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序章:プロローグ

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 さて、兄様たち――の未来のお嫁さん――のために兄様たちの性格矯正をすると勝手に固く誓っているうちに、アベル兄様と剣術の先生との勝負…いや勝負じゃない、これはあくまでお稽古、のはず…? とにかく、剣の打ち合いが白熱しておりました。


 ちなみに兄様たちの剣術の先生は、騎士団の総団長まで勤め上げた方。

 オスヴィン・ローレル、年は確か…ゲームでは68歳だったから…うん、御年56歳。白髪の混じった茶髪――というより、白髪に茶髪が混じった、というほうが正しいかもしれない――をオールバックにしたナイスミドル。髪よりも濃い茶色の瞳は鋭く、立派なお髭が渋さと貫録を引き立てております。

 現在はお年から第一線を引いてはいますが、今も騎士団のご意見役として騎士団にいなくてはいけない方で、アヴェンシア王国において右に出るものはいないと謳われた最強の剣士。またに騎士団の方でも年若い騎士たち相手に剣を振るっているらしく、まだまだ現役として通用しそう。アベル兄様の攻撃を余裕の笑顔で軽くいなしています。


「どうした、アベル! 足元がふら付いているぞ!!」

「――っ」


 疲れからか息が上がっているアベル兄様に、先生が楽しそうに言いながら上段から振り下ろす。アベル兄様は両手で剣をしっかりと掴み、剣を横に構え受ける。金属同士が激しくぶつかり合い火花が散る。衝撃に顔を顰めるアベル兄様。

 訓練用に刃を潰しているとはいえ、下手をすれば大怪我である。思わず震える声が漏れた。


「あべるにいさま…っ!」


 容赦なく連続で剣を打ち下ろす先生、たまらず片膝を付くアベル兄様。うわあ、鬼畜! 12歳の少年に何してるのこのオジサマ!? 大人の力で子どもねじ伏せるとか卑怯!

 ローレル先生がニヤリと笑う。剣をぐっと握り締め、一歩踏み出しながら力を込め剣を振り下ろす。わーっ! アベル兄様死んじゃう死んじゃう!! こんなゲームも始まっていない所で死亡フラグ建てないでーっ!?

 思わず祈るように胸の前で手を組み身を乗り出す。乗り出し過ぎてそのまま前に倒れこみそうになったところをカイン兄様が抱き留めて支えてくれる――有り難くカイン兄様に身を預けたまま、顔を上げアベル兄様を見る。


 絶体絶命かと思ったその瞬間――アベル兄様が横に構えた剣を絶妙なタイミングで斜めにする。打ち下ろされた先生の剣はアベル兄様の剣をなぞる様に滑り、先生が僅かにバランスを崩す。

 その瞬間を見逃さず、アベル兄様が一歩踏み出す――渾身の力で剣を横凪に振るった。


「っ、とお…!?」


 堪らず声を洩らす先生。反射的に下がるが更にアベル兄様が追撃する――たたらを踏んだ先生が体制を立て直すより早くその喉元に剣を突きつけた。


「――チェックメイト、です」

「うむ、参った!!」


 元気に負けを認める先生。物凄い潔さである。アベル兄様は止めていた息を一気に吐き出すとそのまま座り込んでしまった。ぜーはーと荒い息を繰り返している。

 わああああ、勝った! 勝ってしまいましたよアヴェンシア国最強の剣士様に!! 12歳の少年が! すごい快挙です!


「あべるにいさま、すごいです! ろぉれるせんせいにかちましたー!」


 大興奮で拍手する。疲労困憊なアベル兄様が、律儀にこちらに向けて笑顔で手を振ってくれた。傍まで行こうと、支えてくれていたカイン兄様の腕から身を起こす。

 ――おっと、忘れていました。


「かいんにいさま、ささえてくださりありがとうございます」


 笑顔でお礼を言うと、カイン兄様はこくりと頷いて頭を撫でてくれました。いや喋りましょうよ兄様。これも矯正した方がいいのか…いやでも寡黙キャラから寡黙を取り上げるのはダメですね。私が頑張ってカイン兄様の思考を察せられるように成長する方向でいきましょう。頑張ります。


 カイン兄様と話?をしている間に息を整えたらしいアベル兄様が立ち上がり土を軽く払い、ローレル先生と共にこちらへやってくる。途中、控えていたメイドさん――私をここまで案内してくれたメイドさんとは違う人――からタオルを受け取り汗を拭う。そんな仕草も絵になりますね、さすが未来のイケメン。


「あべるにいさま、おつかれさまです。とてもかっこよかったですの!」

「ありがとう、ユニシェル」


 幼女のストレートな褒め言葉に照れたようにはにかみ笑顔で応えてくれるアベル兄様。12歳のはにかみ笑顔。可愛い。これは良きスチルです、思わず拝みたくなりますね。怪しすぎるのでしませんが。

 兄妹で話していると、ローレル先生が兄様たちの名前を呼ぶ。兄様たちはピシッと背筋を伸ばし先生に向き直る。姿勢を正した兄様たちに、先生が今日の修行の良かったところや注意点などを指導してくれる。兄様たちが真剣に聞いている横で、大人しくお話が終わるのを待ちます。


「アベルは慢心せず、これからもしっかりと日々の訓練を怠らずにな」

「はい」

「運も実力のうちとはいうが、100回のうち1回がうまく本番で出来るとは限らない。その確率を上げるのが繰り返しの訓練であり努力だ」

「はい」

「カインは自身で低い目標を設定せず、何事も全力で取り組め。それは後々の選択肢を広げる」

「…はい」

「好きなことだけに邁進したい気持ちはわかるが、お前の場合は視野を狭める。しばらくは我慢してしっかり剣術もやれ」

「……はい」


 無表情だが、空いた間と微かに逸らされた視線からカイン兄様の不満がありありとわかる。カイン兄様、意外と子どもっぽい。いや子どもだったわ。12歳ですよカイン兄様。アベル兄様とはまた違った可愛さです。ゲームの24歳カイン兄様では見れない子どもっぽい可愛さオイシイですありがとうございます。


 さて、話が途切れた瞬間――ここかな? 私は密かに気合を入れローレル先生に向かい一歩踏み出した。すぐに気付いた先生が「ん?」と首を傾げて僅かに体をずらしてこちらに向き直ってくれた。

 私は正面から真っ直ぐに先生を見つめ、はっきりと言った。


「ろぉれるせんせい。ゆえもけんじゅつをならいたいのです。つぎのにいさまたちのおけいこに、さんかさせてください」


 私の言葉に、兄様二人が驚愕の顔でこちらを凝視した。
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