リアリティ・リライト

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002・この素晴らしき穴に祝福を!(下)

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  *王妃

「うむ! やはり毒ヘビの毒は辛いものだな! 吐き気と目眩と激痛が絶え間なく来るな!!!」
「ホント死ななくて良かったわね。ていうか前にもヘビに噛まれて毒になったことあるの?」
「あるっ!」
「胸を張って言うことか! もっと注意深く進みなさいよ」
 この男とのやりとりもだいぶ慣れてきた。今度は私が前に出て洞窟を進むことにした。
「サイレントソングモードチェンジだ!」
「静かにできるなら最初からしてよ……」
 慣れても気苦労は絶えない。

『あと14』

 背筋がぞっとした。冷たくて悲しい声が耳元で囁かれた。
 すぐ隣に、何かがいた。人から熱を奪うくらい、冷たい何かが……。
「い……いまの……何……?」
「む? ああ! 今のは王妃だが⁉︎」
「いや、王妃って! 私の耳元で何か囁いたけど⁉︎」
「言っただろう、これは追体験だと! 我々は王妃が洞窟に逃げ込み、そこで見たものを見て触れて触ったものを擬似的に触っているのだと!」
「だとしても、すぐ近くに王妃がいた気がしたのよ」
「近くもなにも、最初から近くにいるだろ」
「……………………何が?」
「王妃が」
「……? え? まってどういうこと?」
「君には見えていないのか!」
「いやいやいやいやいやいやいやいやいや、まって。そういう冗談は、今やめて」
「冗談ではない! 我々は洞窟に入り、3人でここを抜けるんだぞ?」
「怖いこと言わないでよ……」
「王妃は我々の声も姿も見えていないから安心しろ!」
「あ、そうなんだ」
「今はな」
「今はって何! どういうことなの⁉︎」
 男は一つの道具を取り出した。
「今はまだ大丈夫。この退魔剤を使えば一度見失う。しかし、時間が経てば、王妃は我々を見つけ、殺しに来るぞ」
「……思い出した」
 白い服の女性。
 ボロボロのドレス、血まみれの口。
 穴が空いた目、怒りと憎しみに満ちた声。
 それが、化け物になってしまった王妃。
「私が洞窟に行くと、化け物に襲われて逃げて、いつの間にか外にいるんだった……」
「この空間は悪夢のように! 誰一人として正確な記憶ではいられないからな!!! 意識を強く持つことだ!!!!!」
「だからアンタは声がでかいのね」
「これは生まれ付きだ!」
「だとしたらあんた冒険者向いてないわよ」

  *洞窟探索

「ところでアナタは王妃が怖くないの? まあ怖いって顔してないけど」
「王妃は怖いぞ! だがもっと怖いものがある!」
「何よそれ」
「宝箱が怖い」
「あー、落語でしょそれ。まんじゅう怖いってヤツ。まんじゅうが食べたいのにまんじゅうが食べれない人がまんじゅう怖いって言ってまんじゅう食べるヤツ。私知ってるわよ」
「はっはっは! 落語ではなく本当に怖いのだよ! お! 噂をすれば! だな!」
 無作法に無造作に、道の途中宝箱が置いてあった。
 飾られて置いてあるのではなく、本当に不自然なほどただ、置かれている。
「じゃあ怖がりなさいよ。宝箱でしょ?」
「恐ろしい……!」
 男はふらふらとした足取りで宝箱に近づき、
 半開きの宝箱を開けた。
「ひゃぁああああああん!」
「え?」
「ヘビだぁあああ!!!!」
 宝箱の中からヘビが飛び出して男の鼻に噛みついた。
「え、嘘でしょ⁉︎」
 ヘビを追払い、回復薬を使って治療した。
「宝箱には三種類ある。今のような半開きの宝箱、鍵のかかってない閉じた宝箱、鍵付きの宝箱だ。だいたいの宝箱は半開きで、中に動物が住んでいる可能性がある」
「運悪く、ヘビが住んでたってわけね」
「気を取り直して次だ! 次の宝箱こそお宝がある!」
「そんな都合よく宝箱があるわけないじゃない」
「いや、200m歩いた。もう洞窟内の悪夢は悪化したのさ」
「何言って……まって、それ何か理由があるの?」
 信じられないことに男は今までにない、小声で言った。
 いいかよく聞け、この洞窟は200mで世界が変わる。今の半開きの宝箱にヘビが出始めるのは200m以上の洞窟からなんだ。
 600mからは最大のお宝、サファイアの装飾品かルビーの装飾品が手に入る可能性がある。
 鍵を見つけたら、600m以降で使え。それ以前の宝箱を開けてもルビーとサファイアの装飾品は出てこない。
 わかったな?
「……わかった。でもこれって、誰に聞かれたくない話しなの? 私とアンタしか、この会話聞いてないでしょう? それとも王妃が聞いてるの?」
「この洞窟はどこにも繋がっていないからこそ! どこにでも繋がり、誰も聞いていないからこそ! 誰かに届いてしまう。油断するなよ!」
「まーた意味深なこと言ってもう……まあ、王妃が近くに居るみたいだし、注意するわ」
「オレ! お前! それ以外! そして超えられない壁の向こう側! という話しを聞いたことはあるか?!」
「ないわ」
「すなわちそれということだ!」
 男は笑いながら洞窟を進み始めた。
 私は意味がわからないまま同じ道を進む。

  *退魔剤ってなんなの?

 男の背中を見ながら洞窟を進み続けているが、少しづつ、少しづつ何かが近づいている気がする。
 誰かがいる、音の反射が短くなってきている。確実に何かが近付いて来ている……。
「っ!」
 吐息が首元にかかった。
 私の真後ろまで、何かが来ている。
 急がないと危険だ。本能がそう叫んでいる。
「も、もう限界! 退魔剤を使いましょう!」
「今252mだ! あと8mはいける!」
「いやもう私が限界!」
 退魔剤をふりかけた。
 一回しか使用できない。中のガス圧によってボトルの中身が一気に噴出する。
「……」
 何かが遠ざかっていったように思えた。
「行った、みたいね」
「まあ行っただろうな!」
「あんな危険を感じながら8mも歩けないわ!」
「別にかまわんよ! ただ、その退魔剤がの正体がわかるか?」
 空になった退魔剤を指さされる。
「え? 退魔剤は退魔剤でしょう?」
 男はふうと息を吐き、予備の中身入りの退魔剤を見せた。
「これは、本当は退魔剤なんかじゃない。本来とは別の使い方をしているんだ!」
「は? 何で? 退魔剤は退魔剤でしょう?」
 男は歩きながら話を始めた。
「皆確かにこれを退魔剤と呼ぶし! 使い方もその使い方であっている! だが、ボトルの形状をよく見てみるといい!!」
「ボトルなんて特に変わったところ無いけど?」
「長いノズルがあるだろう!?」
 言われてみれば、確かに長いノズルが付いている。こんな長いノズルが何で付いているのだろうか、体に吹きかけるだけならこんな長いノズル必要ないはずだ。
「確かに、変ね」
「このノズルはノドの奥に噴出するための長いノズルなのだ!」
「えー? 退魔剤をノドに吹きかけるわけ?」
「我々が退魔剤と呼んでいるのは、ただの喘息の薬なのさ」
「……薬ってことは、王妃は喘息持ちだったってこと?」
「そうだ! 誰もそのことに気付いていないけどな! こうして退魔剤をふりかけると王妃が遠のくのは悪臭だからではなく! 薬を吸って正気に戻るからなんだ! 喘息で苦しくなって気が狂う。亡霊となっても病が付き纏うなんて、地獄のようだろう?」
「そうだったのね……」
 王妃の洞窟で王妃が私たちを襲うのは宝を守るためだとずっと思っていた。
 喘息が苦しくて正気を失う。
 そして人を襲う。
「王妃も人を襲いたくて襲ってるわけじゃなかったのね」
「何を言っているんだ? オレたちは追体験をしていると言っただろう?」
「え、でも王妃が後ろまで来てたわよ?」
「オレたちが退魔剤と呼ばれる喘息の薬を使わなかったら、オレたちは無意識に喘息で死んでるんだよ」
「喘息で、死ぬの? 追体験だからって私たちが喘息で死ぬわけなじじゃない」
「王妃は進んだ距離で近付いてくるんじゃない! 時間で近付いてくるんだ。王妃と同じように喘息の薬が切れる時! 死ぬのにも等しい経験をすることになるだろうな!!!」
「だからできる限り退魔剤を温存しようとしたわけね」
「あの8mは以外とでかい8mだぞ!」
「悪かったわね!」
「なぁに、また退魔剤は見つかるさ! どこかの誰かが残した退魔剤がきっとあるはずだ!!!」

 *宝探し

 洞窟を探し、見つけたものは、
「キノコだ!」
 さらに進み見つけた物は、
「キノコだぁ!!」
 そしてさらに進み見つけたものは、
「キノコだぁあああ!!!」
「この洞窟はキノコしか生えてないのかしら」
「とりあえずネズミ先輩に見せて何かと交換してもらおう!」
「そうね、いいお宝と交換してもらえるといいんだけど」
「もし見つからなかったらキノコ鍋にでもしようか!」
「どうせ毒キノコなんだろうし、アンタと死ぬ気は無いわよ」
「……それもそうだな」
 何か一瞬、間が空いたが気がしたけど、気のせいだろう。
「む」
 男が立ち止まった。
「……」
 今までうるさい事この上ない男が黙っている。
「なに、どうしたの?」
 男が見つめる先に、
 亡骸があった。
 人が死んだ成れの果て。
 どこの誰とも身元がわからない残骸。
「誰かここで行き倒れたみたいね」
「近寄るな」
 男の鋭い一言に警戒する。
「どうしたの」
「ここにある」
「ヘビ? 石ならあるけど投げる?」
「……オレが行く。ここから動くな」
 言われた通り待機する。
 男が亡骸を調べ終わり、戻ってくる。
「どうだった?」
「何もなかった」
「えっ! あんだけあるとか何とか言っといて何もなかったの?」
「お宝は無かった。これは仕方ないことだ」
「まあない物は無いんだししょうがないわね」
「代わりに退魔剤を見つけた。これでまたしばらく王妃の目を誤魔化せそうだ」
「なんだ収穫あったじゃない」
 この時、私は男の言うことを信じ、本当に退魔剤が手に入ったのだと思っていた。
 それと、男が確信を持って『ある』と言っていた物の正体を、最後に知ることになる。

  * 疑問

 道すがら、キノコをネズミに与え、解毒剤と交換した。
 男はキノコをかじり、猛毒になりながらも解毒剤でその一命を存続させている。
 私はこの男の変人性を改めてわからないと思う。
「毒キノコ、うまい! 癖になる味わいだ! 毒があるのが実に惜しい」
「毒キノコって中毒死させるために旨味成分が多いのよ。死体が苗床になるんだから当然でしょ」
「はっはっは、そうだったか! 知りたく無かったぞ! 今オレの頭にキノコ生えてないよな!」
「生えてるわけないでしょ」
 つい一時間前に知り合った男のことなんて何も知らなくて当然だが、
 聞いてみようと思う。
「ねえ」
「なんだ」
「どうして、アンタは冒険者なの?」
 粗末な質問だと思う。
「オレは冒険者だから冒険者なんだ!」
 質問した私がバカだった気がする。
「どうしてここまで王妃の穴に執着してるの? その理由は? 私だって同じ気持ちかもしれないけど、アンタの考えがどんなものか、し、知りたくて……ね」
 途中まで言って急に恥ずかしくなった。
 なんで私はこんな男の気持ちや考えを知ろうとしているのだろう。お宝が手に入ればなんでもいいじゃないの!
「ふむ、そうだな……面白味に欠ける話を一つしてやろう」


 * 男の話

 冒険者になったのは随分昔のことだ。
 冒険者になった理由は兄に憧れ、兄のそばにいて、当然のように冒険者になった。
 それ以外の道なんてないかのように、当たり前のように冒険者になり、この王妃の洞窟に入った。
 何度もこの洞窟に挑戦して、冒険者一団は宝を見つけることができた。
 しかし、最後の最後で王妃に見つかり、全てを失った。
 冒険者一団が出した答えは、回収不可能だった。
 団長の兄が出した考えに一団は同意し、撤退が始まった。
 オレ一人を除いて。
 オレは見た宝の山を忘れられなかった。
 だから残り、この洞窟の調査と探索を続けた。
 それがもう、どれくらいの時間が過ぎたかわからないほどに。

 * 男の正体

「え?」
「もうオレはどれくらい長く王妃の穴を調査しているかわからないんだ」
「それ、本気で言ってるの?」
 男はゆっくり振り返る。
「ああ、そうさ。腹が減れば洞窟内のキノコしか食べる気が起きないし、洞窟の外に出てもいつの間にか洞窟のそばに戻っているんだ。おかしいと思わなないか?」
「それって、もしかして、アンタ……死んでるんじゃないの?

「ああそうさ、死んでると思う」

 私は冗談じゃないと思う間も無く、全力で走った。
 兜の奥の顔が。顔が、骨だった。
 死人亡霊悪霊、なんでもいい、もう今すぐに逃げなければならない。
 出口の方へ、走り抜けた。
 出口の光が見えるまで走り、光が見えても気を抜かずに走り、
 洞窟の外へ飛び出した。

  * 出口

「おお! 外じゃないか」
 男はすぐそばにいた。
「はっはっはっはっは!まさか本当に抜けられるとは思ってなかったよ」
 全力で走り抜けた私は服が汚れるのも構わず大の字に倒れていた。
「アンタ、私も、洞窟の亡霊の仲間に、する気だったのね……お生憎様、私は、アンタの仲間になるつもりはないわ」
 荒れた呼吸を整えるので精一杯だった。もう動けないくらい体は疲労困憊だ。
「おいおい、オレは酒場で言っただろう。王妃の穴を攻略したいものはいないかって」
「それで私に声かけたってわけね」
「それで、本当に攻略した。走り抜けた! おめでとう!」
 男は私に金貨一枚を渡した。
「今から殺すつもりじゃないの?」
「ははは、オレは死んでも冒険者さ。亡霊であっても悪霊怨霊じゃない。単純に君の冒険の応援をしたかったのさ」
「その割には主役はアンタだったような気がするけど?」
「なあに、そこは盾になっただけさ。本当に、おめでとう」
 ニコリと笑うと、ガラスに映った姿のように透けてきた。
「え、なに、アンタ消えるの?」
「ああ、実は洞窟で自分の骨を見つけたんだ。オレはいつの間にか洞窟で死に、外に出れなくなっていたようだ。見ろ、もうすぐひがのぼるぞ」
 男が指差すと、太陽の陽が差してくる。
「楽しかったぞ!」
 それを最後に、男は消えた。
 紛れもない笑顔。
「……何よ、私、アンタの名前だって聞いてないじゃない」


  * 遺された金貨一枚

 こうして私の王妃の穴の探索は終わった。
 朝日と金貨と私だけが残った。
 あれから自力で町に戻り、昼間は泥のように眠った。頭の中にいろいろな考えがあったが、目が覚めると夜になっていた。
 私は酒場に足を向けた。あの男と会った酒場に。
 店主に、鎧を着た変な男を知らないかと聞いた。
 いや、知らんね。
 短い返事しか返ってこなかった。それもそうだ。鎧なんて着るのは100年昔の話だ。
 あの男がどれほど長い時間あの洞窟に囚われていたか、想像することもできない。
 私は正しいことをしたのか、夢物語を見せられたのか、大事な仲間を失ったのか、
 どんな顔をすればいいかわからなかった。
「何をそんなくらい顔をしているんだ?」
 顔を上げると、男がいた。
「え、なんで? 成仏したんじゃないの!?」
「はっはっは! 何を言っている! 人間の骨は206本あるんだぞ! たかが一本分の骨で成仏できるわけないなよなぁ! あっはっはっはっは!!!」
 私は机にぶっ倒れた。
 今まで考えて居たのは、なんだったのだろう。
「どうした? 疲れたのか?」
「はぁ~、最初から考えるだけ無駄だったってわけね~」
「無駄ではないぞ」
「なんで」
「君が持っているその一枚の金貨は本物だろう?」
 確かに、私の手には一枚の金貨がある。攻略しようと戦った戦果がここに、一枚だけ。
「……うん、そうね。でもまだまだ足りないわね」
「何ぃ!?」
「まだまだ足りないって言ってるのよ! たった金貨一枚で終わるわけないでしょ! アンタ言ったわよね、王妃の穴にはもっとお宝が眠ってるって!」
「その通りだ!」
「だったら、取りに行くのが当たり前じゃない!」
「なんと、また王妃の洞窟を攻略する気なのか!」
「ついでにアンタの骨205個分も見つけて、成仏させてやるわ!」
「それは頼もしいな! 是非ともお願いしよう!!」
 私はこうして、再び王妃の穴を攻略することを誓った。
 変な相棒と供に、何度でも王妃の穴を攻略してみせる。
 だって、冒険が楽しかったんだもの。
 今度は二人で王妃に追いかけられながら、深いところのお宝を手に入れて見せるんだから。

「あのぉ、お客さん。誰と喋ってるんですか?」

 霊感の無い店主は置き去りにして、私は再びお宝の待つ王妃の穴へ向かう。

ーーENDーー
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