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3.(生徒会長マハル・ヴォルケルス)

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(さっきの魔法は、私の感覚に間違いがなければ、100魔力値は越えていた)


 新入生を体育館に牽引しながら、マハルは胸裏で考えていた。


 マハルの背後から忍び寄ってきた不良生徒。その存在には気づいていた。油断させておいて、近づいてきたところを殴り飛ばしてやろうという算段だった。計算外のことが起きた。マハルを援護する者がいたのだ。巨大な岩の手で、不良生徒を壁に張り付けてしまった。


(さっきのは――)


 土属性サモン系の魔法だ。おそらく新入生による魔法だったのだろう。ほかに援護する者が近くにはいなかった。しかし、誰が発動したのか問いかけても、名乗り出る者はいなかった。
 すこし威圧的過ぎたのかもしれないと反省した。


(もしさっきの魔法が新入生によるものならば……)
 ずいぶんと優秀な新入生が入ってきたものだ。


 あれほどの大きさの岩の手を召喚できるのは、並みの魔術師ではない。オーディン魔法学校の生徒ですら難しいだろうと思う。いや。あるいは国家12魔術師にすら匹敵するかもしれん。それほどの魔法だった。


「ふふっ」
 と、思わず興奮に笑みを漏らしてしまった。
 すぐ近くにいた新入生が、怪訝な表情を向けてきた。あわてて表情を引き締めた。


 近々――。
 アインヘルヤルの日がある。


 魔法の対抗試合だ。その試合で好成績を残せば残すほど、学校としての評判もあがる。


 ロキ魔法学校は、昔っから最下位だった。創立以来ずっと最下位だ。だからこそ、Fラン魔法学校として知られているのだ。


 次のアインヘルヤルの日には、マハルも出場する予定だ。出場選手は校内代表の3人になっている。
 優秀な魔術師(選手)がほかにも欲しいというのが本音だった。


 新入生に頼るのは不甲斐ないところだが、さっきの魔法を目撃してしまっては、期待せざるを得ない。


 この中に。
 即戦力がいる。
 間違いない。


(いつまでもFランクと呼ばせるわけにはいかんのだ)


 ロキ魔法学校の校長は、マハルの父親が運営している。父のためにも、この学校の名誉を回復させようというのがマハルの野望だった。


 校舎の下駄箱を抜けると、すぐに校舎裏の体育館に通じている。体育館前には、「イビ樹」が植わっている。だいの大人が両手を広げても抱えきれないほどの幹をしており、「ぐごー」と常にイビキをかいているような音を発している樹木だった。新入生は物珍しげに「イビ樹」を見ていた。


「新入生の牽引。おつー」


「イビ樹」に寄り掛かるようにして、副生徒会長のニカがいた。ブロンドの髪をツインテールにした女生徒だった。今年で3年だ。3年に副会長をまかせるのは、正直不安もある。いかんせん今の4年以上には、あまり良い人材がいないかった。ニカを生徒会に勧誘したのはマハル自身だった。


「おい、チュニックの裾が短いぞ」
 と、マハルは、ニカの白くふくらんだ太ももを指差して注意した。


「良いじゃン。べつにさー。どうせ不良学校なんだから、誰も気にしないってば」


「生徒会なんだから、風紀を正さなくては示しがつかんだろ」


「もー。マハチンは堅苦しいんだから」


 しぶしぶといった様子だが、ニカは裾を正していた。


「これから新入生の魔力値チェックを行う。手伝ってくれ」


「オッケー。新入生ちゃんはどう? 良いのいそう?」
 と、マハルが率いてきた新入生たちを、ニカは背伸びをして覗き込むようにしていた。ニカは背が低い。背伸びしたところでたいして見渡せていなさそうだった。


「とんでもない怪物がまぎれている……と思う」


「怪物? マハチンが認めるぐらいの?」


「ああ。さっき面白いことがあってな」


 不良生徒を注意していたら、とんでもない魔法の援護をもらったのだと話した。


「ウソだー。そんな優秀な子がうちに来るはずないじゃン? だって、うちは底辺学校なんだからさ。優秀な子は、みんな別のところに行くに決まってるじゃン」


「底辺と言うな」


「でも、底辺じゃん。そんな優秀な生徒が、入ってくるわけないって」
 と、ニカは空気をはたくように手を振った。


 たしかにニカの言葉には筋が通っている。優秀な子がロキ魔法学校に入ってくるのは、なんらかの手違いとしか思えない。


 しかし魔力値100を超えるであろう魔法を目撃したのは事実なのだ。
 さっき見た岩の手は、マハルだって召喚できる物ではなかった。


「うーん。顔が良いのもチラホラいるね」


「顔は関係ないだろ」


「顔は大事だよ。イケメンを率先して生徒会に入れていこうよ」


「却下だ。礼節正しく、努力家であり、生徒たちの模範になるべき生徒から、生徒会に入れていく」


「えー。私はべつに礼節正しくないし、努力家でもないし、生徒たちの模範でもないと思うんだけどー」


「うちの学校では、マシなほうだ」


 新入生は120人いた。去年は160人だった。数が減っている。ロキ魔法学校を避ける生徒が増えているのだろう。120人を体育館前に並ばせた。


「よし。魔力値を査定していくから、順番に入って来るように」


 体育館。
 光属性サモン系魔法で、館内を照らした。


 体育館と言っても、石造りのおおきな空間になっているだけだ。石材もおそらく安物なんだろう。ところどころ色が違っているし、黒ずんでいるものもあった。


 ただでさえ綺麗とは言い難い体育館なのに、落書きも多い。真っ赤な塗料でドクロマークが描かれていた。


「ッたく」
 全部は消しきれない。いちばん目立つドクロマークの落書きだけ、水属性のベーシック系魔法で洗い流しておいた。


 洗った石壁のところが、濡れて黒ずんだ。発生された水は、石材のつなぎ目から流れ落ちていった。


 体育館には魔力測定値が用意されていた。たいした装置ではない。ただの白い直方体の箱だ。


「去年使ったきり手入れしてないからねー。ちゃんと動くかな?」
 と、ニカが魔力測定を蹴っていた。


「試運転はしてないのか」


「してないよ」


「しておけと言っただろうが」


「そうだっけ?」
 と、ニカが悪びれることなく首をかしげた。


「まあ良い。私がやってみよう」


 箱のうえに手を置いて魔力を注ぎ込んだ。箱の上に浮かぶように「60」と出た。魔法を発動するためには、魔力が必要となる。魔力というのは、いわば筋肉のようなものだ。鍛えれば上がるし、怠ければ下がる。魔術師の実力をはかるためには、便利な道具だった。


「うわー。さっすがマハチン。60ってことは、うちの学校のなかでは歴代最高なんじゃないかねー」


「60か……」


 ロキ魔法学校のなかでは最高でも、国内的に見ればまだまだだ。平均よりも少し強いといった程度だろう。


「もっと喜びなよー。ストイックなんだから」


「お前もやってみろ」


「うぃーす」


 白い直方体の箱の上面には、手のひらをかざすところがついてある。ニカが手をかざす。「35」の数字が浮かび上がった。


「ニカはたしか去年は36あったんじゃないか?」


「1下がったのかも」
 と、ニカは楽観的にそう言った。


「怠けてるから、そうなるんだ。努力していれば逆に1つ上げれたかもしれないのに」


「まあまあ。今日は私の測定なんじゃなくて、新入生の測定をしなくちゃいけないんだから。新入生を待たせちゃ悪いよ。私が呼んでくるね」


 マハルの叱咤から逃れるようにして、ニカは体育館を出て行った。


 ニカが新入生を順番に、体育館に誘い入れていった。マハルとニカがやったように、魔力を測定していってもらう。「10」にも満たない一桁代がほとんどだった。たまに「20」がいて、おっと思う。まあ、新入生はそんなものだ。


 120人の新入生の魔力をすべて測定し終えた。


「今年の新入生の数値はどう?」
 と、ニカが尋ねてくる。
「ふむ」
 と、マハルはうなった。


「どうしたのさ。難しい顔しちゃって」


「いや。これで本当に全員か?」


「間違いないよ。120人居たでしょ」


「それはそうなのだが……」


 土属性サモン系の魔法を使って、巨大な岩の手を召喚した魔法。不良生徒を壁に張り付けにした魔法。あの魔法はマハルが見るかぎり、魔力値「100」はあった。低く見積もったとしても「80」はあったと思う。


 不可解だ。
 さっきの魔法を放てるような魔力値を持った新入生がいないのだ。


「マハチンの見間違いだったンじゃないの? そんなに優秀な新入生が、うちの学校に来るわけないし」


「見間違いなんかではない。新入生や不良生徒たちだって、見ていたはずだ」


「でも、魔力値21が最大だったんでしょ。例年より低めだねー。まあ言うて、私も入学時はそんなものだったかな」
 と、ニカは思い出すように首をかしげていた。


「魔力測定のときだけ手を抜いたのかもしれん」


「ありえないでしょ。なんで手を抜くのよ。弱く見られたいとか?」


「それは、わからんが……」


 はあ、とため息を落とした。
 良い新入生が入ってきたと期待してしまった。来たるべきアインヘルヤルの日に備えて、即戦力が入ってくれるかもしれないと夢を見てしまった。


「ンじゃ、マハチン。魔力順に寮分けしていこうよ」


「そうだな」


 とりあえず魔力値が二桁以上あるヤツを、「アダマンタイト」。2桁にとどかない者を「オリハルコン」。1桁のなかでも低い者を「ミスリル」とした。
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