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煽り運転
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飛んでいるあいだ、オレは何度かクロの脇腹に装着されてあるふたつのトランクケースに目をやった。トランクケースが固定されているのが確認できると安心できた。これがはじめての運び屋としての仕事なので、チャント固定されているが気になるのだった。はじめての仕事でしくじったら、今度こそ後がない。バサックさんにもレッカさんにも申し訳がない。そう思うと思うほど、トランクケースのことが気にかかるのだった。
「アグバ」
と、レッカさんが呼びかけてきた。
オレはレッカさんに顔を向けた。レッカさんは軽く後ろを振り返るような仕草をして見せた。後部。たしかにオレも気にはなっていた。オレとレッカさんが並走しているその後ろに、つけてくるドラゴンの姿が1匹いた。
白銀色のドラゴンだった。ジオかと思った。違う。見たこともない乗り手だった。ジオがこんなところに、いるはずもなかった。
「後ろのヤツに心当たりは?」
「気を付けて。きっとロクサーナ組合のヤツだから」
「なんでロクサーナ組合が?」
「よく嫌がらせをしてくるの」
レッカさんがそう言ったやさきだった。白銀のドラゴンは、レッカさんの乗っていたドラゴンの後ろについた。レッカさんのドラゴンの尾に噛みつくような仕草をした。実際に噛みつかれたようには見えなかった。
レッカさんのドラゴンはビックリしてしまったようだ。大きく吠えると、激しくはばたいた。暴れた勢いでレッカさんは振り落とされてしまった。
「クロ!」
「ガウ」
クロの動きは速かった。振り落とされたレッカさんのもとに急降下した。落っこちるレッカさんを、抱き寄せるようにして拾い上げることが出来た。女性のやわらかい肉体を、正面から抱くようなカッコウになった。今は、その甘美な感触に気をとられている余裕はなかった。
「さあ。座って」
オレはクロの背を足場にして立ち上がった。そしてオレの座っていた鞍に、レッカさんを座らせた。
「ちょっと! そんなところに立って大丈夫なの?」
「心配はいりません。次は墜落したりはしませんから。手綱を握っていてください」
オレがそう言うと、レッカさんは言われたとおりに手綱をにぎっていた。
一方でオレは、鞍がズレないように固定してある胸繁をにぎった。鞍がなくては座れない。いくら脚甲をしているとは言っても、ドラゴンの背に直接またがるのは危険すぎる。オレはクロの背中の上で立ったままの状態でいた。
空中で暴れまわっているレッカさんのドラゴンのもとに接近した。パニックになっているのだろう。暴れまわる姿は、まさにドラゴンという感じだった。人に飼われているとはいえ、ドラゴンは獣の類なのだと思い出させられる姿だった。
「グオーッ」
と、クロが何度か呼びかけることによって、レッカさんのドラゴンは冷静さを取り戻したようだった。
チョッカイをかけてきた白銀のドラゴンを逃すのは惜しい。
今は態勢を立て直すのが先決だと判断した。
街道から外れた平原に着陸することにした。着陸してもレッカさんは、しばらくクロから降りようとはしなかった。まるで運動した後みたいに息を荒げていた。大きな乳房が呼吸とともに上下していた。
「大丈夫ですか? 着陸しましたよ」
「ご、ごめんなさい。ビックリしてしまって」
「無事でなによりです」
「カラダが震えてるわ。まさか落っこちちゃうなんて思わなかった」
クロから降りるレッカさんに手を貸した。互いに手袋をしているにも関わらず、レッカさんの指の冷たさが伝わってきたように感じた。クロから降りるとレッカさんは地面に座り込んでしまった。腰が砕けたという感じだ。
「レッカさんのドラゴンの名前、なんて言うんですか?」
「ホンスァよ」
「ケガをしていないか確認させてもらいますね」
「ええ。お願い」
慎重にホンスァに近づいた。気が立っているかもしれない。ドラゴンは自分のあるじ以外の人間にはなつかない。不用意に近づいたら襲われる可能性もあった。
ある程度の距離を保ちつつホンスァの尾を確認してみた。ケガはない。やっぱりホントウに噛まれてしまったわけじゃないようだ。他にもべつにケガはなかったし、ビックリしてしまっただけなのだろう。
ホンスァは失敗した責任を感じているかのように、深くうなだれていた。そんなホンスァのことを、クロが心配そうに覗きこんでいた。
ホンスァのことは、クロに任せておけば良さそうだ。
「大丈夫ですよ。ケガはないと思います。念のためあとで詳しく診たほうが良いかもしれませんが」
「きっと私がビックリしたからいけなかったのね」
「あんなことされたら、誰だってビックリしますよ。なんなんですか。あれ?」
「煽り運転よ」
「煽り運転?」
と、その単語をオレはくりかえした。
「ロクサーナ組合の連中はよく私たちの邪魔をしてくるのよ。向こうは私たちのことが気に入らないみたい。それで辞めていった運び屋もたくさんいたわ。ロクサーナ組合のほうに移っちゃった人も多いし」
「今のは下手をすると死んでましたよ。イタズラで済む話じゃないでしょう」
「私が未熟だったばっかりにね。だけど死んだとしても、証拠がないから。私が乗り手として未熟だったって話で終わるわ。組合としての信用だって向こうのほうが上なんだもの」
「捕まえようと思えば、今からでも間に合いますけど」
白銀のドラゴンは遠くへ離れてしまっていたが、まだ目で追える。目で追えるかぎりは追いつく自信があった。
ガルルッ――と、クロも闘志をむき出しにしていた。
「ありがとう。だけど今は荷物を運ぶのを優先しましょう」
「たしかに。そうですね」
今のイザコザで配達物をなくしてしまったんじゃないか――と焦った。クロの脇腹を確認した。大丈夫。ちゃんと保持してあった。
「やっぱりアグバは特別ね」
と、レッカさんは不意にそう言った。
「え?」
「鞍に乗らずに飛ぶだなんて、信じられなかったわ。まるで大道芸を見てるみたいだった」
「ドラゴンに乗ることだけが、オレの取り柄みたいなもんですからね」
「もしかしたら大道芸をやったほうが、お金になるかもしれないわよ? それでもうちに居てくれる?」
レッカさんは急に潤んだ目を向けてきた。
冗談や軽口の類ではなさそうだ。
その紅色の瞳をうるませるほどの何かを感じたのだろう。死を実感したときの恐怖かもしれないし、あるいは間一髪でオレに救われた感動かもしれない。
「どうしたんですか。急に」
「今のを見て確認したわ。私の目に狂いはなかった。アグバはすごい乗り手だし、クロはすごいドラゴンよ」
「ええ」
「アグバの言うように、嵐に打たれていなければ、レースは優勝していたんだと思うわ」
「ええ」
と、オレはうなずくことしか出来なかった。
何か軽口でも返そうかと思うのだが、いかんせんレッカさんの口調がマジメなものだから、迂闊に茶化すこともできないのだった。
「アグバにはゴドルフィン組合に残って欲しいのよ。あなたのチカラがあれば、きっとゴドルフィン組合はやり直せるわ。だからこれで愛想と尽かさないで欲しくって」
レッカさんは早口でそう言うと、人差し指の腹で目じりをぬぐっていた。
ようやくレッカさんの真意がつかめた。
ロクサーナ組合の嫌がらせで、辞めていった運び屋も多くいると言う。同じようにオレがゴドルフィン組合から去ってしまうことを怖れたのだろう。逆に言うならば、ドラゴンの乗り手としてオレのことを、レッカさんは心の底から認めてくれたということだ。
「オレはゴドルフィン組合にとって、手放したくない人材になれましたか?」
「ええ。逸材よ。見事な立ち回りだった」
と、レッカさんは強くうなずいた。
危うく死にかけたこともあって、今の出来事がレッカさんには印象強く刻まれたのだろう。
「過大評価かもしれませんよ? なにせまだ最初の仕事すら終えてませんからね」
「そうね。早くトランクケースを運ばなくっちゃね」
と、レッカさんは立ち上がった。
そしてお尻を軽く払っていた。
「組合を出て行くつもりはないです。大道芸で稼ぐつもりもありません。クロは芸の知ってるドラゴンじゃありません。誰よりも速く飛ぶことを知ってるドラゴンですから」
オレがそう言うと、レッカさんは小さく笑った。
クロに慰められたおかげか、ホンスァもすこし元気を取り戻したように見えた。
「アグバ」
と、レッカさんが呼びかけてきた。
オレはレッカさんに顔を向けた。レッカさんは軽く後ろを振り返るような仕草をして見せた。後部。たしかにオレも気にはなっていた。オレとレッカさんが並走しているその後ろに、つけてくるドラゴンの姿が1匹いた。
白銀色のドラゴンだった。ジオかと思った。違う。見たこともない乗り手だった。ジオがこんなところに、いるはずもなかった。
「後ろのヤツに心当たりは?」
「気を付けて。きっとロクサーナ組合のヤツだから」
「なんでロクサーナ組合が?」
「よく嫌がらせをしてくるの」
レッカさんがそう言ったやさきだった。白銀のドラゴンは、レッカさんの乗っていたドラゴンの後ろについた。レッカさんのドラゴンの尾に噛みつくような仕草をした。実際に噛みつかれたようには見えなかった。
レッカさんのドラゴンはビックリしてしまったようだ。大きく吠えると、激しくはばたいた。暴れた勢いでレッカさんは振り落とされてしまった。
「クロ!」
「ガウ」
クロの動きは速かった。振り落とされたレッカさんのもとに急降下した。落っこちるレッカさんを、抱き寄せるようにして拾い上げることが出来た。女性のやわらかい肉体を、正面から抱くようなカッコウになった。今は、その甘美な感触に気をとられている余裕はなかった。
「さあ。座って」
オレはクロの背を足場にして立ち上がった。そしてオレの座っていた鞍に、レッカさんを座らせた。
「ちょっと! そんなところに立って大丈夫なの?」
「心配はいりません。次は墜落したりはしませんから。手綱を握っていてください」
オレがそう言うと、レッカさんは言われたとおりに手綱をにぎっていた。
一方でオレは、鞍がズレないように固定してある胸繁をにぎった。鞍がなくては座れない。いくら脚甲をしているとは言っても、ドラゴンの背に直接またがるのは危険すぎる。オレはクロの背中の上で立ったままの状態でいた。
空中で暴れまわっているレッカさんのドラゴンのもとに接近した。パニックになっているのだろう。暴れまわる姿は、まさにドラゴンという感じだった。人に飼われているとはいえ、ドラゴンは獣の類なのだと思い出させられる姿だった。
「グオーッ」
と、クロが何度か呼びかけることによって、レッカさんのドラゴンは冷静さを取り戻したようだった。
チョッカイをかけてきた白銀のドラゴンを逃すのは惜しい。
今は態勢を立て直すのが先決だと判断した。
街道から外れた平原に着陸することにした。着陸してもレッカさんは、しばらくクロから降りようとはしなかった。まるで運動した後みたいに息を荒げていた。大きな乳房が呼吸とともに上下していた。
「大丈夫ですか? 着陸しましたよ」
「ご、ごめんなさい。ビックリしてしまって」
「無事でなによりです」
「カラダが震えてるわ。まさか落っこちちゃうなんて思わなかった」
クロから降りるレッカさんに手を貸した。互いに手袋をしているにも関わらず、レッカさんの指の冷たさが伝わってきたように感じた。クロから降りるとレッカさんは地面に座り込んでしまった。腰が砕けたという感じだ。
「レッカさんのドラゴンの名前、なんて言うんですか?」
「ホンスァよ」
「ケガをしていないか確認させてもらいますね」
「ええ。お願い」
慎重にホンスァに近づいた。気が立っているかもしれない。ドラゴンは自分のあるじ以外の人間にはなつかない。不用意に近づいたら襲われる可能性もあった。
ある程度の距離を保ちつつホンスァの尾を確認してみた。ケガはない。やっぱりホントウに噛まれてしまったわけじゃないようだ。他にもべつにケガはなかったし、ビックリしてしまっただけなのだろう。
ホンスァは失敗した責任を感じているかのように、深くうなだれていた。そんなホンスァのことを、クロが心配そうに覗きこんでいた。
ホンスァのことは、クロに任せておけば良さそうだ。
「大丈夫ですよ。ケガはないと思います。念のためあとで詳しく診たほうが良いかもしれませんが」
「きっと私がビックリしたからいけなかったのね」
「あんなことされたら、誰だってビックリしますよ。なんなんですか。あれ?」
「煽り運転よ」
「煽り運転?」
と、その単語をオレはくりかえした。
「ロクサーナ組合の連中はよく私たちの邪魔をしてくるのよ。向こうは私たちのことが気に入らないみたい。それで辞めていった運び屋もたくさんいたわ。ロクサーナ組合のほうに移っちゃった人も多いし」
「今のは下手をすると死んでましたよ。イタズラで済む話じゃないでしょう」
「私が未熟だったばっかりにね。だけど死んだとしても、証拠がないから。私が乗り手として未熟だったって話で終わるわ。組合としての信用だって向こうのほうが上なんだもの」
「捕まえようと思えば、今からでも間に合いますけど」
白銀のドラゴンは遠くへ離れてしまっていたが、まだ目で追える。目で追えるかぎりは追いつく自信があった。
ガルルッ――と、クロも闘志をむき出しにしていた。
「ありがとう。だけど今は荷物を運ぶのを優先しましょう」
「たしかに。そうですね」
今のイザコザで配達物をなくしてしまったんじゃないか――と焦った。クロの脇腹を確認した。大丈夫。ちゃんと保持してあった。
「やっぱりアグバは特別ね」
と、レッカさんは不意にそう言った。
「え?」
「鞍に乗らずに飛ぶだなんて、信じられなかったわ。まるで大道芸を見てるみたいだった」
「ドラゴンに乗ることだけが、オレの取り柄みたいなもんですからね」
「もしかしたら大道芸をやったほうが、お金になるかもしれないわよ? それでもうちに居てくれる?」
レッカさんは急に潤んだ目を向けてきた。
冗談や軽口の類ではなさそうだ。
その紅色の瞳をうるませるほどの何かを感じたのだろう。死を実感したときの恐怖かもしれないし、あるいは間一髪でオレに救われた感動かもしれない。
「どうしたんですか。急に」
「今のを見て確認したわ。私の目に狂いはなかった。アグバはすごい乗り手だし、クロはすごいドラゴンよ」
「ええ」
「アグバの言うように、嵐に打たれていなければ、レースは優勝していたんだと思うわ」
「ええ」
と、オレはうなずくことしか出来なかった。
何か軽口でも返そうかと思うのだが、いかんせんレッカさんの口調がマジメなものだから、迂闊に茶化すこともできないのだった。
「アグバにはゴドルフィン組合に残って欲しいのよ。あなたのチカラがあれば、きっとゴドルフィン組合はやり直せるわ。だからこれで愛想と尽かさないで欲しくって」
レッカさんは早口でそう言うと、人差し指の腹で目じりをぬぐっていた。
ようやくレッカさんの真意がつかめた。
ロクサーナ組合の嫌がらせで、辞めていった運び屋も多くいると言う。同じようにオレがゴドルフィン組合から去ってしまうことを怖れたのだろう。逆に言うならば、ドラゴンの乗り手としてオレのことを、レッカさんは心の底から認めてくれたということだ。
「オレはゴドルフィン組合にとって、手放したくない人材になれましたか?」
「ええ。逸材よ。見事な立ち回りだった」
と、レッカさんは強くうなずいた。
危うく死にかけたこともあって、今の出来事がレッカさんには印象強く刻まれたのだろう。
「過大評価かもしれませんよ? なにせまだ最初の仕事すら終えてませんからね」
「そうね。早くトランクケースを運ばなくっちゃね」
と、レッカさんは立ち上がった。
そしてお尻を軽く払っていた。
「組合を出て行くつもりはないです。大道芸で稼ぐつもりもありません。クロは芸の知ってるドラゴンじゃありません。誰よりも速く飛ぶことを知ってるドラゴンですから」
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