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決戦編
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酒池肉林。酒のかわりにコーヒーを飲み、肉の代わりにカレーを食って、小人たちとともに騒ぎ立てて、夜を明かした。
異世界の2大国による、平和条約が成立したお祝いである。騒ぎ立てたというと、遊んでいるように聞こえるが、まったくそんなことはない。
この祝勝ムードに乗じて、俺は筆を走りに走らせた。光の速度より速いものはないという世界の理をひっくり返し、Cをはるかに凌駕するいきおいで小説を仕上げた。
やれば出来るもんである。
そして翌朝。
いつの間にか眠っていたようで、俺は四畳半の床に大の字になっていた。
起きると鼻がムズムズした。鼻腔にて、何かがうごめいている気配がある。コーヒーの飲みすぎで、体内のアデノシンが脱走を試みているのではないかと訝った。しかし、すぐに別の可能性に思い及んだ。スライムである。
小人たちが現れると、決まって、俺の鼻の奥にスライムが入り込んでくるのだ。イスラエルの民がカナンの地を目指し、孫悟空たちが天竺を目指すように、どうもスライム連中は、俺の鼻を目指しているらしい。
ちり紙を鼻に押し当てて、「へぶしっ」とやると、やはり現れたのはスライムだった。今度こそ捕獲してやろうと、プリンカップのなかに閉じ込めて、ラップでぐるぐる巻きにしておいた。
「おや、またスライムか」
と、それを見ていた勇者が言った。
「よく、鼻に入るようじゃな」
と、魔王も言った。
小人たちはいまだ異世界へとは帰らず、カレーを食ったり、コーヒーを飲んだりしている。
「じゃあ俺は、学校に行ってくるから。部屋は好きに使っててくれて良いよ」
羊田高校へは徒歩で行ける。食パンをくわえた女性に衝突される機会をうかがいながら、いつものように学校を目指すことにした。残念ながら今日も食パンをくわえた女性は見当たらない。が、心は軽やかである。ようやっと小説が完成したからだ。これで今日も、椎名先輩と話をする口実ができる。椎名先輩が食パンをくわえて、俺に衝突してくれるのならば、なお良い。
しかし。
今日はどうも世界が騒がしい。
「へぶしっ」
「へぶしっ」
道行く人道行く人、みんながクシャミをしていた。みんなゲルニカみたいな顔をしているのに、クシャミなんかするものだから、さらに作画が崩壊してしまっている。花粉症だろうか。いつもなら、花粉に激励をおくり、優越感にひたるところである。
だが、今日はすがすがしい気持ちであるがゆえ、たいして気にも留めなかった。
で。
N番書庫。
俺は出来上がった原稿を手に、扉をたたいてみたのだが、中から返事がない。椎名先輩はいつも、部屋にいるはずなのに妙である。扉に手をかけ開けようとした。スライド式の扉。心張棒のようなものが引っ掛かっているようで、扉が開かない。
「今日はお休みです」
と、扉の向こうから、椎名先輩の声がした。
「小説を書いてきましたよ」
「へぶしっ……。後日にしてください」
「なぜです?」
「とても人前に出られる顔ではありません。へぶしっ。今朝からクシャミが酷いので。へぶしっ」
「俺はぜんぜん構いませんよ」
キュビズムのなかにいるリザ・デル・ジョコンドと言うべきか、椎名先輩だけは作画が安定しておられる。クシャミなどしたところで、たいした問題ではない。むしろ、クシャミをぶっかけてもらいたいぐらいだ。それで風邪を移してもらっても結構。これぞファムファタールである。
「私が構うのです」
とのことだ。
「しかし、学校に来たということは、顔は晒して来たのでしょう」
「マスクをしていましたから」
「ならば良いではありませんか」
「良くありません」
ほかの人に顔を見られても平気なのに、俺に見られては困るという意味だろうか。
そこから導き出されるのは、2つの可能性だ。1つは、この俺のことをたいそう嫌っているということだ。もう1つは、俺に好意があるからこそ、崩れた顔を見られたくないという乙女心である。
後者であれば良い。
我に返ると、口角で天井をぶち抜けるんじゃないかと思うぐらいニタニタ笑っている自分がいた。
しかし妙である。
椎名先輩のみならず、ほかの学生たちも今日は、「へぶしっ、へぶしっ」と騒がしい。今も、校舎のあちこちから聞こえてくるし、通学途中もそうだった。
待てよ、と思う。
心当たりがある。
そういえば、俺も今朝は鼻がムズムズしていた。あれの原因はスライムだった。もしや異世界より来襲してきたスライムどもは、俺の鼻には飽き足らず、世界中の人の鼻を侵略しようとしているのかもしれない。
「椎名先輩。鼻に何か入ってません?」
と、扉の向こうに問いかけてみる。
「わかりません。何かむず痒い気もします」
「くしゅんと、吹き飛ばせば、取れると思いますけど。ちから強く、くしゅんと」
「私には、そのようなはしたないことは、出来ません」
「そうですね」
椎名先輩は麗しき乙女である。鼻はかまないし、もちろん、トイレにだって行かない。乙女の鼻を侵略するとは、スライムというヤツは、思っていたよりも凶悪である。このままでは、椎名先輩は今後一生スライムに悩まされ続けることになる。そうなったら、最高傑作である俺の小説を読んでくれることもないし、そもそも会ってもくれないことになる。
困った。
そこで、ふと、思いつく。
「ちょっと待っててください」
「どこへ行くのです?」
「世界を救いに行ってきます」
と、俺は大木荘の自室へと引き返すことにした。
異世界の2大国による、平和条約が成立したお祝いである。騒ぎ立てたというと、遊んでいるように聞こえるが、まったくそんなことはない。
この祝勝ムードに乗じて、俺は筆を走りに走らせた。光の速度より速いものはないという世界の理をひっくり返し、Cをはるかに凌駕するいきおいで小説を仕上げた。
やれば出来るもんである。
そして翌朝。
いつの間にか眠っていたようで、俺は四畳半の床に大の字になっていた。
起きると鼻がムズムズした。鼻腔にて、何かがうごめいている気配がある。コーヒーの飲みすぎで、体内のアデノシンが脱走を試みているのではないかと訝った。しかし、すぐに別の可能性に思い及んだ。スライムである。
小人たちが現れると、決まって、俺の鼻の奥にスライムが入り込んでくるのだ。イスラエルの民がカナンの地を目指し、孫悟空たちが天竺を目指すように、どうもスライム連中は、俺の鼻を目指しているらしい。
ちり紙を鼻に押し当てて、「へぶしっ」とやると、やはり現れたのはスライムだった。今度こそ捕獲してやろうと、プリンカップのなかに閉じ込めて、ラップでぐるぐる巻きにしておいた。
「おや、またスライムか」
と、それを見ていた勇者が言った。
「よく、鼻に入るようじゃな」
と、魔王も言った。
小人たちはいまだ異世界へとは帰らず、カレーを食ったり、コーヒーを飲んだりしている。
「じゃあ俺は、学校に行ってくるから。部屋は好きに使っててくれて良いよ」
羊田高校へは徒歩で行ける。食パンをくわえた女性に衝突される機会をうかがいながら、いつものように学校を目指すことにした。残念ながら今日も食パンをくわえた女性は見当たらない。が、心は軽やかである。ようやっと小説が完成したからだ。これで今日も、椎名先輩と話をする口実ができる。椎名先輩が食パンをくわえて、俺に衝突してくれるのならば、なお良い。
しかし。
今日はどうも世界が騒がしい。
「へぶしっ」
「へぶしっ」
道行く人道行く人、みんながクシャミをしていた。みんなゲルニカみたいな顔をしているのに、クシャミなんかするものだから、さらに作画が崩壊してしまっている。花粉症だろうか。いつもなら、花粉に激励をおくり、優越感にひたるところである。
だが、今日はすがすがしい気持ちであるがゆえ、たいして気にも留めなかった。
で。
N番書庫。
俺は出来上がった原稿を手に、扉をたたいてみたのだが、中から返事がない。椎名先輩はいつも、部屋にいるはずなのに妙である。扉に手をかけ開けようとした。スライド式の扉。心張棒のようなものが引っ掛かっているようで、扉が開かない。
「今日はお休みです」
と、扉の向こうから、椎名先輩の声がした。
「小説を書いてきましたよ」
「へぶしっ……。後日にしてください」
「なぜです?」
「とても人前に出られる顔ではありません。へぶしっ。今朝からクシャミが酷いので。へぶしっ」
「俺はぜんぜん構いませんよ」
キュビズムのなかにいるリザ・デル・ジョコンドと言うべきか、椎名先輩だけは作画が安定しておられる。クシャミなどしたところで、たいした問題ではない。むしろ、クシャミをぶっかけてもらいたいぐらいだ。それで風邪を移してもらっても結構。これぞファムファタールである。
「私が構うのです」
とのことだ。
「しかし、学校に来たということは、顔は晒して来たのでしょう」
「マスクをしていましたから」
「ならば良いではありませんか」
「良くありません」
ほかの人に顔を見られても平気なのに、俺に見られては困るという意味だろうか。
そこから導き出されるのは、2つの可能性だ。1つは、この俺のことをたいそう嫌っているということだ。もう1つは、俺に好意があるからこそ、崩れた顔を見られたくないという乙女心である。
後者であれば良い。
我に返ると、口角で天井をぶち抜けるんじゃないかと思うぐらいニタニタ笑っている自分がいた。
しかし妙である。
椎名先輩のみならず、ほかの学生たちも今日は、「へぶしっ、へぶしっ」と騒がしい。今も、校舎のあちこちから聞こえてくるし、通学途中もそうだった。
待てよ、と思う。
心当たりがある。
そういえば、俺も今朝は鼻がムズムズしていた。あれの原因はスライムだった。もしや異世界より来襲してきたスライムどもは、俺の鼻には飽き足らず、世界中の人の鼻を侵略しようとしているのかもしれない。
「椎名先輩。鼻に何か入ってません?」
と、扉の向こうに問いかけてみる。
「わかりません。何かむず痒い気もします」
「くしゅんと、吹き飛ばせば、取れると思いますけど。ちから強く、くしゅんと」
「私には、そのようなはしたないことは、出来ません」
「そうですね」
椎名先輩は麗しき乙女である。鼻はかまないし、もちろん、トイレにだって行かない。乙女の鼻を侵略するとは、スライムというヤツは、思っていたよりも凶悪である。このままでは、椎名先輩は今後一生スライムに悩まされ続けることになる。そうなったら、最高傑作である俺の小説を読んでくれることもないし、そもそも会ってもくれないことになる。
困った。
そこで、ふと、思いつく。
「ちょっと待っててください」
「どこへ行くのです?」
「世界を救いに行ってきます」
と、俺は大木荘の自室へと引き返すことにした。
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