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ゴドルフィン組合の再起
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バサックさんは意を決して、組合の場所を変えた。更地になってしまった以前の場所とは、べつの場所だった。
「教会みたいな場所ですね」
新しい施設を見た最初のオレの感想が、それだった。
建物が大きく、外壁は漆喰で塗られていた。鐘はついていなかったが、鐘楼のような塔もあった。
どこもかしこも白いから、クロのカラダやオレの髪の色が目立ってるんじゃないかと思うと、落ちつかなかった。
「そうだ。もともと教会があったんだ」
と、バサックさんが教会を見上げて言った。
「いいんですか。そんな場所を使っても」
「って言っても、もうずいぶんと古い教会だし、ペリト商会が安くで扱ってたから、罰が当たったりはしねェよ」
「なら良いんですけど」
「そもそも何を信仰してた教会なのかもわからんからな」
オレも、眼前の教会をあらためて見上げた。たしかに外壁にも蔓がまきついているし、窓辺には蜘蛛の巣が張られているのが見て取れた。神はもう住んでいなさそうだ。
オレの知るかぎり、この都市ブレイブンでの宗教色は薄い。そんなことよりも金が物を言う。商売の都市なのだ。物の流通が多いから、おのずと運送者組合にも仕事がまわってくる。
運び屋の仕事は、馬車組合とも取り合いになるほどだ。
「見かけは立派だが、もう長いあいだ人の手が入ってないから、使う前にちょいと掃除をせにゃならんな」
「ペリト商会のほうで管理してなかったんですか」
「古いとはいえ教会は教会だ。取り壊すかどうか迷ってたらしいんだ。おかげで安くで売ってもらえたってわけだ」
玄関トビラがあったが、ドアノブにも蔓が巻きついていた。蔓をちぎってからドアノブをひねった。引き戸かと思ったが、思うように開かない。今度は押してみた。動かない。
「ダメですね。動きませんよ」
「まどろっこしいな。ぶち抜いてしまおう」
バサックさんがトビラを蹴りつけた。トビラが倒れて、ホコリが舞い上がった。オレは咄嗟に手で口もとをおおった。
「これは掃除が大変そうですね」
「残念ながらすぐには使えそうにないな。掃除もせにゃならんし、組合の看板もとりつけなくちゃならん。竜舎も増設したい」
こっちに大きな入口があったわよ――と、レッカさんが言った。レッカさんの声がする裏庭のほうへと回った。
壁面に大きな穴が開いていた。さっきのバサックさんが蹴り破ったトビラからではクロは出入りできなかったが、こっちの壁穴はクロにも充分通ることのできる大きさがあった。
「これ欠陥じゃないですか?」
「建物としてはな。昔、ここにドラゴンが突っ込んできたことがあったらしい。それで気に入って、ここを買うことにした」
「壁に穴が開いてるのにですか」
「さっきの出入り口からじゃ、荷物の出し入れも大変だし、ドラゴンの出入りも出来んだろう。でもここからなら出入りできる」
それに、とバサックさんは続けた。あの露天よりは良い、とのことだ。
「たしかに。まぁ、そうですかね」
ホントウにこの建物は大丈夫なのかと不安になる。ずっと残っていたということは、骨子はシッカリしているんだろう。そう思いたい。
「部屋の広さも充分だしな」
と、バサックさんは満足気に言った。
たしかに部屋のなかは広かった。天井も高い。もともとは礼拝堂だったのかもしれない。宗教色を思わせるような物品はひとつも置かれていなかった。すべて撤去されたのだろう。
今は家具のひとつもない、ただのだだっ広い空間でしかない。
窓が多いし、壁にドでかい穴が開いているので、日差しの入りは良い。風も心地よく吹き込んでいた。
「どうもなンよー」
「うぃーす」
「へー。ここが新しいゴドルフィン組合かー」
マーゲライトとそれから、ベベとポポンカだった。ふたりにも、オレはすでに挨拶は済ませてあった。マーゲライトが仲介してくれたので、最初の挨拶は円滑だった。レッカさんの友人というだけあって、ふたりとも気の良さそうな人たちだった。ふたりとも男性だった。ベベとポポンカとレッカさんが楽しげに話しているところを見ると、オレはしょせん新入りなんだと卑屈な気持ちになった。
ベベやポポンカに限った話ではない。ゴドルフィン組合に戻ってきた連中のなかには、もちろん男もいた。男たちの瞳は、妖しげな光を宿してレッカさんに向けられることが多かった。
そりゃそうだよな、と思う。
レッカさんは、ソバカスでさえも己の魅力を引き立てる小道具にしてしまえる女性だった。男たちが放っておくはずはなかった。
「はぁ」
ため息。
そしてオレと同じような悩みに陥っている男は、もうひとりいた。
クロだ。
組合の連中は、もちろんドラゴンを連れている。
ホンスァも他のドラゴンと接することが多くなった。ホンスァがほかのドラゴンたちと旧交を温めているあいだ、クロは落ちつきなくそわそわと歩き回る癖があった。
レースのときは闘神でも、女のほうはあまり得意ではないらしい。
「お師匠、お師匠」
と、マーゲライトがオレの服のスソを引っ張ってきた。
「ん?」
「私さ。明日、竜騎手免許の試験があるンよ」
「明日か」
「マーゲライトちゃんの試験に、お師匠にもついて来て欲しいンよ」
「どうした? 弱気になってるのか?」
「5度も試験に落ちてるんだから、弱気にもなるンよ」
「良いぜ。いっしょに行こうか」
「ホントに?」
「これでもいちおう師匠だしな」
レッカさんがほかの男と楽しげにしゃべっている場面を見るたびに、鬱々としていては精神衛生によろしくない。気をまぎらわせるため意味でも、レッカさんと離れる時間が必要かもしれないと考えた。
もちろんマーゲライトが無事に竜騎手免許を取れるかも気にはなる。が、たいして心配はしていない。
マーゲライトは優秀な乗り手だ。オレも教えられるだけのことは教えた。何度か失敗することはあっても、いずれは必ず合格するだろうとわかっていた。
「お師匠、お師匠」
「今度はどうした? トイレか?」
「バ、バカにしないで欲しいン。そんなことでお師匠を呼んだりしないンよッ」
「冗談だって」
「このマーゲライトちゃんには妙案があるンよ」 と、マーゲライトは企みを隠した笑みをみせた。
「なんの妙案だ? マーゲライトは優秀なんだから小細工なんかしたくなって合格するさ」
「そうじゃないんよ。そっちの話じゃないンよ」
マーゲライトは、オレを部屋の隅へと引っ張り込んだ。家具が何もないと思っていたのだが、部屋の隅には、礼拝堂に置かれているような長イスが置かれていた。撤去し忘れたのかもしれない。座ろうかと思ったがやめた。ホコリが積もっているのが見て取れたからだ。
「どうしたんだ? なにか悪だくみか?」
「そう。悪だくみなン」
と、マーゲライトはイタズラめいた笑みを見せて、その人間のものとは違う尖った耳を指でカいていた。
「聞かせてもらおうかな」
オレは屈んでマーゲライトに顔を寄せた。そのときはじめて気づいたのだが、マーゲライトからは味の薄いミルクのような匂いがした。マーゲライトはびっくりしたように身を引いていた。
「近いって。顔が近いンよーっ」
とマーゲライトは両手でオレのことを押し返してきた。
「ナイショ話なんだろ」
「そうなんやけども」
と、マーゲライトは顔を赤くしていた。
「あまりもったいぶるなよ。そんなにすごい悪だくみをしてるのか?」
「うん。私の竜騎手免許の試験に、ついて来てくれってレッカのことも誘おうと思ってるン」
「なに?」
「そしたら、お師匠はレッカとデートができるン。これは妙案やと思うんやけども、どうやろか?」
「たしかに妙案だな。わざわざオレとレッカさんのあいだを取り持ってくれるわけか」
しかしこの娘。オレのなかにあるレッカさんへの気持ちを――オレでさえもハッキリと自覚してなかったのに――見抜いているのだ。すえ怖ろしい娘だ。
「ただし、私が誘ったときにレッカが断ったら、この話はなしなンよ」
と両手でバッテンを作って見せた。
「うん。それはまぁ、仕方がないな」
断る可能性は充分あった。調子が戻ってきたとはいえ、ゴドルフィン組合は今が踏ん張りどきだ。
仕事が多く舞い込むタイミングでオレとマーゲライトが休みを取る。さらにレッカさんまで休むとなったら、ほかにシワよせが行く。
「これはお師匠への恩返しなン。せやけど、私にとっては苦肉の策だってことを知っておいて欲しいン」
「苦肉の策?」
オレの問いには答えずに、
「それでは作戦を実行に移すンよ」
と、マーゲライトはレッカさんのもとに走り寄って行った。
苦肉の策。
どうしてマーゲライトがそんな言葉を使ったのかを考えた。オレとレッカさんのデートをセッティングする。それがマーゲライトにとっては辛い作戦だということか。「顔が近いんよーっ」とオレのことを押し返して、顔を赤くしていたマーゲライトの姿が思い起こされた。
マーゲライトの無邪気なアサギ色の目を思った。あの目はたしかにオレに好意的な光を宿してオレに向けられる。
マーゲライトの抱く気持ちは、恋愛とはマッタク違った感情のはずだ。
「教会みたいな場所ですね」
新しい施設を見た最初のオレの感想が、それだった。
建物が大きく、外壁は漆喰で塗られていた。鐘はついていなかったが、鐘楼のような塔もあった。
どこもかしこも白いから、クロのカラダやオレの髪の色が目立ってるんじゃないかと思うと、落ちつかなかった。
「そうだ。もともと教会があったんだ」
と、バサックさんが教会を見上げて言った。
「いいんですか。そんな場所を使っても」
「って言っても、もうずいぶんと古い教会だし、ペリト商会が安くで扱ってたから、罰が当たったりはしねェよ」
「なら良いんですけど」
「そもそも何を信仰してた教会なのかもわからんからな」
オレも、眼前の教会をあらためて見上げた。たしかに外壁にも蔓がまきついているし、窓辺には蜘蛛の巣が張られているのが見て取れた。神はもう住んでいなさそうだ。
オレの知るかぎり、この都市ブレイブンでの宗教色は薄い。そんなことよりも金が物を言う。商売の都市なのだ。物の流通が多いから、おのずと運送者組合にも仕事がまわってくる。
運び屋の仕事は、馬車組合とも取り合いになるほどだ。
「見かけは立派だが、もう長いあいだ人の手が入ってないから、使う前にちょいと掃除をせにゃならんな」
「ペリト商会のほうで管理してなかったんですか」
「古いとはいえ教会は教会だ。取り壊すかどうか迷ってたらしいんだ。おかげで安くで売ってもらえたってわけだ」
玄関トビラがあったが、ドアノブにも蔓が巻きついていた。蔓をちぎってからドアノブをひねった。引き戸かと思ったが、思うように開かない。今度は押してみた。動かない。
「ダメですね。動きませんよ」
「まどろっこしいな。ぶち抜いてしまおう」
バサックさんがトビラを蹴りつけた。トビラが倒れて、ホコリが舞い上がった。オレは咄嗟に手で口もとをおおった。
「これは掃除が大変そうですね」
「残念ながらすぐには使えそうにないな。掃除もせにゃならんし、組合の看板もとりつけなくちゃならん。竜舎も増設したい」
こっちに大きな入口があったわよ――と、レッカさんが言った。レッカさんの声がする裏庭のほうへと回った。
壁面に大きな穴が開いていた。さっきのバサックさんが蹴り破ったトビラからではクロは出入りできなかったが、こっちの壁穴はクロにも充分通ることのできる大きさがあった。
「これ欠陥じゃないですか?」
「建物としてはな。昔、ここにドラゴンが突っ込んできたことがあったらしい。それで気に入って、ここを買うことにした」
「壁に穴が開いてるのにですか」
「さっきの出入り口からじゃ、荷物の出し入れも大変だし、ドラゴンの出入りも出来んだろう。でもここからなら出入りできる」
それに、とバサックさんは続けた。あの露天よりは良い、とのことだ。
「たしかに。まぁ、そうですかね」
ホントウにこの建物は大丈夫なのかと不安になる。ずっと残っていたということは、骨子はシッカリしているんだろう。そう思いたい。
「部屋の広さも充分だしな」
と、バサックさんは満足気に言った。
たしかに部屋のなかは広かった。天井も高い。もともとは礼拝堂だったのかもしれない。宗教色を思わせるような物品はひとつも置かれていなかった。すべて撤去されたのだろう。
今は家具のひとつもない、ただのだだっ広い空間でしかない。
窓が多いし、壁にドでかい穴が開いているので、日差しの入りは良い。風も心地よく吹き込んでいた。
「どうもなンよー」
「うぃーす」
「へー。ここが新しいゴドルフィン組合かー」
マーゲライトとそれから、ベベとポポンカだった。ふたりにも、オレはすでに挨拶は済ませてあった。マーゲライトが仲介してくれたので、最初の挨拶は円滑だった。レッカさんの友人というだけあって、ふたりとも気の良さそうな人たちだった。ふたりとも男性だった。ベベとポポンカとレッカさんが楽しげに話しているところを見ると、オレはしょせん新入りなんだと卑屈な気持ちになった。
ベベやポポンカに限った話ではない。ゴドルフィン組合に戻ってきた連中のなかには、もちろん男もいた。男たちの瞳は、妖しげな光を宿してレッカさんに向けられることが多かった。
そりゃそうだよな、と思う。
レッカさんは、ソバカスでさえも己の魅力を引き立てる小道具にしてしまえる女性だった。男たちが放っておくはずはなかった。
「はぁ」
ため息。
そしてオレと同じような悩みに陥っている男は、もうひとりいた。
クロだ。
組合の連中は、もちろんドラゴンを連れている。
ホンスァも他のドラゴンと接することが多くなった。ホンスァがほかのドラゴンたちと旧交を温めているあいだ、クロは落ちつきなくそわそわと歩き回る癖があった。
レースのときは闘神でも、女のほうはあまり得意ではないらしい。
「お師匠、お師匠」
と、マーゲライトがオレの服のスソを引っ張ってきた。
「ん?」
「私さ。明日、竜騎手免許の試験があるンよ」
「明日か」
「マーゲライトちゃんの試験に、お師匠にもついて来て欲しいンよ」
「どうした? 弱気になってるのか?」
「5度も試験に落ちてるんだから、弱気にもなるンよ」
「良いぜ。いっしょに行こうか」
「ホントに?」
「これでもいちおう師匠だしな」
レッカさんがほかの男と楽しげにしゃべっている場面を見るたびに、鬱々としていては精神衛生によろしくない。気をまぎらわせるため意味でも、レッカさんと離れる時間が必要かもしれないと考えた。
もちろんマーゲライトが無事に竜騎手免許を取れるかも気にはなる。が、たいして心配はしていない。
マーゲライトは優秀な乗り手だ。オレも教えられるだけのことは教えた。何度か失敗することはあっても、いずれは必ず合格するだろうとわかっていた。
「お師匠、お師匠」
「今度はどうした? トイレか?」
「バ、バカにしないで欲しいン。そんなことでお師匠を呼んだりしないンよッ」
「冗談だって」
「このマーゲライトちゃんには妙案があるンよ」 と、マーゲライトは企みを隠した笑みをみせた。
「なんの妙案だ? マーゲライトは優秀なんだから小細工なんかしたくなって合格するさ」
「そうじゃないんよ。そっちの話じゃないンよ」
マーゲライトは、オレを部屋の隅へと引っ張り込んだ。家具が何もないと思っていたのだが、部屋の隅には、礼拝堂に置かれているような長イスが置かれていた。撤去し忘れたのかもしれない。座ろうかと思ったがやめた。ホコリが積もっているのが見て取れたからだ。
「どうしたんだ? なにか悪だくみか?」
「そう。悪だくみなン」
と、マーゲライトはイタズラめいた笑みを見せて、その人間のものとは違う尖った耳を指でカいていた。
「聞かせてもらおうかな」
オレは屈んでマーゲライトに顔を寄せた。そのときはじめて気づいたのだが、マーゲライトからは味の薄いミルクのような匂いがした。マーゲライトはびっくりしたように身を引いていた。
「近いって。顔が近いンよーっ」
とマーゲライトは両手でオレのことを押し返してきた。
「ナイショ話なんだろ」
「そうなんやけども」
と、マーゲライトは顔を赤くしていた。
「あまりもったいぶるなよ。そんなにすごい悪だくみをしてるのか?」
「うん。私の竜騎手免許の試験に、ついて来てくれってレッカのことも誘おうと思ってるン」
「なに?」
「そしたら、お師匠はレッカとデートができるン。これは妙案やと思うんやけども、どうやろか?」
「たしかに妙案だな。わざわざオレとレッカさんのあいだを取り持ってくれるわけか」
しかしこの娘。オレのなかにあるレッカさんへの気持ちを――オレでさえもハッキリと自覚してなかったのに――見抜いているのだ。すえ怖ろしい娘だ。
「ただし、私が誘ったときにレッカが断ったら、この話はなしなンよ」
と両手でバッテンを作って見せた。
「うん。それはまぁ、仕方がないな」
断る可能性は充分あった。調子が戻ってきたとはいえ、ゴドルフィン組合は今が踏ん張りどきだ。
仕事が多く舞い込むタイミングでオレとマーゲライトが休みを取る。さらにレッカさんまで休むとなったら、ほかにシワよせが行く。
「これはお師匠への恩返しなン。せやけど、私にとっては苦肉の策だってことを知っておいて欲しいン」
「苦肉の策?」
オレの問いには答えずに、
「それでは作戦を実行に移すンよ」
と、マーゲライトはレッカさんのもとに走り寄って行った。
苦肉の策。
どうしてマーゲライトがそんな言葉を使ったのかを考えた。オレとレッカさんのデートをセッティングする。それがマーゲライトにとっては辛い作戦だということか。「顔が近いんよーっ」とオレのことを押し返して、顔を赤くしていたマーゲライトの姿が思い起こされた。
マーゲライトの無邪気なアサギ色の目を思った。あの目はたしかにオレに好意的な光を宿してオレに向けられる。
マーゲライトの抱く気持ちは、恋愛とはマッタク違った感情のはずだ。
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