貧相なドラゴンだとバカにされたが、実は最速でした。いまさら雇いたいと言われても、もう遅い。

新人賞落選置き場にすることにしました

文字の大きさ
18 / 27

仲間がもどってきたようです

しおりを挟む
「うわーっ。すごく飛びやすいンよーっ」
 マーゲライトがそう叫んだ。


 配達物を届けて終えて、都市ブレイブンへと引き返してした。
 飛び立つ前にアブミの位置を調整してやった。

 
「そりゃ良かったよ」
 と、オレも空の上ゆえに怒鳴るように返した。


 マーゲライトはしばらく当たりを飛びまわっていた。アサギ色のツインテールが風になびいているのが見て取れた。マーゲライトは、不意にオレのとなりに並んできた。


「ねぇ。師匠。都市ブレイブンまで競争しようよ」


「レッカさんを置いてけないだろ」


「あ、そっか」


 私なら構わないわよ――とレッカさんが言った。


「いいんですか?」


「ええ。私なら平気よ。近くにロクサーナ組合の連中も見当たらないし。さすがにもう、あの連中はあおり運転を仕掛けては来ないと思うのよね」


「なにか根拠でもあるんですか?」


「べつに、ただの勘よ」


「たしかに他に飛んでるドラゴンは見当たりませんけれど……」


「心配ないわよ。身の危険を感じたら、歩いて帰るから」


「しかし……」


「アグバのことを頼りにしてるけれど、重荷にはなりたくないわ」
 と、レッカさんはソッポを向いてそう言った。


 オレのことを慮っての態度だろう。そのときはじめて、オレはマーゲライトの仕掛けてきた誘いに乗り気であることに気づいた。


 免許を剥奪されて運び屋に転職してからというものの、クロを全速力で飛ばしたことは1度もなかった。
 物を運ぶだけだから、さして急ぐこともなかったのだ。ときには速達の要求もあった。だからと言ってレースのような速度は出さなかった。


 今なら――。
 クロは全力を出せる。


 大会のさいに見せた飛行をマーゲライトは「空を割るようだった」と言ってくれた。クロの本領はあんなもんじゃない。もっと速く。もっと先へ行けるはずだ。


「じゃあハンデってことで、私は先に行くンよーっ」
 と、マーゲライトは速度をあげた。


「あ、ズルいぞ」
 アサギ色のドラゴンの背中が、たちまち離れて行く。


 オレは息を大きく吸って、呼吸を止めた。自分の心臓の音がカラダ全体にひびく。自分自身の鼓動と、もうひとつ別の鼓動を感じる。内股をつたって、クロの鼓動が聞こえてくるのだ。ふたつの鼓動を重ね合わせた。アブミに足をかけるチカラを強くして腰を浮かせる。左右の脛で、ギュッとクロのカラダをはさみこんだ。


「さあ。行くぞ」


 青空を突き破る勢いでクロは飛んだ。暴風のような向かい風が吹きつけてくる。右も左もわからなくなる。前方。先に飛んでいた。グリンの背中をとらえた。


 クロはさらに速度をあげた。全身の皮膚がズル向けになりそうな感覚をうける。クロに振り落とされないように――むしろ、クロを誘導するかのように、さらに前傾姿勢をとった。


 ドラゴンには個性がある。


 クロは、闘神、だった。
 レースになると、自分より前にいるドラゴンを全力で抜かそうとする。その飛行に、恐怖や逡巡はいっさいない。


 相手と衝突しても構わないというような勢いで突っ込んでゆく。いくら強靭なカラダを持つドラゴンでも、飛行中に別のドラゴンと衝突すればただでは済まない。それはクロもわかっているはずだ。わかっていても行く。まさに闘神である。


 体力を温存しておこうとか、このあたりから全力を出そうといった計算もまた、クロにはいっさいない。
 最初から最後まで、死に物狂いなのだ。
 ただ一陣の黒い風と化す。


 そんなときオレは、クロのことが怖くなる。オレはクロにふさわしい乗り手だろうか……と不安になる。
 いつかクロに食い殺されるのではないかとすら思う。


 ふと――。
 あるひとつの言葉を思い出した。


『きっとアグバはものすごく大胆なのよ。チャンスが来るまで、その牙を隠してる獣みたい』。レッカさんにそう言われた。話の流れは覚えていないが、その言葉だけは記憶のなかにあった。
そうだ。


 オレは、獣、だ。
 クロへの恐怖は消えた。
 まだ、先へ――。
 もっと速く飛べるような気がした。


 マーゲライトはとっくに抜かしていたし、都市ブレイブンもすぐ真下に見えていた。速度を落として、マーゲライトとレッカさんが来るのを待った。


「ぐるるぅ」
 と、クロがうなっていた。


「わかってるさ。オレだって竜騎手に戻りたいよ。レースに復帰したい。そのときは、前よりもっと速く飛べるようになってるだろうな」
 と、語りかけて、クロの闘志をいさめた。


 竜騎手に戻りたいと強く願った。
 母が喜ぶだからだとか、賞金がもらえるからだとか、最速の称号が欲しいからだとか、オレのことをバカにしたジオを負かしたいだとか、そんなチンケな理由から来るものではなかった。


 ただ、全力で、飛びたいのだった。


 オレとマーゲライトとレッカさんが都市ブレイブンの城門棟を抜けると、都市の人々はオレたちのことを拍手で迎え入れてくれた。どうやら黒い鱗のドラゴンと、アサギ色をした鱗のドラゴンの競争を見物していたらしかった。


 マーゲライトは負けたというのに、すこしも悔しそうではなかった。むしろ大衆といっしょになって、オレに拍手を送っていた。


「すごいんよ。師匠はやっぱりすごい竜騎手なンよ」


「だからオレはもう竜騎手じゃないんだって」


「師匠から竜騎手免許を取り上げた国王陛下は、人を見る目がないンよ」


「おいおい。人前で国王陛下の悪口なんて言うもんじゃないぜ」


 そうやね、とマーゲライトは舌をペロリと出して、ふと浮かない表情を見せた。


「師匠はすばらしい竜騎手だと思うけど……」
 と、マーゲライトは言葉をにごした。


「思うけど、なんだ?」


「なんだか早死にしてしまいそうな気がするン」


「オレが? 事故の心配でもしてくれてるのか?」


「そうじゃないンよ」
 と、マーゲライトはぶんぶんと、頭を振った。


「じゃあなんでオレが早死にすると思うんだ?」


「だって才能のある人は長生きしない気がするし、お師匠の飛び方はまるで命を削ってるような飛び方をするンよ」


 やけに神妙な表情をして言うものだから、オレは鼻で笑った。


「こんなごっこレースで命なんて削るかよ。人前で国王陛下の悪口を言うヤツに、早死にするなんて言われたくないな」


 オレはそんなにも危うい飛び方をしていただろうか――と反省してみた。弟子の手前、そんな危ない挙動があったのならば改善しなければならない。思い当る節はなかった。運転そのものには、問題はなかったはずだ。


 マーゲライトが言っているのは、もっと根本的なことかもしれない。
 命を削るような飛び方――か。


 必死でなにかに取り組んでいるならば、命は削られていくもんだ。それはドラゴンに乗ることだけに留まる話ではないように思った。


「早死にしそうだなんて。縁起でもないこと言わないでちょうだい!」
 と、レッカさんが憤慨していた。


 レッカさんがそんなに本気になって怒るところをはじめて見た。その剣幕にはビックリしたけれど、なぜかとても微笑ましく思えた。


 バサックさんのいる露店に戻ると、積み上げられていた荷物がスッカリなくなっていた。


「あれ? パパ。ここに積まれてた配達物は?」 と、レッカさんが尋ねた。


「配達はほかの連中が行ってくれたよ」


「ほかの連中って?」


「うちに戻ってきたのはマーゲライトだけじゃない。前にうちで働いてくれていた連中が、戻ってきてくれたのさ」


「じゃあベベや、ポポンカも?」


「まだ何人かは戻ってきてねェけどな。そのふたりも今は配達に行ってくれてるよ」


「やった!」


 ついさっきまでマーゲライトに怒っていたレッカさんは、上機嫌でオレに抱きついてきた。
 レッカさんの乳房がオレの胸元で、やわらかく潰れる感触があった。


「な、なに? どうした?」
 と、オレは妙に上ずった声が出てしまった。


「アグバのおかげよ。大好きよ。アグバ」


 あまりにも飾り気のない言葉をブツけられて、オレは動転した。レッカさんが決して冗談を言っているものではないとわかっていながらも、
「また、オレのことをカラカってるんですか」
 と、尋ねた。


「夢の話よ。私の目標は覚えてるでしょ?」


「ええ」


 栄えていたころのゴドルフィン組合に戻したい。かつての仲間たちを呼び戻したいというものだ。もちろん忘れてはいない。


「こんなに早く、またみんなに会えるなんて思わなかったわ。やっぱりクロは私たちに幸運を運んでくれるドラゴンね」


 抱擁を解いたレッカさんは、オレの顔をジッと見つめてきた。レッカさんの目は潤み、頬は上気して、まるで酒を飲んだかのような表情をしていた。酩酊したような表情に、オレはドキッとした。
 レッカさんは自分が今どんな顔をしているのか知っていて、あえてその顔をオレに見せつけているようにも思った。
 

 レッカさんの喜悦とはウラハラに、オレのなかには暗雲がたちこめはじめた。


 オレはここ8日のあいだ、レッカさんから頼りにされているという自負があった。レッカさんに必要とされていることがうれしかった。


 けれど今、レッカさんにとってかつての仲間たちが戻りはじめている。オレの役目はそれで終わってしまったのではないか――という不安が生じたのである。


 レッカさんのかつての仲間たち。レッカさんにとっては、新米のオレなんかより、ずっと縁の深い人たちのはずだ。嫉妬だった。


 少女のように純朴に喜んでいるレッカさんを前にしては、オレはその暗い感情を押し隠すしかなかった。
 コホン、とバサックさんが空咳をかました。


「人も戻ってきた。仕事をくれてやる余裕でも出来た。だから場所を移そうと思うんだ」


「でもパパ。前の場所は更地にされちゃったじゃない」


「また別の場所に目星をつけてる」


「大丈夫? まだもうすこし様子を見たほうがいいんじゃないかしら。今は上り調子だけど、ずっとこんな感じってわけでもないでしょ」


「それはそうだが、こんな店構えだとカッコウもつかねェしなァ」


 場所をどうするか――という話題で親子は盛り上がっていた。


 オレはクロを連れて先に家に戻ることにした。マーゲライトとレースをした興奮は、すでに冷めていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

英雄一家は国を去る【一話完結】

青緑 ネトロア
ファンタジー
婚約者との舞踏会中、火急の知らせにより領地へ帰り、3年かけて魔物大発生を収めたテレジア。3年振りに王都へ戻ったが、国の一大事から護った一家へ言い渡されたのは、テレジアの婚約破棄だった。 - - - - - - - - - - - - - ただいま後日談の加筆を計画中です。 2025/06/22

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

処理中です...