うっすい壁のあっちとこっち

大月 けい

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気がつけば…

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 里奈の勤務先は従業員三十人の小さな会社だ。
 事務とはいえ仕事内容は電話応対から商品の発注など多岐にわたる。時にはコンパニオンのように社長の接待のお供までやるのだ。
「宮西さん、結婚式はどうするんです? やっぱり彼女さんが安定期に入ってからですか?」
 きゃわきゃわと黄色い声ではしゃぐ後輩の声。
 輪の中心にいるのはさえない顔の男。宮西昇みやにしのぼる三十五歳。里奈の元カレ。
 最悪なことに同じ職場。幸い周囲に関係はバレなかったが元カレと毎日顔を突き合わせるのは辛すぎる。
 連日、手作りの愛情弁当を見せられるのもいい加減に飽きた。
(若い子に囲まれて、だらしなく鼻の下伸ばしちゃって!)
 後輩の声を聞きながら里奈はイライラと八つ当たり気味にキーボードをたたく。
 別にキャリアを目指していたわけではない。誰かいい人を見つけて結婚するまで……なんて考えてた。気が付くとみんなに追い越されてすっかり行き遅れ。友人や後輩に先を越されておつぼね路線一直線。
 気がつけば来月――あと数週間で三十歳。
 幼い頃は三十歳って言ったら結構な大人のつもりだった。
 イケメンと結婚して子供もいて毎日忙しいだろうけどきっと幸せな奥様になっているに違いないと信じていた。
 ――現実は甘くない。
(自分がその年になってみると別に感慨深くもない。っていうか、毎日同じことの繰り返しだし)
 朝から満員電車に揺られて会社に行って仕事して、お昼はコンビニのお弁当食べて、また仕事して。夕食は近所のスーパーで食材を買って帰る。
(はっきり言ってつまらない毎日だ)
 安っぽい銀色のアパートの郵便受け。引っ張り出したダイレクトメールに混じってちょっと高級そうな白い封筒がある。
 裏返してみると見飽きた金のシールで封がされている。
 少し分厚いその封筒は――大学時代の友人の結婚式の招待状だ。
 部屋に入って電気をつけ、今晩のお弁当の入ったマイバックと一緒にテーブルに置いた。
(あたしだけ、おいてけぼり……)
 なんとなく切なくなって、先に風呂を済ますことにする。その日の疲れを流すように頭からシャワーを浴びながら苦く笑った。
 風呂上がりのビールと共に久しぶりに声が聞きたくなって差出人へ電話。
『わたしは里奈が一番に結婚すると思ったわよー』
 バスタオルで濡れた髪をふきながらビールのプルトップを引き上げた。
「ホントだよー。まさか恵子けいこに先を越されるなんてショックー」
『いい人いるんじゃないの?』
「いた、かな? 別れた。恵子、何だか母親みたいよー」
『だって母親だもん』
 恵子はあっけらかんと暴露する。
『いわゆるデキ婚? っていうかこの年になるときっかけがないと結婚に踏み切るのはキビシイわけよ』
(やっぱり、あたしは置いてけぼりかぁ)

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