貧相なドラゴンだとバカにされたが、実は最速でした。いまさら雇いたいと言われても、もう遅い。

新人賞落選置き場にすることにしました

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第4章》弟子ができました

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 ゴドルフィン組合へと向かった。


「おっ。アグバとやらはお前なんだな」
 と、走り寄ってくる子どもがいた。


 アサギ色――というのだろうか。青とも緑ともつかぬ髪をツインテールにまとめていた。なにより特徴的だったのは、その耳だ。ふつうの人とは違ってツンと尖っていた。エルフだ。


「オレがアグバだけど。君は?」


「私はいずれ世界最速の竜騎手になる女――マーゲライトちゃんなンよ」


「ああ。君が――」


 事前に聞いていたが、まさかエルフだとは思わなかった。マーゲライトの後ろから、のそのそとドラゴンが歩いてきた。マーゲライトの髪の色と似たようなカラダの色をしている。


「アグバに紹介するン。これが私のドラゴンちゃん。グリンちゃんなンよ」


「竜騎手になるのが夢なんだって?」


「そう。私もいつかレースに出たい! 全速力で空を飛びまわりたいンよ」


 マーゲライトのその元気は、見ているとオレも子どもに戻ったような気分になれた。


 オレ自身は、マーゲライトのように夢にまっすぐ向いていた少年ではなかった。マーゲライトの年のころにはもう、母に厳しく鍛えられていた。


「免許はまだ取ってないのか?」


「残念ながらまだなンよ。5回落っこちてるン」 と、マーゲライトは5指を広げてみせた。


 竜騎手免許に年齢制限はない。


 竜騎手免許試験のさい、模擬レースが行われる。その模擬レースで1着になれてはじめて、竜騎手としての免許を獲得できる。
 逆に言うと1着なら、年少の者だろうが性格に問題があろうが取得できるものだった。


「師はいるのか?」


「残念ながら、なかなか私みたいなのを相手にしてくれるのはおらンのよ」
 と、はじめてマーゲライトの明るさが、わずかにくもった。


「そんなことはないだろ。弟子を取りたいってヤツは、けっこういると思うがな」


「私はエルフだし、そこに苦手意識を持つ人も多いンよ。それに師に払うようなお金も持ち合わせてないし」


 たしかにドラゴンレースは、人間による文化だ。


 ふたりの王様がレースを行ったことが、ドラゴンレースの発祥とされている。


 とある2つの国は長いあいだ戦争をしていた。何年ものあいだ決着がつかずに、無闇に犠牲者だけを増やしていった。


 そこで所有していたドラゴンでレースをして、その決着をつけることになった――とされている。


 史実なのかどうかはわからないが、有名な伝承だった。悲しいことにドラゴンは戦争にも用いられることが多いのだ。


 オレが君の師になっても良い。
 そう言いたかった。


 もうノドまで、そのセリフがこみ上げていた。いかんせん今のオレは竜騎手でもなんでもない。一介の運び屋だった。
 師匠になる権利なんてありはしないなと、出かかった言葉を呑みこんだ。


「私はアグバのウワサを聞いて、戻ってきたんよ。このゴドルフィン組合で働いてるって」


「ああ。ここでお世話になってる」
 と、ボロボロの露天を振り向いて言った。


 バサックさんが、荷物の整理をしていた。レッカさんが、その手伝いをしている。露天は道の端にあるので、行き交う人も多い。通行の邪魔にならないように、オレはマーゲライトは道の端に寄った。


「レース。見てたンよ。アグバがぶっちぎりの先頭を走ってたところ」


「なら、その後も見たろ」


「うん」


「オレはブザマにも落っこちてしまった」


「だけど、墜落してなかったらアグバは1着だった。あんなに強いドラゴンを見たのは、はじめてだったンよ」


「ホントウにオレが1着だったと思うか?」


「墜落するまで減速してなかったン。ゴールまで50Mもなかった。きっとアグバが1着だったと思うンよ」


「うん。オレもそう思うよ」


 そう言ってくれる他人に出会ったのは、はじめてかもしれない。心強い味方を得たような気分だった。
 そう言ってくれる他人が現われることで、はじめて負け惜しみではなくなるのだ。


 マーゲライトはそのアサギ色の目を、左右に泳がせていた。そして、意を決したように切り出した。


「このマーゲライトちゃんを、弟子にするつもりはないかな?」


「そうしたいのはヤマヤマだけど、いかんせんオレはもう竜騎手じゃなくてね」


「辞めちまったン?」


「いや。辞めたわけじゃないんだ」


 国王陛下に竜騎手免許を剥奪されてしまったのだと話した。


「酷い話なン。なんで墜落したからって、免許を剥奪されなきゃいかンの?」
 と、マーゲライトはまるで自分のことかのように地団駄を踏んでいた。アサギ色のツインテールが、ぴょこぴょこと上下に揺れていた。もっともな怒りである。


 ジオの陰謀によるものだとオレは勘付いていたが、それをマーゲライトに話そうとは思わなかった。


「運が悪かったんだよ」
 と、そう言っておくことにした。


「それでもやっぱり私はアグバに師匠になってもらいたいンよ。だからこうしてゴドルフィン組合に戻ってきたン」


「オレでいいのか?」


「私もあんなふうに空を飛びたい。空を貫く矢みたいに飛んでみたいン」


「空を貫く矢か……」


 全速力でオレとクロが空を飛んでいるとき、傍からどう見られているのか、考えたことはなかった。


 マーゲライトのその表現は、オレの心を興奮させるものがあった。レースのときはオレは矢になれるのだ。


 私からもお願いするわ――と、話を聞いていたようで、レッカさんが言った。


「マーゲライトは良い子よ。教えてあげてちょうだい」


「まぁ。マーゲライトが良いって言うんなら、オレはかまわないですけどね」


「じゃあ私の師になってくれるン?」


「ああ。よろしく」


 オレが手を差し出すと、マーゲライトは両手で握り返してきた。


 そうは言っても、うちの仕事はキッチリやってくれよ――とバサックさんが口をはさんだ。


 露店の前には配達物が積み上げられている。露店の天幕が張られているだけの屋根に届くほどの大きさになっていた。


 オレがゴドルフィン組合で、はじめて仕事をもらったときは1日に4回しか仕事がなかった。そしてオレの手元に入ったのは、3シルバーだった。


 オレが来た当初のことを思うと、この荷物の量はおおきな進展だ。ゴドルフィン組合という組織が、都市ブレイブンにおいて信用を取り戻している証であった。


 オレたちは荷をドラゴンにくくりつけて、都市の外へと向かった。


 マーゲライトはオレのことを師匠と呼んだ。


 まぁ、悪い気はしない。
 オレが師匠と呼ばれることに、オレ以上にレッカさんが喜んでいた。アグバはあんな飛び方やこんな飛び方が出来るんだ――とレッカさんは興奮気味に語った。
 レッカさんのトラウマを、オレがどんな形で取り除いたかも、誇らしげに語るのだった。


 そうやって他人の口から、オレの言動をあれこれと聞かされるのは、妙に気恥ずかしいものがあった。
 性質の悪いことに、マーゲライトはひどく熱心にレッカさんの言葉に耳を傾けるのだ。


「またオレのことをカラカってるんですか? オレの話を他人から聞かされるのは照れますよ」


 城門棟を抜けたあたりで、オレがそうやってレッカさんの言葉を止めた。


「どうして照れる必要があるのよ。私にとっては大切な思い出よ」


「そう言ってくれるのは、ありがたいんですけどね。レッカさんだって、レッカさんがいかに美人かってことを、オレがほかの人に吹聴してたら照れ臭いでしょう」


「あら。アグバは私のことを美人だと思ってくれてるの?」


「あぁ……。いやまぁ、例え話ですよ」
 と、オレははぐらかした。
 これはウッカリ墓穴を掘ってしまったものだと反省した。


「ふぅん」
 と、レッカさんが歳下の男子をカラカうような目を向けてくるものだから、オレはあわてて話題を切り替える必要があった。


「荷物の確認をしましょう。今日も都市キリリカまで行って、100K分の鉄と150K分のワインをラングリィ商会に届けるんですよね」


「そう。あとは手紙を2通。ティラコ村とケッジ村に届けるの。それが終ったら、また都市ブレイブンに戻ってきましょう」


 150K分のワインは、木箱に詰められており、クロにくくりつけてあった。ラングリィ商会に届ける100K分の鉄は、50Kずつにわけて、ホンスァとグリンにくくりつけてある。


「ワインは割らないようにしなくちゃなりませんねぇ」


「そうね。せっかく都市ブレイブンの人たちから信用を取り戻そうとしているところだもの。割ったりしたら大変よ」


「あんまり、プレッシャーをかけないでくださいよ」


「クロとアグバなら大丈夫でしょ」


「またロクサーナ組合に襲われたりしなけりゃ良いですけどね」


「あと空賊にも気を付けなくちゃね」


「空賊なんているんですか」


「山賊に海賊に空賊。賊っていうのは、どこにでもいるんだから。まぁ、いくらなんでも、このあたりは都市も近いし大丈夫だとは思うけれどね」


「いちおう注意はしておきましょうか」


 荷物がちゃんと固定されているか最後にもう1度調べて、問題がないことを確認した。


 防塵ゴーグルを目にかけて、クロの背にある鞍にまたがった。股でクロの背を挟み込むと、クロは悠然と舞い上がった。もうその飛翔には、一片の疲労も感じさせなかった。


 振り返る。


 レッカさんもマーゲライトも無事に飛び上がっていた。


 オレは2人の動きを観察する必要があった。レッカさんのトラウマが快癒されているか否か確認しなくてはならなかった。マーゲライトもいちおうこのオレの弟子ということになるのだ。2人ともなにも問題はなさそうだった。


 マーゲライトは竜騎手免許の試験に5度落ちたと言っていた。


 何が原因で落ちたのだろうか……。


 師匠として、弟子の問題点を見出そうとした。 欠点と言って良いのかはわからなかったが、マーゲライトはすこし焦りがちだった。何度もオレのことを追い越そうとするので、「そんなに焦ることはないだろう」と呼びかけた。


「すまないンよ。この子ってば、いつもレースだと勘違いしてるのか、どんどん前に行こうとする癖があるンよ」


「ドラゴンにも性格があるからな」


 カラダが左右のどちらかに傾く癖を持っているドラゴンは多い。ドラゴンの群れを怖がるドラゴンもいるし、前をふさがれるとマッタク飛べなくなるヤツもいる。逆に後ろからせっつかれることを嫌うヤツもいるし。なかには人をカラカうようなヤツもいる。ドラゴンも人間と同じく千差万別だった。


 レースでは体力や速度も重要だが、自分のドラゴンの性格や癖を知ることが肝要だった。乗り手が、どこまでドラゴンと心を交わしているか――それが勝負の分かれ目になるとオレは思っている。


 空賊やロクサーナ組合に襲われることはなく、無事に都市キリリカが見えてきた。
 街道からすこし外れた平地に着陸した。


「師匠。どうやったん? 私の飛行は」


「そんなに大きな問題はなかったと思うが、どうして免許試験に落ちたんだ? 模擬レースで負けたか?」


 レースで負けた、というだけならなにも改善する必要はない。
 何度か挑戦していれば勝機はめぐってくるはずだ。


「免許試験のときにかぎって、グリンちゃんは私の言うことを聞かないんよ」


「暴れたりするのか?」


「暴れることはないけれど、私が乗ってないのに一人で飛んでったりしちゃうン」


「さっき飛んでるときも、なんか焦ってる感じだったな」


「はい」


「マーゲライト自身になにか問題があるんじゃないか?」


「私に?」


「乗り手が焦ってると、ドラゴンもそれを感じ取るもんだからな」


「気を付けてみるンよ」


 はやく成功したいという気持ちが焦りを発生させているのかもしれない。それはマーゲライトに限らず、誰しもが抱くものだ。


「それからアブミの位置を変えたほうが良いかもしれない」


「アブミ?」


「足をかけるところだよ。グリンは飛んでるときに左に傾く癖があるんだ。気づかなかったか?」


「たしかにグリンちゃんは、左に傾いちゃうンよ。そのつど私が矯正させているンやけど」


「右のアブミを短くすれば良いんだ。ムリヤリ真っ直ぐさせることはない」


「勉強になるンよ」


「荷物をキリリカに運びこんだら、アブミの位置を調整してもう1度飛んでみよう」


「はい。お願いするンよ」


 あぶみの位置を変えるなんてことは、竜騎手にとっては基本的なことのはずだ。マーゲライトはそんなことも知らずにドラゴンに乗っていたのだ。すべて独学なのだとしたら、とんでもない天才かもしれない。


「師匠はいないと言ってたが、そのグリンの親龍を飼ってた人はいないのか?」


「グリンの親龍はどこにいるのかわからンのよ」


「ん?」


「私はエルフだから森に住んでたんだけど、この子の卵が捨てられてたンよ。それで私が拾って育てることにしたン」


「捨て子か……」


 なにか都合が悪くなってドラゴンの卵を投棄したのかもしれない。自分の子どもを捨てる人間だって星の数ほどいるのだから、ドラゴンの卵を捨てる人間がいても不思議な話ではない。あるいは野生のドラゴンが何かしらの事故で卵を落っことしてしまったか――。


「まぁ、見ているかぎり大きな問題はなかったよ。むしろ優秀だと思う。その焦る癖をどうにかすれば、すぐに竜騎手になれるさ」


「ホントなん? 私も師匠みたいに飛べるようになるン?」


「オレみたいに――ってあんまり良い意味で使うヤツはいないと思うがな。なにせ大会のときに墜落してるんだし」


「落っこちる前までの師匠は、すごかったンよ。びゅーんって黒い星が、空を割ってゆく感じで」


「そうかい」


 オレのことを純朴にホめてくれるのが照れ臭くて、オレは笑ってごまかした。
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