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4章/白蛇の見る夢
4章/白蛇の見る夢
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4章/白蛇の見る夢
望み願った人生を送ることができる人間とはどれほどいるのだろうか。
人間は産まれる事を願って産れるのだろうか。少なくとも自分の両親は産れる事を願ってオレを産んだ。
人それぞれの望みや願いがあるとしても誰かの願いが叶わず、また自分の願いも叶わずに今ができているのだろう。
人生の願いが叶うとは何なのだろうか。
あいつは……圭太は……サシワタの住人を殺すことが願いだったのなら、オレは殺されるべきだったのか?
オレが願ったのは、死にたくないという単純な願い。
そのはずだったのに、どこから、いつから、最初からか、産まれて来た時からか、なぜ間違ってしまったのだろうか。
こんな単純な願いは噛み合わない願いだったのだろうか。
そんなはずはない。オレ達は……チームだった。
オレの願いは、圭太の願いは、綾の願いは、どこにいけば叶うんだ?
何をしたら、俺たちの願いは叶うのだろうか……。
本当にオレの願いは死にたくないだけだったのか?
本当は……本当は……親友と一緒にいたかったんじゃないのか?
……。
わからない。
本当に願ったものは何だったのか、
どうして戦い続けていたのか、
何でこんなことになってしまったのか、
わからない……。
だが、この悪夢の中でできることは、それは殺すことだけ。
殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ!
自分の中の衝動は絶えず鼓動している。
本当に、なんて救い様のないクソのような人生なんだろうか。
*
白蛇の協力により、自分を保ったまま夢の中に入る事ができるようになったが、することがなかった。
夢の中でベッドの上で天井を見て朝が来るのを待つ。周りに獏者の気配は一切ない。安眠できるはずなのに夢の中にいても眠れていなかった。有り余る時間に考えたくなくても考えていた。
自分自身の弱さを今まで考えることは無かった。常に考えていたのは、どうすれば強くなるかということだけだった。
どんなに多い敵も大きな敵も不条理も理不尽も、悪夢の中では叩き潰せばいい。
他の事は何も考えなかったせいで見て見ぬふりをしてきた事実が膨れ上がって膿を吐きだしている。
「なぁ、そんな落ち込むなってよぉ~」
現実では鏡越しに、夢の中では手が触れられる距離に存在している白蛇がベッドに近づいてくる。コイツはパーソナルスペースという言葉を知らないのだろう。
「落ち込んでなんかいない……」
毎晩のように見ていた悪夢に飲みこまれなくなったのはいいが、隣に誰かがいる状況で気は休まらない。
それも人間ではない、白蛇と呼ばれる人型の化け物が隣にいるとなればなおさらのことだ。
「じゃあ一発芸します。うわー頭に蛇が貫通したー」
白蛇は自前の白髪をツインテールにし、その先端を白蛇に変えた。本当に白蛇が頭を貫通している。人の顔と蛇の顔が同時にこちらを見て、反応を待っていた。
「……わかった。その一発芸に百点満点中百点をやるから黙ってろ」
再び天井を見上げる。気味の悪い芸を見て憂鬱さが増す。何でこんなヤツと同じ部屋にいなければならないのだろうか。
「おっと~? お気に召さなかったようだねぇ~! ならアタシも全力を出そうじゃぁないの!」
なんの自信があってか、頭から無数の白蛇を生やし指先までも白蛇に変わる。
見るに堪えないもので、すぐに背中を向けた。
無数の蛇の体が擦れる音や呼吸が不気味に聞こえてくる。
「それやめろ」
「ふっふっふ、アタシが本気だせばもっと凄いことできるんだからね!」
「それ以上やったら、お前をこの世から消滅させる」
「それは困るなぁ、ちなみにその本気ってのは口から蛇を出してその蛇を」
「もうやめろって言ってんだろ!」
怒鳴り散らす。
白蛇も髪を元の白髪に戻し何も言わずに部屋の隅に戻って行く。
頭の片隅で言い過ぎた気がして余計な処理が増える。
ただでさえ人付き合いは苦手なのに白蛇との今後の付き合いも考えなければならなかった。
オレは零式という存在だと知る前から悪夢を見て化け物を殺して来た。零式のせいで長年悪夢を見続けているなら零式さえどうにかできれば悪夢を見る事は無くなるはず。しかし方法も手段も見つかっていない。
サシワタの住人である白蛇と協力関係を続けなければ何か方法を見つけられるかもしれない。それに白蛇と契約を切れば、零式として再び悪夢を見続ける毎夜に戻ってしまうだろう。
逆にオレに取り憑いている白蛇が原因で、圭太は白蛇ごとオレを殺そうとした。圭太は昔から、悪夢の正体も獏者の存在も知っていてオレの事を利用していた。
チーム・ナイト/ナイツ/ナイトメアというグループを作り、零式のオレに技術を与えて飼い馴らし真実を隠していた。
夢を見る才能が無く零式でもない圭太の望みは獏者を倒す事、それは零式で悪夢を見続けるオレに技術を提供することで叶えられていた。
オレが白蛇と契約したのを知って、道具を使い現実に白蛇を呼び出し殺そうとした。オレの精神も肉体も巻き込むように。
圭太はオレを殺しても構わなかった。それほどまでに、父親を殺したサシワタの住人が憎かったのだろう。
……あの憎しみの籠った瞳は、思い出しただけでも背筋が凍る。現実世界でここまでの憎しみを感じたことはなかった。
これが、何も考えず何も疑わずに戦ってきた結果。
強くあればいい、何もかも薙ぎ払える強ささえあれば困らないと思っていた。
でも実際は違った。
これからどうすればいいのだろうか、朝が来たらまた学校に行って、どんな顔で圭太に会えばいいのだろうか。
それもわからない。分からないことだらけだ。
どちらにせよ憂鬱なだけだが、一つ不可解な事に気付く。思い返さなければ気付かなかった事を白蛇に聞いた。
「……そういや白蛇、お前どうして圭太が持っている刀が妖刀だって知ってたんだ?」
「うぐ」
退屈そうに部屋の漫画を読んでいたヤツが唸る。
「確か、先に斬りかかったのもお前の方だったよな。圭太はあの時……片膝を付いて挨拶をしていたのに、真っ先に斬りかかったよな?」
「ひぃっ」
ベッドから降りて白蛇の側へ近寄る。苦笑いを浮かべる白蛇はこちらを向いたまま逃げようと扉に手をかけるが、一ミリとしてドアノブは動かない。
「ここはオレ夢だ。オレの意思でドアノブを回らない物にした。なぜ逃げようとするんだ?」
「そ、それは~、本当の事を知ったら怒ると思うから……」
まだどこかに逃げる気なのか、目を合わせようとしない。逃げ行こうとする先に腕を突き立てる。
「取引をした内容はちゃんと覚えているよな。オレが安眠できるようにするのが白蛇の支払う対価だ。今オレは眠れない。お前が教えてくれれば安心して眠ることができる。教えてくれないか?」
「……話したら怒る、絶対に怒るから話さな~い」
どうしても話す気は無いようだ。
力づくで口を割らせようと思ったが、白蛇の肩が震えているのに気付いた。
夢の中でやろうと思えば好きなだけ武器を作り出すことができる。問い詰めるのは簡単だが何か違う気がして納得できなかった。
例え化け物だろうと、女性を脅して話を聞こうとするのは最低なんじゃないかという考えが、歯止めをかけている。
いやいや何を言っているんだ。女性だろうとなんだろうと化け物は殺す。殺して殺して殺すのが悪夢だった。そう、ただの悪夢なら殺し返せばいい。
殺せばいい、殺しすことが全てのはずだ。悪夢の中は殺すことでしか存在できない。殺される前に殺せばいいんだ!
……今その考えを改めなければならない時が来ている。
飼い慣らす化け物だと思えばいいのか、あるいはそれ以外の存在か。
頭で理解していても、根の方の本心が余計な事を考える。
『アタシと共に歩め、風太郎』
あの時の白蛇の言葉、あの言葉を信じてしまいそうになる。
ダメだ、確かに夢の中で救われたいと思ったが、それを選んでしまったら戻れなくなりそうな気がする。
それは簡易に代替え品に手を伸ばしているのと変わらない。
なら、白蛇との距離は? 今後の付き合い方は? どうするつもりなんだ? 現実も夢も隣にいる白蛇をどう距離を測っていくつもりなんだ?
「はぁ……」
深呼吸をするつもりが溜息を吐き出していた。
「わかった、オレは怒らない。約束する」
「そう言っても怒るぅ。絶対怒るから言わない!」
白蛇はどうしても言う気はないようだ。
それでもオレは知らなければならない。
古くからの戦友とは別に新しい戦友ができて何が悪い。
人との距離の測り方なんて学校じゃ教えてくれないのに、化け物との距離の測り方なんてわかるはずがない。
それでも力押しではダメだ。いつもの不機嫌なオレじゃ白蛇の心を開く事はできないだろう。
もっと違う、彼女が気を許すような相手にならないといけない。
それがどんなのかわからなくても、演じるしかない。
オレは彼女の色白な手を取り、こっちを見てもらう。
その気になれば笑顔だって作ることができる。これは絵のモデルで覚えた笑顔という名前の仮面だとしても。
この仮面は現実の世界の人を安心させる為の笑顔だ。化け物相手に使う日が来るとは思わなかった。それでも笑顔を作る。伊達にモデルをやってたんじゃない。
「白蛇、もうオレは怒ってない」
白蛇の不安顔が少しだけ解消された。
「オレは怒ったりしない。だから白蛇も本当のことをちゃんと話して欲しい。オレ達は出会ったばかりでお互いの事をよく知らないから困っているんだ。いや……本当は不安なんだ。だから、これからもオレ達が仲良くする為に、白蛇の事を話して欲しい。今白蛇の思っていることを教えてほしいんだ」
手を引いてベッドに座る。手は握ったままで肩が触れ合うほど近くに白蛇が座る。
「教えてくれない?」
白蛇の眼を覗き込む。
金色の瞳を真近で見るのは苦手だ。見ていると吸い込まれそうになる。
白蛇は逃げるように視線を外す。握っている手は震えている。
「話をするのはかまわない。……でもこれだけは覚えておいて。アタシのこと怒っても、信用できなくなっても、アタシはアンタにずっと付きまとってやるからな。アタシの秘密を聞くってことはそういうことだから!」
「ああわかった。教えてほしいって言ったのはオレだ。約束する」
白蛇は手を握り返し、ゆっくりと話し始める。
「アタシがあの下郎に斬りかかったのは、最初からアタシを切り殺すことが目的だって分かってたからだよ。だって、あの刀はサシワタの住人を証明する為の道具だった。普通の人間が持てばただの刀。アンタみたいに、アタシのようなサシワタの住人が取り付いていれば魂が入れ替わる。あの妖刀はそれだけじゃなく人外の力を引き出せるのよ。サシワタの住人は肉体が無い。だから人間の限界を超えて戦うことができる。文字通りの妖刀なのさ」
「なるほど、でもオレが怒る事とどう繋がるんだ?」
「アタシが現実で生きていた時は孤児だったのさ。拾って育ててくれたのは伊藤獏って坊主。あの下郎の先祖。間違いなくね。そして育ての親であってアタシを殺した張本人。アタシの体に蛇の獏者を取り付かせてそのまま殺した。だから今のアタシ……数少ないサシワタの住人で色の付いた名を持つ『純白の白蛇』が産まれたの。獏はみんな集めた孤児を実験材料として殺し尽くしたくせに、あの坊主は子孫をちゃんと残していたなんて知らなかった。アイツは本当のことを何一つ、アタシらに教えてくれなかった!」
顔を隠したまま、悲しみを帯びた声で言った。
「刀を見ただけで、何年も忘れていたあの男の顔を思い出して、堪えようとしたけど刀を振ってしまった。あの笑い顔は間違いなくアタシを殺した男と同じで、風太郎が止めてくれなかったら……本当に殺していたかもしれない。とっくの昔に伊藤獏は死んでいるんだから、アタシの八つ当たりだったのはわかってる……」
白蛇の怒った理由。生前の記憶と彷夢来の生い立ち。そんな話に繋がるとはオレも思わなかった。
白蛇の腹の中に溜まっている憎悪がどれほどのものかわからない。
死ぬ時の恐怖を何度も体験していても、本当に死んだ事は無いオレに白蛇の気持ちをわかってやることはできなかった。
「あの時は、怖かったし、痛かったし、裏切られたし、悲しかったし、憎かったし、許せなかったし、寒かったし、辛かったし、寂しかったし、死にたくなかった。死にたく……なかった……あぁあ……死にたく……なかった……」
「お、オイ、……白蛇?」
部屋の温度が急に下がった。
温度を奪っているのは白蛇の体で、突き刺すような冷たさが繋いでいる手に痛いほど染み込んでくる。
何が起こっているのか、白蛇の視線はどこも見ていない。初めて会った時の虚ろな視線にも似ている。あの時以上に生気を感じられない。
長くて白い髪が黒く染まっていく。オレよりも高い背丈が縮み、真っ白な死装束が別の服……赤い色が付き緋袴になる、巫女服と呼ばれる服に変わっていく。裸足の足が足袋に草履が浮かび現れてくる。
目の前で白蛇は、十歳にも満たない少女に変わってしまった。
「私は……研究材料じゃない……道具でも……生贄でも……ない。私は……私? 何だっけ、私は……何だっけ」
少女が引き起こす異変は、夢の中の空間にまで干渉し始めていた。辺りは色を失い、霧に包まれる。
座っていたベッドは木の床と階段に、目の前には石畳みが並び出す。後ろを向けば観音開きの戸の向こう側に仏像が立つ。ここは神社だろうか。神社だけならどこか分からなかったが霧が薄まると竹林が見えてきて、昨日圭太と争ったあの場所だと分かった。
白蛇の記憶が逆流しているのか?
悪夢の中に似ている今の夢の主はオレではなく、この少女だろう。
「……寒い、でも、もうすぐ、来る」
雪が降り始め周りは白色に染まり始めてきた。竹に積もった雪は重みを与え姿を変えていく。竹が軋む音か、世界が軋む音か、ただならぬ気配に囲まれいてる。
「白蛇、しっかりしろ。自分を思い出せ。悪夢なんかに飲まれるな!」
氷のように冷たい手を両手で握る。オレの体温を奪ってもなお、氷を触っていた方が楽なほどに冷たい。
「あったかぁい……」
黒髪の少女はオレの手に両手で触った。血液が凍ってしまいそうだが、手を払いのけることはしなかった。
「そうだ、あったかい。ここは寒い場所じゃない。暖かい場所だ。お前は今夢を見ているんだ」
「夢? やだ、こわい、夢はイヤ……」
「大丈夫だ! オレがいる! オレはナイト/ナイツ/ナイトメアのナイトだ。どんな悪夢もぶっ壊してやるさ。こんな寒い場所じゃなくて、もっとあったかい所に連れて行ってやる」
全身の体温が奪われて凍りそうな中で、どうしてかオレは笑顔をした。体はガタガタに震えていて、氷のような少女相手に悪夢退治するにも敵がどこにいるかわからない。早く元のオレの夢に帰らないと、魂から凍死しそうだ。
「ばくがくる」
「獏って、伊藤獏か?」
「こわい」
「オレが倒してやるから、安心しろ」
「そこいる」
背後の気配に、凍りそうな体は瞬時に反応できなかった。
振りかえると、狂気の権化がいた。
笑顔のまま抜き身の妖刀を持つ男。
伊藤獏。
確かに顔つきは圭太に似ている。
男は何も言わず、心臓目掛けて刀を突き立てた。
もう一本をのど元に。
それから男の野太い笑い声。
あまりにも寒くて痛みを感じることはなかった。
ただ、無心の中に虚しさを感じた。殺されたばかりのオレを少女は黙って見ている。泣く事も叫ぶこともない。
「……お前はこうやって死んだのか」
「うん」
伊藤獏は笑い続ける。倒れたままのオレの服を掴むと本堂の中に引きずり入れる。
「だったら、こんな悪夢に付き合う義理はねえよな」
気の狂った悪夢は見慣れているけど、悲しい悪夢だ。
育ての親に殺されるなんて悲しい夢は見た事ない。二度と見たくも無い。
「悪夢なんて覚えている必要なんてない。忘れちまえよ……聞いてるのか白蛇?」
少女は黙って見ているだけ。心が死んでいる。
そりゃそうか、この時は死にたてで、何も考えられなかったよな。
「スカルフェイス、パイクホルダー、トータスホイール、ブラストエッジ、召喚」
体に突き刺さった刀も全て、装備に変えた。音を立てずに起き上がる。
仏像に向かって読経している伊藤獏を真後ろから突き刺す。
「ブラストエッジ、サルベーション」
上半身はジェットエンジンの高圧噴出ガスによって粉みじんに吹っ飛んだ。化け物の硬い皮のようにしっかり作られたものではなかった。霧や霞のようにあやふやでも脆い物だった。
「これは殺しなんかじゃない。この子を救う救済方法だ」
悪夢は元に戻らず。他に何かが出てくる気配もない。
「なあ、お前はどうしたかったんだ? 本当はどうして欲しいんだ?」
少女は何も答えない。ただ、首を横にふった。
「死にたくなかったんだろ?」
どうしてか、少女は首を横にふる。
「私は、生贄になる為に、ずっと飼われていた。だから、死なないと、ダメ……なんだとおもう……ヤだけどばくに捨てられたら、どうすればいいかわからない……」
少女は泣き出した。でもそれは力無くて小さく嗚咽を漏らし続ける。この子は、親に使われ、殺され、殺された後もどうしたらいいかわからないままの、迷子だ。
「……酷い話しだよな」
トータスホイールは形状を保てなくなる。
「死んでも死にきれないよな」
パイクホルダーは形状を保てなくなる。
「憎んでも、憎み切れないよな」
ブラストエッジは形状を保てなくなる。
「寂しいよな……誰もそばにいないっていうのは……」
スカルフェイスは形状を保てなくなる。
「どうして人間って、孤独なんだろうなぁ……」
悪夢の騎士は形状は保てなくなる。
「何で、上手くいかないんだろうな」
泣いているのは少女だけじゃなく、オレも泣いていた。
少女の気持ちが痛いほど分かるのは、オレも独りだからだ。
オレは座りこんで、みっともなく、大きな声で泣いた。
この世界を呪った分だけ、ずっと我慢して来た。
呪うなんて一言で終わらせているけれど、こんなに複雑な感情制御できるほど大人なんかじゃない。だから、だから、だから……ひとりで泣くしかないんだ。
「もう泣かないで」
情けなく、みっともなく泣き散らかしていると、目の前の少女が言った。
少女は泣きはらした顔だったが、その涙は止まっていた。
「大丈夫だよ! こわくないよ! 『トモエ』がそばにいてあげる!」
なぜか少女は笑って、オレに抱き付いた。
「だから泣きやんで、ね?」
「お前は……世界が憎くないのかよ」
「じゃあ、私と半分こしようよ! 二人ならできるでしょ? 一緒に私も嫌いってするから!」
嫌なことを分け合う。
「でも楽しい事は、私とあなたで二倍にするの。ね、二人なら大丈夫でしょ!」
「……まったく、お前に同情して泣いたってのに、何やってんだかな……ふっはっはっはっはっは」
「ほら笑った、ね。二人なら大丈夫!」
「ああ、二人なら大丈夫だ」
少女はオレに抱き付く。
そのまま光の粒に分解していく。
過去の記憶の世界も、崩壊していく。
「白蛇……じゃなくて。トモエが本当の名前か?」
「うんそうだよ、私はトモエ。おにーさんの名前は?」
「美里風太郎」
「ぷーたろーだね」
「それはちょっと勘弁してくれ。別の名前にしてくれ」
「じゃあふーた?」
「それでいいや」
「ねえふーた、私と一緒にいてくれる?」
「ああ、いいよ。トモエが居たいだけオレの側にいてくれ」
「うんわかった。ありがと」
トモエを抱きしめると、世界は純白に覆われた。霧や雪のような白さじゃない。百合の花びらのように柔らかく暖かい --光に包まれる--
この時、初めてオレは安眠をしたのかもしれない。
*
目が醒めて朝になった。
昨日の夢の事はしっかり覚えている。洗面所で鏡に映る顔は涙のあとが残ってた。
オレはそれを無言で洗い流す。
すると後ろにから白蛇が申し訳なさそうにソッと現れた。
「おはよう白蛇」
『お、おはようございますぅ……』
顔を洗った次は制服に着替えなければならない。
自室に帰り着替え、姿見でネクタイを付ける。
寝癖も無く、いつでも登校できるだろう。
『あのぉ……怒ってますよねぇ?』
やっと何か言ったと思ったら、そういえばそんな前置きから話しを聞いたのを思い出した。
「話を聞いても怒らない約束だろ」
『でも、その、あはははは~。途中から記憶が無くって……アタシ何を話したのかなぁ~なんて。思ったり思わなかったりぃ?』
死装束を纏った白髪金眼の美女、それが白蛇。
昨日話したのは、生贄の為に育てられた親無し巫女少女のトモエ。
つまり、白蛇からは何も聞いていない。という考え方もある。
「オレは昨日、トモエという少女に会った。お前とは何も話さなかったよ」
『ひぃ、なんでアタシの……な、名前を……どこまで……あぁ……』
色白の肌が耳まで赤くなる。
「たぶん全部だろうな」
『う~わ~!』
蛇の姿になり、陸に上がった魚のごとくビタビタ跳ね始める。恥ずかしさを誤魔化しているのにしてはシュールだ。
不気味な光景というのは、我慢して胸にしまっておこう。
「……オレも全部喋ったよ」
『え、何? 何か言った?』
「お前は悪さをしない限り、出ていけとか殺すなんて言わない。好きなだけオレの夢の中に居ろ」
『どどどどどうしたの? 昨日と全然態度が違くないですかぁ? 夢の中で何があったのぉ!』
「あーうっさい。ただしお互いプライベートな時間を持とう。希望があったら互いに席を外す。これは契約に追加してくれ。いいよな?」
『了解ですぅ……』
鏡を見ながら蛇のままの白蛇を掴み、首に巻く。
部屋を出て朝食を取ることにした。階段を下りる時、肩に何かが乗っていることに重みを感じて少しばかり安心をしている自分がいた。
母親に何かいいことがあったのか聞かれたので「よく寝れた」と答えたのは初めてかもしれない。
それと母親を一言で泣かせたのもこれが初めてだと思う。
望み願った人生を送ることができる人間とはどれほどいるのだろうか。
人間は産まれる事を願って産れるのだろうか。少なくとも自分の両親は産れる事を願ってオレを産んだ。
人それぞれの望みや願いがあるとしても誰かの願いが叶わず、また自分の願いも叶わずに今ができているのだろう。
人生の願いが叶うとは何なのだろうか。
あいつは……圭太は……サシワタの住人を殺すことが願いだったのなら、オレは殺されるべきだったのか?
オレが願ったのは、死にたくないという単純な願い。
そのはずだったのに、どこから、いつから、最初からか、産まれて来た時からか、なぜ間違ってしまったのだろうか。
こんな単純な願いは噛み合わない願いだったのだろうか。
そんなはずはない。オレ達は……チームだった。
オレの願いは、圭太の願いは、綾の願いは、どこにいけば叶うんだ?
何をしたら、俺たちの願いは叶うのだろうか……。
本当にオレの願いは死にたくないだけだったのか?
本当は……本当は……親友と一緒にいたかったんじゃないのか?
……。
わからない。
本当に願ったものは何だったのか、
どうして戦い続けていたのか、
何でこんなことになってしまったのか、
わからない……。
だが、この悪夢の中でできることは、それは殺すことだけ。
殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ!
自分の中の衝動は絶えず鼓動している。
本当に、なんて救い様のないクソのような人生なんだろうか。
*
白蛇の協力により、自分を保ったまま夢の中に入る事ができるようになったが、することがなかった。
夢の中でベッドの上で天井を見て朝が来るのを待つ。周りに獏者の気配は一切ない。安眠できるはずなのに夢の中にいても眠れていなかった。有り余る時間に考えたくなくても考えていた。
自分自身の弱さを今まで考えることは無かった。常に考えていたのは、どうすれば強くなるかということだけだった。
どんなに多い敵も大きな敵も不条理も理不尽も、悪夢の中では叩き潰せばいい。
他の事は何も考えなかったせいで見て見ぬふりをしてきた事実が膨れ上がって膿を吐きだしている。
「なぁ、そんな落ち込むなってよぉ~」
現実では鏡越しに、夢の中では手が触れられる距離に存在している白蛇がベッドに近づいてくる。コイツはパーソナルスペースという言葉を知らないのだろう。
「落ち込んでなんかいない……」
毎晩のように見ていた悪夢に飲みこまれなくなったのはいいが、隣に誰かがいる状況で気は休まらない。
それも人間ではない、白蛇と呼ばれる人型の化け物が隣にいるとなればなおさらのことだ。
「じゃあ一発芸します。うわー頭に蛇が貫通したー」
白蛇は自前の白髪をツインテールにし、その先端を白蛇に変えた。本当に白蛇が頭を貫通している。人の顔と蛇の顔が同時にこちらを見て、反応を待っていた。
「……わかった。その一発芸に百点満点中百点をやるから黙ってろ」
再び天井を見上げる。気味の悪い芸を見て憂鬱さが増す。何でこんなヤツと同じ部屋にいなければならないのだろうか。
「おっと~? お気に召さなかったようだねぇ~! ならアタシも全力を出そうじゃぁないの!」
なんの自信があってか、頭から無数の白蛇を生やし指先までも白蛇に変わる。
見るに堪えないもので、すぐに背中を向けた。
無数の蛇の体が擦れる音や呼吸が不気味に聞こえてくる。
「それやめろ」
「ふっふっふ、アタシが本気だせばもっと凄いことできるんだからね!」
「それ以上やったら、お前をこの世から消滅させる」
「それは困るなぁ、ちなみにその本気ってのは口から蛇を出してその蛇を」
「もうやめろって言ってんだろ!」
怒鳴り散らす。
白蛇も髪を元の白髪に戻し何も言わずに部屋の隅に戻って行く。
頭の片隅で言い過ぎた気がして余計な処理が増える。
ただでさえ人付き合いは苦手なのに白蛇との今後の付き合いも考えなければならなかった。
オレは零式という存在だと知る前から悪夢を見て化け物を殺して来た。零式のせいで長年悪夢を見続けているなら零式さえどうにかできれば悪夢を見る事は無くなるはず。しかし方法も手段も見つかっていない。
サシワタの住人である白蛇と協力関係を続けなければ何か方法を見つけられるかもしれない。それに白蛇と契約を切れば、零式として再び悪夢を見続ける毎夜に戻ってしまうだろう。
逆にオレに取り憑いている白蛇が原因で、圭太は白蛇ごとオレを殺そうとした。圭太は昔から、悪夢の正体も獏者の存在も知っていてオレの事を利用していた。
チーム・ナイト/ナイツ/ナイトメアというグループを作り、零式のオレに技術を与えて飼い馴らし真実を隠していた。
夢を見る才能が無く零式でもない圭太の望みは獏者を倒す事、それは零式で悪夢を見続けるオレに技術を提供することで叶えられていた。
オレが白蛇と契約したのを知って、道具を使い現実に白蛇を呼び出し殺そうとした。オレの精神も肉体も巻き込むように。
圭太はオレを殺しても構わなかった。それほどまでに、父親を殺したサシワタの住人が憎かったのだろう。
……あの憎しみの籠った瞳は、思い出しただけでも背筋が凍る。現実世界でここまでの憎しみを感じたことはなかった。
これが、何も考えず何も疑わずに戦ってきた結果。
強くあればいい、何もかも薙ぎ払える強ささえあれば困らないと思っていた。
でも実際は違った。
これからどうすればいいのだろうか、朝が来たらまた学校に行って、どんな顔で圭太に会えばいいのだろうか。
それもわからない。分からないことだらけだ。
どちらにせよ憂鬱なだけだが、一つ不可解な事に気付く。思い返さなければ気付かなかった事を白蛇に聞いた。
「……そういや白蛇、お前どうして圭太が持っている刀が妖刀だって知ってたんだ?」
「うぐ」
退屈そうに部屋の漫画を読んでいたヤツが唸る。
「確か、先に斬りかかったのもお前の方だったよな。圭太はあの時……片膝を付いて挨拶をしていたのに、真っ先に斬りかかったよな?」
「ひぃっ」
ベッドから降りて白蛇の側へ近寄る。苦笑いを浮かべる白蛇はこちらを向いたまま逃げようと扉に手をかけるが、一ミリとしてドアノブは動かない。
「ここはオレ夢だ。オレの意思でドアノブを回らない物にした。なぜ逃げようとするんだ?」
「そ、それは~、本当の事を知ったら怒ると思うから……」
まだどこかに逃げる気なのか、目を合わせようとしない。逃げ行こうとする先に腕を突き立てる。
「取引をした内容はちゃんと覚えているよな。オレが安眠できるようにするのが白蛇の支払う対価だ。今オレは眠れない。お前が教えてくれれば安心して眠ることができる。教えてくれないか?」
「……話したら怒る、絶対に怒るから話さな~い」
どうしても話す気は無いようだ。
力づくで口を割らせようと思ったが、白蛇の肩が震えているのに気付いた。
夢の中でやろうと思えば好きなだけ武器を作り出すことができる。問い詰めるのは簡単だが何か違う気がして納得できなかった。
例え化け物だろうと、女性を脅して話を聞こうとするのは最低なんじゃないかという考えが、歯止めをかけている。
いやいや何を言っているんだ。女性だろうとなんだろうと化け物は殺す。殺して殺して殺すのが悪夢だった。そう、ただの悪夢なら殺し返せばいい。
殺せばいい、殺しすことが全てのはずだ。悪夢の中は殺すことでしか存在できない。殺される前に殺せばいいんだ!
……今その考えを改めなければならない時が来ている。
飼い慣らす化け物だと思えばいいのか、あるいはそれ以外の存在か。
頭で理解していても、根の方の本心が余計な事を考える。
『アタシと共に歩め、風太郎』
あの時の白蛇の言葉、あの言葉を信じてしまいそうになる。
ダメだ、確かに夢の中で救われたいと思ったが、それを選んでしまったら戻れなくなりそうな気がする。
それは簡易に代替え品に手を伸ばしているのと変わらない。
なら、白蛇との距離は? 今後の付き合い方は? どうするつもりなんだ? 現実も夢も隣にいる白蛇をどう距離を測っていくつもりなんだ?
「はぁ……」
深呼吸をするつもりが溜息を吐き出していた。
「わかった、オレは怒らない。約束する」
「そう言っても怒るぅ。絶対怒るから言わない!」
白蛇はどうしても言う気はないようだ。
それでもオレは知らなければならない。
古くからの戦友とは別に新しい戦友ができて何が悪い。
人との距離の測り方なんて学校じゃ教えてくれないのに、化け物との距離の測り方なんてわかるはずがない。
それでも力押しではダメだ。いつもの不機嫌なオレじゃ白蛇の心を開く事はできないだろう。
もっと違う、彼女が気を許すような相手にならないといけない。
それがどんなのかわからなくても、演じるしかない。
オレは彼女の色白な手を取り、こっちを見てもらう。
その気になれば笑顔だって作ることができる。これは絵のモデルで覚えた笑顔という名前の仮面だとしても。
この仮面は現実の世界の人を安心させる為の笑顔だ。化け物相手に使う日が来るとは思わなかった。それでも笑顔を作る。伊達にモデルをやってたんじゃない。
「白蛇、もうオレは怒ってない」
白蛇の不安顔が少しだけ解消された。
「オレは怒ったりしない。だから白蛇も本当のことをちゃんと話して欲しい。オレ達は出会ったばかりでお互いの事をよく知らないから困っているんだ。いや……本当は不安なんだ。だから、これからもオレ達が仲良くする為に、白蛇の事を話して欲しい。今白蛇の思っていることを教えてほしいんだ」
手を引いてベッドに座る。手は握ったままで肩が触れ合うほど近くに白蛇が座る。
「教えてくれない?」
白蛇の眼を覗き込む。
金色の瞳を真近で見るのは苦手だ。見ていると吸い込まれそうになる。
白蛇は逃げるように視線を外す。握っている手は震えている。
「話をするのはかまわない。……でもこれだけは覚えておいて。アタシのこと怒っても、信用できなくなっても、アタシはアンタにずっと付きまとってやるからな。アタシの秘密を聞くってことはそういうことだから!」
「ああわかった。教えてほしいって言ったのはオレだ。約束する」
白蛇は手を握り返し、ゆっくりと話し始める。
「アタシがあの下郎に斬りかかったのは、最初からアタシを切り殺すことが目的だって分かってたからだよ。だって、あの刀はサシワタの住人を証明する為の道具だった。普通の人間が持てばただの刀。アンタみたいに、アタシのようなサシワタの住人が取り付いていれば魂が入れ替わる。あの妖刀はそれだけじゃなく人外の力を引き出せるのよ。サシワタの住人は肉体が無い。だから人間の限界を超えて戦うことができる。文字通りの妖刀なのさ」
「なるほど、でもオレが怒る事とどう繋がるんだ?」
「アタシが現実で生きていた時は孤児だったのさ。拾って育ててくれたのは伊藤獏って坊主。あの下郎の先祖。間違いなくね。そして育ての親であってアタシを殺した張本人。アタシの体に蛇の獏者を取り付かせてそのまま殺した。だから今のアタシ……数少ないサシワタの住人で色の付いた名を持つ『純白の白蛇』が産まれたの。獏はみんな集めた孤児を実験材料として殺し尽くしたくせに、あの坊主は子孫をちゃんと残していたなんて知らなかった。アイツは本当のことを何一つ、アタシらに教えてくれなかった!」
顔を隠したまま、悲しみを帯びた声で言った。
「刀を見ただけで、何年も忘れていたあの男の顔を思い出して、堪えようとしたけど刀を振ってしまった。あの笑い顔は間違いなくアタシを殺した男と同じで、風太郎が止めてくれなかったら……本当に殺していたかもしれない。とっくの昔に伊藤獏は死んでいるんだから、アタシの八つ当たりだったのはわかってる……」
白蛇の怒った理由。生前の記憶と彷夢来の生い立ち。そんな話に繋がるとはオレも思わなかった。
白蛇の腹の中に溜まっている憎悪がどれほどのものかわからない。
死ぬ時の恐怖を何度も体験していても、本当に死んだ事は無いオレに白蛇の気持ちをわかってやることはできなかった。
「あの時は、怖かったし、痛かったし、裏切られたし、悲しかったし、憎かったし、許せなかったし、寒かったし、辛かったし、寂しかったし、死にたくなかった。死にたく……なかった……あぁあ……死にたく……なかった……」
「お、オイ、……白蛇?」
部屋の温度が急に下がった。
温度を奪っているのは白蛇の体で、突き刺すような冷たさが繋いでいる手に痛いほど染み込んでくる。
何が起こっているのか、白蛇の視線はどこも見ていない。初めて会った時の虚ろな視線にも似ている。あの時以上に生気を感じられない。
長くて白い髪が黒く染まっていく。オレよりも高い背丈が縮み、真っ白な死装束が別の服……赤い色が付き緋袴になる、巫女服と呼ばれる服に変わっていく。裸足の足が足袋に草履が浮かび現れてくる。
目の前で白蛇は、十歳にも満たない少女に変わってしまった。
「私は……研究材料じゃない……道具でも……生贄でも……ない。私は……私? 何だっけ、私は……何だっけ」
少女が引き起こす異変は、夢の中の空間にまで干渉し始めていた。辺りは色を失い、霧に包まれる。
座っていたベッドは木の床と階段に、目の前には石畳みが並び出す。後ろを向けば観音開きの戸の向こう側に仏像が立つ。ここは神社だろうか。神社だけならどこか分からなかったが霧が薄まると竹林が見えてきて、昨日圭太と争ったあの場所だと分かった。
白蛇の記憶が逆流しているのか?
悪夢の中に似ている今の夢の主はオレではなく、この少女だろう。
「……寒い、でも、もうすぐ、来る」
雪が降り始め周りは白色に染まり始めてきた。竹に積もった雪は重みを与え姿を変えていく。竹が軋む音か、世界が軋む音か、ただならぬ気配に囲まれいてる。
「白蛇、しっかりしろ。自分を思い出せ。悪夢なんかに飲まれるな!」
氷のように冷たい手を両手で握る。オレの体温を奪ってもなお、氷を触っていた方が楽なほどに冷たい。
「あったかぁい……」
黒髪の少女はオレの手に両手で触った。血液が凍ってしまいそうだが、手を払いのけることはしなかった。
「そうだ、あったかい。ここは寒い場所じゃない。暖かい場所だ。お前は今夢を見ているんだ」
「夢? やだ、こわい、夢はイヤ……」
「大丈夫だ! オレがいる! オレはナイト/ナイツ/ナイトメアのナイトだ。どんな悪夢もぶっ壊してやるさ。こんな寒い場所じゃなくて、もっとあったかい所に連れて行ってやる」
全身の体温が奪われて凍りそうな中で、どうしてかオレは笑顔をした。体はガタガタに震えていて、氷のような少女相手に悪夢退治するにも敵がどこにいるかわからない。早く元のオレの夢に帰らないと、魂から凍死しそうだ。
「ばくがくる」
「獏って、伊藤獏か?」
「こわい」
「オレが倒してやるから、安心しろ」
「そこいる」
背後の気配に、凍りそうな体は瞬時に反応できなかった。
振りかえると、狂気の権化がいた。
笑顔のまま抜き身の妖刀を持つ男。
伊藤獏。
確かに顔つきは圭太に似ている。
男は何も言わず、心臓目掛けて刀を突き立てた。
もう一本をのど元に。
それから男の野太い笑い声。
あまりにも寒くて痛みを感じることはなかった。
ただ、無心の中に虚しさを感じた。殺されたばかりのオレを少女は黙って見ている。泣く事も叫ぶこともない。
「……お前はこうやって死んだのか」
「うん」
伊藤獏は笑い続ける。倒れたままのオレの服を掴むと本堂の中に引きずり入れる。
「だったら、こんな悪夢に付き合う義理はねえよな」
気の狂った悪夢は見慣れているけど、悲しい悪夢だ。
育ての親に殺されるなんて悲しい夢は見た事ない。二度と見たくも無い。
「悪夢なんて覚えている必要なんてない。忘れちまえよ……聞いてるのか白蛇?」
少女は黙って見ているだけ。心が死んでいる。
そりゃそうか、この時は死にたてで、何も考えられなかったよな。
「スカルフェイス、パイクホルダー、トータスホイール、ブラストエッジ、召喚」
体に突き刺さった刀も全て、装備に変えた。音を立てずに起き上がる。
仏像に向かって読経している伊藤獏を真後ろから突き刺す。
「ブラストエッジ、サルベーション」
上半身はジェットエンジンの高圧噴出ガスによって粉みじんに吹っ飛んだ。化け物の硬い皮のようにしっかり作られたものではなかった。霧や霞のようにあやふやでも脆い物だった。
「これは殺しなんかじゃない。この子を救う救済方法だ」
悪夢は元に戻らず。他に何かが出てくる気配もない。
「なあ、お前はどうしたかったんだ? 本当はどうして欲しいんだ?」
少女は何も答えない。ただ、首を横にふった。
「死にたくなかったんだろ?」
どうしてか、少女は首を横にふる。
「私は、生贄になる為に、ずっと飼われていた。だから、死なないと、ダメ……なんだとおもう……ヤだけどばくに捨てられたら、どうすればいいかわからない……」
少女は泣き出した。でもそれは力無くて小さく嗚咽を漏らし続ける。この子は、親に使われ、殺され、殺された後もどうしたらいいかわからないままの、迷子だ。
「……酷い話しだよな」
トータスホイールは形状を保てなくなる。
「死んでも死にきれないよな」
パイクホルダーは形状を保てなくなる。
「憎んでも、憎み切れないよな」
ブラストエッジは形状を保てなくなる。
「寂しいよな……誰もそばにいないっていうのは……」
スカルフェイスは形状を保てなくなる。
「どうして人間って、孤独なんだろうなぁ……」
悪夢の騎士は形状は保てなくなる。
「何で、上手くいかないんだろうな」
泣いているのは少女だけじゃなく、オレも泣いていた。
少女の気持ちが痛いほど分かるのは、オレも独りだからだ。
オレは座りこんで、みっともなく、大きな声で泣いた。
この世界を呪った分だけ、ずっと我慢して来た。
呪うなんて一言で終わらせているけれど、こんなに複雑な感情制御できるほど大人なんかじゃない。だから、だから、だから……ひとりで泣くしかないんだ。
「もう泣かないで」
情けなく、みっともなく泣き散らかしていると、目の前の少女が言った。
少女は泣きはらした顔だったが、その涙は止まっていた。
「大丈夫だよ! こわくないよ! 『トモエ』がそばにいてあげる!」
なぜか少女は笑って、オレに抱き付いた。
「だから泣きやんで、ね?」
「お前は……世界が憎くないのかよ」
「じゃあ、私と半分こしようよ! 二人ならできるでしょ? 一緒に私も嫌いってするから!」
嫌なことを分け合う。
「でも楽しい事は、私とあなたで二倍にするの。ね、二人なら大丈夫でしょ!」
「……まったく、お前に同情して泣いたってのに、何やってんだかな……ふっはっはっはっはっは」
「ほら笑った、ね。二人なら大丈夫!」
「ああ、二人なら大丈夫だ」
少女はオレに抱き付く。
そのまま光の粒に分解していく。
過去の記憶の世界も、崩壊していく。
「白蛇……じゃなくて。トモエが本当の名前か?」
「うんそうだよ、私はトモエ。おにーさんの名前は?」
「美里風太郎」
「ぷーたろーだね」
「それはちょっと勘弁してくれ。別の名前にしてくれ」
「じゃあふーた?」
「それでいいや」
「ねえふーた、私と一緒にいてくれる?」
「ああ、いいよ。トモエが居たいだけオレの側にいてくれ」
「うんわかった。ありがと」
トモエを抱きしめると、世界は純白に覆われた。霧や雪のような白さじゃない。百合の花びらのように柔らかく暖かい --光に包まれる--
この時、初めてオレは安眠をしたのかもしれない。
*
目が醒めて朝になった。
昨日の夢の事はしっかり覚えている。洗面所で鏡に映る顔は涙のあとが残ってた。
オレはそれを無言で洗い流す。
すると後ろにから白蛇が申し訳なさそうにソッと現れた。
「おはよう白蛇」
『お、おはようございますぅ……』
顔を洗った次は制服に着替えなければならない。
自室に帰り着替え、姿見でネクタイを付ける。
寝癖も無く、いつでも登校できるだろう。
『あのぉ……怒ってますよねぇ?』
やっと何か言ったと思ったら、そういえばそんな前置きから話しを聞いたのを思い出した。
「話を聞いても怒らない約束だろ」
『でも、その、あはははは~。途中から記憶が無くって……アタシ何を話したのかなぁ~なんて。思ったり思わなかったりぃ?』
死装束を纏った白髪金眼の美女、それが白蛇。
昨日話したのは、生贄の為に育てられた親無し巫女少女のトモエ。
つまり、白蛇からは何も聞いていない。という考え方もある。
「オレは昨日、トモエという少女に会った。お前とは何も話さなかったよ」
『ひぃ、なんでアタシの……な、名前を……どこまで……あぁ……』
色白の肌が耳まで赤くなる。
「たぶん全部だろうな」
『う~わ~!』
蛇の姿になり、陸に上がった魚のごとくビタビタ跳ね始める。恥ずかしさを誤魔化しているのにしてはシュールだ。
不気味な光景というのは、我慢して胸にしまっておこう。
「……オレも全部喋ったよ」
『え、何? 何か言った?』
「お前は悪さをしない限り、出ていけとか殺すなんて言わない。好きなだけオレの夢の中に居ろ」
『どどどどどうしたの? 昨日と全然態度が違くないですかぁ? 夢の中で何があったのぉ!』
「あーうっさい。ただしお互いプライベートな時間を持とう。希望があったら互いに席を外す。これは契約に追加してくれ。いいよな?」
『了解ですぅ……』
鏡を見ながら蛇のままの白蛇を掴み、首に巻く。
部屋を出て朝食を取ることにした。階段を下りる時、肩に何かが乗っていることに重みを感じて少しばかり安心をしている自分がいた。
母親に何かいいことがあったのか聞かれたので「よく寝れた」と答えたのは初めてかもしれない。
それと母親を一言で泣かせたのもこれが初めてだと思う。
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