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(このお方が――)
 と、あらためてウルミナは、フェレス・アンダインの顔を見つめた。


 黒い髪。黒い瞳。
 華やかな顔とは言い難いが、上品で穏やかそうな顔をしている。


 偉大なる国家12魔術師の一角である、ファルティマ・アンダインさまの息子なのだ。たしかに面影があるような気もする。


 本人は「アンダイン家」であることを隠しているようだが、ウルミナは知っていた。フェレスと相部屋になることが出来て光栄だった。おそれ多いとすら言えた。


 この都市アースガルドは12個の地域に区分されている。そして各々の地域を、国家最強の魔術師たちが統括している。


 ファルティマ・アンダインという男は、オーディン魔法学校のある地域を統括している。都市アースガルドにおいて最高峰の魔術師を排出している地域だ。
 国家12魔術師たちは、地域を統括しているだけではなくて、その地域にある学校の校長でもある。


(たしか、このロキ魔法学校の地域は……)
 生徒会長であるマハル・ヴォルケルスの父親が担当していたはずだ。


「オレの顔になんかついてるか?」
 フェレスが怪訝そうに尋ねてきた。
 じろじろ見すぎたかもしれない。


 授業は明日からということで、ウルミナとフェレスは部屋でゴロゴロしていた。


 フェレスはベッドに寝転がって持参の本を読んでいるようだった。読書しているフェレスの顔を、ウルミナはジッと見つめていたのだった。


「あ、いえ。良い顔だな――と」
「嫌味か?」
「いえいえ。違いますよ。本当に良い顔をしてるなと思って」
「まあ、男に言われてもあまりうれしくはないな」
「ははは」
 と、笑ってごまかした。


 フェレスは読書に戻ったようだ。
 ウルミナの父親は、ファルティマ・アンダインの弟子のひとりだった。


 その父から言われた。


『ファルティマ・アンダインの息子のひとりである、フェレス・アンダインがロキ魔法学校に入学する。治安の悪い学校だから、護衛として入ってくれる人を募集しているのだそうだ。お前、行くか?』
 と。


 ウルミナは、オーディン魔法学校に合格していた。迷うことはなかった。オーディン魔法学校の合格を一蹴して、フェレスの護衛を申し出た。


 国家最強とうたわれる12魔術師からの頼みなのだ。断るわけがない。そしてその息子の傍にいられる。オーディン魔法学校に行くより、勉強になることが多いだろうと判断した。アンダイン家とつながりが持てることも魅力のひとつだった。


『ただし、これは密命だ。お前はロキ魔法学校の生徒になりきれ。護衛役として入ったことは、誰にも悟られるな。特に本人に悟られるなよ』
 とも指令を受けている。


 だから、言わない。
(ボクは、あなたの護衛役として送り込まれたんですよ)
 と、読書に耽っているフェレスに胸裏で語りかけた。


 ウルミナは期待していた。
 フェレス・アンダインという男が、どういう男なのか。何故、ロキ魔法学校なんかに行くことになったのか。
 期待を裏切られることはなかった。


 いや。
(むしろ期待以上だった)
 と、ウルミナは思う。


 あのとき――。
 生徒会長の背後に忍び寄る不良生徒に向かって、巨大な岩の手を召喚したのが誰なのか、ウルミナにはわかっていた。


 フェレスのとなりにいたから聞こえたのだ。土属性サモン系の魔法を詠唱する声を。


 国家12魔術師の魔力値は、おおよそ120を越えると言われている。フェレスの使った魔法は、魔力値100ぐらいだった――と思う。あるいは国家12魔術師に匹敵するレベルにも思われた。


(ならば、なぜ――)
 という疑問が生じる。


 フェレスにはオーディン魔法学校に入学するだけの実力がある。しかし、ロキ魔法学校に来ている。それが不可解だった。


 オーディン魔法学校に行けば良いのに――と思う。


 もうひとつ不可解なことがある。魔力測定のときにも、たいした数字は出なかったことだ。フェレスの魔力値は「14」だった。ウルミナは、フェレスと同じ寮になる必要があった。護衛役としては、同じ寮になることが望ましかった。フェレスが出した「14」という魔力値に合わせるために、ウルミナも手加減する必要があった。


(まあ――)


 自分が本気を出していたところで、せいぜい「60」に届くか否か――といったところだっただろう。ウルミナはそう思う。フェレスが隠している実力には、とうてい及びそうにない。


(率直に尋ねてみようかな)
 と、読書にふけっているフェレスの表情を、ウルミナは盗み見た。


 どうして実力を隠してるのかって訊いたら、案外あっさりと教えてくれるかもしれない。いや。やめておこう。本人が隠しているのだから、気づいていない振りをするべきなんだろう。藪蛇をつついて嫌われたくはない。


「あ、そうだ」
 と、フェレスが急に声をあげた。


 顔を見つめていたことをまた指摘されるかもしれないと思って、ウルミナはあわてて目をそらした。


「どうかしましたか?」


「そろそろ荷物が送られてくると思う。ついたらすぐに着くように、荷物を送ってくれるって、オレの親が言ってたから」


 ファルティマさまが?
 そう尋ねそうになって、あわててフェレスは咳払いをした。


「そうですね。竜便は速いですからね。すぐに届くでしょう。良ければボクがフェレスくんの分も取ってきましょうか?」


「良いのか?」


「ええ。ボクのぶんの荷物も届くでしょうから。フェレスくんはゆっくり休んでいてください」


 フェレスはすこし迷ったようだ。


「いや。やっぱりオレも行くよ。もしかしたら重いかもしんないし」
 と、フェレスは読んでいた本を閉じて立ち上がった。
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