人類は仮想世界に移住しました。最強のアバターを手にいれたので、無双します

新人賞落選置き場にすることにしました

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秩序と無秩序

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「悪の親玉に、みずから会いに行くことになるとはね」
 と、クロが言った。


 ロジクからDMが来た翌日のことである。ノウノは、ロジクに会いに行くことにした。クロが同行してくれた。


「悪の親玉?」


「ロジカルンの総裁であるロジクは、君やエダからしてみれば、悪の親玉のようなものだろう。エルシノア嬢のことを垢BANした、張本人だ」


「まあ、そういう意味では、悪の親玉かも」


 バイナリー・スクエアは、ビル群となっている。まるで立ち並んでいるサーバーみたいだ。ビルとビルのあいだには、高架道路がめぐらされている。
 土方たちが、プログラミングコードをいじって道路を建造している途中らしかった。


「何か仕掛けてくるかもしれないぜ」


「うん。そうかも」


「なら、わざわざ会いに行くことはないだろ? せっかく俺とデートする約束だったのに」
 と、クロは肩を落としていた。


「デートする約束なんか、してないでしょーが。気分転換に遊べば良いって話でしょ」


「ロジクに会いに行くんじゃ、気分転換にならないだろ」
 と、クロは駄々をこねるように言った。


 しかし本気で駄々をこねているわけではない。あえてそういう態度を装っている――ように見える。


 クロの性格なのだろう。


 どことなく、この状況を面白がっているようにすら見える。


「学園を出るだけでも、息抜きになるけどね」
 と、ノウノはつぶやいた。


 ほかのVDOOLたちの視線が、窮屈だった。学園に来たときは、楽しかったのに、今は妙に息が詰まる。300万人の重圧がかかっている。


「俺も、いちおう違法アップロードしてる身だから、あまり会いたくないんだがなぁ」


 ああ、そこ右だ、とクロが道を教えてくれる。
 ロジクから教えられた場所まで、クロがナビゲートしてくれている。


「私、セキュリティ会社にしょっ引かれたときに、ロジクさんに会ったのよ。でも、そんなに悪い人には見えなかったし、それに、なんだか気になる文面だったし」


 君に損はさせない、と書かれていた。
 付け加えられていたその一言が、気になったのだ。


「悪い人に見えないって、人は見かけによらないだろ」


「それはそうなんだけど」


 ロジクという男からは、王たる威厳を感じた。変な小細工など仕掛けて来ないように見えた。しかし、それは思い違いなのだろう。実際、エルシノア嬢のことを垢BANするという悪辣なことをしているのだ。


「罠かもしれないぜ」


「うん。そのときは、むしろ好都合よ。何か違法なことを仕掛けてきたら、証拠を撮影してSNSにアップする。それがエダの望みでもあるし」


「虎穴に入らずんばってヤツか」


「なにそれ?」


「古代人のつくった言葉だよ。虎の巣に入ったら、良いことあるよ――みたいな」


「古代人の言葉って、意味不明なの多いわよね」


「論理は破綻しているほうが面白いけどな」


「そう?」


「ああ。辻褄が合ってると予測できる。予測できる物は面白くない。俺はもうこの世界にヘキエキしていてね」
 と、クロは高架道路の渦巻く空を見上げた。


 首を傾けたせいで、フードが脱げていた。黒い髪があらわになり、風に揺られていた。黙っていればイケメンなんだけどなぁ、とノウノはちょっとそう思った。


 クロはフードをかぶりなおしていた。ノウノも空を見上げてみる。今日は曇天。空は灰色だった。


 天気予報によると、午後からは雨が降るらしい。天気予報と呼ばれているが、べつに予報でも何でもない。プログラミングコード的に、午後から雨が降るように設定されているだけだ。空気は湿気をまとい、すこし重たい。


「クロは、この世界が嫌いなの?」


「飽きたんだよ。俺はもうけっこう長いからさ」


「へぇ。意外」


「意外でもないだろ。何か刺激を求めるから、違法アップロードなんかやってるわけで」


「生きている時間が長いと、やっぱり飽きてくるもんなのね」


「さあ、それは人によるんじゃないか? 俺は飽きてきたってだけだ」


「あぁ、そっか」


 そういえば、生きることに執着している第1世代が、身近にいた。


「あとは、子供を残して、俺はさっさと眠りたいんだがな。しかし、せっかく子供を残すなら、優秀なほうが良い」


「あーね」


 それで、クロは、優秀な意識モデルを探しているわけだ。


「まあ、でも、ここ数日はすこし面白い。君が来てくれたおかげで、学園が騒がしかったからな」


「もう少し、付き合ってもらうわよ」


「もちろん。姫を護衛する騎士として尽力させてもらうよ」
 と、クロはおどけるように言った。


 ロジクに招待された場所は、ビル群にあるうちの一棟だった。


 玄関ホールに入ると、豪奢なシャンデリアが見えた。おそらく人工知能と思われる受付がいた。髪のない、白い立方体の顔をしたロボットだった。


「いらっしゃいませ。ロジク・ニュタリアさまが、5階フロアにてお待ちです」とのことだ。


 エレベーターに乗りこんだ。本当に重力がかかっているわけでもないのに、慣性力が働いているような気がした。


 エレベーターの扉が開く。薄暗い。明度が低く設定されているようだ。


 薄暗い部屋のなかには、魚が泳ぎまわっていた。呼吸はできるが、まるで水槽のなかのような案配になっている。


「どう? 何か罠はありそう?」


 クロはいちおう護衛として頑張ってくれているようで、ディスプレイを展開して、しきりにあたりの様子を探っている様子だった。


「いや、今のところは問題なさそうだ」


「そう」


 エレベーターを降りる。バーになっていた。カウンターテーブルがあり、あたりにはサンゴが茂っている。


 カウンターテーブルのスツールに腰かけているロジクの姿があった。ロジクの背後には、まるで護衛をするかのように、アルファとベェタの姿があった。「あ、二人とも、もう直ったんだ」と言うと、「ロジカルン舐めんな、ボケ」とアルファが返してきた。


「待っていたよ」
 と、ロジクが言った。


 アルファとベェタには席を外すように指示していた。
 ノウノも、クロに席を外してもらうことにした。


 アルファとベェタとクロの3人は、すこし離れたテーブル席で待っていてもらうことにした。


「かけたまえ」
 と、ロジクは隣にあったスツールを引っ張り出した。


「どうも」
 ロジクさんと会うときは、なぜかいつもスツールだなと思った。べつに意味はない。座高の高いスツールで、ノウノの足は床に届かなかった。スツールに足をかける場所があったので、そこに足を置いた。


「よく来てくれたね。警戒して、会ってくれないかとも思っていたが」


「私も迷いました。でも、私にとって損はない話だということなので」


「フォロワー300万のVDOOLと、こうして酒が飲めるのは光栄なことだ」


「よしてくださいよ。そんなこと思ってもないくせに。それに私、お酒は飲んだことないですよ」


「ノンアルコールもある」


「じゃあ、それいただきます」


 雰囲気がおしゃれなので、ちょっと緊張する。名前はわからないが、クラシックらしき音楽が流れていた。イカの姿をしたマスターが、その長い触手を伸ばして、ノウノの前にグラスを置いた。白いドロリとした液体が注がれていた。


「海、ですか」
 と、ノウノはそう尋ねた。


「そういうモチーフだ。私はよく、ここに飲みに来る」


「どうして海なんですか?」


「我々、生命の故郷だからね」
 と、ノウノの質問にたいして答えになっているのかいないのか、良くわからない返答を、ロジクはした。


「私は、生まれも育ちも、バイナリー・ワールドですけど」


「惑星は水素とヘリウムからはじまり、命は海からはじまった。人は地球という惑星で生きて、宇宙に飛び立ち、仮想世界にやって来た。思えば、遠くまで来たものだ」


「はぁ」
 と、ノウノは曖昧に応じた。


 もしかしてロジクは酔っているのかもしれない。
 ノウノのすぐ目の前を、赤い尾ひれの魚が浮かんでいた。指でつついてみると、魚はビックリしたように泳ぎ去って行った。


 立体映像かとも思ったが、どうやら、人工知能が搭載されたモデルらしい。白い液体の注がれたワイングラスに口をつけてみる。甘い果実の味が口のなかに広がった。


 店内に流れている音楽に、呆然と耳を傾けていた。なんの音楽なんだろうか。低いベースの音とピアノらしき音が聞こえる。ノウノが音楽に耳を傾けているのかわかったのか、「良い音楽だろう」とロジクが言った。


「ええ」


「音楽というのは良い。sin波とcos波。周波は規則的がゆえに、人を安心させる」


「ノイズミュージックとか聞くと、ちょっと変な感じしますからね」
 と、ノウノは話を合わせた。


「時間の矢は、前にしか進まない。なのに、なぜか人は周期やパターンというものを好む。かつて地球は太陽の周りをまわっていた。一回転すると1年と決めていた。時計の針が一回転すると1時間。回帰することを特別視したのだ。実際には回帰していないのに、まるで回帰したかのように決めつけた。特定のリズムやパターンを、人は見出そうとする。なぜだと思うかね?」


「さあ」


 音楽と同時に、波の音もわずかに聞こえる。
 海だから、だろう。
 この波にしても、一定のリズムがあるのだろう。


「そこに秩序があるから。人は安定と秩序を求めている。イレギュラーを好まない。そうは思わないか?」


「人によるんじゃないですか?」


 ここに来るまでの道中。クロは言っていた。論理は破綻しているほうが面白い、と。安定こそが絶対の正義というわけではないだろうと思う。


 ふん、とロジクは鼻を鳴らした。
 笑ったのか、不満なのか、判じかねる鼻息だった。


 本題に入ろう――と、ロジクはその緑色に透き通った目を、ノウノに向けてきた。
 その目線を向けられたとき、ノウノは不意を突かれたような気分だった。ロジクは酔ってなどいない。酔っているフリをしているのだとわかった。


「女王戦。辞退して欲しい」


「辞退?」


「そうだ。女王に勝ちを譲ってもらいたい」


「それで私に良いことがあるんですか?」


「君をロジカルンに向か入れよう。国家技術をもってして、君のバックアップを行う」


「それは、お断りします」


 ロジカルンの支援は必要ない。エダがいれば充分だ。


「君には、覚悟があるのか」


「覚悟?」


「そうだ。世界を背負う覚悟だ。君が右と言えば、世界は右を向く。君が左と言えば、世界は左を向く。もし君が、反乱を起こそうと企てることがあれば、国家は転覆する。それがこの世界におけるインフルエンサーの影響力だ」


「それは……」


 ノウノは言葉に詰まった。
 正直、フォロワーを抱えるのは重い。
 そう思っていたところだ。


「均衡を崩すべきではない。人は安定を求めているのだ。世界は女王を中心に回っているのだ。女王を退かせてはならない」


「でも、辞退をするつもりはありません」


「彼女と同じだな」


「彼女?」


「エルシノア嬢だ。彼女に交渉を持ちかけたときにも、君と同じように断ってきた。あの魔女は、自分の実力がどこまで通用するか、試してみたい――と言っていた」


「話がそれだけなら、もう私、帰りますけど」


 グラスの白い液体を飲み干した。
 甘くて濃厚な液体が、ノド奥に流れ込んできた。


「望みは、ないのかね? 私のチカラならば、たいていのことは叶えられる。君は、どうしても女王と戦わなくてはならないのかね?」


「自信ないんですか? 実際に戦っても、女王が勝つかもしれないじゃないですか」


「もちろん、私は娘を信じている」


「娘?」


「もちろん実の娘ではない。でも、私は女王を娘だと思っている。ロジカルンの技術の結晶。私の知識と技術の集大成だ。解析力学と人体解剖学にもとづいたモデリングとアーマチュア計算。線形代数行列式によるニューラル・ネットワーク計算と、フロントエンドのフェッチ。あのアバターも、意識モデルも最高の逸材だ」


「なら、べつに私が辞退しなくても良いじゃないですか。女王が勝つかもしれませんし」


 ロジクは目を細めて、ノウノのことを見つめた。そしてふと顔を背けて、赤い液体を飲み干した。


「私は、君が怖いのだ」


「怖い?」


「君の背後に、魔女の亡霊が見える」


 慧眼と言うべきか。
 やはり、エダがエルシノア嬢あることに気付いているのかもしれない。


「私、ロジカルンのVDOOLに応募したことあるんですよ」


「本当かね?」


「1次で落ちましたけどね。もしそのときに、私を採用してくれていたなら、世界は変わっていたと思います」


 厭味をこめてノウノはそう言った。スツールから立ち上がる。クロを呼んで立ち去ろうとした。


「待て」
 と、ロジクが呼び止めてきた。


「まだ何か?」


「大人しく君を帰すわけにはいかない」


 ノウノの行く手を遮るようにアルファとベェタが立ちふさがった。


「ふぅん。やっぱり、そういう感じですか? こういう小細工はして来ない人だと思ってたんですけど」


「世界の均衡と秩序のためだ」
 よりいっそう低い声音で、ロジクはそう言った。
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