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003・年越し麺2023
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コタツに入ってボーっとテレビを見ていると、女性が話しかけてきた。
女性はスヌーピーの絵柄が入った服を着こなしていて、冬のお出かけコーデとして雑誌に載ってもおかしくないほどだった。斜めに被ったベレー帽を違和感なく着こなせるのは並大抵のモデルじゃできないことだと思ったが、それ以前にここは僕の部屋だ。
なんでこんな美人が僕の部屋にいるのか言葉を失った。
キリッとした目付き顔付きは女性としての美人さを全面に引き立たせているのだが、意識を引き込ませるのが彼女の低音ボイスだ。愛嬌振り撒く可愛い声、美人特有の男を蕩かす声、元気いっぱいの太陽のような声でもなく、
ーー慎と静まり返る森のように耳く声……神秘性を秘めた声だ。聞き心地のいい、低音。
そんな声で囁かれたのなら、男としてどうしたらいいのか、
「き……きつねうどん」
洒落た返答の一つもできず正直に答えるだけだった。
女性はニコッと笑い、コタツの上にカップ麺を置いた。ラベルにはきつねうどんと書かれている。どこからどう見てもカップ麺である。
何で? という疑問が山のように積み上がるが、それが些細なことだと思ってしまったのは、再度顔をあげた時。
「いいよね、きつねうどん。私も好き」
巫女銀狐がそこにいたのだ。
それはそれは美しい光を吸い込むほどの銀毛と狐耳に三尾の狐尾。着崩した巫女服に着替えていた。
僕は泉の中に斧を落としてもいないし、努力家でも正直者でもないのに、こんな女神に会っていいのだろうか。
目線も言葉も心までも奪われた僕はただ見ているだけだった。
巫女銀狐はそのまま笑みを浮かべ、背中と三尾を見せ、部屋から出ていった。
秒針が半周して我に返る。
「……い、今のは!」
慌てて扉の奥を確認しても誰もいない。
夢でも見ていた気がするが、彼女の存在を証明するように、きつねうどんはそこにあった。
カップ麺のきつねうどんにはお湯が注がれていて温かい。麺の柔らかさもちょうど良く、食べるなら今なのだろう。
いつの間にか置いてあった割り箸を取った。
「いただきます」
噛み付くようにきつねうどんを食う。
脳裏にあの巫女銀狐を思い浮かべ、たった二言交わした言葉を脳裏に乱反射させる。
麺を食い、お揚げを食い、汁を啜る。その間に一つの答えが出た。もう一度お目にかかりたい、と。
「ご馳走様でした」
カップ麺の容器を持ち、台所に捨てに行こうと扉に手をかけると違和感があった。
何故か無限分の1の可能性で、彼女に出会える気がした。
彼女の姿を思い浮かべると那由多分の1の可能性で彼女に会える気がした。
あの耳を、三尾を、巫女服を、長い銀髪を、思い加えると1億分の1の可能性で会える気がした。
だが、まだ足りない。彼女に届くにはまだ足りない。
話をしてみたい。ご馳走様でしたと伝えたい。彼女が何者なのか、何でカップ麺を持ってきたのか知りたい。
千分の1、まだ遠い。もっと彼女に近付く何かが足りない。
「服、めっちゃ似合ってますね。どこの所属モデルですか? 狐の姿も美人ですね!」
百分の1、もう少し。
「綺麗な銀髪ですね。光を吸い込みそうな透明感が素敵ですね。声も同じぐらい素敵です。貴女の声はシーグラスのように強い光も弱い光でもないが柔らかい存在感があるのが素敵だ!」
十分の1、あとほんの少しなのに……足りない。
違和感が弱くなってきてる。時間が経ちすぎているんだ。
「他に、他に……」
彼女に届くための『言葉』が足りない。
もう一度彼女を思い浮かべる。
彼女の瞳は、
彼女の瞳は瑠璃色に、
彼女の瞳は瑠璃色に朱が混じったような色をしていた。
「……朱璃」
それが彼女の名前だと思った時、1分の1になった。
扉を開けると、そこには彼女がいた。
彼女は僕のことを、一度、二度、三度見た。
見事な三度見をして固まった。
彼女は片目隠れのセットしてない髪で、着ている服はTシャツ。柄はウサギで『にんじんよこせ』と額にシワを寄せている。
コタツでカップラーメン食っているのであった。
「……」
「……」
感動の再会のはずなんだが、彼女はきつねうどんのお揚げを口に加え、信じられないような目でコチラを見ている。ウサギと同じような顔付きになってきた。
僕もなんて答えればいいのかわからない。
「もしかして……おかわり欲しかったの?」
んなわけあるかぁ! と言いたくなったが、ここは一つ彼女の提案に乗ることにした。
「おかわりをたのむ!」
「いいよ……って私今この格好じゃん!?」
彼女は慌てて扉を閉め、開くと巫女銀狐に早替わりしていた。
「お見苦しいところをお見せしました、今おかわりを用意しますね。奥へどうぞ」
「お邪魔します」
呼ばれるがまま、彼女の領域の中へ。神社の一室のように見える。
空は瑠璃色に朱を一滴落としたような青の中でも赤い月夜だった。
「色々聞きたいことがあるんですけど……貴女の名前は、朱璃ですか?」
僕がそう何となく思った事を聞いた。何一つ確証の無い、確信に満ちた質問。
「はい、そうですよ」
空と同じ瑠璃色に朱を落としたような瞳が笑みに細まる。
次の質問の内容は決まっていないが、これからたくさん話ができる気がして、
僕も同じく笑みを浮かべてしまった。
ーーENDーー
女性はスヌーピーの絵柄が入った服を着こなしていて、冬のお出かけコーデとして雑誌に載ってもおかしくないほどだった。斜めに被ったベレー帽を違和感なく着こなせるのは並大抵のモデルじゃできないことだと思ったが、それ以前にここは僕の部屋だ。
なんでこんな美人が僕の部屋にいるのか言葉を失った。
キリッとした目付き顔付きは女性としての美人さを全面に引き立たせているのだが、意識を引き込ませるのが彼女の低音ボイスだ。愛嬌振り撒く可愛い声、美人特有の男を蕩かす声、元気いっぱいの太陽のような声でもなく、
ーー慎と静まり返る森のように耳く声……神秘性を秘めた声だ。聞き心地のいい、低音。
そんな声で囁かれたのなら、男としてどうしたらいいのか、
「き……きつねうどん」
洒落た返答の一つもできず正直に答えるだけだった。
女性はニコッと笑い、コタツの上にカップ麺を置いた。ラベルにはきつねうどんと書かれている。どこからどう見てもカップ麺である。
何で? という疑問が山のように積み上がるが、それが些細なことだと思ってしまったのは、再度顔をあげた時。
「いいよね、きつねうどん。私も好き」
巫女銀狐がそこにいたのだ。
それはそれは美しい光を吸い込むほどの銀毛と狐耳に三尾の狐尾。着崩した巫女服に着替えていた。
僕は泉の中に斧を落としてもいないし、努力家でも正直者でもないのに、こんな女神に会っていいのだろうか。
目線も言葉も心までも奪われた僕はただ見ているだけだった。
巫女銀狐はそのまま笑みを浮かべ、背中と三尾を見せ、部屋から出ていった。
秒針が半周して我に返る。
「……い、今のは!」
慌てて扉の奥を確認しても誰もいない。
夢でも見ていた気がするが、彼女の存在を証明するように、きつねうどんはそこにあった。
カップ麺のきつねうどんにはお湯が注がれていて温かい。麺の柔らかさもちょうど良く、食べるなら今なのだろう。
いつの間にか置いてあった割り箸を取った。
「いただきます」
噛み付くようにきつねうどんを食う。
脳裏にあの巫女銀狐を思い浮かべ、たった二言交わした言葉を脳裏に乱反射させる。
麺を食い、お揚げを食い、汁を啜る。その間に一つの答えが出た。もう一度お目にかかりたい、と。
「ご馳走様でした」
カップ麺の容器を持ち、台所に捨てに行こうと扉に手をかけると違和感があった。
何故か無限分の1の可能性で、彼女に出会える気がした。
彼女の姿を思い浮かべると那由多分の1の可能性で彼女に会える気がした。
あの耳を、三尾を、巫女服を、長い銀髪を、思い加えると1億分の1の可能性で会える気がした。
だが、まだ足りない。彼女に届くにはまだ足りない。
話をしてみたい。ご馳走様でしたと伝えたい。彼女が何者なのか、何でカップ麺を持ってきたのか知りたい。
千分の1、まだ遠い。もっと彼女に近付く何かが足りない。
「服、めっちゃ似合ってますね。どこの所属モデルですか? 狐の姿も美人ですね!」
百分の1、もう少し。
「綺麗な銀髪ですね。光を吸い込みそうな透明感が素敵ですね。声も同じぐらい素敵です。貴女の声はシーグラスのように強い光も弱い光でもないが柔らかい存在感があるのが素敵だ!」
十分の1、あとほんの少しなのに……足りない。
違和感が弱くなってきてる。時間が経ちすぎているんだ。
「他に、他に……」
彼女に届くための『言葉』が足りない。
もう一度彼女を思い浮かべる。
彼女の瞳は、
彼女の瞳は瑠璃色に、
彼女の瞳は瑠璃色に朱が混じったような色をしていた。
「……朱璃」
それが彼女の名前だと思った時、1分の1になった。
扉を開けると、そこには彼女がいた。
彼女は僕のことを、一度、二度、三度見た。
見事な三度見をして固まった。
彼女は片目隠れのセットしてない髪で、着ている服はTシャツ。柄はウサギで『にんじんよこせ』と額にシワを寄せている。
コタツでカップラーメン食っているのであった。
「……」
「……」
感動の再会のはずなんだが、彼女はきつねうどんのお揚げを口に加え、信じられないような目でコチラを見ている。ウサギと同じような顔付きになってきた。
僕もなんて答えればいいのかわからない。
「もしかして……おかわり欲しかったの?」
んなわけあるかぁ! と言いたくなったが、ここは一つ彼女の提案に乗ることにした。
「おかわりをたのむ!」
「いいよ……って私今この格好じゃん!?」
彼女は慌てて扉を閉め、開くと巫女銀狐に早替わりしていた。
「お見苦しいところをお見せしました、今おかわりを用意しますね。奥へどうぞ」
「お邪魔します」
呼ばれるがまま、彼女の領域の中へ。神社の一室のように見える。
空は瑠璃色に朱を一滴落としたような青の中でも赤い月夜だった。
「色々聞きたいことがあるんですけど……貴女の名前は、朱璃ですか?」
僕がそう何となく思った事を聞いた。何一つ確証の無い、確信に満ちた質問。
「はい、そうですよ」
空と同じ瑠璃色に朱を落としたような瞳が笑みに細まる。
次の質問の内容は決まっていないが、これからたくさん話ができる気がして、
僕も同じく笑みを浮かべてしまった。
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