2 / 27
大人しく帰るわけにはいかない
しおりを挟む
行商人から鶏の照り焼きを買った。長旅で疲れているうえに、試合を終えたクロに、何か食べさせたかった。
今日の試合の観衆のために、行商人たちはとにかく大量の商品を持ちこんでいた。行商人の持ち込んだ商品のなかには食べ物もあった。おかげで鶏の照り焼き肉が手に入ったのである。
「ダンナ。レースの途中で墜落していた龍騎手でしょう」
と、行商人の男がそう話しかけてきた。
背が低く、恰幅の良い男で、頭部の左右にだけ髪を残していた。陽光を受けた頭部がかがやいていた。
「お恥ずかしいかぎりです」
と、オレは曖昧に笑った。
最速の称号を狙って来たって言うのに、妙な覚えかたをされてしまったようだ。
「惜しかったですね。あの調子で飛んでいれば、ジオさまから逃げ切れたでしょうに」
「運に見放されたのかもしれません」
と、ごまかした。
残り50Mでのオレの油断。それもある。しかしなにより堪えたのは、道中での嵐だ。あの嵐にさえ遭遇しなければ、オレもクロも万全の状態で挑めたのだ。言い訳にしかならないが、運に見放されたというのは本気で思っていることだった。
購入した鶏の照り焼きを、クロは丸のみしていた。
ドラゴンは雑食だ。肉だろうが魚だろうが木の実だろうが、なんでも食べる。人が育てたドラゴンは大丈夫だが、野生のドラゴンは人間だって食べる。
「しかし珍しいドラゴンですなぁ」
と、行商人はクロのことをしげしげと見つめていた。
興味深そうにしていても、ドラゴンにたいする畏怖があるようで、あまり近寄ろうとはしなかった。
「珍しいですか?」
「ええ。こんなに黒いカラダをしたドラゴンは、そんなにいませんよ。今回の試合にだって黒いドラゴンは、この1匹だけでしたでしょう」
「そう言えばそうですね」
「まるで漆黒の疾走者だ」
「それは母のことです」
母はむかし、冒険者だった。ある日、ドラゴンの巣に忍び入り、卵を一個かっさらって来たんだそうだ。かっさらった卵からは、漆黒のドラゴンが生まれた。
母は冒険者から龍騎手に転職した。そして漆黒の疾走者と呼ばれるほどの龍騎手になった。
今の最速はジオだが、2世代前はオレの母だった。クロは、母の所有していた最速のドラゴンが生んだ子になる。
母のことをかいつまんで話して聞かせた。
「なるほど。これは次のレースが楽しみですな」 と、行商人はその禿げあがった額をペチンとたたいていた。
「いや、それが……」
「どうかしました?」
「龍騎手免許を剥奪されてしまいまして」
「あらー。それはお気の毒ですな」
行商人の反応は、あわれみを帯びていた。驚いた様子はあまりなかった。
「よくあることなんですか?」
「まあね。ジオさまが国王陛下のお気に入りになられてからは、そういう話をよく聞きますよ」
「そうですか」
国王陛下がオレから免許を剥奪した際の、ジオの濁った白銀の目を思い出した。
ジオは、オレを怖れたのだ。
だから、お目汚しなどという名目で、龍騎手免許を剥奪させたのだ。そう確信した。
なんて卑怯なヤツなんだろうか。たしかに龍騎手としては凄腕かもしれない。腐っても最速の称号を持つ男だ。
いつまでも最速では、いられまい。卑怯な精神はかならずレースに影響をおよぼすことだろう。たいした男ではない。卑劣な男に負けたのだと思うと余計に腹立たしくなる。
チクショウ。
と、空をあおいだ。
まるで嵐なんてなかったかのような、雲ひとつない青空をしやがって。なんでオレたちに、あんな暴風雨を与えたのか。
「これから帰るんです?」
と、行商人が尋ねてきた。
「え?」
「試合が終わったら、みんな龍騎手は故郷のほうに戻られるのでは?」
「ああ……。いや、それなんですがね」
チコ村に帰る気にはなれなかった。村の者たちはオレの優勝を信じて待っているのだ。
ゴール目前と墜落。ましてや、竜騎士免許を剥奪された――なんて報告できるわけがない。想像しただけでも胃が痛くなってくる。
龍騎手のオレの師匠は母だ。もう今年で60になる。あの母がなんて言うか、わかったもんじゃない。
とにかく。
このままでは帰れない。
「このあたりで何か仕事はありませんかね。運送とか行商の護衛とか……」
今のクロは疲れ切っている。本調子になるまでは時間がかかるだろう。
人を運んだり、荷物を運んだりする仕事は、そんなに速度を出さなくても済むはずだ。軽い仕事ならば、今のクロにも出来るはずだと踏んだ。
クロが鶏の照り焼きのおかわりを欲しそうにしていた。あまり有り金はないが、クロの体調を思うと惜しんではいられない。もう1枚鶏の照り焼きを買って、クロにあたえた。クロはうれしそうに貪っていた。
「仕事なら、都市ブレイブンのほうに行ってみては? 運送者組合があるので何か仕事を回してくれるかもしれません」
「そうですか。情報ありがとうございます」
「私もブレイブンに行くつもりです。そこまで連れて行ってくれれば、駄賃を払いますよ」
行商人が、オレに駄賃を渡すために、好意からそう言ってくれたことは明白だった。
「ありがとうございます」
と、オレは頭を下げた。
お前にも迷惑をかけるな――と、オレはクロの首をナでた。
ホントウならば、クロをゆっくりと休ませてやりたい。クロが休んでいるあいだにオレが働けば良い。情けねぇ。龍騎手一本で育ってきたオレには、ほかに食っていける術がなかった。
「ぐるる」
と、吠えたクロは、気にすることないよ――と、言ってくれているように見えた。
「じつはドラゴンに乗るのは、はじめてなんですよ。なんだか緊張しますね」
「心配はいりません。クロは聞き分けの良いドラゴンです。それにユックリと飛ぶように心掛けますから。荷物は以上ですか?」
「ええ」
大きい布袋がふたつ。空の布袋が3つあった。クロにサイドバッグを取り付けた。そのサイドバッグに行商人の荷物を詰め込んだ。
クロにもうひとつ鞍をつけた。足をかけるアブミと一体型になっている特殊な鞍だ。
オレは脚甲をつけているから良い。脚甲をつけていないふつうの人が、ドラゴンの背中にまたがれば、強靭な鱗によって内股が血まみれになってしまう。乗客の脚部を守るように作られている鞍だった。
「どうぞ。おかけください」
「いつも鞍を持ち歩いてるんで?」
「使う道具一式はいつも持ち歩いていますよ」
「さすがですな」
その鞍は後ろに女性を乗せる機会があるかもしれない――というやや下心も込めた意味で準備していたものだった。
「それでは都市ブレイブンまで行きますよ」
と、オレも鞍にまたがった。
いちおう防塵ゴーグルをつけた。
内股で軽く黒のカラダを挟み込んだ。オレの意図を汲みとって、クロはゆるやかに飛び立った。
行商人はドラゴンに乗るのは、ホントウにはじめてのようだった。最初はオレにしがみついていた。慣れてきたのか、だんだんその手のチカラが緩んできた。
「良いもんですな。空からの景色は」
「都市のあたりは運び屋が多く出ているでしょう?」
「普段は馬車で行き来しているんですよ。私はこのあたりの行商人でして、そんなに遠出することもありませんので」
「遠出することがないのなら、たしかに飛ぶ必要はありませんね」
「しかし、これぐらいの速度なら心地良いですね。しかしさすがは龍騎手だ。こんなに上手くドラゴンを扱うとは」
「もう龍騎手じゃありませんけどね」
「これは失敬」
すこし気まずい沈黙になった。
セッカク気をきかせて、話題を振ってくれたのに、その好意を無下にしてしまう返答だったことを恥じた。
「たしかにドラゴンを手懐けるのは難しいです。ですが生まれた瞬間から世話をしていれば、なんとなく心が通じるもんですよ」
「ドラゴンはどうやって生まれるんです?」
「卵ですね。人が飼っているものは、たいてい人工的に種付して、母親龍が生み落とした卵から孵化します」
オレの母のように、龍の巣から卵を持ち帰るだなんて、強引なことをする人は滅多にいない。
特にドラゴンレースで使われるようなドラゴンは、速いドラゴンをかけあわせてつくられる。そういう面では、クロは特殊なドラゴンだった。ほかに黒いドラゴンがいないのも、クロの母親龍が龍の巣から持ち帰られた関係があるのかもしれない。
「生まれた瞬間から、人が世話をするんですか」
「ええ。ドラゴンは異常なほどに忠誠心の強い生き物です。育ての親以外の言うことはまるで聞きません。ですから、オレも卵が割れたその瞬間から、クロを育てています」
主人が死ねば、飼っていたドラゴンを手懐けられる者はいなくなる。主人が死んだときには、ドラゴンも屠殺されるのが常だった。
そうだ。
オレが死んだときは、クロも殺されることになる。この命を粗末にしてはいけないな、と思った。オレとクロは一蓮托生なのだ。
ふと。
試合のことが思い出された。
残り50Mというところでクロが墜落したとき、オレは死を覚悟した。死んでも構わないと思った。死を覚悟した瞬間にクロは息を吹き返して、見事な着陸を見せたのだ。
クロはオレから死の予感を嗅ぎ取ったのかもしれない。
だとしたら、クロに申し訳ないことをした。
「お。都市ブレイブンが見えてきましたよ」
都市ブレイブン。
ぐるりを城壁で囲まれている。都市の内側には赤レンガの背の高い建物がたち並んでいるのが見て取れた。ドラゴンを都市のなかに着陸させることは許されていない。着陸させるような場所もない。
「都市の手前でおろしますよ」
「はい。お願いします」
街道からすこし外れた平地に、行商人のことをおろした。サイドバッグに積んでいた行商人の荷物を返した。
「お代はどれぐらいでしょう?」
「どうなんですかね。オレはレース一本で、人を運んだのはこれがはじめてでして。相場がわかりません」
ヤッパリ駄賃はけっこうですよ、とオレは言った。
情報を教えてもらったうえに、話をすることですこし気も紛れた。ここまで運送したものの、駄賃を要求するのは気が引けた。
「そういうわけにはいきません。……そうですね。3シルバーでいかがでしょう」
「そんなにもらうほど、運んでませんよ」
相場はわからないが、せいぜい500カッパーぐらいの距離だと思う。
「良い試合を見せてもらった分のお金です」
あまり断るのも悪いかと思って、行商人の好意をいただくことにした。行商人は城門棟をくぐって、都市のなかへと入って行った。
名前ぐらい聞いておけば良かった――と思ったが、そのときにはもう行商人の姿は見当たらなかった。
「おい、てめェ」
と、声をかけられた。
今日の試合の観衆のために、行商人たちはとにかく大量の商品を持ちこんでいた。行商人の持ち込んだ商品のなかには食べ物もあった。おかげで鶏の照り焼き肉が手に入ったのである。
「ダンナ。レースの途中で墜落していた龍騎手でしょう」
と、行商人の男がそう話しかけてきた。
背が低く、恰幅の良い男で、頭部の左右にだけ髪を残していた。陽光を受けた頭部がかがやいていた。
「お恥ずかしいかぎりです」
と、オレは曖昧に笑った。
最速の称号を狙って来たって言うのに、妙な覚えかたをされてしまったようだ。
「惜しかったですね。あの調子で飛んでいれば、ジオさまから逃げ切れたでしょうに」
「運に見放されたのかもしれません」
と、ごまかした。
残り50Mでのオレの油断。それもある。しかしなにより堪えたのは、道中での嵐だ。あの嵐にさえ遭遇しなければ、オレもクロも万全の状態で挑めたのだ。言い訳にしかならないが、運に見放されたというのは本気で思っていることだった。
購入した鶏の照り焼きを、クロは丸のみしていた。
ドラゴンは雑食だ。肉だろうが魚だろうが木の実だろうが、なんでも食べる。人が育てたドラゴンは大丈夫だが、野生のドラゴンは人間だって食べる。
「しかし珍しいドラゴンですなぁ」
と、行商人はクロのことをしげしげと見つめていた。
興味深そうにしていても、ドラゴンにたいする畏怖があるようで、あまり近寄ろうとはしなかった。
「珍しいですか?」
「ええ。こんなに黒いカラダをしたドラゴンは、そんなにいませんよ。今回の試合にだって黒いドラゴンは、この1匹だけでしたでしょう」
「そう言えばそうですね」
「まるで漆黒の疾走者だ」
「それは母のことです」
母はむかし、冒険者だった。ある日、ドラゴンの巣に忍び入り、卵を一個かっさらって来たんだそうだ。かっさらった卵からは、漆黒のドラゴンが生まれた。
母は冒険者から龍騎手に転職した。そして漆黒の疾走者と呼ばれるほどの龍騎手になった。
今の最速はジオだが、2世代前はオレの母だった。クロは、母の所有していた最速のドラゴンが生んだ子になる。
母のことをかいつまんで話して聞かせた。
「なるほど。これは次のレースが楽しみですな」 と、行商人はその禿げあがった額をペチンとたたいていた。
「いや、それが……」
「どうかしました?」
「龍騎手免許を剥奪されてしまいまして」
「あらー。それはお気の毒ですな」
行商人の反応は、あわれみを帯びていた。驚いた様子はあまりなかった。
「よくあることなんですか?」
「まあね。ジオさまが国王陛下のお気に入りになられてからは、そういう話をよく聞きますよ」
「そうですか」
国王陛下がオレから免許を剥奪した際の、ジオの濁った白銀の目を思い出した。
ジオは、オレを怖れたのだ。
だから、お目汚しなどという名目で、龍騎手免許を剥奪させたのだ。そう確信した。
なんて卑怯なヤツなんだろうか。たしかに龍騎手としては凄腕かもしれない。腐っても最速の称号を持つ男だ。
いつまでも最速では、いられまい。卑怯な精神はかならずレースに影響をおよぼすことだろう。たいした男ではない。卑劣な男に負けたのだと思うと余計に腹立たしくなる。
チクショウ。
と、空をあおいだ。
まるで嵐なんてなかったかのような、雲ひとつない青空をしやがって。なんでオレたちに、あんな暴風雨を与えたのか。
「これから帰るんです?」
と、行商人が尋ねてきた。
「え?」
「試合が終わったら、みんな龍騎手は故郷のほうに戻られるのでは?」
「ああ……。いや、それなんですがね」
チコ村に帰る気にはなれなかった。村の者たちはオレの優勝を信じて待っているのだ。
ゴール目前と墜落。ましてや、竜騎士免許を剥奪された――なんて報告できるわけがない。想像しただけでも胃が痛くなってくる。
龍騎手のオレの師匠は母だ。もう今年で60になる。あの母がなんて言うか、わかったもんじゃない。
とにかく。
このままでは帰れない。
「このあたりで何か仕事はありませんかね。運送とか行商の護衛とか……」
今のクロは疲れ切っている。本調子になるまでは時間がかかるだろう。
人を運んだり、荷物を運んだりする仕事は、そんなに速度を出さなくても済むはずだ。軽い仕事ならば、今のクロにも出来るはずだと踏んだ。
クロが鶏の照り焼きのおかわりを欲しそうにしていた。あまり有り金はないが、クロの体調を思うと惜しんではいられない。もう1枚鶏の照り焼きを買って、クロにあたえた。クロはうれしそうに貪っていた。
「仕事なら、都市ブレイブンのほうに行ってみては? 運送者組合があるので何か仕事を回してくれるかもしれません」
「そうですか。情報ありがとうございます」
「私もブレイブンに行くつもりです。そこまで連れて行ってくれれば、駄賃を払いますよ」
行商人が、オレに駄賃を渡すために、好意からそう言ってくれたことは明白だった。
「ありがとうございます」
と、オレは頭を下げた。
お前にも迷惑をかけるな――と、オレはクロの首をナでた。
ホントウならば、クロをゆっくりと休ませてやりたい。クロが休んでいるあいだにオレが働けば良い。情けねぇ。龍騎手一本で育ってきたオレには、ほかに食っていける術がなかった。
「ぐるる」
と、吠えたクロは、気にすることないよ――と、言ってくれているように見えた。
「じつはドラゴンに乗るのは、はじめてなんですよ。なんだか緊張しますね」
「心配はいりません。クロは聞き分けの良いドラゴンです。それにユックリと飛ぶように心掛けますから。荷物は以上ですか?」
「ええ」
大きい布袋がふたつ。空の布袋が3つあった。クロにサイドバッグを取り付けた。そのサイドバッグに行商人の荷物を詰め込んだ。
クロにもうひとつ鞍をつけた。足をかけるアブミと一体型になっている特殊な鞍だ。
オレは脚甲をつけているから良い。脚甲をつけていないふつうの人が、ドラゴンの背中にまたがれば、強靭な鱗によって内股が血まみれになってしまう。乗客の脚部を守るように作られている鞍だった。
「どうぞ。おかけください」
「いつも鞍を持ち歩いてるんで?」
「使う道具一式はいつも持ち歩いていますよ」
「さすがですな」
その鞍は後ろに女性を乗せる機会があるかもしれない――というやや下心も込めた意味で準備していたものだった。
「それでは都市ブレイブンまで行きますよ」
と、オレも鞍にまたがった。
いちおう防塵ゴーグルをつけた。
内股で軽く黒のカラダを挟み込んだ。オレの意図を汲みとって、クロはゆるやかに飛び立った。
行商人はドラゴンに乗るのは、ホントウにはじめてのようだった。最初はオレにしがみついていた。慣れてきたのか、だんだんその手のチカラが緩んできた。
「良いもんですな。空からの景色は」
「都市のあたりは運び屋が多く出ているでしょう?」
「普段は馬車で行き来しているんですよ。私はこのあたりの行商人でして、そんなに遠出することもありませんので」
「遠出することがないのなら、たしかに飛ぶ必要はありませんね」
「しかし、これぐらいの速度なら心地良いですね。しかしさすがは龍騎手だ。こんなに上手くドラゴンを扱うとは」
「もう龍騎手じゃありませんけどね」
「これは失敬」
すこし気まずい沈黙になった。
セッカク気をきかせて、話題を振ってくれたのに、その好意を無下にしてしまう返答だったことを恥じた。
「たしかにドラゴンを手懐けるのは難しいです。ですが生まれた瞬間から世話をしていれば、なんとなく心が通じるもんですよ」
「ドラゴンはどうやって生まれるんです?」
「卵ですね。人が飼っているものは、たいてい人工的に種付して、母親龍が生み落とした卵から孵化します」
オレの母のように、龍の巣から卵を持ち帰るだなんて、強引なことをする人は滅多にいない。
特にドラゴンレースで使われるようなドラゴンは、速いドラゴンをかけあわせてつくられる。そういう面では、クロは特殊なドラゴンだった。ほかに黒いドラゴンがいないのも、クロの母親龍が龍の巣から持ち帰られた関係があるのかもしれない。
「生まれた瞬間から、人が世話をするんですか」
「ええ。ドラゴンは異常なほどに忠誠心の強い生き物です。育ての親以外の言うことはまるで聞きません。ですから、オレも卵が割れたその瞬間から、クロを育てています」
主人が死ねば、飼っていたドラゴンを手懐けられる者はいなくなる。主人が死んだときには、ドラゴンも屠殺されるのが常だった。
そうだ。
オレが死んだときは、クロも殺されることになる。この命を粗末にしてはいけないな、と思った。オレとクロは一蓮托生なのだ。
ふと。
試合のことが思い出された。
残り50Mというところでクロが墜落したとき、オレは死を覚悟した。死んでも構わないと思った。死を覚悟した瞬間にクロは息を吹き返して、見事な着陸を見せたのだ。
クロはオレから死の予感を嗅ぎ取ったのかもしれない。
だとしたら、クロに申し訳ないことをした。
「お。都市ブレイブンが見えてきましたよ」
都市ブレイブン。
ぐるりを城壁で囲まれている。都市の内側には赤レンガの背の高い建物がたち並んでいるのが見て取れた。ドラゴンを都市のなかに着陸させることは許されていない。着陸させるような場所もない。
「都市の手前でおろしますよ」
「はい。お願いします」
街道からすこし外れた平地に、行商人のことをおろした。サイドバッグに積んでいた行商人の荷物を返した。
「お代はどれぐらいでしょう?」
「どうなんですかね。オレはレース一本で、人を運んだのはこれがはじめてでして。相場がわかりません」
ヤッパリ駄賃はけっこうですよ、とオレは言った。
情報を教えてもらったうえに、話をすることですこし気も紛れた。ここまで運送したものの、駄賃を要求するのは気が引けた。
「そういうわけにはいきません。……そうですね。3シルバーでいかがでしょう」
「そんなにもらうほど、運んでませんよ」
相場はわからないが、せいぜい500カッパーぐらいの距離だと思う。
「良い試合を見せてもらった分のお金です」
あまり断るのも悪いかと思って、行商人の好意をいただくことにした。行商人は城門棟をくぐって、都市のなかへと入って行った。
名前ぐらい聞いておけば良かった――と思ったが、そのときにはもう行商人の姿は見当たらなかった。
「おい、てめェ」
と、声をかけられた。
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
英雄一家は国を去る【一話完結】
青緑 ネトロア
ファンタジー
婚約者との舞踏会中、火急の知らせにより領地へ帰り、3年かけて魔物大発生を収めたテレジア。3年振りに王都へ戻ったが、国の一大事から護った一家へ言い渡されたのは、テレジアの婚約破棄だった。
- - - - - - - - - - - - -
ただいま後日談の加筆を計画中です。
2025/06/22
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる