貧相なドラゴンだとバカにされたが、実は最速でした。いまさら雇いたいと言われても、もう遅い。

新人賞落選置き場にすることにしました

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第3章》レッカさんのトラウマ

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 ゴドルフィン組合の世話になって1週間目の朝――。


 オレはいつものように早朝に目を覚ました。クロが早起きなので、オレも同じく早起きの癖がついていた。


 防塵ゴーグルと脚甲で身なりをととのえて部屋を出た。


 1階に下りる。竜舎。


 木樽のなかには残飯がつめられている。鶏の骨やら魚の骨。卵の殻が多く入っている。人間には食えないが、ドラゴンには充分食えるものだった。むしろこういうものには、ドラゴンのカラダづくりに必要な栄養が豊富に入っている。これはレッカさんが勤め先の宿の酒場からもらってきてくれているものだった。


 木樽にシャベルを突っ込んで、残飯をすくい上げた。餌箱に入れてやると、待ってましたとばかりにクロは餌箱に首を突っ込んでいた。


「良かったな。食べ物を無料でわけてくれて」
 と、餌箱に突っ込んでいるクロにオレはそう語りかけた。


 この1週間でクロはずいぶんと調子を取り戻している。カラダはひとまわり大きくなり、肌艶も良くなった。漆黒の鱗には脂が乗って、妖しげに輝いている。


「あら。おはよ。ずいぶんと早いのね」
 と、レッカさんが階段を下りてきたようで、踊り場のところから声をかけてきた。髪はまだ三つ編みにされておらず、目元もねむたげだった。


「すみません。起こしちゃいましたか?」


 レッカさんは宿の酒場での仕事がある。いつも起きるのは遅いようだった。オレは午前中は運び屋の仕事がある。時間が合わない。同じ屋根の下に住んでいても、顔を合わせる機会はあまりなかった。


「ううん。寝つきが悪かったから、起きただけよ」
 と、レッカさんは疲れたように笑った。


「最近。運び屋の仕事は乗り気じゃないんですか?」


 ロクサーナ組合のヤツに襲われてからこの1週間。レッカさんは1度も組合に顔を出していなかった。酒場の仕事に専念しているようだ。ホンスァも、ずっと竜舎で退屈そうにしている。


「パパの組合は順調みたいね」
 と、オレの質問には答えずにレッカさんはそう言った。


「仕事は多く入ってくるようになりましたよ。順調って言って良いのかはわかりませんけどね」


 大会のときに墜落した龍騎手が、運び屋をやっているというので話題になっていた。大衆の信用を得たというよりも、好奇心を買うことになったのだ。
 黒いドラゴンが珍しいので、なおさら大衆の興味を引いている。


「パパの言うとおり、縁起の良いドラゴンだったみたいね。みんなはクロのことを見抜けなかった。ホントウに嵐に打たれて弱ってただけだったのに」


 レッカさんは踊り場から下りてきて、オレの隣まで歩み寄ってきた。ふわりと酒の匂いがした。


 こうして近くでレッカさんの顔を見ると、目元にあるソバカスがよく見て取れた。まるで涙の痕跡みたいだと思った。


「私のコンプレックスなの。あんまり見ないで……」


 レッカさんは照れくさそうにうつむいた。普段は三つ編みにされている髪がほどけているため、うつむくとその赤い髪が、レッカさんの表情を隠した。
 その仕草がまるで恥部を見られた処女のような初々しい仕草だったので、オレの心臓が高鳴った。


「す、すみません!」
 と、オレはあわててクロのほうに目をやった。


 クロはまだ食事中だ。鶏の骨をバリバリと噛み砕いていた。


「私のソバカス。どう思った?」


「キレイだと思いましたよ。愛嬌があるって言うんですかね」


 ウソ――とレッカさんは短く呟いてつづけた。


「ソバカスがなかったら、美人だったのにって思ったでしょ」


「そんなことないですって」


 あわててレッカさんのほうを見た。するとレッカさんは満面の笑みで、オレのほうを向いていた。顔が、近い。ビックリしてオレは、どこを見れば良いのかわからなかった。きっとミットモナイぐらいに目が泳いでいたことだろう。


 ふふっ……とレッカさんは堪えかねたように吹き出した。


「わかりやすい人」


「からかったんですか。オレのこと」


「ごめんね」
 と、レッカさんは甘い声でそう謝った。まるで恋人に謝ってるみたいな、そんな声だなと思った。


「レッカさんが、酒場の看板娘だってことを忘れてましたよ。油断していました」


「今までさんざんスケベの相手をしてきたんだから。このソバカスを照れ臭そうに隠すのが、私の必殺技なの」


「なんだかその言い方だと、オレがスケベだって言ってるようにも聞こえるんですけど」


「違うの?」
 と、オレの耳元に吐息を吹きかけるようにして、レッカさんは言った。


 今度はからかわれているのだとハッキリとわかった。だから言い返してやろうと決めた。


「こんな早朝から酔ってませんからね。オレは誠実な男なんですよ。だけど、レッカさんのソバカスがキレイだと思ったのはホントウですよ」
 と、オレはそう言って肩をすくめた。


 レッカさんからの返答はなかった。
 沈黙。
 その沈黙もまたレッカさんが、わざと生み出しているのかもしれない。オレのほうから、この沈黙は破らないぞと口を閉ざしていた。


 先に口を開いたのはレッカさんだった。


「私ね。ホンスァのことを売ろうと思ってたの」


「貴族の買い手でもついたんですか?」


 レースに使うため、ドラゴンが売れることはよくある話だ。ホンスァを売ったとしても、ホンスァを走らせるわけじゃない。


「肌龍」あるいは「種牡龍」として売れるのだ。


 肌龍というのは、強いドラゴンを生む母親となるドラゴンのことだ。
 逆に種牡龍というのは父親側。端的に言うと種馬だ。


 ホンスァの場合は雌だから肌龍ということになる。
 ただ――。
 肌龍ないし種牡龍として売れるのは、レースで結果を残しているドラゴンだけだ。結果を出しているドラゴンは、目が飛び出るほどの高額で売買される。


「そうじゃなくて、ふつうに」


 ドラゴンの鱗は防具に加工される。肉はいちおう食用になる。
 でもそれってつまり――。


「屠殺するってことですか?」


「うん」
 と、レッカさんは静かにうなずいた。


 今度ばかりは冗談でもなんでもなくて、真剣な相談なのだとオレにもわかった。


「どうしてですか。そんなにお金に困ってるわけじゃないでしょう。バサックさんは、まとまった金はあるって言ってましたし、組合の仕事も調子を戻しはじめてるじゃないですか」


「でも私、もう乗れないと思うの」


「乗れない?」


「ドラゴンは他の人にはなつかない。だから私が乗らなかったら、ホンスァはもう空を飛ぶことは出来ない。ドラゴンだけ飛ばすことは禁止されているもの」


「ええ」


「だからと言って、ずっと竜舎に入れておくのもカワイソウでしょ。だからいっそのこと――と思って」


 そう言いきると、レッカさんは鼻をすすった。 泣いているらしかった。


 どうしてこんな早朝にオレに会いに来たのかが、やっとわかった。その相談をしたかったのだろう。


「やっぱり尾を引いてたんですね」


 ロクサーナ組合のヤツの襲撃は、レッカさんにトラウマを植え付けてしまったのだ。だからこの1週間、組合に顔を出すこともしなかったのだろう。


 レッカさんは言っていた。『ロクサーナ組合の連中はよく私たちの邪魔をしてくるのよ。向こうは私たちのことが気に入らないみたい。それで辞めていった運び屋もたくさんいたわ』と。まさしくその状況に、レッカさんは追い込まれているのだった。


 ロクサーナ組合のことを、オレは憎悪した。


 あのトラみたいな女――ロクサーナはクロのことを侮蔑した。バサックさんの大切なゴドルフィン組合の倉庫を更地にしてしまった。
 そしてレッカさんにトラウマを植え付けてしまったのである。


「ドラゴンから落っこちたのは、ヤッパリ怖かったですか?」


「うん。怖かった。今でも空を見上げるのが怖いの」


「でも生き残ったじゃないですか」


「あのときは、アグバが助けてくれたから」


「オレもレースのときに、落っこちてるんですよ」


「うん」


「でもオレも無事でした」


「アグバはだってすごい龍騎手だもの。今でも思い出すわ。私を助けてくれたときの飛行を。あんなことが出来るのはアグバとクロぐらいよ」


 落っこちたって大したことはない――ということを伝えたかったのだが、まったく説得力がない。


 レッカさんのトラウマは、オレの言葉なんかでは癒せるものではないのだろう。ホンスァを売ろうとまで考えているのだ。レッカさんは本気だ。本気でホンスァを売ろうと思っている。その決意は生半可なものじゃないはずだ。


 だけど――。
 止めて欲しいと思っている。止めて欲しいから、そんな相談をオレに持ちかけているのだ。


 オレならゼッタイに反対するってことを、レッカさんはわかってる。
 だって、自分の売るドラゴンを屠殺するだなんて、それがどんなに辛いことかオレにはよくわかる。


 思案した。
 さっきから餌を食べているフリをして、話に耳を傾けているクロのことを見つめながら思案した。


「この後。時間ありますか?」


「ええ」


「ゴドルフィン組合にいっしょに行きましょう」


「でも――私はもう……」


「大丈夫。オレの後ろに乗ってくれれば良いです。後部座席の鞍も用意してありますから」


 とりあえず一度空を飛ぼう。
 そうすれば、飛ぶことへの抵抗も薄まるだろうと思った。


「わかった。だけど……」


「だけど?」


「髪をととのえる時間はもらえるかしら?」
 とレッカさんは、腰のあたりまで伸ばしている髪をかきあげて尋ねてきた。


「もちろん」
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