貧相なドラゴンだとバカにされたが、実は最速でした。いまさら雇いたいと言われても、もう遅い。

新人賞落選置き場にすることにしました

文字の大きさ
5 / 27

第2章》雇ってもらうことになりました

しおりを挟む
 翌朝。
 宿で借りた窓のない部屋で目を覚ました。


 昨夜は心が乱れていて落ちつけないと思っていた。思いのほかグッスリと眠った。


 自分で思っていた以上に疲れていたんだろう。それもあるが、味のしないブドウ酒の酩酊と、レッカさんとの会話が良い方向にはたらいてくれた。


 ベッドを抜ける。簡単に身支度を済ませてから、防塵ゴーグルを額に装着した。着ていたブリオーの上から、くたびれた脚甲を装着した。革紐で脚甲がズレないようにかたく縛った。べつにこれからクロに乗ろうと思ったわけじゃない。癖だ。習慣だ。その癖のことを改めて考えてみると、オレはドラゴンに乗ることしか能のない男だと痛感した。


 革のカバンをかついだ。クロに取り付けるためのハミや手綱が入っている。クロのサイドバッグになるもので、オレの上半身と同じぐらいの大きさがある。クロのカラダにとりつけて使っているためか、かなり傷ついているし、なにより焦げ臭かった。クロの体臭が染みついているのだった。


 部屋を出た。退室するためロビーに行った。昨日のにぎわいがウソのように、ロビーは閑散としていた。昨夜の賑わいが、ウソでない証拠に、床には空いた酒瓶やら肉の骨らしきものが落っこちていた。


 カウンターには、陰気そうな男が立っていた。


「すみません。退室したいんですが」


「あいよ。一泊だね」


「ええ」


「2シルバーと500カッパーだよ」


 宿代と部屋の鍵をテーブルに置いた。


「あの……」


「なに?」


 料金を支払ったのならば、さっさと出て行けと言いたげだった。


「レッカさんはいませんか?」


「レッカ?」


「えっと……。昨日ここで酒を出していた娘です。胸の大きい赤毛の」


 なにげなくレッカさんの特徴を述べたつもりだった。胸の大きいと言うのは下品だったかと恥じた。せめてソバカスのことを言うべきだった。宿の男はたいして気にならなかったようだ。


「あの娘は夜担当だから、もう帰ったよ」


「そうですか」


「なに? 何かあるなら伝えておくけど? あんまり相手にされないと思うよ」


「相手にされないというのは?」


「言い寄ってくるスケベが多いからね」


 男は興味なさげに、オレの支払った代金の勘定をしながらそう言った。


「たしかにそうでしょうね。ヤッパリ伝言はけっこうです。それでは失礼します」


 お礼を伝えたかったのだが、やめた。
 スケベな酔っ払いの類だと思われるのは不本意だった。


 宿を出る。
 併設されている竜舎に向かった。いつもならクロはオレより早く起きている。クロの入っている竜舎のトビラを開けた。部屋の隅でクロがトグロをまくかのように丸くなっているのが見て取れた。いつもならすぐにオレの胸元に顔を寄せてくるはずだ。まだ眠っているのかと思ったが、目は開いていた。


 昨日置いていった肉はなくなっている。食べたのだろう。


「クロ。朝だぜ」


「ぐるる」


「昨日、ミノタウロスの肉を買えなかったことを、まだ怒ってるのか?」


「ぐるる」


「悪かったよ。だけど良い報せもあるんだ。もしかしたら仕事をもらえるかもしれない」


 そりゃホントウかよとでも言うかのように、その長い首をこちらに向けた。まさかとは思うが、人間の言葉がわかっているんじゃないかと思うことが多々ある。


 クロはおもむろに立ち上がった。


 クロに口を開けるように指示した。ドラゴンの凶暴な牙と、その奥にある赤黒いノドが見て取れた。この口で噛みつかれでもしたら、一瞬で腕がちぎれることだろう。獰猛な口にハミをかませた。


「昨日。龍騎手としてのオレは死んだ。今日からは運び屋として生まれかわる」


「がるる?」


「もちろん。龍騎手への復帰だってあきらめたくはない。けど今は仕方ない。これだけ大きな都市なんだ。クロの活躍をしれば、きっと世の中は認めてくれるさ」


 レースに参加できなくなったいま、どういう形で認められるかはわからない。今はダメでも、クロの才能は、必ず何か大きなものを動かすことだろう。クロのチカラをいかんなく発揮できる場所さえあれば、何かしらのカッコウでクロに注目する人が現われるはずだ。


 最悪の嵐を与えた天でさえも、いつかクロの才能に舌をまくはずだ。これは身内の欲目なんかでは、決してない感情だった。


「がるるぅ」


 そんなに浮かれて大丈夫か――とクロが物憂げな表情で見つめてきた。


「大丈夫。ゴドルフィン組合はきっと、オレたちのことを雇ってくれるはずさ」


 手元のパピルス紙を見つめた。


 そこにはゴドルフィン組合の番地が書かれている。レッカさんがなんの根拠もなく、このパピルス紙をオレに渡したとは思えない。『あなたの目つきが真剣だったもの。なんだか口説かれているような気さえしたわ。私、人を見る目だけはあるのよ。酒場の娘だもの』。昨夜のレッカさんのセリフを思い出した。


 あんなセリフをみんなにかけているんだろうか? レッカさんにとってオレは酔客のひとりに過ぎなかったのだろうか……。レッカさんの紅色の瞳を思い出すと、宿から離れがたくなった。もしゴドルフィン組合に雇ってもらえたら、お礼を言いに、もう一度ここに戻って来ようと思った。


「ぐるる」
 と、クロがくだらなさそうに、オレの背中を小突いてきた。
 女のことを考えていると、バレたのかもしれない。


 照れ隠しに咳払いをした。
「わかってる。行こう」
 と、手綱とはべつにつないだリードを引いた。


 番地の場所に行くと、空き地があった。まわりには赤レンガの建物がある。指定された番地のところだけ、キレイな更地になっていた。何者かにくり抜かれたかのようにも見えた。


 パピルス紙に書かれた番地は、間違いなくその更地を指していた。

 
 レッカさんが番地を間違えて書いたのだろうか?


「あの――。すみません」
 ゴドルフィン組合はどこかご存知ですか――と道行く人に尋ねてみることにした。


「ゴドルフィン組合なら、先日までそこに倉庫があったんだがな。建物を撤去しちまったみたいだな」


「じゃあこの場所に間違いはないんですか」


「けど、もう組合をたたんじまったんじゃねェかな。運送者組合に用事があるなら、ロクサーナ組合に行くと良いよ」


 通行人はそう言うと、歩き去って行った。
 ゴドルフィン組合は廃業寸前だとレッカも言っていた。


 潰れてしまったんだろうか?


 新たな旅路の1歩をくじかれた心地だ。ことごとく運に見放されているとしか思えなかった。


「はあ」
 やっぱり故郷に帰るしかなさそうだな――と思った瞬間だった。


「ごめん。待たせちゃった?」


「レッカさん。どうしてここに?」


 オレのことが心配になって様子を見に来てくれたのかと思った。レッカさんは、紅色のドラゴンのリードを引いていた。当たり前だが今日は胸もとの開いたウェイトレスの服を着ていなかった。紺色のブリオーを着ていた。服は地味になっているが、紅色の毛がよく映えている。


「どうしてって、私もここで働いているからね。ンでもって、ゴドルフィン組合の頭は私のパパだから」


「え? レッカさんの父親が、ゴドルフィン組合の代表?」


「そうじゃないわ。組合を持っているのは、ゴドルフィン公爵さまよ。私のパパはあくまで、この都市ブレイブン支部の頭ね」


「そうだったんですか」


 すると昨日のヤリトリはある意味、オレを試すための面接だったというわけだ。


「安心してちょうだい。パパには話を通してあるから。アグバのことを雇ってくれるそうよ」


「ホントですか!」


「ホントウよ。私のパパも昨日のレースを見てたのよ。あの黒いドラゴンの龍騎手なら雇っても良いって」


「ありがとうございます」
 と、オレはレッカさんに頭を下げた。


 故郷に帰るしかないと絶望していたところだった。レッカさんのことを抱きしめたくなるほどうれしかった。もちろん、そんなことはしないけど。


「ですが、昨日の試合ではあまり良いところをお見せできませんでした。どうして雇ってくれる気になったんですかね」


「きっとパパには何か思うところがあったんだと思うわ。昨日のレースは衝撃的だったもの。今思い出してもドキドキするわ」
 と、レッカさんは物憂げに目元を伏せた。


「ええ。まあ……」


 1着を飛んでいたドラゴンが墜落したのだ。そりゃ衝撃ではあっただろうが、良い意味での衝撃とは思えなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

英雄一家は国を去る【一話完結】

青緑 ネトロア
ファンタジー
婚約者との舞踏会中、火急の知らせにより領地へ帰り、3年かけて魔物大発生を収めたテレジア。3年振りに王都へ戻ったが、国の一大事から護った一家へ言い渡されたのは、テレジアの婚約破棄だった。 - - - - - - - - - - - - - ただいま後日談の加筆を計画中です。 2025/06/22

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

処理中です...