あやかしびより 境界のトンボとあやかしたち

大月 けい

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竹の檻 2

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 菜月は実は疑問を抱えていた。
 自分にきょうだいがいたらどんな生活だったのだろうかと。

「ねー、ねー、お団子まーだー?」

 賑やかな甲高い声はアカリ。
 手際よく用事を片付けるタキさんの後をまるで子カルガモのように付きまとう。

「団子は片づけが済んでからだよ」

 忙しなく手を動かしながら困り顔で眉を寄せる。
 まるっきり親子の会話だ。
 試しにアカリを妹として想像してみる。
(わがままに付き合ったり面倒を見る……ちょっと大変かも)

 そんなことを考えながら湯呑を傾けていた。
 開いた襖に視線を向けるとあくびをしながら現れたのは正太郎。
 少し寝ぐせの残る頭に藍色の和服。

「タキさん。お茶をもらえますか?」

 朝のあいさつを端折ってタキさんにそう呼びかけて菜月の向かい側に腰を下ろした。
 今にも座卓に突っ伏してしまいそうな態勢で頬杖をつく。

「まだ眠そう」
「……さっき起きたばかりだ、少しぐらい寝坊してもいいだろ?」

 返す言葉の語尾はあくびに呑まれた。
 気のない返事をしてすっかり冷めたほうじ茶を啜る。

「朝食はどうなさいますか?」
「この時間なら昼と一緒に適当に……」
 湯気を上げる湯呑を手に問うたタキさんに答えた正太郎の声に間延びした甲高い声が重なる。
 タキさんは割って入ったそれに肩をすくめる。

「ねーね―、お団子―」
「――朝からこの調子なんです」
「アカリ。タキさんの邪魔をするな」
「邪魔じゃないもん。お盆の団子を作るの!」

 腰に手を当ててぶっくり頬を膨らませ、つんと顎を逸らす。
 そうは言っても忙しそうなタキさんについて回る姿はどう見でも邪魔をしているようにしか見えない。

「どうせ暇なんですから、適当にこき使ってやってください」
「あの手が役に立つのならありがたいんですけどね」

 心の声がそのまま漏れたらしい。
 アカリの中身はともかく――見た目が園児ではできることは限られる。
 正太郎は置かれた湯呑を取りあげて苦く笑い、タキさんは肩をすくめてお勝手に引っ込み、その背中をアカリがくっついて移動する。
 数日前から気になっていることがある。

「ねぇ、境界守ってどんな仕事なの?」
「なんだ、菜月が後継ぎにでもなってくれるのか?」

 問い返されて首を振った。
 そんなつもりは毛頭ない。ただの興味だ。

「境界守は向こう側からの出入りを制限する門番だ。許可なく境界を越えようとする者を捕縛するのが仕事。別に遊んでるわけじゃない。昨日は菜月らが持ってきた鬼灯の数を数えて帳簿を作ったり、境界を抜けた人数の確認をしたりで忙しかったな」

 つまりそれは事務仕事のようなものなのだろうか。
 聞いてみたけれどやはりよく分からない。
 次の質問を迷っていると玄関の開く音が遮った。
 次いで騒々しい足音。
 それは迷うことなくこちらへ近づいてくる。

 正太郎は眉根を寄せて渋い顔で茶を啜る。
 菜月が首をかしげているとほどなく襖が乱暴に開かれた。

「正太郎っ?」

 名前を呼ばれた本人は返事の代わりに眉間の谷を一層深くした。
 その人物は襖の縁を握ったまま、ひょいと首だけを突っ込むようにして室内を確認すると満足そうに笑う。
 それはお年頃のお姉さまが心ときめくような笑顔――ここ数日で見慣れたが――水色のオックスシャツにデニムという爽やかな夏のスタイル。

「朝からうるさい」
「時間も分かんねぇのか。もう昼だぞ」

 唸った正太郎の声を遮って文句を投げつける。
 見上げた時計は十一時を過ぎた――朝、というより昼だ。
 指摘を聞き流して湯呑越しににらんだ相手はしっかり厚くなった面の皮の持ち主。
 冷たい視線など気に留める様子もない。

「正太郎が出迎えてくれるなんて嬉しいねぇ」

 満足そうに口の端を引き上げて、座布団を引き寄せてそそくさと正太郎の隣におさまった。

「だれも出迎えたつもりはない」
「普段なら起きてくるのは決まって昼過ぎだ。オレのために早起きしたんだろう? 昨日は忙しくてお楽しみの時間を用意できなかったのがマズかったな。また日を改めてじっくりお楽しみの時間を作るつもりだから拗ねるなよ」
「だれが……!」

 にんまり笑う河野に正太郎が低く唸って拳を振り上げた。
 もちろんひらりとそれをかわして細い肩を引き寄せて嬉しそうに笑う。

「蛇の道はなんとか。意見の相違は話し合いで解決すればいいし、身も心も任せとけばいいって……あだっ」

 頭の上に思いっきり拳を落とした。

「放せ阿呆――今すぐにでも調伏してやろうか?」

(本当に懲りないわよね)

「それは困る。正太郎に用があって来たんだ」

 座布団をずらして距離を置くと、河野を横目ににらみつけたまま、わざとらしく着物の襟元を直す。

「だから、お楽しみは今度に取っておくって。今日はちょっと問題が起こってるんだよ」
「問題? どこの野郎に手を出した?」
「ちがーうっ。そっちの問題じゃねぇ。子供が行方知れずになってんだよ」

 冷たいままの視線を投げられていらいらと栗色の髪をかき回しながら吼えると正太郎の冷たい視線が先を促すように向けられる。

「それがな――」

 昨夜から子供が一人行方不明になっていて日が昇った早朝から数人で手分けして探し回っているらしいということ。
 数時間にわたって探し続けているが見つけられずに正太郎に相談に来た。
 ということだった。

「蛍狩りで迷子になったか。……どこの子だ?」

 座卓の上の湯呑を取り上げようとして、動きが止まった。

「信楽のオバちゃんとこの三男坊だよ」

 その名前で菜月が思い出すのは有名な焼き物。
 間違いがなければ昨日会ったあの人物の関係者なのだろうと推察する。
 確か子供が七人もいるとかぼやいていたのを思い出した。

「一昨年に帰り道が分からなくて、穴に落ちた子か?」
「そうそう、そいつ。今年は穴には落ちてないみたいなんだけどな、これだけ探して見つからないってことは狐に連れていかれたんじゃないかって赤豆あずきのじじいが言いだしてよ」

 菜月も夢中になって蛍を追いかけていたので気持ちは分からないでもない。
 困ったことに一緒に行っていた兄弟たちもはぐれた場所が分からないらしい。

「疲れてどこかで休んでるんじゃないのかい?」

 お勝手から戻ったタキさんがそっと座卓に置いた氷水を一気に飲み干した。
 嫌味ではなく敢えて水である。理由は分かっている。
(ほうじ茶でも色が変わるのよね……?)

「黄泉寺のお堂の辺りにはいなかったし、一昨年の穴は埋めちまった」
「と、なると別の穴か?」

 袖に手を突っ込んだまま上目遣いに河野の顔をうかがう。
 先ほどから穴にこだわっている気がする。

「……タヌキだからって穴があれば落ちるほど阿呆じゃねぇよ」
「さすがに一度やれば懲りるか。昼間は竹林も子供たちの遊び場だしな。蛍を追いかけて迷い込んだ可能性もあるだろう」
「かもな。腹を減らして元気な顔で帰って来るってのが一番いいんだけど、この時期の竹林には狐面が隠れてるんだろ?」
「奥まで入り込まなければ問題はない。蛍と勘違いして狐火を追いかけたのなら相当深い場所まで行っている可能性がある。そこまで行くと戻りたくても一人では戻れなくなる」
「どういう意味?」
「宿の周辺にある竹林は境界に接している、奥まで行くとあっち側に繋がる場所があってな、そこまで行くとこちら側には自力では戻れなくなる」

(あっち側というのは竹林の反対側に出る、ということ?)
 問い返した菜月に河野が応じるがという意味が分からない。

「夜の竹林は大人でも方角を見失う。子供が一人で歩き回るには危険だ」

 記憶をたどって菜月もうなずく。
 闇に沈んだ竹林は異界のようだった。
 なにより喪服を着て夜闇に浮かび上がるような白い狐面の男が気味が悪く、思い出すだけでもやもやとしたものがある。
 女の人が助けてくれなければ菜月も戻れなかっただろう。

をかえよ」

 思わず口から洩れたが、意味が分からない。
 つぶやいた菜月の声に正太郎が湯呑越しに鋭く視線を向ける。
 言いかけた言葉を封じるように慌てて言葉を継ぐ。

「急いで探さなきゃ。夏だし熱中症になっちゃうかもしれないよ?」

 視線を逸らせて、綺麗な黄金色に染まったことがある男を見る。
 なにも言わずに河野がそっと天井へ視線を逸らせて頬をかいた。

「――ここで話をするより探しに行った方が良さそうだな」

 団子づくりも楽しそうだが、口止めした河野にうっかりばらされてしまうのではないかという不安もあって人探しを手伝うことにする。
 心中を察しもせず、楽しそうな気配に飛びついたのは。

「アカリも行く!」
「ダメだ」
 そのまま外へ駆けだしていきそうな勢いのアカリの後ろ襟をむんずとつかむ。
 まるで仔猫のように吊るされて不満そうに口の端を曲げて暴れる。

「菜月だけずるいー、アカリも行くー」

 手足をばたつかせるアカリに正太郎は険しい顔になると立てた人差し指と中指を額に押し当て、

如日月光明にょにちがつこうみょう 以漸悉令滅いぜんしつりょうめつ

 お経のような早口の呪文を唱える。
 瞬きほどの間に暴れるアカリの姿が煙のように解けた。

「――――!?」

 正太郎の手にあるのは栗色の熊のヌイグルミだ。

「邪魔をするようなら例の段ボールに押し込んでおいてください」
「お気をつけて。こちらは見張っておきますよ」
「じゃ、行こうか」

 膝に手を置いて立ち上がった河野に合わせて立ち上がった。

※※
もちろんまだ続きます。( ̄▽ ̄)b
絶好調で暴走中です~
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