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2.入学

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 ヒュゥゥゥ――……。
 風の質まで違って感じた。


 オーディン魔法学校前では、花の香りのする温かい風が吹いていた。


 ロキ魔法学校前――。風は肌寒い。枯れた葉を風が吹き散らした。乾いた葉っぱが、石造りの床を引きずられていく。


 ガサガサと紙を引っ掻くような音が鳴る。空気が生臭く感じた。


「はぁ」


 ロキ魔法学校の外観には落胆せざるを得なかった。石造りの広場に、石造りの巨大な箱を無造作に置いたような外観をしている。造形に意匠を感じない。石の色も灰色にくすんでいる。牢獄みたいにも見える。


 オーディン魔法学校の外観を見たあとだから、どうしても見比べてしまう。オーディン魔法学校にあった校舎のかがやきが、ロキ魔法学校の校舎からは、まるで感じられなかった。
 合格できなかったことが、ますます悔やまれる。


 ロキ魔法学校でも、いちおう新入生はけっこういるようだ。正確な数はわからないが、100人はいると思う。


(オレみたいな落ちこぼれの集まりなのかなぁ
 なんて思ってしまう。


 新入生の群れにまざって錆びついた校門を抜ける。


 石造りの広場がある。グラウンドって言って良いんだろうか。牢獄みたいな校舎に向かって歩いた。


「でさー。女を犯っちまったわけ」「マジかよ。やるなぁ」「でも、犯られた女のほうも、濡れててよ」「淫乱だったわけだ」。


 校舎前。
 話の内容は良くわからないが、不穏な会話をしている者たちがいた。


 ロキ魔法学校の制服である紺色のチュニックを着ている。たぶん生徒なんだろう。校舎の壁にもたれかかるようにして、煙の出る筒を口にくわえていた。刺激臭のする煙が、フェレスの鼻先をよぎった。
 変な薬でもやっているのかもしれない。


(やべぇ。不良だ)


 魔法学校としての評判が最悪なのは知っていた。生徒の柄まで悪いとまでは聞いていなかった。テスト無しで入れる学校なんだから、有象無象が集まるのは変な話ではないのかもしれない。


 不良たちと上手くやっていける自信はない。これから6年間。この学校でやっていくことに不安しかなかった。


(できるだけ、変なのとは関わらないようにしよう)


 校舎前で下品な会話をしている男たちとは、目を合わせないようにした。たぶんほかの新入生も、フェレスと似たような感想を抱いたのだろう。場がいっきに緊張するのがわかった。


「こらーッ。てめェら、なにやってンだーッ」
 女性の声が聞こえた。


 どこから聞こえているのか、すぐにはわからなかった。女性は屋上に立っていた。赤いロングボブの髪を、風に風になびかせて、仁王立ちになっていた。


 おのずとフェレスからは見上げるカッコウになる。チュニックの裾からは、黒いパンツがかいま見えた。女性は屋上から飛び降りてきた。


「うわっ」
 と、新入生たちがドヨめいていた。


 フェレスもビックリした。まさか屋上から飛び降りて来るとは思わなかったのだ。女性は呪文を詠唱して、着地寸前にふわりと軽く浮かんでいた。
 浮かび上がった拍子に、チュニックの裾がめくれあがって、また黒いパンツが見えた。


「げッ。生徒会長!」


 怪しげな薬をやっていた男が、あわてたようにその筒を足でもみ消していた。


 屋上から飛び降りて来た女性は、どうやら生徒会長らしい。たしかに紺色のチュニックの腕には、「会長」と書かれた腕章があった。


「てめェら、校内で違法魔薬をやるとは何事だ! 今日は新入生の入学式だ。入学式ぐらい大人しくしておけ。このゴミ屑どもがッ」
 と、生徒会長が怒鳴った。


(この人が……)
 どうやら、ロキ魔法学校の生徒会長らしかった。女性とは思えない迫力だった。


「ンだと、あぁッ?」
 と、不良生徒も凄み返していた。


「文句があるなら相手をしてやる。片っ端から叩き潰してやる」


 生徒会長はまた何か呪文を詠唱した。手に炎をまとっていた。


(火属性エンハンス系の魔法だ)
 と、フェレスにはわかった。
 自分の肉体を強化する系統の魔法だ。


「生徒会長になれたからって張り切りやがって。てめェのことは前々から鬱陶しく思ってたんだ。落ちこぼれは落ちこぼれらしくしておけば良いものをッ」


 不良は3人いた。怪しげな薬をやっていた男が、手に剣を召喚した。
 土属性サモン系の魔法だった。


 不良は剣を上段に構えて、生徒会長に斬りかかった。魔法で召喚したとは言っても、剣は剣だ。下手をすると殺してしまうことになる。


 生徒会長は臆することなく、刀身をを手刀で叩き折っていた。折られた刀身が石畳の床に落っこちて、カランカランと派手な音を鳴らした。


 生徒会長は炎をまとった拳を、不良のみぞおちに叩きこんでいた。


「ぐへぇ」
 と、男はその場に倒れ伏した。
 一撃だった。
 倒された男は、うずくまって痙攣していた。召喚していた剣も、術師である男がダウンしたことによって霧散していった。


「ほかにも叩きのめされたいヤツがいるなら、私がぶっ潰してやる」


 そう言う生徒会長の背後。
 忍び寄る男がいた。おそらく不良仲間なんだろう。生徒会長は気づいていないようだった。


 ヤバいと思った。


「土属性サモン系魔法発動。ゴーレムの右手」
 と、フェレスはつぶやいた。


 咄嗟の詠唱だった。
 石造りの校舎の壁から、巨大な岩の手のひらが召喚された。まるで壁面から巨人の手が生えたような案配だった。


 生徒会長の背後から忍び寄る男を、巨大な岩の手がわしづかみにして、壁に張り付けた。岩の手が召喚されたことで、生徒会長は背後に気づいたようだった。


「誰だッ。今魔法を発動した者は!」
 と、生徒会長が新入生の群衆に向かって怒鳴った。


(うわ。やべっ)


 思わず発動してしまった。
 あわてて魔法を解いた。
 壁から生えていた巨大な岩の手のひらが霧散していった。


 フェレスは新入生の群衆のなかにまぎれて、隠れていることにした。


「怒らないから正直に名乗り出ろ。いまの魔法を発動させたのは、いったい誰だ?」


 生徒会長の注意はもう不良たちには向かっておらず、新入生のほうに向いていた。


 生徒会長に殴られた男性はよろめくように逃げて行き、フェレスの土魔法で壁に張り付けられていた男も、魔法が解けると、不良連中といっしょになって逃げて行った。


 不良生徒の去ったあとには、違法魔薬と呼ばれていた筒状の薬が放置されていた。わずかに煙を上げて刺激臭を発していた。生徒会長は、それを拾い上げると握りつぶしていた。


 生徒会長に詰問されて、新入生はしわぶきひとつすることなく凍り付いていた。不良たちを撃退した生徒会長の態度もさることながら、その紫がかった眼光も威圧的なものがあった。


(やべぇ)


 入学早々、目立ちたくなかった。
 不良たちに目をつけられたくないという気持ちがひとつ。もうひとつは、アンダイン家の者が、Fランと言われている学校に来ていることを、まわりに知られたくなかった。


 フォルテの言っていたように、父の顔に泥を塗ることになる。
 フェレスは黙ってうつむいていることにした。


 生徒会長の詰問はすぐに止んでくれた。


「まあ。良いだろう。私はこのロキ魔法学校の生徒会長であるマハル・ヴォルケルスだ。入学そうそう騒ぎを起こして悪かったな。新入生は校舎裏にある体育館に集合せよ。魔力値を測定する」


 生徒会長に牽引されて、フェレスたちは体育館に向かうことになった。
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