう。その剣。その剣はお前の魂だ』
「……は?」
『お前は最早、ただの肉人形。転移するだけなら簡単だ。更に魂を物質化してしまえば転生も簡単だ。お前は勇者でも救世主でもない。ただの道具だ!!』

 悪魔は俺を指差し笑う。
 最早、俺は人ですらなかった。
 ちゃんちゃら可笑しい話だ。

『おお、可哀想に。可哀想な道具よ。今ならお前を配下にしてやってもいいぞ。あの連中を倒す道具にしてやってもいいぞ』

 悪魔はニィッと笑う。

 ああ、それも良いかもしれない。

 俺はもう自分が何者かも分からなくなってしまった。
 魂の脱け殻のように。本当に俺はただの道具だったのだ。

 しかし、あの時。

 畳の上に置かれた手の温もりを俺は思い出す。

 彼らの言葉を思い出す。

 それは俺にとって一筋の光だった。

 俺は俺であり、何を成し。何になるのか。

 重要なのはそれだけだ。

 今がどうであれ。俺は今、ここにいる。俺のして来たことは無駄ではない。例え道具であっても。

「違う」
『……何?』
「その生き方は俺じゃない!」
『馬鹿な! ただの物が何を言う!!』
「ただの物でも持ち主は選べる!!」

 俺は折れた剣を掲げる。そして目一杯の光を放った。

『それは自殺行為だと何故気が付かない!!』

 それでも俺は成さねばならない。

「愁一ー!!」


 そして叫ぶ。

 周囲に散らばる星形の光が点滅して闇が晴れる。そこは真っ白な結界の中だった。

『なっ……』

「そう。君のして来たことは何一つ無駄じゃないよ」

 そして目の前には侍が立っていた。俺なんかより、数倍強い殺気に満ちた侍が。

 悪魔はその侍を見定める。


『ほう。殺せるのか? 我々を? この世界の英雄よ』
「悪魔らしい悪魔がいたものだ」

 愁一の声は今まで聞いた中で最も冷たく、冷酷なものだった。

「我、英雄にあらず。勇者にあらず。救世主にあらず。魔にあらず。ただ、断罪する刃なり」

 彼はゆっくり刀を抜く。

 そう。愁一は分かっているのだ。
 己を。自分のすべきことを。
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