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大人しく帰るわけにはいかない
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行商人から鶏の照り焼きを買った。長旅で疲れているうえに、試合を終えたクロに、何か食べさせたかった。
今日の試合の観衆のために、行商人たちはとにかく大量の商品を持ちこんでいた。行商人の持ち込んだ商品のなかには食べ物もあった。おかげで鶏の照り焼き肉が手に入ったのである。
「ダンナ。レースの途中で墜落していた龍騎手でしょう」
と、行商人の男がそう話しかけてきた。
背が低く、恰幅の良い男で、頭部の左右にだけ髪を残していた。陽光を受けた頭部がかがやいていた。
「お恥ずかしいかぎりです」
と、オレは曖昧に笑った。
最速の称号を狙って来たって言うのに、妙な覚えかたをされてしまったようだ。
「惜しかったですね。あの調子で飛んでいれば、ジオさまから逃げ切れたでしょうに」
「運に見放されたのかもしれません」
と、ごまかした。
残り50Mでのオレの油断。それもある。しかしなにより堪えたのは、道中での嵐だ。あの嵐にさえ遭遇しなければ、オレもクロも万全の状態で挑めたのだ。言い訳にしかならないが、運に見放されたというのは本気で思っていることだった。
購入した鶏の照り焼きを、クロは丸のみしていた。
ドラゴンは雑食だ。肉だろうが魚だろうが木の実だろうが、なんでも食べる。人が育てたドラゴンは大丈夫だが、野生のドラゴンは人間だって食べる。
「しかし珍しいドラゴンですなぁ」
と、行商人はクロのことをしげしげと見つめていた。
興味深そうにしていても、ドラゴンにたいする畏怖があるようで、あまり近寄ろうとはしなかった。
「珍しいですか?」
「ええ。こんなに黒いカラダをしたドラゴンは、そんなにいませんよ。今回の試合にだって黒いドラゴンは、この1匹だけでしたでしょう」
「そう言えばそうですね」
「まるで漆黒の疾走者だ」
「それは母のことです」
母はむかし、冒険者だった。ある日、ドラゴンの巣に忍び入り、卵を一個かっさらって来たんだそうだ。かっさらった卵からは、漆黒のドラゴンが生まれた。
母は冒険者から龍騎手に転職した。そして漆黒の疾走者と呼ばれるほどの龍騎手になった。
今の最速はジオだが、2世代前はオレの母だった。クロは、母の所有していた最速のドラゴンが生んだ子になる。
母のことをかいつまんで話して聞かせた。
「なるほど。これは次のレースが楽しみですな」 と、行商人はその禿げあがった額をペチンとたたいていた。
「いや、それが……」
「どうかしました?」
「龍騎手免許を剥奪されてしまいまして」
「あらー。それはお気の毒ですな」
行商人の反応は、あわれみを帯びていた。驚いた様子はあまりなかった。
「よくあることなんですか?」
「まあね。ジオさまが国王陛下のお気に入りになられてからは、そういう話をよく聞きますよ」
「そうですか」
国王陛下がオレから免許を剥奪した際の、ジオの濁った白銀の目を思い出した。
ジオは、オレを怖れたのだ。
だから、お目汚しなどという名目で、龍騎手免許を剥奪させたのだ。そう確信した。
なんて卑怯なヤツなんだろうか。たしかに龍騎手としては凄腕かもしれない。腐っても最速の称号を持つ男だ。
いつまでも最速では、いられまい。卑怯な精神はかならずレースに影響をおよぼすことだろう。たいした男ではない。卑劣な男に負けたのだと思うと余計に腹立たしくなる。
チクショウ。
と、空をあおいだ。
まるで嵐なんてなかったかのような、雲ひとつない青空をしやがって。なんでオレたちに、あんな暴風雨を与えたのか。
「これから帰るんです?」
と、行商人が尋ねてきた。
「え?」
「試合が終わったら、みんな龍騎手は故郷のほうに戻られるのでは?」
「ああ……。いや、それなんですがね」
チコ村に帰る気にはなれなかった。村の者たちはオレの優勝を信じて待っているのだ。
ゴール目前と墜落。ましてや、竜騎士免許を剥奪された――なんて報告できるわけがない。想像しただけでも胃が痛くなってくる。
龍騎手のオレの師匠は母だ。もう今年で60になる。あの母がなんて言うか、わかったもんじゃない。
とにかく。
このままでは帰れない。
「このあたりで何か仕事はありませんかね。運送とか行商の護衛とか……」
今のクロは疲れ切っている。本調子になるまでは時間がかかるだろう。
人を運んだり、荷物を運んだりする仕事は、そんなに速度を出さなくても済むはずだ。軽い仕事ならば、今のクロにも出来るはずだと踏んだ。
クロが鶏の照り焼きのおかわりを欲しそうにしていた。あまり有り金はないが、クロの体調を思うと惜しんではいられない。もう1枚鶏の照り焼きを買って、クロにあたえた。クロはうれしそうに貪っていた。
「仕事なら、都市ブレイブンのほうに行ってみては? 運送者組合があるので何か仕事を回してくれるかもしれません」
「そうですか。情報ありがとうございます」
「私もブレイブンに行くつもりです。そこまで連れて行ってくれれば、駄賃を払いますよ」
行商人が、オレに駄賃を渡すために、好意からそう言ってくれたことは明白だった。
「ありがとうございます」
と、オレは頭を下げた。
お前にも迷惑をかけるな――と、オレはクロの首をナでた。
ホントウならば、クロをゆっくりと休ませてやりたい。クロが休んでいるあいだにオレが働けば良い。情けねぇ。龍騎手一本で育ってきたオレには、ほかに食っていける術がなかった。
「ぐるる」
と、吠えたクロは、気にすることないよ――と、言ってくれているように見えた。
「じつはドラゴンに乗るのは、はじめてなんですよ。なんだか緊張しますね」
「心配はいりません。クロは聞き分けの良いドラゴンです。それにユックリと飛ぶように心掛けますから。荷物は以上ですか?」
「ええ」
大きい布袋がふたつ。空の布袋が3つあった。クロにサイドバッグを取り付けた。そのサイドバッグに行商人の荷物を詰め込んだ。
クロにもうひとつ鞍をつけた。足をかけるアブミと一体型になっている特殊な鞍だ。
オレは脚甲をつけているから良い。脚甲をつけていないふつうの人が、ドラゴンの背中にまたがれば、強靭な鱗によって内股が血まみれになってしまう。乗客の脚部を守るように作られている鞍だった。
「どうぞ。おかけください」
「いつも鞍を持ち歩いてるんで?」
「使う道具一式はいつも持ち歩いていますよ」
「さすがですな」
その鞍は後ろに女性を乗せる機会があるかもしれない――というやや下心も込めた意味で準備していたものだった。
「それでは都市ブレイブンまで行きますよ」
と、オレも鞍にまたがった。
いちおう防塵ゴーグルをつけた。
内股で軽く黒のカラダを挟み込んだ。オレの意図を汲みとって、クロはゆるやかに飛び立った。
行商人はドラゴンに乗るのは、ホントウにはじめてのようだった。最初はオレにしがみついていた。慣れてきたのか、だんだんその手のチカラが緩んできた。
「良いもんですな。空からの景色は」
「都市のあたりは運び屋が多く出ているでしょう?」
「普段は馬車で行き来しているんですよ。私はこのあたりの行商人でして、そんなに遠出することもありませんので」
「遠出することがないのなら、たしかに飛ぶ必要はありませんね」
「しかし、これぐらいの速度なら心地良いですね。しかしさすがは龍騎手だ。こんなに上手くドラゴンを扱うとは」
「もう龍騎手じゃありませんけどね」
「これは失敬」
すこし気まずい沈黙になった。
セッカク気をきかせて、話題を振ってくれたのに、その好意を無下にしてしまう返答だったことを恥じた。
「たしかにドラゴンを手懐けるのは難しいです。ですが生まれた瞬間から世話をしていれば、なんとなく心が通じるもんですよ」
「ドラゴンはどうやって生まれるんです?」
「卵ですね。人が飼っているものは、たいてい人工的に種付して、母親龍が生み落とした卵から孵化します」
オレの母のように、龍の巣から卵を持ち帰るだなんて、強引なことをする人は滅多にいない。
特にドラゴンレースで使われるようなドラゴンは、速いドラゴンをかけあわせてつくられる。そういう面では、クロは特殊なドラゴンだった。ほかに黒いドラゴンがいないのも、クロの母親龍が龍の巣から持ち帰られた関係があるのかもしれない。
「生まれた瞬間から、人が世話をするんですか」
「ええ。ドラゴンは異常なほどに忠誠心の強い生き物です。育ての親以外の言うことはまるで聞きません。ですから、オレも卵が割れたその瞬間から、クロを育てています」
主人が死ねば、飼っていたドラゴンを手懐けられる者はいなくなる。主人が死んだときには、ドラゴンも屠殺されるのが常だった。
そうだ。
オレが死んだときは、クロも殺されることになる。この命を粗末にしてはいけないな、と思った。オレとクロは一蓮托生なのだ。
ふと。
試合のことが思い出された。
残り50Mというところでクロが墜落したとき、オレは死を覚悟した。死んでも構わないと思った。死を覚悟した瞬間にクロは息を吹き返して、見事な着陸を見せたのだ。
クロはオレから死の予感を嗅ぎ取ったのかもしれない。
だとしたら、クロに申し訳ないことをした。
「お。都市ブレイブンが見えてきましたよ」
都市ブレイブン。
ぐるりを城壁で囲まれている。都市の内側には赤レンガの背の高い建物がたち並んでいるのが見て取れた。ドラゴンを都市のなかに着陸させることは許されていない。着陸させるような場所もない。
「都市の手前でおろしますよ」
「はい。お願いします」
街道からすこし外れた平地に、行商人のことをおろした。サイドバッグに積んでいた行商人の荷物を返した。
「お代はどれぐらいでしょう?」
「どうなんですかね。オレはレース一本で、人を運んだのはこれがはじめてでして。相場がわかりません」
ヤッパリ駄賃はけっこうですよ、とオレは言った。
情報を教えてもらったうえに、話をすることですこし気も紛れた。ここまで運送したものの、駄賃を要求するのは気が引けた。
「そういうわけにはいきません。……そうですね。3シルバーでいかがでしょう」
「そんなにもらうほど、運んでませんよ」
相場はわからないが、せいぜい500カッパーぐらいの距離だと思う。
「良い試合を見せてもらった分のお金です」
あまり断るのも悪いかと思って、行商人の好意をいただくことにした。行商人は城門棟をくぐって、都市のなかへと入って行った。
名前ぐらい聞いておけば良かった――と思ったが、そのときにはもう行商人の姿は見当たらなかった。
「おい、てめェ」
と、声をかけられた。
今日の試合の観衆のために、行商人たちはとにかく大量の商品を持ちこんでいた。行商人の持ち込んだ商品のなかには食べ物もあった。おかげで鶏の照り焼き肉が手に入ったのである。
「ダンナ。レースの途中で墜落していた龍騎手でしょう」
と、行商人の男がそう話しかけてきた。
背が低く、恰幅の良い男で、頭部の左右にだけ髪を残していた。陽光を受けた頭部がかがやいていた。
「お恥ずかしいかぎりです」
と、オレは曖昧に笑った。
最速の称号を狙って来たって言うのに、妙な覚えかたをされてしまったようだ。
「惜しかったですね。あの調子で飛んでいれば、ジオさまから逃げ切れたでしょうに」
「運に見放されたのかもしれません」
と、ごまかした。
残り50Mでのオレの油断。それもある。しかしなにより堪えたのは、道中での嵐だ。あの嵐にさえ遭遇しなければ、オレもクロも万全の状態で挑めたのだ。言い訳にしかならないが、運に見放されたというのは本気で思っていることだった。
購入した鶏の照り焼きを、クロは丸のみしていた。
ドラゴンは雑食だ。肉だろうが魚だろうが木の実だろうが、なんでも食べる。人が育てたドラゴンは大丈夫だが、野生のドラゴンは人間だって食べる。
「しかし珍しいドラゴンですなぁ」
と、行商人はクロのことをしげしげと見つめていた。
興味深そうにしていても、ドラゴンにたいする畏怖があるようで、あまり近寄ろうとはしなかった。
「珍しいですか?」
「ええ。こんなに黒いカラダをしたドラゴンは、そんなにいませんよ。今回の試合にだって黒いドラゴンは、この1匹だけでしたでしょう」
「そう言えばそうですね」
「まるで漆黒の疾走者だ」
「それは母のことです」
母はむかし、冒険者だった。ある日、ドラゴンの巣に忍び入り、卵を一個かっさらって来たんだそうだ。かっさらった卵からは、漆黒のドラゴンが生まれた。
母は冒険者から龍騎手に転職した。そして漆黒の疾走者と呼ばれるほどの龍騎手になった。
今の最速はジオだが、2世代前はオレの母だった。クロは、母の所有していた最速のドラゴンが生んだ子になる。
母のことをかいつまんで話して聞かせた。
「なるほど。これは次のレースが楽しみですな」 と、行商人はその禿げあがった額をペチンとたたいていた。
「いや、それが……」
「どうかしました?」
「龍騎手免許を剥奪されてしまいまして」
「あらー。それはお気の毒ですな」
行商人の反応は、あわれみを帯びていた。驚いた様子はあまりなかった。
「よくあることなんですか?」
「まあね。ジオさまが国王陛下のお気に入りになられてからは、そういう話をよく聞きますよ」
「そうですか」
国王陛下がオレから免許を剥奪した際の、ジオの濁った白銀の目を思い出した。
ジオは、オレを怖れたのだ。
だから、お目汚しなどという名目で、龍騎手免許を剥奪させたのだ。そう確信した。
なんて卑怯なヤツなんだろうか。たしかに龍騎手としては凄腕かもしれない。腐っても最速の称号を持つ男だ。
いつまでも最速では、いられまい。卑怯な精神はかならずレースに影響をおよぼすことだろう。たいした男ではない。卑劣な男に負けたのだと思うと余計に腹立たしくなる。
チクショウ。
と、空をあおいだ。
まるで嵐なんてなかったかのような、雲ひとつない青空をしやがって。なんでオレたちに、あんな暴風雨を与えたのか。
「これから帰るんです?」
と、行商人が尋ねてきた。
「え?」
「試合が終わったら、みんな龍騎手は故郷のほうに戻られるのでは?」
「ああ……。いや、それなんですがね」
チコ村に帰る気にはなれなかった。村の者たちはオレの優勝を信じて待っているのだ。
ゴール目前と墜落。ましてや、竜騎士免許を剥奪された――なんて報告できるわけがない。想像しただけでも胃が痛くなってくる。
龍騎手のオレの師匠は母だ。もう今年で60になる。あの母がなんて言うか、わかったもんじゃない。
とにかく。
このままでは帰れない。
「このあたりで何か仕事はありませんかね。運送とか行商の護衛とか……」
今のクロは疲れ切っている。本調子になるまでは時間がかかるだろう。
人を運んだり、荷物を運んだりする仕事は、そんなに速度を出さなくても済むはずだ。軽い仕事ならば、今のクロにも出来るはずだと踏んだ。
クロが鶏の照り焼きのおかわりを欲しそうにしていた。あまり有り金はないが、クロの体調を思うと惜しんではいられない。もう1枚鶏の照り焼きを買って、クロにあたえた。クロはうれしそうに貪っていた。
「仕事なら、都市ブレイブンのほうに行ってみては? 運送者組合があるので何か仕事を回してくれるかもしれません」
「そうですか。情報ありがとうございます」
「私もブレイブンに行くつもりです。そこまで連れて行ってくれれば、駄賃を払いますよ」
行商人が、オレに駄賃を渡すために、好意からそう言ってくれたことは明白だった。
「ありがとうございます」
と、オレは頭を下げた。
お前にも迷惑をかけるな――と、オレはクロの首をナでた。
ホントウならば、クロをゆっくりと休ませてやりたい。クロが休んでいるあいだにオレが働けば良い。情けねぇ。龍騎手一本で育ってきたオレには、ほかに食っていける術がなかった。
「ぐるる」
と、吠えたクロは、気にすることないよ――と、言ってくれているように見えた。
「じつはドラゴンに乗るのは、はじめてなんですよ。なんだか緊張しますね」
「心配はいりません。クロは聞き分けの良いドラゴンです。それにユックリと飛ぶように心掛けますから。荷物は以上ですか?」
「ええ」
大きい布袋がふたつ。空の布袋が3つあった。クロにサイドバッグを取り付けた。そのサイドバッグに行商人の荷物を詰め込んだ。
クロにもうひとつ鞍をつけた。足をかけるアブミと一体型になっている特殊な鞍だ。
オレは脚甲をつけているから良い。脚甲をつけていないふつうの人が、ドラゴンの背中にまたがれば、強靭な鱗によって内股が血まみれになってしまう。乗客の脚部を守るように作られている鞍だった。
「どうぞ。おかけください」
「いつも鞍を持ち歩いてるんで?」
「使う道具一式はいつも持ち歩いていますよ」
「さすがですな」
その鞍は後ろに女性を乗せる機会があるかもしれない――というやや下心も込めた意味で準備していたものだった。
「それでは都市ブレイブンまで行きますよ」
と、オレも鞍にまたがった。
いちおう防塵ゴーグルをつけた。
内股で軽く黒のカラダを挟み込んだ。オレの意図を汲みとって、クロはゆるやかに飛び立った。
行商人はドラゴンに乗るのは、ホントウにはじめてのようだった。最初はオレにしがみついていた。慣れてきたのか、だんだんその手のチカラが緩んできた。
「良いもんですな。空からの景色は」
「都市のあたりは運び屋が多く出ているでしょう?」
「普段は馬車で行き来しているんですよ。私はこのあたりの行商人でして、そんなに遠出することもありませんので」
「遠出することがないのなら、たしかに飛ぶ必要はありませんね」
「しかし、これぐらいの速度なら心地良いですね。しかしさすがは龍騎手だ。こんなに上手くドラゴンを扱うとは」
「もう龍騎手じゃありませんけどね」
「これは失敬」
すこし気まずい沈黙になった。
セッカク気をきかせて、話題を振ってくれたのに、その好意を無下にしてしまう返答だったことを恥じた。
「たしかにドラゴンを手懐けるのは難しいです。ですが生まれた瞬間から世話をしていれば、なんとなく心が通じるもんですよ」
「ドラゴンはどうやって生まれるんです?」
「卵ですね。人が飼っているものは、たいてい人工的に種付して、母親龍が生み落とした卵から孵化します」
オレの母のように、龍の巣から卵を持ち帰るだなんて、強引なことをする人は滅多にいない。
特にドラゴンレースで使われるようなドラゴンは、速いドラゴンをかけあわせてつくられる。そういう面では、クロは特殊なドラゴンだった。ほかに黒いドラゴンがいないのも、クロの母親龍が龍の巣から持ち帰られた関係があるのかもしれない。
「生まれた瞬間から、人が世話をするんですか」
「ええ。ドラゴンは異常なほどに忠誠心の強い生き物です。育ての親以外の言うことはまるで聞きません。ですから、オレも卵が割れたその瞬間から、クロを育てています」
主人が死ねば、飼っていたドラゴンを手懐けられる者はいなくなる。主人が死んだときには、ドラゴンも屠殺されるのが常だった。
そうだ。
オレが死んだときは、クロも殺されることになる。この命を粗末にしてはいけないな、と思った。オレとクロは一蓮托生なのだ。
ふと。
試合のことが思い出された。
残り50Mというところでクロが墜落したとき、オレは死を覚悟した。死んでも構わないと思った。死を覚悟した瞬間にクロは息を吹き返して、見事な着陸を見せたのだ。
クロはオレから死の予感を嗅ぎ取ったのかもしれない。
だとしたら、クロに申し訳ないことをした。
「お。都市ブレイブンが見えてきましたよ」
都市ブレイブン。
ぐるりを城壁で囲まれている。都市の内側には赤レンガの背の高い建物がたち並んでいるのが見て取れた。ドラゴンを都市のなかに着陸させることは許されていない。着陸させるような場所もない。
「都市の手前でおろしますよ」
「はい。お願いします」
街道からすこし外れた平地に、行商人のことをおろした。サイドバッグに積んでいた行商人の荷物を返した。
「お代はどれぐらいでしょう?」
「どうなんですかね。オレはレース一本で、人を運んだのはこれがはじめてでして。相場がわかりません」
ヤッパリ駄賃はけっこうですよ、とオレは言った。
情報を教えてもらったうえに、話をすることですこし気も紛れた。ここまで運送したものの、駄賃を要求するのは気が引けた。
「そういうわけにはいきません。……そうですね。3シルバーでいかがでしょう」
「そんなにもらうほど、運んでませんよ」
相場はわからないが、せいぜい500カッパーぐらいの距離だと思う。
「良い試合を見せてもらった分のお金です」
あまり断るのも悪いかと思って、行商人の好意をいただくことにした。行商人は城門棟をくぐって、都市のなかへと入って行った。
名前ぐらい聞いておけば良かった――と思ったが、そのときにはもう行商人の姿は見当たらなかった。
「おい、てめェ」
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