貧相なドラゴンだとバカにされたが、実は最速でした。いまさら雇いたいと言われても、もう遅い。

新人賞落選置き場にすることにしました

文字の大きさ
1 / 27

第1章》竜騎手免許を剥奪された

しおりを挟む
 あともう少しでゴールだ。もう200M。いや。もうそんなに残されてはいない。150Mといったところか……。


 物凄い風が防塵ゴーグルに打ちつけてくる。耳当てをしていても暴風の音がすさまじい。


 右も左もわからない。ただ正面にはゴールテープが見える。


 ここからだ……と、クロの背を強く股ではさみこんだ。


 ドラゴンの背中には鱗がビッシリと生えている。直ではさみこんだら、股が血まみれになる。傷つかないために足には脚甲がはめられている。脚甲ごしにもクロの鼓動が伝わってくる。


 大丈夫。黒もこの試合の重要性はわかってる。闘志は充分。
 このまま行けば、1着だ……。


 あと50M。
 この試合に勝てば、オレは世界最速の龍騎手としての栄光をつかむ。優勝したときの光景が、期待とともに胸裏に映しだされた。


 刹那――。
 脚甲ごしに伝わっていたクロの鼓動が小さくなった気がした。


 受ける風の勢いがゆるやかになった。


 そして今度は追い風がやって来た。追い風は、ものすごい羽音をともなって通過していった。べつのドラゴンに抜かされたのだとわかった。


 風圧を受けてクロの態勢が揺れた。2匹、3匹……と後続のドラゴンが、クロを抜かして行く。


 態勢を立て直そうとした。クロの反応はなかった。クロはそのままチカラ尽きたように落下していく。クロの落下に伴ってオレのカラダも落っこちて行く。


 落っこちてゆくさなかに、オレは目を凝らしてゴールテープを見つめた。ジオとその白銀のドラゴンが1着でゴールしたのが見て取れた。


 負けた……。
 敗北感に打ちひしがれた。


 クロがこのまま地面に落っこちれば、オレは死ぬだろう。


 死んでも構わない。オレは負けたのだ……。


 オレの絶望とはウラハラにクロは意識を取り戻した。地面に叩きつけられる寸前のところだった。翼を広げ、ユックリと着陸した。


 オレはクロから降りて、防塵ゴーグルを外した。


 空――。
 もうすべてのドラゴンがゴールし終えていた。会場に集まっている観衆からは、地を揺るがすような歓声がわき起こっていた。歓声はすべて空に向けられたものだった。
 墜落したオレたちに向けられたものではない。


 さっきまで試合をしていたって言うのに、酷い疎外感をおぼえた。


「負け……か」
 と、オレは呟いた。


 優勝したのはジオだろう。追い風とともにイチバンにオレたちを抜かして行った。ジオと白銀のドラゴンが、ゴールテープを切ったところも、落ちてくさなかに確認した。


「ぐるるっ」
 と、クロが顔を寄せてきた。


「どうした? オレの心配をしてくれているのか? オレは大丈夫だよ。オレのほうこそ悪かったな。お前にムリをさせすぎた」
 と、オレはクロの頭をナでた。


 ドラゴンのカラダは強靭だ。墜落しても傷を負うことは珍しい。死ぬのはたいてい龍騎手のほうだった。


 ドラゴンだって無敵ではない。疲れはたまる。この試合会場に来る途中に嵐に遭った。酷い嵐のせいでクロは長く雨に打たれたし、カラダも痩せ細っていた。


 最後の50M。クロのチカラが抜けてしまったのは、嵐によって受けた疲労が出てしまったからだ。


 今回の大会。ホントウなら棄権していたところだ。
 オレだってクロにムリをさせたくはなかった。


 今回の大会だけは、どうしても棄権できなかった。


 オレは故郷のチコ村の代表としてやって来た。この大会に勝てば国からチコ村に賞金が贈られるはずだったし、チコ村の名誉もかかっていた。


「ぐるる」
 と、クロが申し訳なさそうにうなった。


「べつにお前のせいじゃないさ。最後の最後でオレも気が抜けちまったんだ」


 残り50Mというところで、オレは試合のことよりも、勝った後のことを考えていた。油断していたのだ。1着だったジオは、王国最速の龍騎手と呼ばれている。
 オレが勝っていれば、最速の称号を手に入れていたはずだった。


 救護部隊がやって来た。
 オレにもクロにもケガがないことを伝えた。「国王陛下がお呼びです」と伝言を受けた。会場外の別邸まで来いとのことだ。


 王様がいったいオレになんの用だろうか……。あまり良い予感はしなかった。仕方ない。呼ばれたからには行くしかない。


 会場と言っても、だだっ広い平原に人が集まっているだけの場所だ。集まった群衆の周りには天幕が張られている。遠方から来た人たちのものだろう。天幕の張られたあたりを抜けた先に、国王陛下の別邸が見てとれる。


 レースが終わったことで、観衆は散りはじめていた。


「あいつ終盤まで先頭を飛んでたのにな」「落っこちてたヤツか」「惜しいことをしたよな」「ナイスファイトだったぜ」……。いろんな声を投げ与えられることになった。今は声援が逆に、オレの心を暗くさせた。


 王の別邸へと急ぐことにした。


 別邸は、今回のヘブンガルド王国のレースに向けて急造されたものだ。急造とは言っても、屋敷と言って差しつかえない大きさのものだった。周囲には武装した兵士がいて、ものものしい雰囲気だった。


 別邸の門前に国王陛下の姿があった。


 何度かお見かけしたことはあるが、直接会うのははじめてのことだった。ブロンドの髪に青い目をした人だった。着ているのは真っ赤なコタルディだ。派手派手しい身なりだというのに、どことなく暗い顔をしていた。レースを楽しんでいた男の顔には見えなかった。


 国王陛下のとなりにはジオがいた。白銀の髪を真ん中分けにした長身の男だ。後ろはポニーテールに縛っている。ジオはオレのことを認めると、「ふん」と鼻で笑った。国王陛下もオレに気づいたようだった。


 クロを座らせた。オレもその場にかしずいた。


「オヌシがチコ村のアグバか?」
 と、国王陛下の声が落ちてきた。


「はい」


「ブザマな試合を見せてくれたものだな」


「申し訳ありません」


「しかもなんじゃ、このドラゴンは……。黒く不吉なカラダに、ずいぶんと貧相なカラダをしているではないか」


 クロのことを言われると、相手が王様だろうとさすがに黙っていられなかった。


「こちらの会場に来る途中、嵐に見舞われまして」


「まるで嵐がなかったら、勝っていたとでも言いたげじゃな」


「いえ、そんな……」
 オレは目を伏せた。


 図星だった。
 道中の嵐さえなければ、負けはしなかった。クロだってこんなに、やつれることはなかった。せめてあと数日、クロに療養の時間さえあれば、決して負けはしなかった。


 こんなにやつれているというのに、残り50Mまでは1着をキープしていたのだ。


「剥奪じゃ」


「え?」


 その言葉の意味がわからず、オレは顔をあげた。
 国王陛下の暗い顔が、オレのことを見下ろしていた。


「あんなみっともない試合をしたのだ。龍騎手免許を剥奪する」


「お、お待ちください。それはあんまりです」


 オレが立ち上がろうとすると、周りにいた兵士がオレのことをおさえつけてきた。オレが攻撃されていると思ったのか、クロが威嚇のうなり声を発した。威嚇するクロの態度に、兵士たちはオレから手を離して後ずさっていた。


 オレはあわててクロのことをいさめた。


「そういうことだ。素直に免許を渡せ」
 と、国王陛下のとなりにいたジオが言った。


 ジオの白銀の瞳には勝ち誇った光があった。ジオの目の光を見たとき、こいつの進言によるものなのだと察した。


 同じ龍騎手として、ジオにはわかっているはずだ。もしもクロが万全の状態だったなら、さっきの試合はオレが勝っていた。ぶっちぎりだったはずだ。次の試合。あるいはその次の試合があれば確実にオレはジオを抜かす。


 ジオはオレに負けることを怖れているのだ。だから龍騎手免許を剥奪するように――と国王陛下に吹き込んだのだ。そうに違いない。最速の称号を持ち、国王陛下のお気に入りであるジオならば出来ることだ。


「ジオ。もしもう一度試合すれば、オレに勝てると思うか?」
 と、オレは挑みかかるように問いかけた。


「貴様にもう一度なんかない」
 と、オレの胸元についてあった龍騎手の証であるバッジを、ジオは奪い取ってしまった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

英雄一家は国を去る【一話完結】

青緑 ネトロア
ファンタジー
婚約者との舞踏会中、火急の知らせにより領地へ帰り、3年かけて魔物大発生を収めたテレジア。3年振りに王都へ戻ったが、国の一大事から護った一家へ言い渡されたのは、テレジアの婚約破棄だった。 - - - - - - - - - - - - - ただいま後日談の加筆を計画中です。 2025/06/22

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

処理中です...